抗えぬ予感と共に
楽屋の控え室で、聖がだらけた様子でぼやくように言った。
「あー・・・腹減ったー」
「そういやお前食べてなかったっけ」
「さっき食いそびれた。つーかお前食ったの?」
「うん。弁当」
「ずりー」
「なんもずるくないから。そりゃお前がトッツーとか河合とじゃれてたからだろ」
「そういうお前は五関と喋ってたじゃん」
「そう。その五関くんと食べたの」
「あーずりーマジ腹減った!」
そう言って聖は控え室のソファーの上をゴロゴロと転がる。
タンクトップの裾を自分で捲り上げちゃって、割れた腹筋がくっきり見える。
日頃から鍛えているのは知ってるし。
腹筋とかほんと無駄にやりすぎだと思うくらい。
まぁ見慣れてるって言えばそうなんだけど。
今窓から差し込む光の加減なのかその陰影が妙に綺麗に見えて、思わずそっと手を伸ばして触れてみる。
特に何の思惑もなく触れたつもりだったんだけど、唐突なその感覚に聖は派手に驚いてがばりと起き上がった。
「っうわ、今ぞわってした!なんだよ」
「あ、ごめん、や、つい・・・鍛えてんなぁって」
慌てて手を離して言い訳する。
すると聖は途端にご機嫌な様子で何度か自分の腹を触ったかと思うと、ニカーっと笑って俺の方に寄ってきた。
単純な奴・・・。
「な、いい感じじゃね?最近」
「は?」
「だから、コレ。結構筋肉ついてきたかなーって思うんだけど」
タンクトップが更に捲り上げられて、もう胸の上くらいまで全開。
確かに、まだまだ細いとは言え以前よりかなり締まってきたその身体は、正直ちょっとだけ羨ましい。
昔は小さくてひょろっとしてて可愛いって感じだったのに。
まぁ、今も小さいけどね。
・・・言ったら殴られるから絶対に言わないけど。
「聖はいいなー」
「だろー」
「俺あんま筋肉つかないしなー」
「あー、お前はな」
「一応腹は割れてんだけど・・・肉がね・・・」
「ほーどれどれ」
「うわっ・・・なんだよ、ちょっとちょっと」
まるで子供みたいに楽しそうな顔をして。
聖は身を屈めたかと思うと、俺のシャツの裾を一気に捲り上げた。
捲ったシャツの中に顔を突っ込みそうな勢いで近づくのには何の躊躇もないようで、俺は一応、と言った程度で腰を引いておく。
けれどその拍子に外気に触れた肌がぶるっと震えた。
「んー・・・ほんとだ。割れてんだ一応・・・。しかしほっせぇなーお前」
「俺はKAT-TUNの貧弱キャラで売ってんだよ」
「腹筋割れてりゃ貧弱ではないだろ。ていうよりか、腰が細い」
「ガラスの腰って言ってくれていいよ」
「ギックリ腰に気ぃつけろよオジイチャン」
「いいからそのおじいちゃんキャラ扱い止めろって!」
「貧弱キャラはよくてもおじいちゃんキャラはイヤなのかよ」
「俺はまだ22歳なの!」
「でも結構好きだよ」
「・・・は、」
小さく呟くような台詞だったから、一瞬聞き逃しそうになる。
未だ俺の腹の辺りにあるその顔をそろりと見下ろすと、聖は悪戯っ子のように笑って俺の腹にぺたりと触れた。
その暖かな手の温度に否が応でも反応してしまう。
「いーんだよ、お前はこれで。これが好きなの、俺は」
これって、どれ。
ガラスの腰のこと?
それともおじいちゃんキャラのこと?
思わず考えている傍から、なおもぺたぺたと意味もなく腹を触られる。
まるで子供みたいな仕草で触れてくるくせに、俺を反応させるその手はちっとも子供じゃなくて。
心の中まで引っかき回されて、結局最後はその手でなけりゃ安心できなくなってる。
いつまで経っても好き嫌いが激しい子供のくせに。
俺の嫌いな俺自身すら全部好きだと言ってのけるような大きさは、実は大人なのかも、ってたまに思う。
年下のクセにとか、年上なのにとか、そんなことを考える余裕すら俺にはない。
余裕なんてお前は与えてくれないから。
「中丸ー、腹減ったなぁ」
一通り触って満足したのか、聖は身体を起こしてぽつりと呟いた。
・・・や、さっきも聞いたし、それ。
「食い行こーぜ」
「や、無理だって。俺もう食えないし」
「じゃあお前でもいいよ」
「・・・はい?田中くん今なんて言いました?」
こいつ基本的に照れ屋さんなんだけど。
何でか俺にはたまにびっくりするようなことを言ってくれるから困る。
にかっと白い歯を見せて子供みたいに笑って、そんなことを躊躇いなく言うから、困る。
「お前を食わせてくれるんでもいーよって」
「ぜんっぜん、よくねぇ」
「じゃあさっさと行くぞ」
「・・・なんだよそれ今の脅しか。脅しなのか」
「脅しとか人聞きの悪いこと言うなよ。・・・行かねぇのかよ?」
余裕なんて与えてくれないのは・・・でも、どうやら無意識らしい。
てっきり自信があるのかと思いきや、そういうわけでもないみたいで。
そんなじっと見上げるなよ。
困るからほんとに。
どうせならむしろ自信満々でいてくれればいいのに。
「あー行くよ行けばいいんだろー?ファミレスでいい?」
「いいんじゃね。何でも食うし」
「好き嫌い多いじゃんお前」
「今日は食うの」
「なに、そんなに俺と一緒に食べに行きたいわけ?」
からかうみたいに笑いながら上から顔を覗き込んだら、逆に小さく笑われた。
「・・・さあーな?」
よく意味は判らなかった。
だけどその判らない感覚に対して感じるのは恐れというよりか。
たぶん、ある種の予感だ。
「おーしっ。行くかー」
「ちなみにサイフはお前持ちだよな?」
「そこは競争形式にしようぜ。沢山食べられなかった方持ちってことで」
「ばっ、お前、それじゃどう考えても俺の負けだろ!てか普通逆だしそれ!」
「じゃー頑張って食べろよ」
そうしてまるで引っ張るようにして握られたこの手がたぶん、予感の証明になる。
もう、たぶん、このままでいると。
俺は自分からはこの手を離せなくなってしまうだろう。
少なくとも、向こうから離されない限りにおいては。
END
(2006.8.13)
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