Good morning,Angel?










先輩のバックでコンサートツアー真っ最中の、あるホテルの朝。
藤ヶ谷の目覚めはいつも北山の目覚ましで始まる。

今日も今日とて凄まじい音量で鳴り響くそれにパチっと目を開け、むくりと上半身だけを起こす。
重い瞼を緩慢にこすって大きな欠伸を一つ。

「ふぁ〜〜・・・。うー・・・ねむ・・・」

昨日もあまり早く寝られなかったからなかなかにしんどい。
更にこみ上げてきた欠伸を小さく噛み殺すと、未だ鳴り響く大音量の目覚ましを耳に暫しぼんやりする。
確かに眠いことは眠いが、これだけの音をずっと響かせていればもはやこれ以上眠ろうという気はなくなるというものだ。
そういう意味では、それは正しく目覚まし時計としての役割を果たしていると言えるだろう。
ただしそれはあくまでも持ち主でない藤ヶ谷だけの話で、肝心のその持ち主にはまるで効果がないのが現状だ。

藤ヶ谷はちらりと自分の隣を見る。
隣のベッドを、ではなく、正しく自分の隣をだ。
白いシーツに身体を横たえて安らかな寝息を立てるその色白の顔はどうにも幼くて、藤ヶ谷より二つ年上には到底見えない。
あどけないそれを栗色の柔らかな髪が彩っていて、まるで見た目だけなら天使のようだ。

「かわいー・・・」

藤ヶ谷は思わず頬を緩めてぽつんと呟く。
しかしそんな天使の寝顔の傍で未だ目覚ましの大音量は鳴り響いている。
時計はその寝顔のすぐ傍に置いてあって、藤ヶ谷よりもさらに耳に直に音が響くだろうに、その寝顔はぴくりとも動かない。
藤ヶ谷は小さく息を吐き出すと、軽く身を乗り出してその目覚まし時計を止めた。
ぴたりと音が止んで、部屋に朝の静けさが戻ってくる。
しかし寝ている人間を起こすことが目的のそれを起きる前に止めてしまっては、実際のところ意味がない。
特に本来の持ち主が起きていないのではなおのことだ。
けれどいい加減うるさいし、これだけ鳴っているのに起きないのではこれ以上鳴らし続けても同じことだし、何よりもどうせこんなのはいつものことなのだ。
目覚ましの持ち主は北山だけれど、それで実際目覚めるのはいつも藤ヶ谷で、その藤ヶ谷が北山を起こすというのが二人のセオリーだった。
そう、それは最早二人の間では当然のことなのだ。
何故なら北山は致命的に寝起きが悪いから。

そうして藤ヶ谷はぼんやりする頭がゆっくり覚醒していく間、ただじっと北山の寝顔を見ていた。
まさに天使のような、と言って差し支えない幼く愛らしい顔立ち。
初めて会った時は「なんて可愛い子なんだろう」と思ったものだ。
特に笑うとますます幼くて、藤ヶ谷はそんな顔がとても好きだ。

「・・・こんなに可愛いのに」

ぽつりと呟いて、少し身体をずらして覗き込むようにしてみる。
けれどその拍子に小さく走った腰の痛みに藤ヶ谷は思わず顔を顰める。
そうして否が応でも昨夜のことを思い出して、無言で腰をさすった。

毎度のことと言えばそうだが、この天使のような幼げで愛らしい顔をした年上の恋人は、中身が容姿を完全に裏切っている。
少なくとも天使は、泣いて懇願する相手に唇の端を上げて焦らす言葉を吐いたりしない。
耳元に妙に低くていい声で意地悪な言葉を囁いたりもしないし、「お仕置き」なんて言葉は使わないし、実際縛ったりなんかもしない。
そんな天使はありえない。そんなの天使じゃない。
そう、当たり前だ。
今藤ヶ谷の目の前で天使の寝顔を晒すこの北山宏光は決して天使などではなく、むしろ恋人いじめが趣味みたいな男なのだから。
そうしてみるみる内に昨夜の行為が記憶に蘇ってきて、藤ヶ谷は一人顔を赤らめる。

もちろん自分達は恋人同士で、これは合意の上での行為なのだ。
だから別に嫌というわけではないけれども、どうにもいつもいつも好き勝手されている感は否めない。
それすらも好きだからと言えばそれまでだが、何回したってあの時のどうしようもない羞恥心はいつまでも拭いようがない。
藤ヶ谷は一見したら遊んでいるように見られるけれど、こう見えて意外と奥手で、その手の経験はかなり少ない。
そこへきて男同士の行為なんていう未知のものを、いつのまにか北山の狡猾な手口で半ば身体で無理矢理覚えさせられてしまったので、未だ北山には何一つとして抗うことができないのだ。
いつもされるがままだから、いつまで経っても慣れない。
そんな様子をよく北山から「お前はいつまでも初めてみたいだな」などと揶揄されるのが、藤ヶ谷は特にいたたまれない。
慣れられるものなら慣れたい。
経験の少ない藤ヶ谷にだって、いわゆる「マグロ状態」が相手にとっていいわけがないことくらいは判る。
いくらいいようにされているとは言え、それでも藤ヶ谷は北山だから、北山が好きだからこそそれを許しているわけで。
だからこそ自分も北山に何かしてあげたいとは思うのだけれども、それは早々上手くはいかない。
いかんせんいざとなると緊張してしまうし、そんなことをしている内に北山の巧みな手に籠絡されてしまうから駄目なのだ。

「はぁ・・・」

静かな部屋にそっと吐き出されたため息の混じった小さな声。
けれどそれとは裏腹に藤ヶ谷の表情はやんわり笑んでいた。
その天使の寝顔を見つめて、それは幸せそうに。
どんなに意地悪で手酷いことをしようとも、北山は結局はそんな表情を藤ヶ谷にさせてしまう。
それは藤ヶ谷が北山の素直でない面を誰より知っているからだ。
どんな仕草もどんな仕打ちも、その根底に自分への気持ちがあると感じているからだ。
全てを無条件にそう受け取ることが良いことなのかどうかは正直よくわからないけれど。
何があったとしても結局離れられない意味を考えれば、そんな自分は幸せなんだろうと藤ヶ谷はいつも結論づける。
そしてそれは、そう信じていたいという気持ちの裏返しでもある。

「・・・・・・朝から色っぽい声出してんね」

ひどく微睡んだ声で聞こえてきたそんなセリフ。
はたとすれば、目の前の幼い顔が重い瞼を億劫そうに開けて、未だ夢の世界に半分意識を置いてきたみたいな表情で藤ヶ谷を見上げていた。
顔立ちには似合わぬ低めの声が寝起きのせいで掠れていて、そっちこそ余程色っぽい、と藤ヶ谷は思う。
とろとろと今にも再び眠ってしまいそうな北山に小さく笑って、藤ヶ谷は顔をそっと近づけると目の前で手を振ってみる。

「おっはよー」
「おー・・・」
「そろそろ起きないとまずいよ?」
「うん・・・」
「まだ眠い?」
「うん・・・」
「北山はほんとに朝弱いよなぁ」

自分の言葉にただこくこくと頷くだけの北山の姿は、判ってはいてもやはり子供のように可愛らしくて。
藤ヶ谷はくすりと笑うと、自然と手を伸ばしてやんわりと頭を撫でてやる。
ふわりとした髪の感触がまた愛しくて、暫くそんなことを続けた。

「・・・ふじがやぁ」
「ん?」

呼び方まで幼い。
藤ヶ谷は呼ばれるままに、さらに顔を近づけて窺うように覗き込んでみる。
すると視線の先のぼんやりした表情が、けれど唇の端だけをゆるりと上げたのが見えてハッとする。
けれど時既に遅し。
急に伸びてきた白い腕が藤ヶ谷の身体をするりと流すようにして倒すと、そのままシーツに押しつけてしまう。
代わりに北山はのそりと起きあがって、片手で押さえつけるようにして見下ろしてくる。
藤ヶ谷は唖然とした表情でそれを見上げた。

「ちょ、北山、・・・遊んでる場合じゃないんだけど」
「大丈夫。遊びじゃないから」

ふふ、と何かを含ませて笑う顔が愛らしい。
けれどもだからこそちょっぴり恐ろしい。
その白い手がするすると藤ヶ谷の褐色の肌を撫でるように滑る。
覚えのありすぎるその感覚に思わず引け腰になって、藤ヶ谷はストップをかけるように目の前に手を掲げる。

「ちょ、ちょちょちょちょっま、北山さん待って!」
「待ってはなしっつっただろ、昨日」
「昨日は昨日!今日は今日!もう朝だから!ねえ朝だから!」
「・・・ふじがやぁ」
「な、なんだよ・・・」

天使の微笑みが藤ヶ谷に降ってくる。
優しく愛らしいそれはきっと、中身を綺麗にコーティングして覆い隠してしまう、まるで罠みたいなものだ。
じっと自分を見下ろしてはゆっくりと近づいてくるその顔に、藤ヶ谷はまるで蛇に睨まれた蛙の如く硬直する。
・・・天使の実態はその実蛇だなんて、いくらなんでも酷すぎる気もする。
そうしてすぐそこまで、あと僅かで触れてしまうというところで、北山は動きを止めた。
藤ヶ谷をじっと見つめてはなんだか酷くおかしそうに、ちょっとだけ悪戯っぽく笑った。

「ダメだよお前」
「は?」
「色っぽいから」
「はい・・・?」
「あんな声出しちゃったり、こんな痕見せちゃったり、ねぇ。いい目覚ましにはなるんだけどさ」

あんな声、とは恐らく北山が目覚めた時に聞いた藤ヶ谷のため息混じりのそれのことだろう。
そしてこんな痕、とは今開いたシャツの隙間からチラチラと覗く褐色の肌に刻まれた朱いそれのこと。
鎖骨の辺りにある一つを指の腹で辿るようにして触れながら、北山は随分と楽しそうに笑った。
その笑顔がまた子供みたいに幼げだから逆にタチが悪い。
藤ヶ谷は思わず目眩を覚えるような感覚に陥る。

「あのね、全部お前のせいなんだからな・・・」
「そりゃそうだ」
「もう、いいから起きろって!お前はほんとに寝起き悪いなー・・・」
「起きる起きる。さすがに朝から一発、とはいかないし」
「・・・むりむり、無理ですから北山さん。俺踊れなくなっちゃう」
「それはさすがにキスマイ的にも困るしね」
「うん、うん、うん、だからね、起きてくださいっていうか早く退いてください・・・」
「だから代わりに、・・・ね」
「え?・・・・・・っん、んんっ!」

気付いた時には既に唇が重なっていた。
その栗色の柔らかな髪が頬に触れてくすぐったい。
頬を撫でてくる北山の手が心地良い。
けれどそんな甘ったるい感覚とは裏腹に強引で激しい口づけは、折角目覚めた意識をまた底に叩き落としそうになるくらいで。
藤ヶ谷はうっすら細めた目を微かに潤ませて、縋るように北山の肩に腕を回す。
その感覚に北山は薄く笑うと、一度角度を変えて舌を絡めてからゆっくりと解放してやった。

「ん、はぁ・・・」

透明な糸が互いの唇を引くのが見える。
呼気を奪われて浅く喘ぐ藤ヶ谷の濡れた唇の端に親指を当てると、まるで見せつけるようにゆっくりと拭ってやる。
藤ヶ谷はそれすらもされるがままで必死に酸素を取り戻しながら、さすがに睨むように見上げた。

「はぁっ、はぁっ、この、このばか、・・・っきたやまの、絶倫っ・・・・」
「あはは、褒めてくれてありがとー。ほんじゃ、期待に応えてほんとにやっちゃう?」
「してないよ!期待とかしてないから!」
「お前はいちいち反応が楽しいんだよ」
「そんなのお前のせいじゃん・・・」
「確かに。・・・藤ヶ谷はほんとは奥手で何も知らない子だったのに、俺のせいでこんな感じるようになっちゃったんだもんな?」
「・・・もうね、言い方がおっさん以外のなんでもないから」
「お前にだけだよ」
「・・・はぁ。もう、ほんと起きようよ」
「はいはい、んじゃ今日も一日頑張りますかー」

よっこらせ、などとますますおっさん丸出しな声を上げつつ、北山はようやくベッドから起きあがる。
その自分より小柄な後ろ姿を見て、藤ヶ谷は今さっき拭ってもらった唇に自分でもそっと触れると、暫し沈黙する。
けれどそのまま起きあがることもなく小さく俯いた。
それに気付いた北山がふと不思議そうに振り返る。

「・・・藤ヶ谷?どした?」
「・・・・・・」
「藤ヶ谷?」
「・・・北山さいあく」
「あ?」

ぼそぼそと呟く声が小さくてよく聞こえない。
北山は眉根を寄せながら再び藤ヶ谷の方に寄っていって、ベッドサイドに腰掛ける。

「ほら、起きるんじゃないの?お前支度遅いんだから早くしろよ」
「・・・起きれない」
「起きれない・・・?」
「お前のせいで起きれないんだよー!ばか!」

最早真っ赤になってしまった顔では、藤ヶ谷は力ない手で北山の胸をべしっと叩くのが精一杯だ。
しかしその一発で北山は不思議そうな顔に、また天使のような、そのくせ酷く意地の悪い笑みを浮かべる。

「ふじがやぁ」
「・・・なんだよもー!」
「今日は二人で重役出勤する?」
「しないよばか!ばーか!」

こうして二人の朝はいつも通りに過ぎていくのだった。











END







単なるイチャイチャ北藤。
何やら過去記事で、北藤がよく同部屋になり、みっくんがめちゃくちゃ寝起き悪くて目覚まし沢山つけるんだけど、それで実際目覚めるのはガヤだっつうありえねー萌え話がね・・・(震撼)。
というわけで北山様の朝一の暴走をお届け(ひどい)。
それにしても思った以上にイチャイチャしやがりますよこいつらったら!
だってねえ・・・基本的にガヤが中身乙女なんだもの・・・そしてみっくんはサドなんだもの・・・。
中身と見た目と逆なのが超萌えよね!まったく!(鼻息荒く)
そして北藤は割とエロがあってナンボな空気を感じます。
でも本番とか書いたら割と北山様がシャレにならん気配を感じて恐ろしいです。
さすがは村上の後継者みっくん!
まぁいつかは書きたいよね(マジでか)。
ちなみに天使ってのはお互いにとっての天使なわけです(寒)。
みっくんは見た目が天使、ガヤは中身が天使。
(2006.6.1)






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