恋は知れども愛はまだ知らず










努めて静かに扉を開けた。
彼ならあまりしないであろうやり方で。

けれどそんな玉森の密かな努力も虚しく、視線の先にいた細い背中が勢いよく振り返った。
それこそ尻尾が振れて、耳がピンと立ったような錯覚さえ覚える程の調子で。
もはやそれは条件反射なのかもしれないと思うと、自分のほんの少しの拘りのような努力は本当に無駄に思えるものだと玉森はため息混じりで思った。

「郁人遅いって!・・・・・・って、なんだ、玉森か」
「・・・そ、残念でした」
「あー、うん。そういう意味じゃないけど」

でも思いっきりうんって言ってるよ、お前。
玉森は内心で軽く舌打ちしたいような気分で呟きつつ、テーブルの上に置いてある自分の荷物を手に取る。
入れっぱなしになっていた携帯を取りだしてメールのチェックをしていると、横顔に視線を感じた。
何気なく視線だけをそちらにやると、二階堂はソファーの上にあぐらをかいて、どこか手持ちぶさたな様子でぼんやりと玉森の方を見ていた。
見ているというよりか、暇を持てあましているだけと言った方が正しい。
そしてその「持てあましている暇」というのは、二階堂が最近とてもよく懐いている、別グループの兄貴分を待っている時間のことなのだ。
友情と憧れと共感と淡い恋心とをまぜこぜにしたその感情は、きっと二階堂の中にある綺麗なもの温かなもの全てで構成されていて、周りから見ていて微笑ましいことこの上ない。

「なぁ、玉森」
「んー?」

メールのチェックをしていると、二階堂は暇そうに声をかけてくる。
その内容が何かなんてわかりきっていることだけれど。

「郁人見なかった?今日約束してんだけどさ」
「あー、河合くん」
「そうそう。楽屋まで迎えにきてくれるって言ってたのにさー」

まだかよー、なんて。
つまらなそうにソファーの上でごろんと転がるその様を、もう一度、今度は盗み見るように視線を向ける。
あの人も大概犬っぽいけど、あの人の前のこいつはもっと犬っぽい。
そんな感想をぼんやりと抱きつつ、玉森は携帯を閉じて鞄の中に無造作に突っ込むと、しれっと呟いた。

「河合くんならさっき帰ったけど」
「・・・はぁ!?」

何を言われたのか一瞬理解できなかったのか、転がったまま玉森を見て動きを止めていた二階堂は、次の瞬間信じられないとばかりに大声を上げて跳ね起きた。
きつい目が更につり上がって、一気に不機嫌気な表情になる。

「なんで!すっぽかしかよ!」
「んー、残念でした」
「ふざけんなって!ひでーよ!ちょ、電話っ・・・」

二階堂は怒り心頭とばかりにジーパンのポケットから携帯を取り出す。
けれどその指先がボタンを押そうとしたところで、なんでもないことのように向けられた言葉に、二階堂は手を止めざるを得なかった。

「河合くんは攫われちゃったんだよ」
「・・・は?」
「攫われちゃったの」
「さ、攫われちゃったって・・・。だ、誰にだよ・・・」

よくわからないというか若干不穏ですらある唐突な言葉に、二階堂は思わず唾を呑んで玉森の顔を凝視する。
その感情が若干出づらい少女のような顔が平然と言うそれは、無闇に二階堂の心を引っかき回す。

「うん、それは言えないんだけど」
「なんでだよ!言えよ!ていうか俺が約束してたんだからなっ!」
「約束は残念だったけど」
「ていうかマジ誰!?ごっち?渉?それとも太輔!?」
「ニカ、いい加減諦めなよ」
「っ・・・」

喚いていた二階堂はその静かで、そのくせ容赦ない言葉に一瞬グッと口を噤んだ。
望みがないことなんてわかってる。
所詮自分は弟みたいなもので、年下の友達でしかなくて、懐くからその分をいっぱいにして返すみたいに、そうやって可愛がってくれているのだ。
そうわかっている。わかっているけれど、二階堂はまだそれをそのまま素直に受け入れて悟れる程に大人ではなかった。
何も恋人になりたいわけではない、ただもっともっと近くに、できればあの三人のように、その溢れんばかりの無条件の愛情を向けて欲しいだけ。

「うるせーよ・・・。なんで、なんでお前に・・・言われなきゃ、なんないんだよ・・・」
「あ・・・ごめん・・・」

途端に弱々しくも尖った口調で漏らす二階堂に、はっきり言い過ぎたかな、と玉森は途端に反省したように思ってため息をついた。
わかりきっていることとは言え、酷いことを言ったのに変わりはない。
そもそも自分にそんなことを言う権利はない。
そして少なくとも言い方はもっと色々あったはずだ。
ただそこに思いやりを込めてやれる程には、玉森とて大人ではなかった。
所詮二人とも、まだ16歳と17歳なのだ。

「あの、ニカ、元気出しなよ・・・」

言い過ぎたとは思うけれど、そこで上手い言葉が出てこないのもまた事実で。
玉森は色々言葉を探した挙げ句、結局そんなことしか言えなかった。
まだ二階堂の方がよっぽど男らしいと玉森は思う。
少なくとも、その好意を真っ直ぐに相手に伝えられているのだから。

「・・・つーか、お前のせいだろ、こんなんなってんのは」

二階堂は二階堂で、そんな玉森のどこかばつの悪そうな声に少し落ち着きを取り戻したのか、視線を逸らしがちにぼそぼそと呟く。
それに玉森は眉を下げて少しだけ苦笑すると、おずおずとソファーの方に歩み寄る。
それに何かと二階堂がそっと顔を上げると、玉森はソファーの前にしゃがみこんで二階堂と目線を合わせた。
ただその距離は些か大きい。
もう少しこっち来ればいいのに、なんて他ならぬ二階堂が思ってしまうくらいの。

「河合くんがさ、」
「え?」
「河合くんが・・・誰に攫われちゃったか、聞きたい?」

なんのことかと思えば、さっき突然のたまった謎の台詞についてのことらしい。
いかんせん表現が穏便ではないとは思うが、詰まるところ、河合は他の誰かと一緒に帰ってしまったというだけの話だろう。
約束をキャンセルするにせよ、せめてメールくらい寄越せよ、とは不満には思うけれども。
けれど玉森はそれを、約束をすっぽかされた二階堂よりも余程重大なことのように静かに呟いたのだ。
二階堂はその意図を量れず眉根を寄せる。
ただなんとなく、緩く首を横に振った。

「・・・もう、別に、いいよ。知ったって、どうしようもないし。なんかむかつくだけだし・・・」
「いいの?俺、知ってるよ?」
「いいって。もう、いいよ」
「ほんとに?」
「なんだよ、お前そんなに俺を打ちのめしたいわけ?」
「や、そういうわけじゃないけど。俺なら知りたいって思うし」
「お前はむかつかないタイプ?」
「ううん。めちゃくちゃむかつく」
「・・・あ、そ」
「許せない」
「・・・あー、そ。そんなら、余計に、言うなよ」
「ニカ」
「あ?」

少しだけ、距離が縮まった。
けれどまだ近いとは言えない。
そんなところで、玉森はなんだかその無表情に近い顔に、笑っているような、そのくせ泣きそうなような、そのどちらともとれるような表情を布いた。
二階堂は一瞬その表情に瞬きを忘れる。

「たま、」
「一緒に、帰る?」
「あ、・・・うん。そうだなー・・・じゃあ、帰るか」

二階堂はなんとなくそそくさと立ち上がると、玉森の方には背を向けるような形で荷物を手早くまとめる。
背後の玉森が気になってしょうがなかったけれど、なんとなく振り返れなかった。

その妙に縮こまったような細くて薄い後ろ姿をじっと見つめながら、玉森もゆっくりと立ち上がる。
そしてそのサラサラとした焦げ茶の髪を揺らすように首を傾げた。

脳裏に蘇るのはあの、元は人形のように整った顔が目尻を下げて綻ぶように笑ったあの瞬間。
どうかお願いだから、今日は俺にあいつを渡して下さい。
そう言って下げた頭を、含むように笑って撫でてくれた。
自分達よりも年上なのに随分と小さな手。
それが確かに暖かくて優しかったから、思わず泣きたくなった。

『お前も可愛いな、玉森』

可愛くないです。
俺は可愛くなんかないです。
それはあいつで、そしてあなたで、俺じゃない。

『可愛いなぁ』

意味わかんないです。
俺にはそんなのわかんないです。
ただわかるのは、自分の気持ちを伝えもしないで、そのくせ好きな奴の恋を邪魔しているだけの自分の弱さくらいで。



「・・・玉森?」
「あ、・・・ニカ」
「どした?具合悪い?」

いつの間にか覗き込まれていた。
そこにはどこか心配気な表情。
急に玉森がぼんやりと遠い目をして黙り込んでしまったのが気がかりだったのだろう。
それがさっきよりも余程近い距離なのが、なんとなく皮肉にも感じる。
玉森はその柔和な顔になんとか力ない笑みを布いて、頭を振った。

「なんでもないよ。・・・とにかくニカ、元気出して」
「バカ、お前のがよっぽど元気出せよな。毎度覇気のない顔しちゃってさ」

少しふざけた調子でそんな風に笑った拍子、二階堂のつり上がった目がこれ以上ない程細められる。
自分に向けられるその笑顔が、自分だけのそれだと、一瞬錯覚しそうになった。
錯覚したかった。

恋自体がそもそも壮大なる心の錯覚であると、そう言ったのは一体誰だったか。
考えたとてわかるはずもなかったけれど。










END






233国勢調査番外編リク第一弾。
「ニカ受けで、ニカ→横(もしくはニカ→河)前提」というリク。
び、びみょ・・・(項垂れ)。
玉ニカ書こう!と意気込んだ割には玉→ニカで終わってる件。
早く両思いにしたれよ!という・・・。
でもなんかたまちゃんは攻めの切なさが意外と似合う気がするんだなー。
まだそんな玉森について深く色々考えてるわけでもないけど、なんとなくああ見えてまだまだ幼くて色々追いついてない子なんかなーとかな。
ニカみたいに背伸びしているわけではないんだけどね。
なんも考えてなさそうなぼんやり顔の裏で意外と一人で考えて変な方向にいってそうなイメージのたまも。
そこら辺、健永辺りはアレで意外と行動派だし根本的にタフにできてる子なので心配なかったりするんだけど。
そういう意味で、玉ニカは二人して脆くて色々あぶなっかしいイメージがあるカプかも。
それだけに色々妄想も膨らむけどね・・・!(出た)
次回があれば今度こそ両思いにしてあげたいです。
(2007.10.14)






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