カッコつかない
お目当ての人物が楽屋に見あたらなくて、河合はスタジオの廊下をうろうろと歩いていた。
すると向こうから小柄な知った顔の少年が歩いてくるのが見える。
相手は小さいジュニアの中では今推されている子だ。
河合もようやく最近メールアドレスを交換したばかりだった。
「おっ、山田くーんっ」
「あ・・・お疲れさまですっ」
軽く手を振って近づくと、慌ててぺこりと頭を下げられた。
山田は歳の割に他の子供達に比べると随分と礼儀正しいのが印象的な子だった。
だいたいこの年頃ならまだあらゆる意味で遠慮がない子が多いが、この子は思えば事務所に入った当初からそうで、その実力に反して過ぎるくらいに控えめだ。
まだ若いのに偉いなーなんて思う反面、まだ自分にはあまり慣れてくれていないのかな、とも思う。
河合は元々子供好きだし小さいジュニアを構うのが大好きだが、いかんせんそのきつい顔立ちのせいか第一印象で怖く見られがちなのだ。
一度うち解けてしまえばその人懐こさに小さい子達も遠慮なしにじゃれついてくるようになるのだけれど、最初はどうしても難しい。
河合自身意外とこれで人見知りな面があるし、変な部分を気にしてしまうせいもあって、グループの他のメンバーのようにナチュラルにいけないのが実はこっそり悩みだったりもする。
実際山田とメールアドレスを交換したのだって、五関に仲立ちをして貰ってようやくだったのだから。
「今日はレッスン?」
「はい、あの、今度の収録で新しい曲をやるんで・・・」
「そうなんだー。新しい曲って、一人?」
「まさかっ!裕翔くんともりもっちゃんと一緒です」
「そっか。頑張ってる?」
「えっと・・・まだちゃんとはみんなで合わせられてないんですけど、でも、がんばってます」
「そっかそっか」
控えめながら、その少女のような穏やかな顔をやんわりと崩して微笑み頷く様に、河合もつられるように笑い返して頷く。
ほんとに可愛い顔してるなぁ。
なんか普通に話せててよかった。
河合は内心そんなことを思いながら、何気なく続ける。
「ま、森本がいるってことはなかなか合わせるのも大変だよなー。あいつ集中力ないし」
「あはは、そうなんですよね。いっつも、もりもっちゃんが飽きてどっかいっちゃうんです」
「そんで他のヤツと遊んでんだよなー・・・わかるわかる」
「ほんと、そのくせ連れ戻しにいってちょっとでも僕が怒ると拗ねるんですよ?」
「あいつほんとガキだなぁ・・・」
その図が容易に想像できて、河合は思わず苦笑してしまった。
けれどそれに対して山田はふふっとおかしそうに微笑んでは、小首を傾げてみせる。
「まぁ、実際まだ子供なんで、しょうがないですけど」
「・・・山田くんてオトナだなー」
「えっ、いや、そんなことないです」
「いやオトナだよ・・・アレをそう言えるってのはかなりのオトナレベルだよ・・・」
あのトラブルメーカーを絵に描いたような小さな台風をしてそんな風に言えるのは、たとえ年上のジュニアの中にもなかなかいない。
それがまさかたった二つ年上なだけの、しかもキャリア的には森本よりも下の少年が言うのだから感心してしまう。
「そんな・・・オトナレベル、ですか?」
「レベル高いわー。伊達に一緒にいないんだなぁ。むしろ俺よりオトナかもな」
「いえ、そんなことないですっ・・・」
慌てて頭を振りながら否定する様すら微笑ましく眺めつつ、河合はふと思い立ったように訊ねた。
「あ。あのさ」
「はい?」
「山田くんさ、五関くん見なかった?」
「え・・・五関くん、ですか?」
「うん。さっきから探してんだけど、見つかんないんだよね」
自分達の楽屋にいなかったから、てっきりキスマイかもしくはヤーヤーヤーの楽屋にでも行っているのかと思って顔を出したが、そこにも見あたらなかった。
もしかしたら近くのコンビニにでも出掛けているのだろうか。
そんなことを考える河合を前に、山田は何か躊躇うような仕草を見せつつ、上目で恐る恐る言った。
「あ、あのー・・・」
「ん?」
「五関くんなら、たぶん、もりもっちゃんと一緒だと・・・」
「え?森本?マジで?」
「はい、あの、たぶんレッスン場にいると・・・」
「えー、そうなんだ。なに、森本と一緒に遊んであげてるとか?」
五関と森本ならあり得る、と河合は納得したように頷く。
五関はああ見えて河合と同じくらいかそれ以上に子供好きで、暇さえあれば小さなジュニアを構っていることが多い。
どんなに激しいレッスンやリハーサルの後でもねだられれば必ず構ってやるし、自分からもちょっかいを出すし、小さな子相手ならばその笑顔すらも出血大サービスだ。
中でも物怖じしない森本は五関の大のお気に入りで、森本自身も相当五関に懐いている。
そのことを考えれば一緒にいたとしても何ら不思議ではない。
けれどそんな風に頷く河合を見て、山田はなんとなく気まずそうに笑いながら、おずおずと答える。
「ていうか・・・もりもっちゃんが、振りわかんないとこあるから教えて欲しいって、五関くんに言ってて・・・」
「あー・・・そっか。じゃあ教えてあげてんのか」
「たぶん・・・」
「ふーん・・・」
「はい・・・」
何故だか妙に神妙に頷く山田に、河合もなんとなくピンと来る。
その様子は森本の性質をよく判った上でのものなんだろう。
「・・・な、山田くん」
「はい・・・」
「森本、もうレッスンやった後なんだよな?」
「はい・・・もう2時間くらいは・・・」
「あいつのことだから、集中力なんてとうに切れてるよな・・・」
「はい・・・すいません・・・」
「いや、山田くんが謝ることじゃないんだけど・・・」
とことん苦労してんだな、と河合は同情するように思った。
そして同時に、そんな森本が素直に振りを教えて貰っているとは思えない。
そこら辺五関とて判っているだろうが、その分河合も知っている。
五関は子供には甘い。
それは河合以上だろうと思う。
「あの、たぶん、五関くん今頃大変だと思うんで・・・」
「だよ、ねー・・・」
「はい・・・」
「あー・・・じゃあ、俺、ちょっと行ってくるわ」
「あ、僕も行きますっ・・・」
そうして軽く頭をかきながら件のレッスン場に向かう河合に、山田も慌てて着いていくのだった。
けれど事態は予想以上のものだった。
「・・・なにしてんの?」
「ちょ、もりもっちゃんっ・・・!」
レッスン場に到着するや否や、河合は軽く目を見開きつつ、もはやいっそ呆れたように呟いていた。
そしてそれとは対照的に、山田は目の前の光景にもはや悲鳴に近い声を上げている。
「あ、やまちゃーん!河合くーん!」
森本は二人の反応などお構いなしではしゃぎながら手を振ってくる。
振ったのと逆の手は、今自分が上に乗った人間の肩にしがみつくように置かれていた。
そして今森本にお馬さんよろしく四つん這いで背中に跨られている人間は、思いきりばつ悪そうに目を逸らしている。
さすがに見られた相手が気まずかったのだろう。
何せこの体勢だ。
いつもの落ち着き払った様子など微塵もない。
むしろダンディ形無しだった。
「えーと・・・お馬さんごっこ?」
なんとか目の前の光景に合う言葉を探し出す。
そう、それが一番正しいだろう。
小さな子を上に乗せて遊んであげている面倒見のいいお兄さん、ただそれだけだ。
けれどそうは言っても、やはり目の前の光景はなかなかに凄いものがあった。
河合はなおも呆れたように半笑いで言いつつ近寄っていく。
遊んであげるのは別にいいし、そんな体勢とて五関がいいと言うのなら、それはそれでいいとは思うのだけれども。
「森本ー、なにしてんのー?」
二人の前まで近づくと、まずは上に乗っている小さな台風に声をかけてみる。
すると森本は不思議そうに一度首を傾げてから、邪気のない笑顔でしゃあしゃあと言ってのけた。
「あのね、五関くんと遊んでる!」
「そっかー。でも五関くんをお馬さんにするとはお前もやるなー」
「だって五関くん、すごいんだよ!」
「んー?なにが凄いの?」
「他の人より乗りやすいの!」
「へー・・・」
「藤ヶ谷くんとかー、横尾くんとかー、藪くんとかー、太陽くんとかー、色々乗ってみたんだけどね、五関くんが一番なの!」
「・・・・・・それって、つまりあれかな、ちっちゃいからかな」
「そうみたい!」
「なるほどねー・・・」
と言いつつその下をさりげなく見る。
そこには軽くむすっと眉根を寄せた顔があった。
恐らくは「ちっちゃい」辺りに反応したのだとは思う。
自分から言う程ではないが、他人に言われればそれなりに反応する程には気にしているのだ。
けれどそんな体勢で不機嫌気な様子を見せられても、正直まるで怖くない。
なので敢えてそちらには触れず、なお森本に話しかける。
「五関くんが乗ってもいいよ、って言ってくれたんだ?」
「うん!乗りたいって言ったら乗せてくれた!」
「そっかそっか。・・・優しいお馬さんだねー」
と言いつつまたさりげなく見る。
すると今度は「言いたいことがあるならはっきり言え」と言わんばかりの視線を向けられた。
けれどそこで自分から何か言ってこない辺り、森本の前では言うべきではないと思っているんだろうから、やはり子供には甘い。
そのくせ俺に見られるのは嫌なんだな。
河合は改めて五関をじっと見て、思わず吹き出すように笑ってしまった。
「お馬さん、正直今まで見た中で一番かっこ悪い」
「・・・・・・おい、河合、」
元々高めの声を低く這わせるようにして、堪らずと言った体で呟かれた声。
その続きは恐らく「後で憶えてろよ」と言ったところだったんだろう。
常にはないその様子が本当におかしい。
河合は更に笑みを深くしてしゃがみこみ、覗き込むようにして笑いかけた。
「でもそういうお馬さんも、好きだよ」
「・・・・・・」
珍しく言葉に詰まっているのがあからさまに判ってますますおかしい。
何も本気で感情が表に出ない完璧超人だと思っていたわけでもないが、ここまで酷いのも言葉通り初めてで、なんだかそれが無性に愛しかった。
今日は本当に珍しいものが沢山見れる日だと思う。
そんな中、上に森本を乗せた五関と無言で見つめ合う河合という訳の分からない状況で、当のトラブルメーカーは何も判っていない様子で平然と言った。
「河合くんも乗りたいの?五関くんに乗せてもらう?」
それにはさすがに二人とも同時に吹き出してしまった。
他意などあるわけがないのだが、さすがに気まずい想像が二人の脳裏を過ぎる。
けれどそこでハラハラと事態を見守っていた山田がようやくすっ飛んできて、五関の上から強引に抱えるようにして森本を引き剥がした。
さすがに山田も幼いから二人の想像したことが判ったわけではないが、ただ森本が何かまずいことを言ったということだけは判ったようだ。
「もりもっちゃん!そろそろいくよ!まだレッスンあるんだから!」
「えー!まだ遊びたい〜!!」
「だめ!ほんとに怒るよ!」
「やまちゃんのケチ!」
どこにそんな力があるのか、むくれる森本を強引に抱えると、山田は二人に深く頭を下げてから慌てて部屋を出て行った。
それから残された二人は互いに顔を見合わせる。
五関は未だ若干ばつが悪そうだ。
身を起こしてその場に改めて座りながら、少し乱れてしまった黒髪を手で整えている。
それを見て、河合はしゃがんだままふっと柔らかく笑んだ。
「五関くんてさ、」
「・・・なに」
その声の調子はすっかりいつも通りの落ち着き払ったそれだ。
けれどやはり動揺は隠しきれていない。
可愛い人だな、と心の中がなんだか妙にくすぐったくなった。
「将来絶対いいパパになるよね」
「・・・・・・褒めてんの?」
「うん、大好き」
「・・・・・・そ」
「うん」
END
あのエビ連載の五関さんの森本に対する威厳のなさがあんまりで(笑)、可愛いやらかっこ悪いやらでちょっとたまらんかった勢いです。
同期以上のジュニアには格好いい格好いい言われてんのに、チビッコにはそんなだなんて(笑)。
やべーよあの五関さんほんと可愛すぎるー!!
わとさん、普段男前な攻めが見せる可愛さとかかっこ悪さとかそういうの大好物なの・・・。
ていうか森本すげえよな(素)。
そして将来的には山田×森本になってほしいです(いいから)。
(2007.1.6)
BACK