君に届け
「怒ってる?」
「怒ってないよー」
「怒ってる?」
「だから怒ってないってっ」
ショップやカフェが建ち並ぶ通りを歩きながら、河合はなんとなく慣れない気分を味わっていた。
さっきから隣の五関がやたらと自分に繰り返しそう訊いてくるからだ。
まるで普段の関係が逆転してしまったみたいな会話。
何せ五関がそんな風に自分を窺うようにおずおずと訊いてくるなんてあまりない。
とはいえ、理由は一応既に判ってはいたのだけれども。
「・・・ほんとに?」
「ほんとだよ!ていうか五関くんこそどしたの?そんな気にするとからしくないし」
そんな風にちょっと気落ちしたみたいな素振りすら見せて。
どうせならいつもみたいに自分に呆れて突っ込んで、自分が何をしても我関せずでしゃあしゃあとしてるくらいでちょうどいいのに。
俺にそんな気とか遣うなんて五関くんじゃないよ!・・・と、そこまで思って河合はさすがにはたとした。
あれ、俺、確かこう、もっとこう・・・そこら辺のカップルみたいにラブラブしたいんじゃなかったっけ?
もちろん今でもそんなベタな願望は健在なのだが、どうにも五関を好きになって付き合うようになってからというもの、完全に身体も心も慣らされてしまっている自分がいて、さすがに河合は恥ずかしくなった。
けれどそんな河合を後目に、五関はふうっと息を吐き出すと申し訳なさそうに呟く。
「やー・・・さすがに悪かったな、と思って」
「なに言ってんのー。しょうがないじゃん、お腹痛かったんだから」
そう、それこそが今五関が妙に申し訳なさそうな原因。
今日は本来なら昼前から一緒に出掛けるはずだったのが、結局待ち合わせたのがついさっき、もう夕方近くだ。
最近舞台やら先輩のコンサートやらで忙しすぎて、一緒に出掛けるのなんて数ヶ月ぶりで。
待ち合わせなんて昼前だというのに、河合は朝一で起きてあれでもないこれでもないとやたら服やら髪型やら気合を入れて準備していた。
けれど約束の一時間程前になって届いたのが、「ごめん、ちょっとお腹痛いから今日行けないかも」というメールだった。
確かにその瞬間は正直落ち込んだけれども、ここ最近の忙しさで五関が体調を崩しがちだったのは知っていたから。
河合は努めて気にさせないように普段通りに、心配も織り交ぜつつ、また次のオフにしよう、とメールを返した。
だがしかし、結局時間は遅くなったものの今こうして一緒に出掛けられているのだ。
それは昼もだいぶ過ぎた頃に「復活!今から行く!」という、五関にしてはやたらとテンションの高いメールが届いたからなのだが。
「それよりさ、ほんとに大丈夫なの?きつかったら無理しなくていいよ?どっか座れるとこ行く?」
嬉しいのはもちろんだけれども、無理をしているんじゃないかと思ったら、河合の表情は少しだけ曇って隣をじっと見る。
五関はそれを安心させるように笑い返した。
「平気だって。ほんとにもう復活したし」
「そう?」
「うん」
「いつものサイボーグ?」
「なんだそれ」
「五関くんはほんとはサイボーグなんだって、俺とトッツーの間では定説になってるもん」
「あっそ。それよりほら、服見るんだろ?」
急かすようにそう言うのに、河合はそれでも少しだけ躊躇いがちだったけれども、すぐそこに今回の目的の一つだった店が目に入ってそちらに顔を向ける。
その店には以前見かけてとても気に入ったジーパンがあったのだ。
その時買おうかとよっぽど思ったけれども、こう見えて買い物には意外と慎重な河合は散々迷った挙げ句に見送ったのだ。
けれどやはりその後もどうにもそれが忘れられなくて、今日五関と出掛けた時に買おうと思っていた。
「うん・・・じゃあ、じゃあ、ちょっとこの店見てもいい?」
「いいよ」
「なるべく早く見る!」
「だからいいって。ゆっくり見ろって」
河合は大きく頷くとすぐさまその店に足早に入っていった。
その落ち着きのない犬みたいな様子に呆れつつ、五関は後に続いてゆっくり店に入っていく。
そこには小さく噛み殺された欠伸が一つ。
とりあえず風邪薬は眠くなっていけない、とぼんやり思った。
店内では暫し河合郁人ファッションショーが開かれていた。
「ねぇねぇ、これよくない?どう?」
「あー、うん、いいんじゃない」
買うと心に決めていたジーパン・・・ではなく、今日新しく入ったばかりだというスカジャンを着て、河合は両手を広げてみせる。
メタリックで派手な色合いとプリントされた絵柄は確実に着る人間を選ぶが、河合はそれを自分流に着こなしている。
それに基本的に黙っていればきつめの顔立ちをしているのでハードなものが似合うのだ。
さすがはオシャレ隊長、と五関は内心感心したものだが、調子に乗るので言わない。
河合はスカジャンを着た自分の姿を姿見で見ては嬉しそうに軽くポーズをとってみせる。
「ね、すげーかっこいい!」
「ていうかお前、あっちのジーパン買うんじゃないの」
「買うけど、これも気になる!」
「物欲の塊だな」
「だって服好きなんだもん」
「知ってるけどさ」
「ああでもこれもいい・・・ここの襟の部分がすげえいいー」
そう言ってスカジャンを着たまま、今度は裾の長いスッキリとしたラインのロングジャケットを手に取る。
襟の部分の加工が独特であまり見ないデザインだ。
しかしふと気付くともはやそこら辺一帯が河合の広げた服でいっぱいになっている。
五関はさすがに周りを見ていたたまれない気分になってきていた。
「どんだけ広げんのお前・・・。いい加減店員さんの視線が恥ずかしいんだけど」
既に一着は買うのが前提になっているのだから、完全な冷やかしというわけでもないし、そういう意味ではまだいい。
だからこそ店員も皆笑顔でこちらを見守ってくれているのだ。
でも他の客もそこそこいるというのに自分達二人に視線が集中しているのはやはり若干気になる。
しかも一部の女性店員の視線にはなんとなく含むところも感じられる。
それは、河合が街を歩いているとよくファッション誌のモデルにスカウトされるという事実から容易に推測される類の視線だ。
本人はそういう自分に向けられる意識にあまり敏感なタチではないから、まるで気付いていないだろうけれども。
そう、河合郁人という男は自分の想いを伝えるのにばかり必死で、向けられる想いに疎いのだ。
だからこいつは俺の苦労なんて知らないんだろうな。
五関は若干ぼんやりする意識の中でそんなことを思いつつ、今度はそのロングジャケットを着てはしゃいでいる河合に冷めた声で言った。
「どうでもいいけどさ、お前お金あんの?」
「ない!ないけど欲しい!」
「バカ」
「わかってるよー。選ぶよー」
河合は散々あれでもないこれでもないと唸った挙げ句、最初から決めていたジーパンと先程着たスカジャンを手に取る。
迷いに迷ったロングジャケットはきちんとハンガーにかけて戻し、ちらちらと何度か未練たらしく見てから手にした二着をレジまで持っていく。
「じゃあ買ってくるから。ちょっと待ってて」
「うん」
「はー、足りるかなー」
「なんだよお前、そんなギリなの?」
「あはっ、いつもギリだよ俺のサイフは!」
「足りなくても出さないからな」
「わかってるよー」
だいたいが、足りたとしてもそんなギリギリでこの後の夕飯はどうするつもりなんだ、あいつは。
もしかして全く考えていないんじゃないかあのバカ、とその浮かれた細い後ろ姿を見て五関は苦笑する。
でも・・・と五関は暫し考えるような仕草を見せて、一人こっそりと自分の財布の中身を確認してみた。
来る前にちゃんとATMで降ろしてきてよかったと思う。
急な腹痛のせいで計画はだいたいが水の泡にはなってしまったけれども。
「ありがとうございましたー!」
明るい店員の声に送られて店を出る。
河合は両手に大きな袋を提げてご満悦だ。
しかしそれとは対照的に隣の五関は更に呆れ顔だった。
「お前・・・」
「やー満足!」
「ありえないから」
「だって!」
「土壇場で増やすなよ」
「だって!あのキャスケットがさー」
「しかも結局俺がちょっと出したし」
「後で返すってー!ATM寄るからっ」
結局レジで会計中に目に入った黒いキャスケットに一目惚れをしてしまった河合は、それを引っ掴むと最早勢いで「これもください!」と言ってしまったのだった。
その時はたとして振り返った先の五関の冷たい視線と言ったらなかった。
そして結局手持ちを500円程オーバーしてしまった時の深いため息と言ったらなかった。
けれど結局文句を言いながらも出してくれた五関は、戸塚や塚田が言うようになんだかんだと河合に甘いのだろう。
しかし河合はそれをいつものように「五関くん優しいー!」の一言で片づけたわけだが。
「はー・・・疲れた疲れた」
五関が少し嫌味っぽく呟く。
それはなんでもない、いつものことなのだけれども。
河合ははたと何か思い出したように足を止めて、心なしか眉を下げた。
「えっと、ごめん・・・」
「は?・・・なに?」
「早く見るって言ったのに、結局かなり時間かかっちゃった」
「・・・お前いつものことじゃん」
「うん、でも、えーと、・・・疲れたよね。店入ろっか!お腹すいたし!あの、すぐそこにおいしいパスタ屋さんあんの!」
「・・・金ないんだろ?」
「あっ、あ、ATMもそこのコンビニあるし、降ろしてくるから」
唐突な挙動不審の理由なんてすぐ知れる。
こんな、少なくとも傍目には単純な男が考えそうなことなんて、五関には手に取るように判るのだ。
自分の体調を今更ながらに気遣っているんだろう。
もう大丈夫だとさっきから言っているのに。
思えば河合がくだらない・・・と言うのはこの場合酷いかもしれないが、そういう気の使い方をするのは自分に対してはよくあることだ、と五関は実感する。
他の、たとえば藤ヶ谷や横尾相手にはそんな素振りは見せないくせに。
若干面白くない。
だから今日だけは気を遣わせたくなかったというのに、自分もまぁタイミングの悪いところで体調を崩すものだ。
とりあえずついてないとしか言いようがないが、五関はなんとかせめて一つくらいは、と思って今出たばかりのショップをちらりと見る。
自分の気持ちになんてなかなか気付いてくれない。
確かに自分のわかりにくさは重々承知しているけれども。
好きだ好きだと全身で言うくせに、こっちの「好き」には頭の上に疑問符を浮かべて妙に幼く笑うだけ。
付き合ってる、という意味を本当に判っているのかとも思う。
そりゃあバカと言いたくもなるというものだ。
自分がなんで今日わざわざここまでして出てきたのか、いい加減気づけと思う。
「河合さ、」
「ん・・・?」
「ちょっとここで待ってて」
「え?」
「すぐ戻るから」
「えっ!ちょ、五関くんっ!?」
混乱する河合を置いて五関はさっさと今の店に戻っていってしまう。
河合は一人その場に取り残されて両手に大きな紙袋を下げたまま、きょときょとと大きな瞳を瞬かせていた。
そうして言った通りものの3分で戻ってきた五関の手には、河合同様の紙袋が一つ提げられていた。
それを見て河合は納得したように頷いておかしそうに笑った。
「なんだー。五関くんも欲しいのあったの?そんならさっき一緒に買えばよかったのに」
「まぁ、どうせだしと思って」
「なになに?五関くんなに買ったの?珍しいよね?ここ、五関くんがいつも買う感じの店じゃないのに」
河合と五関は基本的に服の好みが全く違うから、買う店はまずかぶらない。
そんな五関が自分と同じ店で、しかも一度出てきたのを再び戻るくらいに惹かれたものがあっただなんて、と河合は興味津々な様子でその紙袋を覗き込もうとする。
けれどそんな風に身を屈めて顔を近づける河合の目の前に、その紙袋をずいっと差し出して押しつけるように渡すと、五関はぽつんと呟いた。
「どーぞ」
「は・・・?」
河合は大きな目をさらに見開いてパチパチと瞬かせる。
ただでさえ両手に二つある紙袋に更に一つ増えてしまって身動きがとれない状況になりながらも、その渡された紙袋と五関とを交互に見る。
「結構奮発したんだから大事にするように」
「え・・・・・・え?えっ!?」
何か思い当たったのか、一人あわてふためきながら袋を開けて中をガサガサと見る。
するとそこにはさっき散々迷った挙げ句に諦めたロングジャケットが綺麗に畳まれていた。
けれど畳まれていたそれを引っ張り出してその場に広げると、河合は途端に動きを止めて小さく呟いた。
「これ・・・」
「ま、今日悪かったし、ほんと」
「・・・お詫びなの?」
「お詫びじゃ悪いの?」
五関がそこまで気にしているとは思わなくて。
なんでそんなに、と河合は逆に申し訳ない気持ちになってその服を再び畳んで袋にしまおうとする。
「・・・悪くない、けど。そんな、こんな高いのいいよ。
だって、だってしょうがないじゃん。五関くんお腹痛かったんだし、それでも結局は来てくれたんだし・・・」
そんなにも高望みはしたくない。
そんなに望んではいけない。
河合の言葉はそんな風に感じられて、五関はムッとしたように軽く舌打ちする。
「いいから黙って受けとれよ。俺に今更返品しに行けってのか」
「返品なら俺が行くから!五関くんにそんなことさせない!」
「バカ。・・・そこ気を遣うんなら受け取れって。ほんとバカだなお前は」
「だってさ・・・これマジで結構高いよ・・・」
畳みかけた服をしまうこともできず、かと言ってどうすることもできず。
困惑したようなその様子に五関は深い深いため息をついて、仕方なさそうに言った。
「プレゼント」
「へ?」
「プレゼントだから。・・・三日前に18歳になった河合郁人くんへの」
だから本当はもっと色々自分なりに考えてはいたというのに。
結局なんだかグダグダになってしまった、と五関は内心いたたまれない気持ちで思う。
当の河合は未だ驚いた様子でぽかんと口を開けている。
その様がまた間抜けていて五関はさりげなく視線を逸らしておく。
「・・・誕生日プレゼントなの?」
「そうだって言ってる」
「・・・ふぅん、そうなんだぁ」
「嬉しくない?」
「嬉しいに決まってるじゃん」
「その割に喜びが足りないんじゃないの、河合くん」
「・・・うん、ごめんね」
そのジャケット両手に抱えたまま何故か若干俯きがちになるのを五関は怪訝そうに見た。
こいつはまたバカなことを考えてるんじゃ、と思わずその顔を覗き込もうとする。
「なんでそこで謝る・・・」
「今、ね!」
「ん?」
「だから来てくれたんだー、って思って、感動してんの!」
「あー・・・」
「ほんとは今もあんま調子よくないのにさ」
「んー・・・」
「五関くんほんとかっこよすぎだよー」
「そうでもないけど」
「ますます好きになったらごめんね!」
「・・・バカ」
本当にバカだ。
謝るところが間違ってる。
そこは「そんなに俺のこと好きなの?」とでも調子に乗って言えばいいものを。
肝心なところで自分に遠慮をする、自分の気持ちを素直に受け取らないこの年下の恋人は、単純なくせに意外と難儀なタチをしていると五関は実感した。
「言うこと間違ってるからお前」
「んー・・・そうだよね、・・・ありがと!」
「そうそう、それそれ」
「ありがと五関くん!」
「どういたしまして」
「ほんとにありがと!めっちゃ嬉しい!」
「はいはい。よかったね」
「今着る!」
「は?おい、お前、ここどこだと・・・」
まさか、と呆気にとられている五関の目の前で・・・言ってしまえば道端で、河合は手にしていた他の荷物を放るように下に置いた。
そして今着ていたジャンパーを勢いよく脱ぐと、貰ったロングジャケットをバサリと羽織って袖を通した。
特にデザインの気に入った襟を微妙な角度で立てて、腰のベルトを少し絞って、自分なりの着こなしにしていく。
ただ元々着ていた中のインナーと若干色合いが合わないような気もしたが、河合は全く気にしていないようだ。
むしろ嬉しそうにそれを着ると、最後に少し乱れた髪を手で梳いて流すように整え、笑った。
それを見て五関も思わずつられるように笑ってしまった。
「さすが河合、露出狂健在だね」
「露出狂言わないそこ!」
「ステージでもすぐ脱ぐしはだけるとは思ってたけど、まさかここで着替えるとかありえないし。俺一緒にいて恥ずかしいよ」
「だってすぐ着たかったんだもん。いいじゃん、下じゃなかっただけ」
「下脱いだらさすがに俺他人のフリするから」
でも、そんな風に嬉しそうにしてくれるならまぁ、いい。
プレゼントしたロングジャケットを着込んで嬉しそうに笑う河合をじっと見て、五関は少しぼんやりする頭を持てあまして思った。
そうやって少しずつでいいから、ちゃんと信じてくれるようになればいい。
「・・・ま、似合うじゃん」
「五関くんが買ってくれたからね」
そうして綻んだ花のような笑顔に、五関もまた少しだけ照れ混じりで笑った。
END
まず言っておきますと、河合郁人くんのお誕生日は10月20日であります!
というわけでなんで誕生日ネタなんだよって話になってきますが。
いやはや、うっかり過去記事でそんな話を知ってしまったのでね・・・。
ごっちがフミトとデートの日にお腹壊して行けなくなりそうだったのに、結局途中から行って、しかも誕生日って言ってジャージ買ってくれたんだってさ・・・。
あいつら私が思う以上にラブすぎて困る。単なる彼氏彼女過ぎる!
という感じで単なる事実に私の妄想をちょっぴり加えてみただけの話です。恐ろしいな五河。
(2006.6.1)
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