愛染玩具 4










『好きな人は、いる?俺ら以外に』
『ずっと一緒になんて、ほんとにいられるのかなって、最近思うよ』
『お前はまだ子供だから、そんなことが言えるんだ』
『君もいつか誰かのものになるかもしれない・・・そうなったらたぶん、もう君の顔を見られない』
『もしも君じゃなかったら、こうはならなかったかもしれないけどね。もう、いまさらかな』
『バカだよお前は。強く抱えれば抱える程壊れやすくなるのに。・・・壊れないようにすればする程、壊れるのは、お前なのに』


グルグルと渦を巻くものが頭の中で大きく反響する。
その音は日に日に大きくなっていく。
まるで泥のように淀んで沈みゆく言葉達。
それは徐々に徐々に河合の奥を満たしていって、ゆっくりと緩慢に、まるで真綿で喉を絞めるように河合の息をも飲み込んでいく。

なんとも言えない息苦しさに声もなく喘ぎ、自らの薄っぺらい身体、その平らな胸をかきむしるように細い指先で爪を立てる。
熱い何かが膨れ上がって暴れては、いずれ奥から食い破られるような錯覚すら覚える。
けれどそれを必死で留めるように小さな手のひらで胸を押さえ込む。
ギュッと唇を閉じて噛んで、全てを塞き止める。
吐き出さない。吐き出せない。
そうしたら全てが溢れ出してしまうから。
この居場所を守るために選んだのは、自分だから。



「目、開けろ」

端的でそっけない言葉が上から降ってきた。
けれどそうして伸ばされる手は、紅潮した頬を宥めるようにどこか優しく撫でる。
繊細さを感じさせる白くて綺麗な指がゆるゆると滑る感覚が心地良い。
その感覚に河合の意識はふわりと引き戻された。
いつのまにかきつく瞑っていた目をゆっくりと開けると、霞んだ視界にゆらゆらと映る、深い色の静かな瞳。
最近少し明るい色にした髪が部屋の照明に透けて見える。
ずっと長いこと黒髪の印象が強かったけれど、少し明るめもそれはそれで似合うかもしれない、なんてぼんやりと思う。
どんな色も形も、この人がこの人である限り、それは全て無条件にこの人のものになるのだと、河合はこの年上の相方に対して時折夢を見るように思う。
そうして薄く水の張った瞳をぱちりと瞬かせると、その向こうの顔が少しだけ呆れたような表情を載せた。

「意識、戻った?」

言いながら、依然として頬をその手で撫でながら、五関は今の体勢を支えやすいように逆の手を河合の顔の横につく。
しかしそうして小さく身動がれたことで、河合は今自分の奥に確かにある熱の塊をまざまざと感じさせられて、この状況をようやく思い出した。
今しどけなく開かれた細い両脚の間に五関が膝をつくようにしてしながら覆いかぶさっていて、その腰から引き寄せられて、密着した部分から熱で繋がれているのだ。
その熱の存在を思い出してしまえば、その反動で途端に銜え込んだその奥がぎゅうっと締まり、河合は頼りなく細い腰をぶるりと震わせて堪らず小さく声を漏らす。

「ぁ、っう・・・」
「かわい、息吐いて・・・こっちも、苦しい」
「ごめ、ん・・・」
「いいから、息しろって」

五関はなおも宥めるように河合の頬を撫で、落ち着かせるようにする。
いつになく性急になってしまった分、繋がった部分にはまるで余裕もなく隙もなく、そうやって締め付けられると五関もそれ以上動くに動けない。
性急になってしまったのは何も五関のせいではないが、そこら辺はもはやどうでもいいことだった。
ただ既に退くこともできないこの体勢は正直やりにくいことこの上ない。
そしてその真っ赤になった顔を苦しげに歪める様はどこか目を逸らせない。
逸らしてはいけない気にさせる。
だから五関は冷静に観察するように見下ろしながら、その白い手で赤い頬を撫で続ける。
注意深く観察するようにしながら。

「はぁ、はぁ・・・ふぁ・・・」

五関がじっと見下ろす先で、河合は潤んだ目を瞬かせながら息を整える。
ゆるりと撓んだ赤く艶やかな唇の端が僅かに切れているのは、一気に挿れた拍子にきつく噛み締めて切れてしまったから。
微かにではあるけれど、確かに唇の色ではないものが滲んだそれに、五関はうっすら目を細める。
自分がつけたわけではない。
河合が自分で勝手に噛んだのだ。
ほとんど前戯もなしで挿れられることを自ら望んで、早く早くと急かして、なんとかそこが切れずに入りきった代わりに、自らの唇を傷つける結果になった。
その上、あまりの衝撃にそのまま意識を手放す程の痛みさえも抱え込んで。
毎日のように三人の誰かに抱かれているのに、いつまで経っても処女のように慣れずたくさんの痛みを感じて。
そして中だけではない、その外側、薄っぺらい子供のような胸にまで爪を立てたりして。

「も、だい、じょぶ・・・うごいて、いいよ・・・」

しどけなく開かれた唇が、甘く掠れた声でそう漏らす。
うっすらと安心させるように笑みを浮かべもする。
けれど五関はそれに何か言うでもなく、ただゆっくりと覆いかぶさるように身を屈め、顔を近づけると微かに血の滲んだその唇の端に唇で触れる。

「ん・・・?ごせき、くん?」

触れた唇のすぐ傍で漏れた名。
そして触れた自らの唇を軽く舌先で舐めると感じる、鉄っぽい味。
五関はそれにもやはり無言でただ目を細める。
薄い胸についさっきまで爪を立てていた小さな手を取り、細い指に自分の指を絡めるようにして握ると、その顔の脇にそっと退けた。
それから緩く視線を巡らせて、そこに脱ぎ散らかされた服の中から、河合が今日首に巻いていたふわふわした短めのマフラーを手に取る。
目を瞬かせながらどこか不思議そうにそれを見ている河合の前で、五関は握っていた手を持ち上げた。
そうかと思えば今度はそれとは逆の手首を無造作に掴み上げ、もう片方の腕とまとめるようにマフラーで一気に巻いて縛り上げてしまう。
手早いそれは無造作なくせに、存外にきっちりと細い手首と手首を結び合わせた。
気付けば一まとめにされて身動きできなくなった腕は、赤いマフラーに絡みつかれ戒められるようにして、上から降る照明の灯りに照らされている。
そしてそんな身動きできない河合と照明との間には、そんな河合をなおもじっと観察するように見下ろしてくる五関がいる。
河合は潤んだ瞳をゆるりと瞬かせながらその姿を映し、乾いてしまった唇を無意識に舌で舐めた。
すると切れた部分は既に五関の唇で拭われて血の味こそしなかったけれど、それでもズキリと傷む。
戒められた両手首は動かしても容易くは外れない。

「えー、なにこれ・・・。ごせきくん、縛るのとか、趣味なの?」

河合はなんとかふざけるようにそう言ってみせる。
それに五関はふっと微笑んだ。
一見穏やかで優しげな、彼特有のそれ。
けれどまるで哀れむかのようにすら見える、それ。

「縛るのなんか正直趣味じゃなかったよ。でもお前は、そうでなきゃ、駄目みたいだから」
「な、なに言ってんの、いや、俺SMとか趣味じゃな、」

言葉は途中で途切れる。
五関は戒めたその両手首を持ち上げると、それを自分の頭の上にくぐらせ首の後ろに廻させて、身動きを完全に封じてしまったからだ。
まるで五関の首にしがみつくためだけにひっかけられたような体勢で、河合はもはや自らの身体に触れることすらできない。
そして半ば固定されてしまった状態では、すぐそこにある白い顔の前で顔を逸らすこともままならない。
そうして覆いかぶさられ、繋がった部分によりいっそう深い角度で熱を銜え込んでしまって、河合は小さく喉を仰け反らせた。

「っ、あ・・・く」

そしてそれを合図にしたように、腰を掴まれてゆっくりと半分程度引き抜かれたかと思うと、次の瞬間にはその反動で一気にきつく突き上げられる。
戒められた両手首を首にひっかけられた状態では身体がずり上がることもままならず、その小柄ながらしっかりとした造りの白い身体の下で、河合はただ流されるように身体を震わせて引きつった声を漏らす。

「ふぁ・・・ッン、んぁあ・・・ッ」

普段の穏やかさを敢えて押し込めたように、五関は容赦なく河合の中に自らの熱を押し込んで、抉って、痛みを感じさせる。
自らの与える痛みをまざまざと感じさせる。
その前をいじってやることすらせず、ただ抵抗を封じるように、我を忘れさせるように、その理性どころか思考すらも奪うように。

「ッごせ、き、く・・・っひ、あ、ぁ・・・やッ・・・」

五関の身体の下で身を捩って頭を振る、その猫のようなきつい瞳がきつく瞑られ、目の端に涙が滲む。
その顔は真っ赤で、本来整った顔がくしゃりと歪む様は可哀相にも見える。
本当はもっと優しいやり方はいくらでもあるけれど、敢えてそれをしない。
河合が自らに傷をつける前に痛みを与えてやる。
首に廻させた手首に加えて、片手で腰を掴み、もう片手で脚を開かせて、逃げることを許さない。
痕はつけない。
だから代わりに痛みを与える。
そして耳元で囁いて、余計なことなど考えさせない。
耳からすら犯して、もう考えることすら放棄させてしまう程に。

「考えるなよ、考えるな・・・」
「やだ、やだ、やだ・ぁ・・・っだめ、」

もはや痛みと、それでも感じる快楽とに意識を手放し始めているのに、それでも頭を振る。
目に毒な程艶やかな赤い唇がしどけなく開き、そこに痛みを刻むべく歯を立てようとするのに、五関は今度はそれを遮って唇を滑り込ませる。

「んっ・・・んんッ!」

赤く熟れた唇は熱く柔らかく、触れた途端に眩暈すら起こし、更なる熱を生む。
そこに触れた五関の酷薄そうな唇すら濡れて、そのまま熟れた唇から下の細い顎先を辿っていく。
その感覚にすら感じ入って河合が小さく仰け反れば、戒められた両手首は五関の白い首に縋りつくように揺れ、どこか儚い声を断続的に漏らす。

「かわい、唇、かむな・・・」
「ッはぁ・・・はぁ、だって・・・おれ、わかんな、」
「なにがだって?なにがわかんない?・・・選んだのはお前だよ?」
「っわか、ってる・・・だからっ・・・」
「わかってない。お前はやっぱりわかってない。・・・だから言ったのに」
「ちが、おれ、かんがえてて、やっぱ、かんがえて、」
「もう黙れよ」
「ッ・・・!」

脚を開かせていた方の手で、不意に河合の口元を覆う。
それ以上何も言うなと言わんばかりに、悲鳴も喘ぎも痛みもその身体の中に封じ込めるようにして、五関は一際深い部分を突き上げてやった。
白い掌に封じられてくぐもった声は形にすらならず振動するだけだ。
河合はその衝撃に目を見開いて、生理的な涙を零した。
それすらも酷薄そうな唇に受け止められて流れ落ちることはなかったけれど。

涙で濡れたその唇がうっすら撓んで呟く様を、潤んで閉じ行く瞳が確かに捕らえた。

「もう遅いよ。・・・もう、お前が選んだその瞬間から、全部遅いんだよ」








身支度を調え終わると、河合は忘れ物がないかどうか辺りを見回してゆっくりと立ち上がる。
肩掛け鞄を提げ、ふわふわと舞う髪を両手で軽く整えてからベッドの方へ視線をやる。
すると未だ乱れたままのシーツの上に五関が横たわり、右腕を顔に被せるようにしてじっとしていた。
適当に羽織っただけのシャツがなんとなくだらしなさも感じさせて、普段割合きっちりしたそのイメージを僅かに崩している。
まだ眠ってはいないだろうが、だいぶ眠いだろうことは確かだ。
普段から睡眠時間が多くないと駄目な方だし、空き時間なんかも寝ていることが多いくらいだ、事後のこんな姿だって容易に想像がつく。

「・・・じゃあ、俺、帰るわ」
「ん」

言葉にもなっていないような返答に、けれど河合はそれで満足だったのか、小さく表情だけで笑って玄関先に向かう。
部屋と違って既に玄関先は結構な寒さで、更に今から外に出ることを考えるとなんとなく軽く気が滅入る。
そうしていったん玄関に腰を下ろしてスニーカーを履いて紐を結んでいると、ふと背後に気配を感じて手を止めた。
けれど振り返らずとも誰かなんてわかりきっているから、河合は再び手を動かし始める。

「河合」
「んー?」
「明日はなしね」
「あ、そうなんだ。はーい、了解」

片方を結び終わり、もう片方を結び始める。
軽い調子の言葉は冷たい空気に溶けるでもなく、妙に浮きだってそこら辺でふわふわしているような錯覚に陥る。

「河合」
「はいはい?」
「もう、止めたい?」
「・・・なんで?」
「なんとなく?」

きっとあのよくする両腕を組んだポーズで言っているのだろうと、河合は未だ微熱を持ったような頭でぼんやりと思う。
そんなことを今更言ってみた五関はきっと、気まぐれか、自分の反応を見たいだけなのだろう、とも。

「止めないよ?」
「止められない、じゃなくて?」
「おんなじ」
「違うと思うけど」
「だって、好きだから、止めない」
「好きって?」
「みんな好き」
「みんなって?」
「みんなは、みんなでしょ」

スニーカーの紐を結び終える。
一瞬迷って、そのままゆっくりと立ち上がった。
なお振り返ることなく、ドアノブに手をかけて捻る。

「好きだから止めたいって、思わない?」

そのままノブを引いてドアを開けると、冷たい風が吹き込んできた。
思わず身を強ばらせる。

「それ言わせて、どうすんの?」

もう遅いって言ったのは、自分のくせに。
どこか乾いた声でそう漏らしたら、背後で小さく息が漏れるのが聞こえた。
それに小さく目を伏せて、河合はドアをくぐった。

「明日は久々のオフなんだから、ちゃんと休みなよ」

ドアが背後で閉まる瞬間最後に聞こえたのはそんな言葉。
きっと眉根を寄せてどこか険しい顔をしているんだろうと、なんとなくおかしく思う。


閉まる音が耳に消えた瞬間、河合はその場にずるずると崩れるように座り込んだ。
何故だか膝が震えて立てなかった。

別に五関の言葉に何かがあったわけでもない。
ただ、いつのまにか、そう、いつのまにか。
三人の心からの満面の笑顔が思い出せなくなっている自分がいて。

おかしくなったのは自分だ。
変わることを恐れて普遍を望みすぎて、いつのまにか自分で自分がわからないくらい、変わってしまった。
大人になりたかったのだと思っていたけれど、本当はいったい何になりたかったのだろう。
そして今自分は、いったい何になろうしているのだろう。

冷たい夜の空気の中で座り込んだまま、河合は薄暗い天井をぼんやりと見上げていた。










TO BE CONTINUED...






暗いな!
しかしわとさんの十八番というか書きやすいのは実はこの手の感じです。
そしてそんな気はなかったはずなのにやはりおいしい五関さん。
やはり無意識に贔屓してしまう気配・・・。
贔屓っつーか、明らかに塚戸より実は優しい感が滲んでいる(笑)。
私やっぱり所詮五河本命だから五関さんに夢見てしまうのね・・・くそ・・・五関さんめ・・・(なによ)。
いやでも、極限状態になった時にそれでも相手を気遣いそうなのは、独断と偏見で五関さんなのだなぁ、やはり。
でもそれはこの場合弱さの裏返しの優しさ的な。
五関さんはやはり塚ちゃんトッツーより根本が脆そうというか弱いかもなーというイメージがあって。
だからこの場合の五関さんの滲む優しさっぽいものはたぶん弱さというか開き直りきれない部分の裏返しだと思います。つくづくどうしようもない話だ。
とりあえずまだまだイミフな話ですいません。
ていうかまだ続くのかよって感じですいません。
とりあえずごっちはこんな感じなのであんまはっちゃけられなかったなぁ!
ていうか塚ちゃんとトツで若干はっちゃけすぎた気もします。そしてエロは実は五河が一番書きにくい罠な。本命なのに!
(2008.2.12)






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