Be My Gilr ? 2










壁の端から端、それは部屋を二分するように床に貼られた二本の白いテープの内の扉側の手前で、藤ヶ谷はしみじみと呟くように言ったものだった。

「ふみ子ちゃん、今まで男だと思っててごめんなー・・・」
「ちげーよバカ!俺は男ですー!つーかふみ子ってなんだよ!おれふみとだよ!」
「はいはい河合ちゃんいちいち食いつかないの!それ以上近寄らないの!」
「だって塚ちゃんっ、この前髪がー!」

河合はムッと眉根を寄せたまま藤ヶ谷を指差し、訴えるように塚田を見る。
しかしその藤ヶ谷と河合の距離は優に1メートル以上あった。

いくらなんでもばれずに隠し通しておくには無理がありすぎる。
そもそも胸以外の部分だって変化してしまっているのだから。
河合の突然の変化に対し、メンバー三人はそう冷静に結論づけると、いつものように遊びにきたキスマイのメンツをあっさりと楽屋に通してやった。
ただし、楽屋内にその間が1メートルの二本のラインを引いて、それ以上河合に近寄らないようにと重々警告した上で事情を説明したのだ。
最初は信じられない様子で聞いていた彼らだったけれども、当の河合を見て、その身体が明らかに小さくなっていること、いつも以上に細くなっていること、元より整った顔立ちが妙に女の子めいていること、そして何よりも・・・その確かに膨らんだ胸元から視線を外せなくなった辺りで納得したらしい。

「そんで?ふみ子ちゃんはなんでそんなことになったわけ?なんか変なもんでも食ったの?」

北山が偉そうに腕を組んで怪訝そうな顔で言うと、それにうんうんと頷いて二階堂がしたり顔をして呟く。

「いや〜衝撃の展開だなコレは!つーかふみ子ちゃんさ、それで今日リハーサルできんの?」
「だからお前らふみ子ちゃん言うなっつってんだろ!・・・やるよ。仕事はちゃんとやるの。問題ナシ!」

だからもう突っ込むな、河合はそう言ってふいっと視線を逸らした。
絡まれたり構われたりするのは大好きだが、この訳のわからない事態で好奇の視線に晒されるのはやはり居心地の良いものとは言えない。

「そうそう、もう説明はしたんだから、出てって出てって〜」
「俺らも色々準備あるから!作戦会議とか!」
「そういうわけだから、今日はこいつに近づくなよ」

それに同意するように頷いたのはメンバーで、さっさとキスマイを楽屋から出ていかせようとした。
やはりキスマイの前に今の河合を晒すのはよくないと結論づけて。
けれどそこで二階堂がふと思いついたように勢いよく手を挙げた。

「ねぇねぇ、ていうかさ、今郁人が着てんのってさ、郁人のじゃなくない?」

その上着見たことない、なんて。
二階堂が不思議そうに指差した先にいる河合は、ああ、と小さく頷いてその黒のジャケットの裾を細い指先で摘んだ。

「これ五関くんの。貸してくれたんだー」

へ〜、そうなんだ・・・なんて呟きながら、キスマイメンバーの視線が一気にそこに集中する。
正確に言えば、袖や腰周りは余っているのに、そこだけ明らかにきつそうな胸元だ。
スリムな形が災いしたのか、胸のボタンは何か大きな動きでもしようものなら飛びそうな具合になっている。
さっきまで羽織っていただけのそれは、キスマイを楽屋に入れるに当たって塚田が急いで留めてやったのだけれども、それは逆効果だった。
実は塚田や戸塚や五関もさっきからそれを感じてはいたのだけれども、それをわざわざ指摘することもさすがにできずにいた。
だからこそ早いところキスマイを追い出そうと思ったのだけれども。
なんとなく一瞬の沈黙が流れた中、ふと小声で呟かれた、恐らく本人的には無意識であろう言葉。

「・・・は、はれんち」

呟いた声の主を河合は敏感に察知した。
それにムッと眉を寄せ、河合は目を眇めるように細めると声の主に向かって低い声を向けた。

「せ〜ん〜が〜?」
「あっ、はい!なんでもないです!!」
「なんでもないことないだろー。はれんちってなんだよ、はれんちって。しっつれーなやつだなー」

河合は怪訝そうな顔で千賀に寄っていく。
生憎と千賀は一番端っこにいて、A.B.C.のメンバーからも基本的に無害な方に位置づけられていたせいもあって、さほど警戒されていなかった。
それだけに、塚田達は一瞬止めに入るのが遅れてしまったのだ。
しかしそれに動揺したのはメンバー以上に当の千賀だった。

「ほほほんとになんでもないですー!ていうか河合くんっ、なんで寄ってくるんですかっ!」

俺塚田くんたちに殺されちゃうんですけど!
心の中でそう呟いて両手をぶんぶんと振る。
けれど拒否されると余計にそうしたくなる。
河合は自分の今の状況を忘れかけては、狼狽えている千賀に思いきり飛びついた。

「これでどうだっ!吐けほら!」
「っ、ちょ、かわいくんっ・・・!」

それはもはや悲鳴に近かった。
為す術なくその細い腕に捕らえられた千賀は、顔をこれ以上ない程真っ赤にして泣きそうな声を上げる。
それがまた面白かったのか、河合はきゃらきゃらと笑って至近距離でその顔を下から覗き込んでみせる。

「なにお前、マジでなんつー顔してんだよー」
「か、か、かわいくん・・・っほんと、やめ・・・」

一見すると、襲われているのは千賀のようにも見える。
というよりか、何も知らない人間が見たら、それは年上の美少女に弄ばれる少年のようにも見えた。
千賀としては本当に止めて欲しかった。
何故ならそんな可愛らしい顔をしていても、千賀とて健全なる青少年なのだ。
その綺麗な顔と容赦ない柔らかな感触には抗えない。

「か、か、かわいくんっ、すいませんっ・・・」
「へっ?なにが、って、うわっ!」

河合が怪訝そうな顔をしたのも束の間、千賀のそれは立派に肉のついた逞しい両方の二の腕が、目の前の華奢な身体を抱き返したのだ。
ふざけたスキンシップの延長線上でこうして抱き合ったことは何度もあるが、今まで感じたこともなかった苦しい程の感覚に、河合は一瞬混乱を来す。
しかし咄嗟に身を捩っても、到底逃れられない。
あれ、こいつこんな力強かったっけ?と河合はますます混乱してしまう。
当の千賀は何やら顔を真っ赤にしたまま、そのくせ腕の中の感触をまじまじと実感して若干幸せそうでもある。

「ちょっ、ちょ、せんがっ・・・く、くるしって・・・っ」

一瞬呆気にとられていた他のメンツは、河合の声にはたとする。

「こ、こらっ千賀!お前何してんだ!」
「健永落ち着けって!」
「バカ千賀なに羨ましいことしてんだよー!」
「千賀、千賀、戻ってきてっ」
「だめだよ千賀ー!殺されちゃうよー!」

メンバーがそうしてやんやと言う中、無言で動いた人間が二人いた。

「・・・ッいたぁっ!」
「よし千賀、大人しくそれ離そうな?」

凄まじい衝撃を頭に受けた千賀は、ハッとして反射的に両腕を離す。
後頭部に容赦ない一撃を加えた拳の主は、河合が今着ている上着の持ち主、五関だ。
そして離された河合の身体を躊躇なく後ろからやんわり抱き留めるように、1メートルライン内に再び引き込んだのは、微動だに笑顔を動かさない戸塚だった。

「触っちゃだめって、言ったじゃん?」

本能的に「やっぱA.B.C.こええ!」と意見を一致させたキスマイだったけれども、その中で一人だけさっきからまるで言葉を発していない人間がいた。
普段ならば藤ヶ谷と並んで河合と仲の良い人間だというのに。
そして今、五関と戸塚の連携プレーに恐れおののくキスマイメンバーを後目に、一人何故か口元を押さえつつも視線をある一点から逸らせないでいるようだった。
その様に小首を傾げ、同時にやや不審そうに、塚田がそちらに声をかける。

「・・・横尾さ、さっきからどしたの?」

当の横尾はその声にびくっと肩を揺らして反応した。
珍しい反応に周りの人間も何かと各々視線をやる。
けれど横尾はその割にやはり視線はある一点から外せないようで、小さく唾を呑んでからぼそぼそと呟いた。

「あ、あー・・・のな、モロに、見えちゃってる、っつーか・・・」

その言葉に真っ先にピンときたのは、今河合の一番近くにいる五関と戸塚だった。
五関がハッとして河合を見ると、貸してやったジャケットの胸のボタンがいつのまにかなくなってしまっている。
恐らくは千賀に飛びついて抱きついた時に飛んでしまったのだろう。
その胸元は中にタンクトップを着ているとは言え、まるで悪趣味なコスプレのように、見事にその部分だけをジャケットから露わにしてしまっていた。

「あっ!ご、ごめっ!五関くんごめんなさい!ぼ、ボタンとれちゃった・・・」
「・・・あ、いや、別に、それは、いいんだけど」
「後でちゃんとつけるからっ、ほんとに!」
「だからそれはいいって、いいから・・・お前・・・とりあえず、前をさ・・・閉めて・・・頼むから」

いたたまれなさそうに呟く五関を前に、河合は慌ててそのジャケットの前をかき合わせるようにする。
そして河合をやんわりと背後から抱き留めるようにしていた戸塚は、自然と廻していた自分の腕を瞬時に引っ込めて、再び顔を真っ赤にした。

「か、河合ちゃんごめんね!ごめんね!」
「えっ?や、べつにっ、ていうかなんでごめん?」
「俺触るつもりとかそんなのほんとになくて!うわーごめんまじごめんゆるして!」
「いやだからだいじょぶだって、ていうかトッツーなんで後ずさるのっ?」

明らかに動揺している五関と戸塚を、キスマイメンバーは珍しいものを見たとばかり半ば感心してすらいる。
そんな中、塚田は深くため息をついてこれからどうしたものかと考える。

「サラシとかじゃだめかもなぁ・・・踊った途端に外れそう・・・」
「だよな。何せよく動くヤツだし、あのはだけっぷりだし」
「そうなんだよねー・・・いくら言っても絶対はだけるもん・・・まったくもー・・・」
「なんかえらいことになりそうだな」
「ねー・・・・・・って、横尾はなんでさりげなくガン見してるわけ?」

うんうんと唸る塚田の横で、同じようにうんうんと頷く長身。
塚田はそれを不審気に見上げた。
そこで思い出したのだ。
そう言えば、この男の女性の好みは第一に胸の大きさだったということを。

「・・・いやガン見ってほどじゃ」
「来た時からさりげにずっと見てたよね?ね?」
「・・・・・・ごめん」
「素直に謝られてもだめなんだから!正直に言いなよ!」
「俺、巨乳には抗えないんだ・・・」
「・・・横尾は2メートル以内立ち入り禁止ね」

心底軽蔑したと言わんばかりの冷たい視線と声を受けて、さすがに横尾も一瞬グッと口を噤んでから、その特徴的な八重歯を見せて声を上げる。

「だってしょうがねーじゃん!CはないだろCは!なんなんだよアレ!」
「横尾こそなんなの!やめて河合ちゃんを変な目で見ないでよ!」
「み、見てねーよ!俺が見てんのは胸だけだよ!」
「さいあくー!!ちょっ、五関くんっ、トッツー!横尾が一番危ないよー!気をつけよ!」
「なんでだよ!男のサガだろコレはもはや!」
「ていうか見ただけでわかるとかほんとさいあく!河合ちゃんに近寄らないで!」

抱きつかれただけでわかった五関の更に上をいくとは、さすがの巨乳好きだ。
塚田は更に軽蔑の眼差しを送っては、しっしとまるで犬を追い払うように手をやった。

そんな中、とりあえずなんとか上着の前を両手で閉めていた河合は、ふと時計に視線をやって困ったように呟く。

「・・・ねー、ていうかさー、もうマジでリハーサルの時間じゃない?行かないとまずくない?」

その言葉には全員が確かに頷いたのだけれども、その頭の中にはそれぞれの思考が渦巻いていた。
果たして今日のリハーサルは無事に乗り切れるのだろうか。










TO BE CONTINUED...?






とりあえずもう引かれる覚悟はできてるよ!
なんかこう、やはり胸ネタは外せないというかむしろメインに等しいと思っているので(最悪)、そこはしつこく下品に展開していきそうであります。
つーかもうわとさん割と素で、かわいちゃん=キューティーハニー、みたいに思ってるところがあるから。チラリとかポロリとかは外せないっていうか。ほら。・・・ほらじゃねえ。
とりあえず普段硬派だったりクールだったりほんわかだったりする子程壊れた時がおもろいわけで、そういう意味でも五関戸塚千賀横尾辺りは犠牲者になりやすいですごめんネ!(笑顔)
次回があるかどうかはノリ次第です。
(2007.10.14)






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