それは終わりで始まりで
「あ!」
「あ?」
「あれ!」
「あれ?」
「あのポスター見てよ五関くん!」
「あのポスター・・・?」
それは仕事帰り、二人して駅のホームで電車待ちをしている最中のこと。
とは言えお互い方向は逆なのだけれども、どうせだからとどちらかの電車が先に来るまで一緒にベンチに座って時間を潰していた。
ぼんやりと考え事をしていた五関の意識を引き戻した、いつもの騒がしい声。
そちらを見ると、河合がなんだかおかしそうに笑って、線路に立てられたボードに貼られた一枚のポスターを指差していた。
それは某大手予備校の宣伝ポスターだった。
そう言えば夏のこの時期になると夏期講習やら何やらで宣伝が増えるのだ。
しかし今更それがどうした、と言おうとして五関もそれにはたとする。
そのポスターに書かれた宣伝文句。予備校名を取り入れたそれ。
『河合とつきあう。』
「なんかおもしろくない?」
「あー、なるほど」
「なんか俺モテモテー!」
「・・・」
「・・・ごめん、スルーはさすがに辛いです」
「もはや突っ込む台詞が思い浮かばなかった」
「やーだってさ、この名字って結構いるけど、意外とこの字だといなかったりするんだよ」
「山ピーには『川合』だと思われてたしな」
「うん・・・あれはマジでショックだった・・・」
番組収録時に名前を本気で間違えられていたことを思い出したのか、しみじみと呟く河合を後目に、五関は改めてそのポスターを眺めていた。
別に名前が同じだというだけで他にはとりたてて何が面白いということもないそれだ。
河合だって何となく暇だったから取り上げてみただけで、口で言う程には関心があったわけでもない。
けれど五関がなんだか妙にまじまじとそのポスターを見ているから、ふと気になってその顔を横から覗き込んだ。
河合が見つめてくる視線に気付いているだろうに、五関はそれでもじっとそれを見つめている。
そのポスターと五関の横顔を交互に見て、河合は何度か目を瞬かせると、つい冗談交じりで呟いていた。
それはもう線路のすぐ向こうに、五関が乗る電車がやってくるのが見えたからかもしれない。
つまりはほぼ勢い任せだった。
「ね、五関くん、つきあってみる?」
意味がわからないと言われるか、呆れられるか、バカと言われるか、溜息をつかれるか。
そのどれか程度しか想像してはいなかった。
彼の自分への態度なんてだいたいはそんなものだったから。
所詮片思いなんてそんなものだと思っていた。
それでも十分嬉しいと思っていた。思いこもうとしていた。
けれど違った。
やってきた電車の音でその台詞はほんの僅か、ようやく聞き取れるかどうか程度だったけれど。
それでも聞き逃すはずがなかった。
乗るべき電車を目に留めてゆっくりと立ち上がりながら呟かれた言葉。
「ああ、それもいいかな」
河合は一瞬頭が真っ白になって何も言えなかった。
立ち上がってそのまま目の前の電車の開くドアに向かっていってしまう五関を視界に端に映しながら、それ以上動けない。
「河合」
「あ、・・・」
呼ばれてようやくそちらを向いた。
五関は既に電車に乗り込んでしまっていた。
目の前で閉まり始めるドア。
行ってしまう、そう思って河合は反射的に声を上げた。
「ま、って・・・っ」
ようやくベンチから立ち上がる河合の焦ったような顔を見て、五関はなんだか妙に楽しげに笑った。
何がそんなに楽しいの?俺は今こんなに混乱してるっていうのに。
河合は内心そんなことを思ったけれど、そんな台詞を言う暇もなかった。
締まるドアからするりと滑り落ちたようなその言葉に完全に頭を支配されてしまって、何も言えなかった。
「後で電話するから。・・・その時ちゃんと言えよ」
そうして五関を乗せた電車はさっさと走り去っていってしまった。
その直後に河合が乗るべき電車も逆方向からやってきたけれど、河合はそのまま呆然と立ち尽くすしかできなくて、背後で同じように締まるドアの音を聞いただけだった。
「うそだぁ・・・」
電車が去った後の線路に立てられたボードのあのポスターが、風に当てられてはたはたと揺れていた。
その夜、河合家は大騒ぎだった。
・・・というか、次男が帰宅して早々一人大騒ぎだったというべきか。
「あああ〜どうしようどうしようどうしようどうしよう・・・」
河合は帰ってきてからずっとこうだった。
夕飯もそこそこにさっさと部屋に引き籠もると、物が散乱して床の見えている部分自体少ないそこを始終ウロウロと落ち着きなく歩き回る。
その片手にはずっと携帯が握りしめられ、手の中で既にうっすらと汗ばんですらいた。
いつかかってきてもいいようにこうしているけれども、いざかかってきたら一体どうすればいいのか。
河合の頭の中はさっきからそんなことばかりが巡り巡っていた。
そうだ。
だってこんなことは想像すらしたことがなかったのだから。
まさか想いを打ち明ける日が来るだなんて。
ずっとずっと片思いだった。
二つしか違わないのにやたらと落ち着いていて大人で、一見近寄りがたいけれども、いったん親しくなった相手にはよく笑ってくれる。
いつだって容赦なくて呆れたりバカと言ってきたり、そのくせなんだかんだと気付いたら傍にいて、言葉はなくとも信頼してくれた。
いつからか、と言われれば、たぶんあの時、と思えるものはあるけれど。
実際のところそんなものは無意味なくらいに恋は加速度をつけて、もはや手が着けられなくなっていた。
ただそれでもこの勢いに任せて想いを伝えられるかと言えばむしろそれは逆で。
河合は普段仕事で発揮する度胸など1%も出すことができず、ただ現実で彼と一緒にいられる日々が幸せなのだと自分に言い聞かせるくらいしかできなかった。
それなのに。
「マジでかかってきたら・・・ええと、まず、なに・・・今日の仕事しんどかったねー・・・って、ううん・・・」
一人ブツブツとシミュレーションしながら、河合は部屋をうろつくだけではもはや辛抱できなくなったのか、そのまま扉を開けて廊下に出た。
けれどまるで前も見ずにシミュレーションに没頭していたせいなのか、自分で置いた雑誌の束に気付かずそれに躓く。
上手い具合に右足の小指をその束の角にぶつけて、あまりの痛みに河合はその場に蹲った。
「っい、ってー・・・!!」
廊下故に家中に響き渡ったそれ。
それにはすぐ下の階から妹の甲高い声が返ってくる。
『ちょっと郁にぃうるさーい!!』
その声がまたぶつけた部分に響く気がして、河合は若干涙目で階下の妹に向かって対抗するようにハスキーな声を張り上げた。
「うっ、るさいのは、お前だよ!いいから早く宿題やれよ!」
『ねーおかあさーん!郁にぃが本気でうるさいんだけどー!』
「あーだからうるさいっ!ほっとけ!」
『あの思春期うっとうしいよーおにいちゃーん!』
「本物の思春期に言われたくないっつーの!つーか兄ちゃんにチクんな!」
まさに思春期であるところの妹は最近河合に生意気な口ばかりきくようになった。
しかも河合の兄でもある長男にはまるでそんなことはないというのに。
どうにもナメられてるよな・・・と若干情けなく思いつつ、今はそれどころでもない。
人の気も知らないで、と河合は未だ小指にジンジンと走る痛みを抱えて涙目のまま再び自室に戻った。
未だ携帯は握りしめたままベッドに転がる。
しかし少しずつだが収まっていく痛みに河合は少しだけ落ち着きを取り戻し始めていた。
「・・・ていうか、つきあう、って意味わかってんのかな」
さっき駅のホームで平然となんでもないことのように呟かれた言葉を思い返す。
自分だってほんの些細なきっかけと勢い任せに言ったような台詞だったのだ。
それを五関が本当に正しい意味でそうとったかどうかなんて、考えてみれば判らない。
「まさか、どっか一緒に行こうって意味でとったんじゃ・・・」
そんな台詞を当の五関本人が聞いていたら「どっかのバカと一緒にするなよ」と嫌そうな顔をしそうなものだが、そのどっかのバカであるところの河合はむしろそんな自分の疑念をじわじわと強めていた。
何せ通じるはずもないと思っていた想いなのだ。
通じるわけもない想いなのだ。
いくらなんでも男同士なんてハードルが高すぎる。
その手の差別をするようなタイプには見えないが、だからといって自分の立場になってみれば話はまた別だろう。
男だから好きになったんじゃなくて、五関くんだから好きになったんだよ!・・・なんて。
確かに気持ちとしてはそうだが、河合にだってそれが所詮現実に通じる理屈ではないことくらい判っている。
「あーやばいへこみそう・・・」
河合は枕に顔を埋めてぼそぼそと呟く。
いや、一緒に出掛けられるならそれはそれで嬉しい。
むしろ下手に伝わって目も当てられない惨事になるよりはずっと。
けれども、もしかしたら、と。
あの電車の閉まるドア向こうに見たおかしそうな笑みを思い出すと、否が応でも胸の奥は過剰なほどに反応を示すのだ。
うるさいくらいの鼓動の音。
「・・・ッ!きたっ!?」
そんな時、握りしめた携帯が唐突な着信音を響かせた。
途端飛び起きた河合は、けれどもすぐそこではたとする。
このメロディはメールだ。
それに気付いて大きく息を吐き出すと、折りたたまれた携帯を開いて確認する。
差出人は横尾だった。
「あー・・・そうだ、明日の帰り一緒だから・・・」
久しぶりに買い物でも行こう、という話になっていたのだ。
内容はそれについて具体的にどこに行くかという打診だった。
河合はそれに手早く返事を打ちつつ、どうせだから横尾に相談しようかなぁ、とぼんやり考えていた。
この言えない片思いに関しては、実は横尾にだけは今まで何度か話したことがある。
何か特別アドバイスをしてくれるわけでもなかったけれど、ひたすら話を聞いてくれたからその度なんとなく心が軽くなった。
・・・てことは、俺いま、しんどいってことなのかな。
河合は反射的にそう思ってそっと溜息をついた。
考えたってしょうがない。
結局今のこの状態は相手待ちでしかないのだから。
けれどもいつだって努めて前向きでいようとしている河合だって、これに関しては根底に「ありえない」というある種の現実の壁みたいなものがあるだけに、考えずにはいられない。
五関が知ったら「らしくない」とでも呆れたように笑うだろうか。
そんな彼の姿をぼんやり思い浮かべて、河合は再び枕に顔を埋めると、くぐもった声で呟いた。
「・・・誰のせいだよー」
そうして視界を真っ暗にしていたら、今日の仕事の疲れとさっきの緊張感のせいもあって段々と眠くなってきた。
携帯電話を枕元に放り出して自然と眠りかける。
そう言えば明日はいつもよりも早いのだ。
それを考えればもう寝なくてはならないだろう。
ひょっとしたら五関だって、電話すると言ったことなどとうに忘れて寝てしまったかもしれない。
けれど沈みかける意識の中でそんなことをゆらゆらと考えていた河合を叩き起こすように携帯が鳴った。
「ッ!」
河合は今度こそぱちっと目を開けて全身で飛び上がるようにして起きた。
そのメロディはシークレットエージェントマン。
五関からの着信専用に設定してあるものだ。
だいぶ前に横尾に「なんでそれで五関くんなんだよ。それ錦戸くんの曲じゃん」と呆れたように突っ込まれたが、河合は生憎と錦戸と電話番号の交換なんてしてはいないし、何よりもその当時錦戸のバックで踊っていた五関が、まだ幼かった河合にはとても印象強く残っていたから。
言ってしまえば、河合本人にはまるで自覚はないがこんな判りやすい行動をこの他にもいくつもとっているので、本人は秘めているつもりでも親しい極々一部の人間にはばれていたりする。
それは当然のように、五関本人には筒抜けで。
しかしそんなことは露程も知らない河合は、一応、とディスプレイを確認してそこに「五関くん」と表示されているのを見て大袈裟ながら心臓が止まりそうになる。
何度か小さく深呼吸して、恐る恐る通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「・・・・・・もしもし?」
『あ、起きてた?』
声質自体は高めなのに妙に落ち着いたトーンを持つそれが携帯越しに耳に届いて、河合は小さくこくんと唾を飲み込んだ。
「うん、・・・あ、ちょっと寝そうになってたけど」
『そっか。遅くなってごめん』
「やっ、全然だいじょぶだけど!」
『そう?』
「そうそう!」
『ていうか声でかいよお前。音量落として』
「あっ、ごめ・・・」
『眠い割には元気だね』
「そうー・・・かな・・・」
『そうでもない?』
「そうー・・・かも・・・」
『どっちだよ』
よくわからないその返答に、なんとなく笑ったような気配がする。
でもそんなやりとりに少しだけまた気分が落ち着く。
五関という存在は河合の心にとっては妙な緊張を強いるものでもあれば、言いようのない安堵感を与えるものでもある。
その一挙手一投足に気分を左右される自分を自覚して、河合はこの恋が思う以上に重傷であることを今更に実感していた。
『あ、そうそう』
「ん?」
『まず忘れない内に連絡事項から』
「連絡?」
『明日の集合一時間早くなったから』
「えー!マジで!?」
『マジで』
「ていうかただでさえ早いのに・・・てことは6時集合・・・?」
『そういうこと』
「しんど・・・」
『ほんとだよ』
「起きられるかなー」
『というわけだから、早速本題に入るけど』
「は?」
明日の早起きに早くも憂鬱になっていた河合は、さっき散々グルグルと考えていたことが頭からすっぱり抜けていた。
そこら辺、言うタイミングを敢えて狙ったとすれば五関は狡猾としか言いようがないが、そこら辺河合には判るはずもない。
五関は今さっきの連絡事項を言った時と変わらぬトーンで平然と言ってのけた。
『俺とつきあいたいんだっけ?』
「・・・・・・」
『あれ、違った?』
「・・・・・・」
『さっき確かに聞いた気がしたんだけど。俺の聞き間違いかな』
「・・・・・・」
『ん?黙秘?』
「・・・・・・五関、くん」
『はいはい?』
「あの、ね、・・・」
『なに?』
しゃあしゃあと聞き返してくるのがとても意地が悪い。
確かに単純な話で言えば、つきあいたいかという問いに対する答えは一つしかない。
むしろ「うん」という二文字で済んでしまう。
けれど現実はそうではない。
いくら当の相手から訊かれたからとて、はいそうですと二つ返事で頷けるものではないのだ。
それなのにこんなにも当然のように、当たり前だろと言わんばかりの調子で訊かれたら逆に何も言えなくなってしまう。
「・・・・・・なんでもない」
『・・・なんでもないの?』
「うん・・・」
『ほんとに?』
「うん・・・」
『じゃあ、さっきのは?』
「・・・なんでもない』
『意味わかんないんだけど』
「なんでもないったらなんでもないよ!・・・もう、忘れてよ」
最悪だなぁ、と思った。
こんな自分が最悪だと。
秘めるなら完全に秘めなければならなかった。
伝えるなら思い切って伝えなければならなかった。
そのくせ、勢い任せであんな中途半端に言っておいて、結局は相手にそう問われたら尻込みしてしまってそれ以上何も言えない。
本当は言いたいことなんて有り余る程あるのに。
この数年間あなたしか見ていなかったんだ、なんて。
そこから始まる言葉はたくさんたくさん、それこそどれだけ時間があっても足りないくらい、胸の奥に降り積もっているのに。
一体何がそれを押さえつけるのか。
目を逸らせない現実か。拒絶への恐怖か。それとも未来への不安か。
いずれにせよ、河合は言えないそんなたくさんのもので、胸も喉も詰まってしまって、ただ浅く呼吸をするしかできない。
『忘れて、いいんだ』
「・・・・・・え?」
『全部忘れていいんだ?』
「なに、」
その淡々とした言葉は静かで、けれど妙に強い何かが込められているようで。
河合はその言葉が耳ではなく直接胸に響くような気がして、身動ぎ一つできなかった。
『でも俺は忘れたくないんだよ、生憎と』
「なに、なに・・・?なんのこと?」
『朝俺に会う度にバカみたいに嬉しそうに寄ってくる奴の顔とかさ』
「え?」
『ステージ上では俺のこと射抜くみたいに真っ直ぐ見つめてくる表情とかさ』
「五関くん・・・?」
『もう何年も前に俺が気まぐれでやったストラップを後生大事に持ってたりとかさ』
「それ、・・・それって、」
『いっつもさ、好きって言いたいのに言えない、ってモロに顔に書いてある奴』
「・・・」
それが何を、誰を指しているのか。
いくら河合でも判らないはずがない。
それでも言葉の出ない河合に、五関は妙に優しい調子で言ってみせた。
『そういう可愛いバカのことをさ、俺は絶対忘れたくないんだよね』
ずるい。
河合はそう思った。
そんなのずるい。ずるすぎる。
そんなことを言われたらもうダメだ。
もうどうにもできない。どうにもならない。
もう逃げられない。
逃げる気にもならない。
もっともっと好きになってしまう。
もうこの人しか好きになれない。
この人しか好きになりたくない。
携帯をギュッと握りしめて。
詰まる喉から絞り出すようにして、河合はようやく呟いた。
「・・・すき、だよ」
『うん』
「ずっと、好きだった、の」
『うん』
うん、じゃないよ。
もっとなんか言ってよ。
一世一代の告白なんだから。
そうは思ったけれど、一度口をついて出た言葉は次から次へと溢れ出てきた。
「もう何年も五関くんのことばっか見てたし、」
『うん』
「なんで可愛い女の子より五関くんといる方が楽しいのかなって、考えたりしたけどどうしようもなくて、」
『うん』
「ずっと一緒にいたいなぁって思って、そんで、でも言わない方が一緒にはいられるのかなぁって思って」
『うん』
「だけど言わないのはやっぱ苦しくて、でも言ったら変に思われるだろうし、もしかしたら嫌われちゃうかなぁって、思ったりして」
『うん』
「男が男を好きになるってさ、そういうのもあるって、知ってたけど、やっぱ俺なんかちょっとおかしいかもって思ったから止めようとしたけどだめで、」
『うん』
「だめだだめだって思っても、思う度にやっぱり好きだなぁって、そんで、・・・そんで、」
『・・・うん』
「・・・・・・」
『・・・河合?』
窺うようなその声がなんとなくやっぱり優しい。
抑えていたものを一気に解放したせいなのか、河合は妙に感情が高ぶってしまって、逆にもうそれしか言えなかった。
「五関くんが、一番好き、です・・・」
他にもっと言い様はあるだろうに、と後になれば思うけれど。
今の河合にはこれが精一杯だった。
もはやくぐもってしまった声ではそれしか言葉を紡げない。
それに五関は何を思ったのか、小さく気配だけで笑って呟いた。
『一番、か』
「え?」
『一番なんだ?』
「な、なにが?おかしい?」
『いや?でもそれだと、二番三番もあるかなって。素朴な疑問だよ』
「そ、それは、言葉のアヤっていうか。そういう意味じゃなくてっ、」
何もこんな時にそんな意地悪なことを言わなくてもいいのに。
思わず小さく口を尖らせた河合の姿など見えてはいないだろうに、想像はついたとでも言うのか。
五関はますますもって楽しげに言ってみせた。
『俺はお前だけなのに』
その言葉は、まるで熱を帯びた一種の凶器みたいに河合の胸を射抜いた。
「っな、ど、どういう、いみ・・・?」
『言葉通りの意味だけど』
「わかんない・・・」
『わかんないの?』
「わかんないよっ」
『あ、そ。じゃあいいよ』
「や、やだっ!なんで!教えてよ!」
『そのくらい自分で考えろよ』
「やだずるい!俺は全部言ったのに!」
『それは俺が言えって言ったからだろ』
「じゃあ五関くんも言えよ!」
『・・・言って欲しい?』
「ほしい!」
『・・・バーカ』
「なんっ、だよ、それー!!」
訳の分からないこの状況と、妙に期待してしまう自分と、そして諸々の感情の高ぶりのせいで、普段からしょっちゅう言われているようなその「バカ」という言葉に河合は過剰に反応してしまう。
思わず声を張り上げたところで、けれど次いで静かに呟かれた言葉に河合の思考は完全に停止してしまった。
『俺もお前のこと、好きだってこと』
その言葉が意味を持って河合の脳に伝わるまで数秒を要した。
そしてその間にも五関は平然とした様子で、『じゃ、明日寝坊すんなよ』と続けたかと思うと、河合の反応などお構いなしでさっさと電話を切ってしまった。
「・・・・・・」
河合は通話の切れた携帯を握りしめたままパタンとベッドに転がる。
そして今言われた言葉を何度も何度も反芻して、枕に顔を伏せて、それでもまた反芻して。
右手で持った携帯を更に左手も添えて、両手で強く強く握りしめる。
それはまるで何か宝物でも抱えるように。
明日の集合が早くなってよかったと思う。
そうすればその分早く会えるから。
でもそれでもまだ何時間もあるのがもどかしい。
だから、どうせなら、今から眠って見る夢の中にも出てきてくれたらいい。
河合はそんなことを思いながら携帯をひたすらに握りしめた。
END
あまずっぱー!な五河。
最初は某大手予備校の宣伝文句、「河合とつきあう。」に過剰に反応したわとさんのアホネタ妄想文だったんですけど。
だから最初はごっちがさっさと電車で帰ってしまうあの辺りまでしか書いてなかったのを、後半も書きたくなってつけたし・・・という割につけたし部分が長いという。
ごっちは絶対に相手に言わせるタイプよね!という夢が多分に含まれております。いやでも絶対そう。
フミトの気持ちなんて実はバレバレで、そのくせそんなフミトの姿が面白い(可愛い)ので言わないでおいたごっちですよ(はいはい隠れサド)。
そして密かに書きたかったのが、五関くん専用着信音にシークレットエージェントマンを設定してるフミトです。バカです。
あのバカな子はそのくらいやるといい!俺のシークレットエージェントマンは錦戸くんじゃなくて五関くんだよ!みたいな!(お前が馬鹿だ)
とりあえず五河は河合郁人がこれでもか!ってくらいに五関さんに恋をしてればいいです。
(2006.7.12)
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