その手を離せない










「河合〜、大丈夫?」
「うー・・・うん、うん、なんとか・・・」

遠い異国の地。
何もかもが自国と比べてスケールの大きいそこは、絶叫マシーンのレベルも段違いだった。
ヘリコプターと同じ高さとか普通にありえないし!人間の乗るもんじゃないよ!と散々喚いていた河合だったが、いざ乗ってしまえばそんな口すら聞けなくなって今に至る。
予想以上にその恐怖にやられて、ようやくタワーから降りてきたのはいいものの、河合はもう限界とばかりにその出口のところにしゃがみこんでしまった。
恐怖感からか未だ胸がドキドキと落ち着かない。
一緒に乗っていた塚田も同じようにしゃがみ込んで心配げに河合の頭を撫でてやる。

「ね、少し休んでく?」
「ううん、いい・・・。みんな先行っちゃったし、早く行かないと」

そう、河合があんまりにもヘロヘロだったため、絶叫マシーンが終わってから降りるまでにも結構な時間がかかった。
しかも同じ車両の近くに乗っていたのはBADのメンバーで、「河合くんって普段あんなにアクロバットとかするのに、こういうんだめなんや!」と妙に感動したような様子で言っていただけで、むしろ面白がった様子でさっさと先に降りていってしまったのだ。
そして五関や戸塚、そして北山や八乙女達は先の車両に乗っていたため既にここにはいない。
容赦なく照りつける太陽に、河合は心なしか僅かに目眩を覚えて額を押さえながら、それでもなんとか起きあがろうとする。

「ていうか塚ちゃんごめん、トッツーも先行っちゃったし・・・」

そもそもが、グループで何かあって二人ずつで分かれるなら、それは仕事でもプライベートでもほとんどの場合は五関と河合、塚田と戸塚で組むのが普通だ。
それを今回に限っては河合が頑なに「塚ちゃんがいい!」と言って聞かなかったのでこういう組み分けになった。
五関は特に何も言わなかったし、戸塚は不思議そうにしながらも頷いてくれたし、塚田は笑って了承してくれたのだ。
河合としては自分のワガママを通した自覚があったので、そういう意味でも今自分のせいで塚田に面倒をかけている申し訳なさがある。
けれどそう思って立ち上がろうとしても、やっぱりまだ身体がどこかふわふわと覚束なくて、脇の壁に手をついたところで塚田の両手に押しとどめられてしまった。

「ほらー、無理しない!いいんだよ。だって河合は昔から絶叫マシーンダメでしょ?」
「ん・・・そういう塚ちゃんは強いよね」
「うん、俺はああいうの大好きだしね」
「怖くないの?」
「怖くないよー。むしろ楽しい!」

本当に楽しげにそんなことを言う塚田は、確かに思い出してみれば乗っている時やたらとハイテンションだった。
最初あまりの怖さに喚きまくり、後半は限界を超えてすっかり硬直して黙り込んでしまった河合を後目に、塚田は終始楽しくて仕方がないとばかりに笑っていたものだ。
隣同士で乗っていたというのにそのあまりのテンションの違いをうっすらと思い出して、河合はどこか遠い目をしてぼんやりと呟く。

「塚ちゃんて、恐怖心とかないのかな・・・」
「なに言ってんの。俺にだってあるよ〜」
「でも塚ちゃんが怖がってんのとか、見たことないんだけど・・・」
「ん〜でも、昔溺れかけた時とか怖かったよ?ほら、俺ろくに泳げないし。」
「あー、そっかぁ・・・」
「誰にだって怖いものはあるよ」

だから大丈夫だよ、と。
塚田は満面で笑って頭を撫でてくれた。
それになんとなく癒されて河合はつられるように僅かに笑う。
なんだかその手が妙に大きく感じられた。

「塚ちゃん、なんかかっこいいかも」
「えっ、そう?そうかな?」
「うん。かっこいい」
「ほんとに?河合にかっこいいって言って貰えると嬉しいな〜」
「そうなの?」
「だって河合かっこいいもん」
「・・・俺かっこいい?」
「うん。踊ってる時とか特に」
「踊ってる時かぁ・・・」
「あれ、嬉しくない?」
「ううん、嬉しいよ」

でもその割にはテンションが低いような。
まだ調子が優れないからだろうか。
塚田は目を瞬かせてその顔を凝視する。
男らしさとか格好良さとか、そういったものにメンバーの誰よりも敏感な河合にしては、なんだか反応が薄い気がした。

「ねー塚ちゃん」
「んー?」
「絶叫マシーンもさ、何度も何度も乗って訓練すれば怖くなくなるのかな」
「訓練するの?」

塚田は不思議なものを見るような目で蹲る一つ年下の仲間を眺めた。
何もそこまでしなくても。
そんなに怖いなら乗らなければいいだけの話ではないのか。
本当に嫌なら止めればいいし、そうしたからと言って誰も責めたりはしないのに。

「だってさー、やっぱどうせなら克服したいじゃん」
「うーん・・・でもそんな怖い思いしてまで克服することもないと思うんだけど」
「でもさ!絶対またあるじゃん」
「また?」
「こういうの乗る企画とかさー」
「あー、そうかもねぇ・・・」
「そういう時にさ、もっとこう、面白いリアクションとったりしないと!」
「でも河合は別に芸人さんじゃないんだし〜」
「それにやっぱ、こういうのも一人で乗り切れるようにならないと!」
「そうかなぁ・・・」

熱い日差しを感じて額にうっすら汗をかきながら、塚田はさっき自分が思ったことを内心で訂正していた。
塚田が河合に「かっこいい」と言った時、反応が薄かったわけではないのだ。
むしろ過剰に反応していた。
だからこその言動なんだろう。

どんなことだって、どんな恐怖だって、自分一人で努力して克服しようとする河合は、塚田から見ても強い人間だと思う。
そしてそれこそが、河合の拘る男らしさとか格好良さとか、それは突き詰めれば強さとか、そう言った思考に根ざしているのだろう。
けれども塚田からすれば、強いからこそ逆に危なっかしくもある。

「だから俺がいいって言ったのかー・・・」
「え?なに?」

ぽつんと呟かれた言葉は河合にはよく聞き取れなかったようだ。
けれど塚田は繰り返してやることもなく、ただ笑って頭を振るだけ。
河合はこう見えて意外と聡い、というか本能的に鋭いタイプだから、きっとメンバーの中で誰よりも塚田の本質を見抜いている。
だから塚田が必要以上には自分に手を差し伸べないことをわかっているんだろう。

塚田が思うに、たぶん五関が河合をなんだかんだと放っておけない理由は、きっとここら辺にもある。
甘えるくせに頼らない、というのはなかなかに難しくもどかしいものだろうから。
そこら辺、塚田と違って彼はあからさまにそういうのを態度に出すタイプではないから余計に複雑なわけで。

この二人意外とめんどくさいよね、と塚田が内心思っていたら、目の前に唐突に影ができた。
はたと見上げると、そこ・・・つまりは目の前の河合の背後にいつのまにか音もなくやってきた人物が目に入って、思わず吹き出すように笑ってしまった。

「じゃ、バトンタッチね〜」
「へっ?」

そう言っていきなり立ち上がった塚田を反射的に見上げて、河合は何事かと口をぽかんと開ける。
どうやら背後の人物には未だ気付いていないようだ。
きょとんと目を瞬かせる河合に笑いかけてやって、塚田は目の前の彼が緩く上げた手に自分の手を合わせるように叩く。
その音で、河合はようやく自分の背後にやってきた人物に気付いたようだ。
未だしゃがんだままの体勢でハッと振り返った。

「ご・・っ」
「じゃあ俺先に行ってるね」

河合が絶句したようにぱくぱくと口を開いたり閉じたりしているのを後目に、塚田はなんだか妙に軽い足取りでそのテーマパークの出口の方に去っていく。

「えっ!あ、ちょ、塚ちゃんっ!塚ちゃん、まっ・・・」

慌てて再び塚田の方を向いて呼び止めるけれど、それも空しくその後ろ姿はあっという間に見えなくなってしまった。
予想だにしない展開に河合の頭は若干の混乱を来し、そんな中で選べた行動はとりあえず立つということだけだった。
けれど強烈すぎたあの絶叫マシーンの刺激は未だ河合の身体から平衡感覚を奪っていたようで、立ち上がった瞬間僅かに足元がふらつく。

「遅いから迷子にでもなったかと思った」
「や、・・・・・・まさかそれはないって!」
「まぁ、塚ちゃんいるしとは思ったけど・・・塚ちゃんもあれで方向感覚は怪しいからな」
「そうそう、結構ね、すぐどっか行っちゃうからね、塚ちゃんて」

そんなことを言いながらも、実際のところ河合はそれどころではなかった。
ふらついた自分を支えるように五関が躊躇なく手を握ってきたからだ。
しかしまさか振り払うこともできず、タイミングを逃してその意味を訊くこともできず、なんとなく妙な気恥ずかしさだけがある。
いや、ただ単純に手を握るだけなら別になんてこともないのだけれども。

「じゃ、帰るか」
「うん、そうだねー・・・・・・えーと、でも、五関くん・・・?」
「なに?」
「あの・・・ほら、もう大丈夫だしっ」

だからもう離してくれていいよ?
そんな意味を込めて、握られた手を僅かに持ち上げて窺うように視線を向けた。
けれど五関はそんな河合からふいっと視線を逸らしてさっさと歩き出してしまう。
そのくせ、握られた手は更に指を絡めてきつく力が込められて。

「え、五関くん、五関くんっ・・・ねぇっ」

必然的に引っ張られるようにして歩きながら、河合は目の前の振り返らない後ろ姿に何度も声をかける。
そっけないことはよくあるけれども、こういう強引なのはあまりないから珍しい。
もしかしてなんか機嫌悪いのかなぁ?
遅かったから?
そんなことを思うの半分、そして肌の色も髪の色も瞳の色も違う、そんな異国の人々の視線をなんとなく感じて今の自分達の状態を自覚するの半分で、河合はもう一度呼びかけた。

「五関くん、周りの人見てるって、ねぇ、・・・もう、一人で歩けるって」

いくらなんでも子供みたいでかっこわるい。
一人で大丈夫なのに。
・・・そりゃ、手を握って貰うのは嬉しいけど。

河合は心なしか唇を尖らせて傍目不満げに言う。
それに五関はようやく足を止めた。
やはり振り返りはしなかったし、手も離してはくれなかったけれども。

「お前さ、そういうのは強いんじゃなくて、単なる強がりって言うんだよ」
「・・・でも、」
「わかった?」
「・・・・・・うん」

ただ頷くことしかできなかったけれど、五関はそれで満足したのか再び歩き出す。
河合は再びその背中をチラッと見てからそっと視線を落とした。
その手は暖かくて気持ちよくて、だからこそきっと後で離した時に妙な喪失感を覚えてしまうのに。
でもやはり今この安堵感を手放せなくて結局そのまま。

まだ胸はドキドキと落ち着かない。
さっき身体を支配していた恐怖感と一見区別のつかないその胸の高鳴り。
けれどそれが実際どちらであろうと、そのてのひらがいつだって暖かいことに変わりはないのだ。



「・・・あのさー」
「ん?」
「五関くんもめっちゃ手に汗かいてない?」
「ああ。絶叫マシーンで遠目にも震えてた子犬が迷子になったんじゃないかと心配で心配で」
「うっそだー、ていうか震えてないしっ。しかも子犬ってなに!・・・もしかして五関くんも結構怖かったんじゃないの?さっきの!」
「・・・というよりか、トッツーのテンションが怖かった、むしろ」
「あ、なるほど。・・・うん、こっちも塚ちゃんのテンションが凄かった」
「あの二人は凄いよ」
「凄いね・・・」










END






例のベガス絶叫マシーンネタはやはり避けては通れませんでした・・・。だって萌えすぎるよいくらなんでも!
そして甘えるくせに意外と頼ろうとしない河合郁人はやはり私の夢見るところでありますが!(まただよ)
そこら辺意外とあの子はしっかりしてるというか自分の力でなんとかしようという意識の強い子だと思うわけで。
だからこそ実質的エビのリーダーなわけで。みんなを引っ張っているわけで。
強いが故の危うさを秘めてるといいなぁ〜・・・と。そんなあの子を放っておけない五関さん推奨!(はいはい)
(2006.7.12)






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