貴方のその手に酔わされる
それはA.B.C.とキスマイで集まっての飲みの席でのことだった。
元々仲の良い2グループとは言え、こうやって全員で集まるというのは早々あるわけでもなく、11人が入れる程の大広間というのはさすがに広いと感じる。
「よーしそれじゃ乾杯すっぞー。グラス持ったー?」
北山の声に、各々目の前にあるグラスを手に持つ。
ビールの入ったジョッキを手にした横尾が、その向かい側で付け足すように言った。
「わかってるだろうけど、未成年は絶対飲むんじゃねーぞ」
その視線は端っこに並んで座っている、同じグループの年下四人に主に向けられていた。
四人はその言葉にこくこくと頷くけれど、ただ二階堂などは軽くつまらなそうに唇を尖らせてもいる。
「でもさーここソフトドリンクってオレンジジュースとジンジャーエールしかないんだけど!」
「いいからそれ交互に飲んでろ」
「オッサン達はビールなのにずりー!」
まさか本気で飲みたいと言っているわけでもないのだが、そうやって大人ぶって上から言われるとなんとなく反抗したくなるお年頃なのだ。
それが判っているから、横尾は軽く八重歯を覗かせて笑う。
「だーれがオッサンだ。大人の特権だっての」
「そうそう、二階堂諦めな〜」
「あと何年かしたら一緒に飲もうぜー」
「・・・そういうお前らもだよ。藤ヶ谷、河合」
横尾が軽く目を細めてそう言うと、それを合図にしたように藤ヶ谷のジョッキは隣の北山が、そして河合のジョッキは隣の五関が息を合わせたように同時に取り上げた。
「お前らなにどさくさに紛れてんだよ」
「あっ、しまった」
「まったく油断も隙もないな・・・」
「あーとられたー!」
北山と五関は呆れたように言いながら、代わりにジュースのグラスをそれぞれ隣の相方に手渡す。
それを受け取りながら藤ヶ谷と河合は向かい合って顔を見合わせると、双子のように同じ方向に首を傾げてみせる。
「あと一年かー・・・ていうか俺なんてあと半年ないのになぁ」
「ていうか、見た目だったら塚ちゃんとかトッツーのがよっぽど若く見えるのに、なんかずるいよなー」
その言葉には、向こうで色鮮やかなカクテルのグラスを手にした塚田と戸塚が笑った。
「河合ちゃーん?なんか言った〜?」
「俺らはもうハタチだもんねー塚ちゃん!」
「ね〜?」
ニコニコと顔を見合わせる二人を見て、同い年ってなんかいいなぁ、とぼんやり思って河合は何気なく隣を見た。
そこにいるのは、先程ふざけて自分が手にしていたビールジョッキをあっさり取り上げた、二つ年上の恋人。
早く二十歳になって一緒に飲みたいと思う。
五関自身はさして酒が好きというわけではないようだけれども、それでもこうした席で相手だけが飲んでいて自分は飲めないというのは、やはりつまらないものなのだ。
そんなことを思って何気なくその横顔を見ていたら、視線に気付かれた。
「・・・なに?」
「あ、いや、いいなーって・・・」
「繰り返すけどお前は駄目だからな」
「わかってるってば!」
そう言ってジュースのグラスを改めて持ったところで、五関が不意に小さく咳き込んだ。
そこで河合ははたと思い出す。
そう言えば一昨日辺りから風邪気味だと言っていた。
「五関くん、だいじょぶ?」
「ん・・・?」
「風邪気味なんじゃなかったっけ」
「あー、まぁ、でもちょっと咳出るくらいだから」
「あんま飲み過ぎちゃダメだよー?」
「はいはい」
隣から覗き込むようにしながら眉を寄せる河合に、五関は軽く肩を竦めるようにしながら適当に頷く。
もちろん河合に言われずとも、元々自分の許容量をきちんと理解している故に無理をすることはまずないから、そう心配することもないのだろう。
けれど、なんとなく見ていてその動きがいつもより緩慢なような気がするのは自分の気のせいだろうか、と河合は小首を傾げてジュースのグラスを持ち直す。
しかしそんなことを言う前に、北山が改めて乾杯の音頭を取ったので結局それは言いそびれてしまった。
それはもはや宴もたけなわと言う頃だった。
良い気分になった北山が年下組に物の見事に絡み、藤ヶ谷がそれを宥め、横尾が上機嫌で酒を煽りながらそれを笑い、塚田と戸塚が軽く顔を赤くしながら時折楽しげに口を挟んでいる、そんな状態。
河合もついさっきまでは横尾の隣できゃらきゃらと笑っていたのだけれども、ふと混ざってこない一人に気付き、グラスを手にしたままそちらに静かに寄っていった。
五関は少し離れたところで透明な液体の入ったグラスをちびりちびりと傾けている。
黙って飲んでる姿だけは格好いいんだよね。
別に実際強いわけじゃないらしいけど。
そんなことを思っては、隣にすとんと腰を下ろした。
すると五関は緩慢な仕草で顔だけをこちらに向けてくる。
「ん・・・?」
「なーに一人で渋くキメちゃってんのー?」
「んー・・・うん・・・」
けれどさしたる反応は返ってこない。
そっけないというよりか、なんとなく反応自体が鈍い。
それに軽い違和感を覚えて、河合は身を乗り出してそっと顔を窺う。
「もしかして、結構酔ってるとか?」
「別に・・・酔ってないよ」
「そう?」
「そう」
でもやはり反応が鈍い。
そして動作も鈍い。
ただそれは飲む前からなんとなくそうでもあった気がする。
じっと窺うようにその顔を見つめるけれども、色白の顔は特に赤くなっているわけでもなくさしたる変化もない。
確かに動作と反応はどこか緩慢だけれども、言う程口調が覚束ないというわけでもない。
そもそもが酔っても顔に出ないタイプだと言うのだから、所詮見ただけではわからない。
それは一緒に飲んだことなどない河合にとってみれば余計にそうだ。
酔った姿など見たことがなければ、今酔っているかどうかの判断もできるはずがない。
「・・・みんなのとこ行かないの?」
「あー、行くけど、そのうち」
「そのうちって」
「いや、見てたんだけどさ・・・北山って酔うとほんとタチ悪いなーと」
「まぁあいつはね・・・・・・あ、千賀捕まった」
「がんばれ千賀ー」
なんて言いながら小さく笑っては、どこかご機嫌な様子すら垣間見せてグラスを傾ける。
少なくともそれなりの量を飲んでいる以上、酔うまでは行かずともいい気分にくらいはなるだろう。
そしてそのくらいは河合にも見てとれる。
でもなんとなく、やっぱりちょっと変な気がする。
河合は今まで五関とつき合ってきた長い年月における経験上のカンで、そんなことを確かに思った。
けれどそれをどう問えばいいのかが今ひとつわからず、ジンジャーエールの入ったグラスを一気に飲み干す。
ふっと一息ついてグラスをテーブルに置いたところで・・・けれどそのグラスが横から何気なく奪われる。
当然その先は見慣れた白い手。
その手は空になったばかりのグラスをゆっくりと自分の脇に移動させ、ことんと小さな音をさせて置いた。
河合が何かと目を瞬かせながらそちらを見ると、いつの間にか思う以上に近い距離にその顔があった。
まるで覗き込むようにしてそこにある顔。
未だ透明な液体の入ったグラスもすぐそこにある。
そのグラスの縁にゆるりと唇をつけながらも、その切れ上がった涼しげな瞳がじっと自分を映していた。
「な、なに・・・?」
「ん・・・?」
「いや、だからー・・・」
不自然なくらいに近い距離に顔がある。
場所が場所で、当然すぐ向こうには未だ盛り上がっている仲間達がいるのだ。
だから河合は思わず腰が引けてしまった。
五関がこんなところで自分に何かするなどありえないとは判っているのだけれども、ついその距離に驚いてしまったのだ。
けれどそんな河合をどう思ったのか、五関は更に顔を近づけてきてじっと瞬き一つせずに河合を見つめる。
深い色の瞳が間近にあるのは何も初めてではない。
それでも今この状況は常にはないものだから、河合は咄嗟にさりげなく視線を逸らしてなんでもないように言う。
「あー、五関くん、やっぱちょっと酔ってるっぽいね。
こんなとこで一人で飲んでるからだよ。ほら、みんなのとこ行こうよ」
河合はそう言うと、さりげなく立ち上がろうとする。
相手の真意が読めないのはやはり心落ち着かない。
それが五関ならばなおのことそうだ。
ただでさえ普段から思考が読めないことが多いというのに、今は行動すら読めない。
「・・・河合?」
「なに・・・・・・ッわ、え・・・っ?」
しかしその意志に反して、立ち上がることはできなかった。
河合の右手首がその白い手におもいきり掴まれて、そちらに引っ張られたからだ。
思う以上に強い力は、確かに酔っぱらっているわけでもないのかもしれない。
けれどやはり読めない行動は、酔っぱらっているとしか思えないものでもある。
河合は畳の床に引き戻されて、思わず両膝をついてぺたんと座り込んでしまった。
そしてそうなってもなお掴まれた手首は離されない。
むしろ力は強くなるばかりだ。
掴まれた部分が熱を持つのが判って、河合は今度こそ鼓動を逸らせてそちらを見た。
やはり瞬き一つしない深い色の瞳。
決して初めて見るわけではない。
けれどこの場所ではやはりありえない。
それは、ある時特有のものだからだ。
「ご、五関くん・・・?」
「ん・・・?なに?」
「やっぱ、酔ってる、よね・・・?」
「さぁ、どうだろ?」
「どうだろじゃなくてさ・・・あの、ちょっと、離して・・・」
こんな五関はあまりない。
そんな強い力で自分を引き止めて、隠しもしない色の瞳を自分に向けて、なんて。
だから内心正直嬉しさの混じった緊張感があるのは確かなのだけれども、それでもやはり場所が場所だ。
むしろそんなことは五関の方がよく判っているはずで、だからこそ今の五関はやはり常とは違うとしか思えない。
普通に考えれば酔っぱらっていると考えるのが妥当なのだろうけれども、そんな酒癖が五関にあるという話も聞いたことがないだけに、この状況でもまだ判断はしかねる状態だった。
河合は自分の手を掴む五関の手に、もう片方の手で触れて緩く離させようとする。
「五関くーん・・・ふざけてるでしょー・・・」
「ふざけてないよー?」
「も、声がね、酔ってるって・・・」
「俺が酔うわけないじゃん」
「や、知らないし・・・・・・ね、ほんと、一緒にみんなとこ行こ?」
せめて仲間達の方に連れていけばこんなことはできないだろうし、少なくとも五関が一体どうしてしまったのか、そこら辺を誰かに訊くことだってできるだろう。
そう思って河合は宥めるように笑いながら、依然として手首を掴まれたまま五関の顔を覗き込んだ。
けれど五関はそれに緩く瞬きをしたかと思うと、掴んでいた河合の手首を不意に思いきり引いた。
「え、あ・・・っちょ!」
河合の身体がぐらりと後ろに傾いたかと思うと、畳の床に倒れ込んでしまった。
掴まれていた手首がそのまま床に押しつけられる。
背中の軽い痛みに顔を顰めながらも、小さく唾を呑んでおずおずと見上げる。
するとそこには、当然のようにその上から覗き込むようにしてじっと見下ろしてくる五関がいた。
「なんで逃げんの?」
「なんでって・・・五関くんこそ、なにしてんの・・・」
「お前が逃げようとするから」
「に、逃げるとかじゃなくてさ、みんなのとこ行こうって・・・」
「いいよ別に。行かなくて」
「よ、よくないって・・・え、ちょっと、ごせきくん・・・なに、どしたの・・・」
ここまできて、さすがに河合は完全に混乱を来していた。
五関の口調は常と変わらない。
その調子も然りだ。
ただ動作や反応がどこか緩慢なだけ。
けれど自分に対して、しかもこんな場所でそんなことをする五関を河合は知らない。
どう考えても酔っているとしか思えない。
けれど酔っているにしては、手首を押さえ付けてくる力が強すぎる。
「かわいー」
「は、はい・・・?」
河合を押さえ付けながら見下ろしてくる表情は薄く笑んでいる。
むしろどこか機嫌良さげに。
「お前さ」
「はい・・・」
「かーわいいね」
「・・・絶対、酔ってる」
河合は確信して思いきり視線を逸らした。
今の五関は絶対に酔っている。
傍目からは酔っているようには到底見えないけれど、やはり酔っているとしか思えない。
五関がそんなことを自分に言うなんて、最中でもなければまずないことだからだ。
どうしよう、五関くんが酔って変になった。
河合は咄嗟に逸らした視線を、向こうで盛り上がっている仲間達の方にまるで助けを求めるように向けた。
誰か呼ぶか・・・そんなことを考えていると、けれど押さえ付けてくるのとは逆の手が河合の頬を滑るように触れた。
「っ・・・ご、」
その感触に思わず目を瞑って肩を竦める。
それから再びゆっくり開けて見上げると、また思う以上に近い距離に顔があって、河合はまた思いきり視線を逸らしてしまった。
しかし頬に触れたその手が、今度は顎を軽く掴んでそちらに向けさせて、耳元で当然のように呟く。
「目、逸らすなよ」
やばい、河合は咄嗟にそう思った。
今ので自分の中のスイッチも確かに切り替わってしまった。
場所がどうとか状況がどうとか、当然のように考えていた自分が完全に押し込められてしまったのが判る。
触れるその白い指先と、囁かれる高めの声も、逸らすことの叶わなかった深い色の瞳も。
自分を支配して止まないそれらから逃げることなどできるはずもない。
結局のところ、自分が心から逃げようなどとは欠片も思っていないのだから。
たとえ酔っているのだとしても、河合にとってそれは変わりのないことなのだ。
「も、なんで・・・」
こんなとこでこんなことすんの。
酔ってるでしょ。絶対酔ってる。
やめて。俺拒めないから。
これ以上は拒めないから。
止めてくれなきゃ俺には止められない。
言葉にできなかったそれらは、小さく吐息となって漏れる。
五関はそれに薄く笑んだまま、ゆるりと河合の柔らかな髪を撫でる。
撫でながら更に顔を近づけては、まるで御褒美のような優しい調子で言った。
「お前のそういうとこが、かわいい」
そうしてゆっくりと唇が触れようとした、瞬間。
向こうでどさりと何かが崩れ落ちるような派手な音がして、河合ははたと我に返ったようにそちらを見た。
「あ・・・」
そこにはいつの間にか仲間達が集まり、固唾を呑んで二人を見守っていた。
しかもご丁寧に二列になって、北山、藤ヶ谷、横尾、塚田がそれぞれ年下組四人の目を両手で覆った状態で。
そして今の派手な音は、北山に凭れかかるようにして身を乗り出していた戸塚が体勢を崩した音だったようだ。
河合は思わず絶句して目を見開く。
見事なデバガメを敢行していた仲間達は咄嗟に一斉に視線を逸らした。
「お、おまえら・・・ッ」
さすがにこの状態で続きなどできるはずもない。
五関とてそれは同じだろう。
いやまさか、この状態でも続けるなどと言われたらどうしよう・・・と、河合が恐る恐るそちらを見上げると同時、五関の身体がそのまま倒れ込むように被さってきた。
「えっ・・・!ご、五関くん?五関くんっ?」
咄嗟にその身体を受け止めて河合が身を起こすと、胸の辺りにもたれ掛かった五関の頭から小さな寝息が聞こえてきた。
河合はポカンと口を開けては目を瞬かせ、思わず呟く。
「寝て、る・・・?」
なんだ、やっぱり酔ってたんだ・・・そう思って河合は大きく息を吐き出した。
しかしよかったとしみじみ思う反面、ちょっと残念だったかも、なんて思う自分もいてなんだか妙にいたたまれない。
そうして自分の胸で眠るその黒い頭を、心なしか手持ちぶさた気味に優しく撫でた。
「もー・・・ほんと、なんだったんだろ・・・」
結局のところの真相に、五関がその日の昼頃飲んだ風邪薬が影響していたとわかるのは後日のこと。
END
五関さんご乱心の巻(わー)。
ていうか、酔ってフミトに迫る五関さんが書きたかっただけです(きっぱりと)。
しかし酔っぱらいネタ二回目だっていう。また五関さん酔わせようとしている私。
そんなに酔っぱらい五関さんが書きたいのか。はい!(即答)
でもやっぱそんなわかりやすくベロベロになるタイプじゃないような気がするので、まぁ無理矢理気味な感じでね。
そしてどうにもこうにも流されやすい河合郁人(ダメすぎ)。
しかし色々適当過ぎて書き損ねた部分が多いので続き書きたい続き。
(2007.3.23)
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