1.睫










すげえ、なげえ。

北山は思わず声に出して小さく呟いていた。
視線の先にあるのは紙面上で横顔をアップで映された河合だ。
飽きるくらい見慣れた顔を今更雑誌で見てもどうとも思うはずがないのだけれども、何故か今日は改めて思ってしまった。
普段バカ話をして大口を開けて笑う鬱陶しいまでにハイテンションな姿を見慣れているだけに、今紙面の上で伏し目がちに物憂げな表情を晒していると同一人物とは思えない程のギャップがあるのだ。
黙っていればそれなりに綺麗な顔をしていると北山でさえ思う。
特に北山が思わず呟いてしまう程に目を引く、その瞬いたら音がしそうな程に長くて量の多い睫。
恐らく世の女子の中には羨む子も少なくないだろう。
それがあの鋭くて意志の強そうな瞳を彩るのだからそれは目を引かれるに決まっている。
しかしそれとて見慣れていると言えば当然そうだというのに。
今更にそんな感想を素で抱いてしまった自分が何故だか妙に悔しくて、北山はむっつりと眉根を寄せるとふと視線をあちらに向けた。

今日はキスマイとA.B.C.は一つの大きな楽屋を割り当てられていたから、その騒がしさはいつもの比ではない。
中でも騒がしさの中心は2グループをそれぞれ代表するバカ二人だ。
河合と藤ヶ谷はさっきからくだらないことでこれでもかと騒いでは大笑いして周囲を巻き込みまくっていた。
北山が視線をやるとちょうど河合が大口を開けて笑っているのが目に入って、思わず再び紙面に視線を落とす。
そして再びあちらを見る。また紙面を見る。
何度かそれを繰り返して、北山はやはり妙に納得がいかない気持ちになる。
そう思ったら思わず呼んでいた。

「なぁ、河合」

聞こえないかとも思ったが、ちょうど笑いが落ち着いたところだったのか意外と容易くこちらを向いた。
その表情は大笑いした余韻で緩んでいる。

「なにー?」
「ちょっと」

それだけ言って手招きした。
河合は少し不思議そうな、それ以上に怪訝そうな顔をする。
若干嫌そうだ。

「えー?なんだよー」
「いいから来いっての」
「えー・・・」

本気で嫌そうだ。
なんでそんな嫌がられなきゃなんないんだよやっぱマジむかつくこいつ。
北山自身もとても嫌そうな顔をしつつも手招きする。
こうなったら逆に何が何でもやってならなければ気が済まなくなってきた。

「面白いことしてやるから」
「面白いことー?北山が言うとなんか寒そうだなー」
「お前そんなこと言ってるとマジ後悔するよ?」
「マジか!じゃ、面白くなかったら俺が後悔させるよ?」
「言うじゃん」
「言うよ」

平然と言ってのけるのが本当にむかつくし可愛くない。
あの落ち着き払った北山と同い年の彼に対する態度とあまりにも違うので、そこら辺もいい加減鬱陶しい。
かと言ってあんな態度を自分にもとられたら気持ち悪いし更に鬱陶しいので勘弁してもらいたいが。

結局しつこく北山が手招きするので、河合は怪訝そうにしながらも近寄っていった。
内心本能的に嫌な予感がしたからこそ渋っていたのだが、それは実際的中することになる。

「そんでなんですかー北山くん」

こいつほんとろくなことしないからなー、と河合は内心ぼやくように思う。
普段の自分は基本的に棚上げだ。
そんな河合の内心は恐らく北山も何となく感じ取っているからますます顔を顰めつつも、自分のすぐ目の前を指差した。

「ちょっとここ立ってて」
「ここ?立ってるけど」
「そのまんまでいろよ?動くなよ?」
「えーなんだよ」
「動いたら死ぬくらいの勢いで動くな」
「もうなんか既に今の時点で面白くないなー」
「そんで目ぇつむれよ」
「はぁ?」

思わず素っ頓狂な声を出す。
全く展開が読めない。
そしてどう考えても面白い展開になるようには思えない。
河合は思いきり顔を顰めて目の前の童顔を凝視する。

「や、マジで何する気?」
「言ったら面白くないじゃん」
「いいよどうせ面白くないんだから」
「いいからつむれって言ってんの」
「うわーマジやだ。くれぐれもチューとかすんなよ」
「しねーよバカ。調子のんな。そこまで落ちぶれてないから」
「うーわむかつく。もー絶対面白くないしっていうか北山が面白いはずがないし・・・」
「いい加減黙らすよ」
「はいはいじゃあ早くやってくださーい」

キレさせるのも面倒なので河合はブツブツ言いつつもしょうがなく目を瞑った。
しかし直後に悪寒がした。
河合が目を瞑った途端に北山の唇の端が上がったのを、周囲でなんとなく面白げに見守っていたメンバーは見ていた。

「じゃ、遠慮なく」
「ちょ・・・なに、」

楽しげなその声に思わずその場から動きそうになった河合の肩を引き留めるように掴む。
そして北山はその白い手をスッと伸ばし、閉じられた瞼を彩る黒く長い睫に触れた。
微かに掠った程度でもその感触に反射的に危険を感じたが、時既に遅し。
北山はこれ以上ない程に楽しげに表情だけで笑うと、伸ばした指の爪先でその細く長い一本を器用につまみ、思い切り引っ張った。

「いっ・・・!!」

それはまるで断末魔のような声だった。
河合はそれ以上何を言うこともできず、片手で顔を覆うとその場にしゃがんで蹲ってしまう。
若干混乱した頭と何とも言えない痛みと、部位が部位だけに生理的に出てきてしまう涙でそのまま動けなくなる。
そんな河合を後目に、北山は妙な達成感と共に爪先の長い一本の睫をまじまじと眺めて子供のように楽しげに笑うのだった。

「おー、やっぱ長いなー。雑誌通りじゃん」

あー、すっきりした。
なんて。
満足げに言えたのはそこまでだった。
唐突な行為に抗議すらできず、小さく呻いて蹲る河合にはさすがに周囲から同情が集まる。
そして対照的に北山には非難の視線が集まる。

「うわ、ひでー北山。なに今の」
「ちょっと北山なにしてんのっ」
「河合大丈夫っ?痛いー?」
「ちょっと冷やした方がいいかな?」
「河合ちゃん可哀相〜。北山ひど〜い」

なんだよお前ら別にいいじゃん単なる知的好奇心じゃん!
とはさすがにもう言えなかった。
その上背後の扉が開いて、今ちょうど席を外していた同い年の仲間が戻ってきたとあっては余計に。

「・・・河合?」

五関は目の前に飛び込んできた光景に思わず足を止めた。
それに塚田がまるで親に言いつける子供の如く非難がましく言ってのける。

「あっ五関くん!ちょっと聞いてよー北山がひどいんだよ」
「ちょ、五関くんにちくんなよ!」
「容赦なくちくるよ。悪行は成敗してもらわなきゃ」
「そんな大したことじゃないじゃん!」
「何言ってんの?・・・泣かしといてさー」

じとりとした視線。
指差した先には未だ蹲ったままで顔を手で覆う河合。
さっきから身動ぎ一つしないその姿に、さすがの北山も今更にまずかったかと思い始める。
しかもその恋人は無言でその蹲った姿を見ているのだから。
なんとなくばつが悪くなって北山は思わず小さく声をかけてみた。

「・・・河合ー、大丈夫ー?」

ここら辺意外と空気が読めないっていうか結構地雷を踏むタイプなんだよね、としみじみ思ったのは実は藤ヶ谷だったりする。
そんな不器用なところがまた可愛いし好きだと思うのだけれども、いかんせんこの場では更に自分の立場を悪くするだけであり、いかに恋人といえど藤ヶ谷にももはやどうにもできない状況だ。

「だい、じょぶ」

蹲って顔を覆ったままで、河合はそれに応えた。
さすがに河合としてもこの状況は違う意味でばつが悪いからだ。
けれどその声が心なしか弱々しくて逆効果だった。
主にこの場における北山の立場的に。

特に言葉はなく、北山の方を見ることもなく、五関はおもむろに河合に近寄ると同じようにしゃがみこんだ。
俯き加減の頭を軽く宥めるようにポンポンと叩く。
けれど顔は上がらない。
もう一度叩く。
すると今度はゆっくりと上がった。
顔を見せるのは恥ずかしいけれど、その顔が見たくなったから。
目を瞬かせた拍子に睫が雫を弾く。
五関はもう一度頭を軽く叩いてやった。

「泣くと、睫溶けるよ」

それにまた目を瞬かせるから、濡れた睫が照明を弾いてキラキラ光る。

「・・・それ、普通目じゃないのかなぁ」
「俺そんな詩人じゃないから」

なんだか笑ってそんなことを言うから、河合もつられるように頬を緩めてこくんと頷いた。
それからはたとして手の甲でごしごしと目を擦る。
けれどそうすると「腫れるから」と言って五関がそれを止めさせる。
河合が「でも、」と言いかけるのに、ポケットから出したハンカチでそれを拭ってやる。

しゃがみ込んだまま妙に近い距離でそんなやりとりを交わす二人を、北山はぼんやりと眺めた。
自業自得と言えばそうなのかもしれないが、物凄く見せつけられているような気がするのはきっと気のせいではない。
そしてそのしゃがみ込んだ小柄な背中が唐突に自分を呼んだのに過剰反応してしまったのも、致し方ない。

「北山」
「は、はいっ!?」
「タオル濡らしてきてくれる?」
「あー、了解!了解です!」

その声の調子がいつもと変わらないからこそ怖い。
こう見えて五関が意外と怒っているように感じた北山は、ギリギリのラインで空気を読んだと言える。
そうしていつにない素早い動きで楽屋を飛び出していった北山を慌てて追いかける藤ヶ谷は、「ファイト北山!最後はちゃんと空気読めてたよ!」と内心だけでエールを送ったのだった。










END






そもそも始まりは確かジュニアコン初日後の飲みの席で、私がフミトの長い睫にハァハァした挙げ句
「引っこ抜いてスンスンさせたい」と言い出したことでした(紛れもなく変態)。
そしてその帰り道にゆりさんにお題とか書いちゃえばいいじゃないですか睫含めて!
というようなお言葉をいただいたのでほんとに書いてみました。
そしてみっくんごめん・・・(さすがに素直に謝るレベル)。
でもこういうみっくんが好き・・・!
さりげに北河なんじゃ?という言葉は胸にしまっておいてください。その内ちゃんと書くから(いいよ)。

とりあえず河合郁人に関する私的萌えポインツをフェチ的に書くシリーズになりそうです。たぶん全部五河。
(2006.9.3)







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