2.癖毛










「うらやましー・・・」

ベッドのヘッダー部分に背中を預けるようにシーツの上に座って本を読んでいたら、隣からぼそりと呟くような声がした。
五関がチラッと視線だけでそちらを見ると、黒目がちなその瞳が緩く瞬いてじっとこちらを見ている。

「なんか言った?」
「言った、言った」
「なに」
「その、ナイスサラサラヘアーがさ!」
「は?」
「とてつもなくうらやましいわけ!」

上半身は起こしている五関に対して、河合はベッドにごろんと転がったままで見るから自然と視線は上目になる。
その瞳は、五関の目もとに僅かにかかった真っ直ぐな黒髪に向けられていた。
普段ステージ上で踊っている時など、まるでターンする度に音がするのではないかというくらいサラリとなびくそれ。
もう随分見慣れたそれだというのに、河合は見る度同じことを思うのだ。

「いーいーなー」
「そう?」
「そうだよー」
「別になんもしてないよ」
「そう!それだよ!なんもしてないのにそのサラサラとかさ!ずるいし!」
「なんもずるくないから」

また始まった、と五関は呆れた表情でさっさと本に視線を戻してしまう。
そうして顔を僅かに俯けると、その拍子に前髪がまたサラリと額に流れる。
五関は昔からあまり髪型が変わらない。
いつもあの真っ直ぐでサラサラとした黒髪がほとんどだ。
本人的にそれは何もこだわりがあるというわけではなく、むしろそれ以外の髪型に挑戦する気がないというだけなのだが。
そこら辺、常に新たな髪型にチャレンジしている河合とは対照的だ。

ああ、あの真っ直ぐな髪って、五関くんそのものって感じ。

言ったら確実に嫌な顔をされそうなことを真面目に思いつつ、河合は寝転がっていた体勢からガバッと起きあがる。
五関はそれにも特に気にした様子もなく新書を読み進めている。
そんな様を・・・というよりか、むしろその髪をもう一度眺めてから、小さく溜息をついて寝乱れた自分の髪に触れる。
夏前に切ってからだいぶ伸びた明るい茶の毛を一房とって指先で確かめてみる。
ふわりと柔らかな感触。
それは撫でつけてもすぐ元通りになって跳ね返ってくる。
しょっちゅう色を抜くから痛んでいるというのもあるが、河合の髪は元々癖毛なのだ。
だから朝起きた時など酷いもので、髪のセットにかなりの時間を取られるのが常だった。
夏前に切る直前は、舞台のために黒く染めるついでにストレートパーマをかけてみたので、その時だけは憧れのサラサラヘアーを体験できたりもしたのだけれども。
癖毛のせいかそれは長持ちはしなかったし、そうしょっちゅうかけているわけにもいかないから、今やそれはすっかり元に戻ってしまっている。
指先で摘んで確かめることができるくらいに伸びた毛は、髪質のせいもあって頬や首筋に当たるとくすぐったくて邪魔でしょうがない。
最近また新しい舞台が始まって忙しくはなってきたが、そろそろ切ってどうにかしたいところだ。

とりあえず、と河合は両手を後ろに回すと、伸びた後ろ髪をまとめて手首にしていたゴムでくくる。
そこでまとまった毛先を掌に感じると、ああ痛んでるなぁ、と改めて実感した。
それからシーツの上であぐらをかくようにして、なんとなく手持ちぶさたになった河合はおもむろにその場で屈伸を始めた。
起こした上半身だけを曲げたり伸ばしたりを暫し繰り返す。
そろそろ寝ようかとも思うのだけれども、なんとなくまだ目が冴えている。

あー、今邪魔したら怒られるだろうなぁ、とぼんやり思いながら屈伸をしていたら、まとめた後ろ髪にふと触れられたような感覚。
思わずはたとしてそちらを見ると、五関が手にしていた新書をいつの間にか脇に置いてこちらに手を伸ばしていた。
今髪に触れた感触はどうやら五関の長い指先だったらしい。
河合は不思議そうに目を瞬かせて自分でも髪に触れてみる。

「なに?なんかついてる?」
「・・・や、なんか気になったから」
「ん?なにが?」
「結構伸びたね」

河合の問いにはあまり答える気もないのか、片手をシーツについてそこに身体を預けながら、逆の手で再びくくった髪に触れる。
ふわふわとしたその感触は指先にも随分と柔らかく踊るようで、触れていると思わず頬が緩む。
けれど触れられている方としては、あまり好きではない自分の髪質を相手にまざまざと感じさせるようで嫌らしく、河合は少し眉を寄せてその手から逃れるように頭を振る。

「やだ、あんま触んないで」
「なんでだよ」
「くせっ毛だからいやなんだって!」
「いいじゃん、ふわふわしてて」
「よくないの!俺は五関くんみたいなサラサラがいいんだってば!」

さっきからそう言ってるのに!と続ける河合などお構いなしで、五関は再び手を伸ばして河合の後ろ毛に楽しそうに触れる。
緩くカールした毛先を指に絡めるようにしていじりながらうっすら微笑む。
後ろ毛をいじられている河合からするとその表情はよく見えないのがもったいないくらい、それはなんというか・・・愛しそうな顔で。
河合のように口にしたことがないから当の本人は当然知らないが、河合が五関の真っ直ぐな髪を羨ましがるのと同じかそれ以上に、五関は河合のふわふわした髪が好きなのだ。

「お前さ、無駄だからストパーとかもうかけない方がいいよ」

そんな表情のまま呟かれた言葉はまさに心からのものなのだが、生憎とその表情がよく見えていない河合にとってみれば、軽い嫌味にしか聞こえない。
再び頭を振ってその手を払うと唇を尖らせる。

「ちょ、むだってなに!あ、くせっ毛の奴にはそんな権利ないとかそういう話っ?」
「なんだよそれ。そんなことは言ってないけど」
「だってそうじゃん!もーなんだよ自分はストパー要らずだからってさーむかつくなー」
「あー、いい加減うだうだうるさい。・・・ていうか、これも邪魔だから」
「あ、ちょ・・・っ」

何かと思ったら、頭の後ろに感じた妙な開放感。
五関の長い指先がするりと滑るように動いたかと思うと、まるで魔法のように器用に髪をくくっていたゴムを容易く解いてしまった。
解かれた反動か、まるでスローモーションのようにふわりと舞う柔らかな茶の髪。
それを瞬きもせず瞳に捉え、五関は満足げに笑ってみせた。
河合は抗議しようと思わず振り返った一瞬で、その表情を瞳に焼き付けてしまった。
だから抗議はほんの小さな声で、結局形だけのものにしかならなかった。

「・・・なに、すんの」
「そっちの方がいいよ」
「よくないって言ってんのに・・・ていうかね、もう長くて邪魔なんだって。くせっ毛で長いとほんと邪魔なの」
「それなら早く切れば」
「言われなくても明日には切りますー!」
「あ、そう?・・・じゃあ、今日が最後なんだ」
「は?なにが」

五関は再び手を伸ばすと、解かれて自由になったその長い後ろ毛を一房取って指に絡めた。
ふわふわと柔らかな感触。
自分には決してないもの。
自分には持ち得ないもの。
目の前の男にはそんなものが沢山ある。
そんなことを思って、五関は絡めた髪ごと指先を緩く動かした。

「それなら、今夜はこのくせっ毛を堪能しようかな」
「くせっ毛言うなよっ。・・・ていうかね」
「ん?」
「髪だけ堪能とかされてもさ、アレなんだけど」
「アレか」
「アレだよアレ」
「・・・じゃあ、ついでにお前も」
「髪のついでかよ!」

そんなことを言い合いつつ、二人の身体は再びベッドに沈んだ。










END






フミトって結構くせっ毛じゃない?と思ったのでー。
なんか演舞城の頃サラサラだったからそういう髪質なのかと思ったら、実は結構癖毛だよね(笑)。最近見てるとよく思う。
そして夏前から比べると随分伸びて、今や後ろ毛をくくってしまえる程!という超好みな感じにね!
ていうかあの髪くくりフミトがありえないくらい可愛くてー!
そしてそんなフミトのくくった髪を五関さんに解いて欲しいよね、ていう願望。
そしてサラサラヘアーのごっちはフミトのふわふわ髪が実は大好きだと萌えるよね、ていう妄想。

実はつい前日に見に行った少クラ観覧で髪くくってた癖に、その翌日の滝沢リサイタルでは短くなってたんですよあの子。
ちょうど翌日の朝切っちゃったみたいなんですよ。早いよ!
もうちょっと堪能させてあの髪くくりを!まぁ超邪魔そうだったからしょうがないけどー。
とにかく可愛かったわけです髪くくったフミトが。
もちろん切っても可愛さにはなんの翳りもないけどさ!(はいはい)
(2006.9.22)






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