手が触れ合う遠い距離










楽屋に行ったら、珍しくそこには戸塚しかいなかった。

「あれ、トッツーだけ?」
「あーうん。五関くんと塚ちゃんはまだみたい」
「そっかー」

荷物を降ろしながら頷く。
戸塚はソファーに腰掛けて膝の上にギターを抱え、最近お気に入りの曲をゆるりと爪弾いている。
靴どころか靴下まで脱いで、あぐらをかいて、弦を覗き込むように頭を垂れるその姿。
それは割といつもの光景。
けれど河合はいつものようにその姿に釘付けにされる。
頭を垂れることによってサラリと流れる真っ直ぐな黒髪、弦を抑える大きな手、爪弾く長い指。
ギターを弾いている時の戸塚は普段と少し違うと思う。
ただ何がと言われると、河合には上手く答えられない。

上着を脱いで、荷物の上に畳んで置いておく。
しかしその時点で河合は手持ちぶさたになってしまった。
持ってきた漫画でも読もうか、それともキスマイの楽屋にでも遊びに行こうか、そんなことは一応考えるけれど。
結局はただその場に立ち尽くしてぼんやりとソファーの上のその姿を見つめるだけだ。
それは不自然なことこの上ない。
けれど何とはなしにここまで来てしまった。
一体いつからなんて判らない。
ただ、五関か塚田、そのどちらかでもいてくれれば少なくともこんな風にはならないから、河合がそうやって戸塚を見つめるのはこうして予期せず二人きりになる時だけだった。
そしてそうやってここまで来てしまったのは、この視線に気付いているのかいないのか、戸塚がそれについて何も言わないからだ。

我知らず小さく溜息をつく。
それに反応したのかは判らない。
戸塚がふと顔を上げると、唐突にふわりと笑った。
それはまるで不意打ちで、河合は心臓が跳ねる程驚いた。
いくらなんでもメンバーなのだから、笑顔くらいもう慣れきっているはずなのに、まるで自分に向けられるそれがたとえようもない僥倖のように感じられた。

「河合」
「・・・なに?」
「こないださ、ギターやってみたいって言ってたじゃん?」
「ああー・・・うん、うん、言った」
「だから今日簡単な譜面持ってきたんだよね。やる?」
「・・・あ、うん。やるやる!やった!」

言われたことを頭の中で整理して、河合は笑いながら大きく何度も頷く。
そこでようやく緊張を解かれたようにそちらに歩み寄り、その隣におずおずと腰を下ろす。
なんだか妙にホッとしている自分がいた。
その笑顔とその言葉で、なんとなく近づくことを許されたような、そんな気がした。



「じゃあ、まず俺弾くからちょっと見てて」
「はいはーい」

抱えられたそのギターの弦にかかる指先。
座った状態で軽く身を屈めるようにしながら、その手元をじっと見つめる。
長い指先がゆっくりと弦を確かめるように弾いていく。
河合の練習用の曲だからか、いつも戸塚が弾いているものよりも随分簡単な旋律だ。
けれどそれでもなんとなく、ああトッツーのギターだなぁ、なんて河合は思った。
ギターのことなんてさっぱり判らないし、音楽だって自分の好きなアーティストのCDを聴くくらいなのに、まるで知ったような気持ちで。

「基本的にはこのメロディの繰り替えしだから・・・ここ憶えちゃえば最後まで行くのは割と簡単かな」

そう言いながら譜面に視線を落として緩く頷く。
それに頷き返しながらも、河合は依然として戸塚の手元を見ていた。

「でも、なんか、あれだよね」
「んー?」
「トッツー、手おっきいから、いいなー」
「あー・・・そうかな?」

それに少し驚いたように、戸塚は弦を離して自らの手を広げてまじまじと見る。
戸塚は愛らしい顔立ちをしている割に手はかなり大きい。
けれどその大きな手を不思議そうに開いたり閉じたり握ったりする様はなんだか子供みたいで、そのアンバランスさがおかしくて可愛らしくて、河合はくすりと笑うと小首を傾げる。

「うん。やっぱ弦抑えるのも手は大きい方がいいじゃん?」
「まぁ、そうかなぁ。・・・河合は、手ちっちゃいもんね」

そう言って、開いたり閉じたりしていたその大きな手で何気なく手を取られた。
少しだけひやりとした感触。
思ったより冷たかった。
それに思わず唾を呑む。
けれど戸塚は特に気にした様子もなく、今度はその手で河合の小柄な手を開いたり閉じたりさせる。

「うーん、ちっちゃいね」
「・・・わーかってるよっ。結構気にしてんの!」
「あ、そうなの?指自体も細いねー」

それはよく言われる。
まるで女の子みたいな手だと。
そんな形容は当然嬉しいはずもなく、かと言ってさしてコンプレックスになっているわけでもない。
確かに男としては大きい手と長い指に憧れはするけれども。
そう、さしたる関心事でもないのだ。
今こうして自分の手を取ってみせる、大きな手を持つ目の前の男にとっても。

そんなことを頭の中でグルグルと巡らせながらも、河合は敢えてつまらなそうに眉を寄せてみせる。

「俺、ひょっとしてギター向いてない?」
「うーん、そうかも」
「ちょ、はっきり言うなよー・・・」
「あはは、大丈夫だって。別に弾けないわけじゃないから」

河合の手を離して笑ってみせる。
無邪気で幼げな笑顔。
河合より一つ年上には見えない。
まるで子供みたいな笑顔。

「でもやっぱ、トッツーみたいな方がいいよね」

離れた手。
それを追うように視線をやりながら呟く。
言われて、戸塚は再び自らの手を開いてじっと見る。

「おっきくてさ、色々弾けそう」

戸塚はただじっとひたすらに自らの手を見る。
その視線は河合には行かない。
瞬き一つせず、自らの大きな手のひらに注がれる。
何かの拍子に、横顔に黒く真っ直ぐな髪が流れた。
それで上手い具合に顔が隠れてしまう。
河合はふと気になって、思わず覗き込もうと身を屈めた。

すると長い指先が一つ弦を弾いて。

「大きくても、何か特別多くのものを掴めるわけではないけどね」

結局覗き込むことはできなかった。
今その黒い髪に隠れた表情を、今自分は見てはいけない気がして、見ることさえできない気がして、河合はその場で固まったように身動ぎ一つできずにいた。
自分は何か言ってはいけないことを言ってしまった気さえした。
けれど思わず言葉を探す河合に、戸塚がふと顔を向けてきて、笑った。
また子供みたいな笑顔。
けれど近づくことを許されない笑顔。

「じゃあ、河合もやってみる?」
「うん・・・やるやる。手のサイズは気合でカバー!」
「そうそう、音楽はハート!」
「だよね!」

笑って頷き合う。
そしてギターを貸してもらい、ゆっくり教えてもらった。


本当にただ嬉しかっただけだった。
近づくことを許されたような、そんな気がして。
けれどその言葉もその笑顔も、結局自分には見えていない。
手の温もりを感じてもなお見えないのなら、自分と彼との距離は永遠に縮まらないのかもしれない。


河合は慣れない弦を押さえ、視線をそこに落とす。
横顔にあの笑顔を感じる。その熱を感じる。その存在を感じる。
けれどただそれだけ。見えやしない。

「ね、トッツー」
「んー?」
「ありがとねー」
「んー。河合がやりたいって言ってたから」
「・・・ん、ありがとー」
「河合が言ったから」

愛らしい笑顔でそんなことを言ってもらえる幸せ。

けれど君のその大きな手で掴みたいものすら見ることができない僕は幸せ?










END






早速書いてみましたトツフミ。
やーネガネガ!
まだ試し書きみたいな空気ですけどまぁ割とこんなイメージ。
もうちょっとトツをちゃんと色々書きたかったんだけども〜・・・まぁ追々。
トツフミはフミトの片思いか、もしくてトツも好きなんだけどお互い通じ合えない両片思いがいいね。いいね!
薄幸萌えのわとさんのツボにクリーンヒットですトツフミ。
(2007.3.24)






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