3.ときどき眼鏡










五関が朝スタジオに着くと、そこには若干珍しい光景が広がっていた。

部屋にいたのは河合だけ。
奥にある鏡台の前に安っぽいパイプ椅子を置き、背もたれに身体を預けるように腰掛けている。
その両手には分厚いハードカバーの本があって、既に三分の一程が読み進められているようだった。
ペラリと紙を捲る音だけが耳に届く。

ただ何も本を読むことが珍しいわけではない。
そう多いわけでもないが、別に読書嫌いというわけでもないので、よく他の誰かが面白かったと言っていた本は積極的に借りて読んだりはしているのだ。
だから何が珍しいかと言えば、今じっと集中して紙面に視線を落とす河合がかけているその眼鏡だった。

少しフレームが厚めの黒縁眼鏡。
時折その細い指先が位置を合わせるように柄の部分に触れ、再び本のカバーに添えられる。
特に何の変哲もないようなそれだが、今まで見たこともなかったからなんだか思わずじっと見つめてしまった。
いつも見せつけるように長い睫と意志の強そうな鋭い瞳も、そのガラスのレンズに遮られてしまうと少し大人しくも見える。
最近ストレートパーマをかけたという色を落とした髪が、俯き加減になることによって眼鏡の縁に流れて少し邪魔そうでもあった。

その指先が更に次のページを捲った所で、五関はようやく声をかけた。

「おはよ」
「あ、おはよー」

途端に上がった顔は五関を見ていつものように嬉しそうに笑んで、片手を挙げると明るい声で言った。
そんな表情や声は当然いつもと変わりない。
けれどやはりそこにある慣れないレンズは、見慣れた顔をいつもと違う風に見せている気もした。
五関は適当に荷物を置くと、もう一度そちらに視線をやる。

「珍しいね」
「ん?」
「眼鏡」
「ああ、これね」
「初めて見た」
「あーそうかも」
「目、悪かったっけ?」
「んー、ちょっと前から段々視力落ちてきちゃってたんだよね。だからこないだ作ったの」

言いながら本に栞を挟んで閉じると、鏡台の前に置いた。
代わりに両手で眼鏡の柄の部分を軽く摘むようにして、悪戯に上下に持ち上げながら笑う。
レンズを通しているせいか大きな目が更に大きく見える。
その普段から印象的な瞳はより目を惹くようになる。
けれど代わりにその瞳が放つ強い光は、レンズに遮られて少しだけ弱まったようにも錯覚を受ける。
もちろん、そんなことはあくまでも錯覚でしかないのだけれども。

「なんかまだ慣れなくて違和感あるんだけどさ、どう?」
「確かに違和感はあるかもね」
「だよね〜・・・。正直ちょっとジャマだもん」
「でも、なんかそれしてるとお前も賢く見える」
「まじで?・・・ていうか、なんかそれ素直に喜べないんだけど」
「まぁ、それでなくてもお前は黙ってさえいれば賢く見えるから大丈夫だよ」
「ますます喜べないんだけど・・・」

意味ありげに含み笑いしながらそんなことをのたまうのに、河合はなんとなく釈然としないような表情で何気なくその眼鏡を外した。
するといつもの見慣れた顔が現れる。
河合は素の瞳をパチパチと瞬かせては小さく目を擦った。

「あー、でも、目、疲れる・・・」
「だろうね。最初の内はそうなんだよ」
「しかもさ、してるとたまに睫当たんの」
「ああ、お前の場合はそういうのがあるんだ」
「うん・・・。はー・・・これ慣れんのかな・・・」
「してれば慣れるよ」
「うん・・・」

河合は何やら思案するように小さく呟くと、こすったことで少し赤くなった目を再び瞬かせてからもう一度眼鏡をかけた。
けれど置いてある本をまた手にするでもなく、そのまま眼鏡の位置を調節するように柄の部分を持って何やら俯きがちにごそごそと動かしている。
相手が座っているせいで眼下で揺れるつむじを暫く眺めてから、なんとなく指先でそのつむじの真ん中辺りをつついてみた。

「・・・なにしてんの?」

すると河合はそこでようやく顔を上げ、ぽつんと呟いた。

「なんかさー・・・」
「うん?」
「ちょっと寂しいよね」
「寂しい・・・?」
「自分の目だけでものが見えなくなって、こういう人工的なのしなきゃ見えないのって」

そう言っては、また目がむずむずしたのか眼鏡を少し上に上げて指の腹で擦る。
五関はそれをなんだか不思議なものを見るような目で眺めた。
もうずっと前からコンタクトをしていた五関はそんなことを考えたこともなかった。
だいたいが今のご時世、眼鏡やコンタクトをしている人間が全体の何割いるのか。

「俺、できればずっと何もかけないでいたかったなー・・・」

恐らくそれは、最近そのレンズを通してものを見るようになったばかり故の一時のちょっとした感傷なのだろうけれども。
何もかも見通すような強い光を持ったその瞳の持ち主が言うと、妙に重大な何かのように感じられた。

「うち、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、みんな目悪いからさ。
俺も大人になったら悪くなるかもね、なんて言われてたんだけど。
実際なるとちょっとへこむよね。・・・大人になるって、しんどいなー」

なんだかつまらなそうに溜息をついたかと思うと、やはり目がまだむずむずするのか再び眼鏡を外した。

大袈裟な奴。
五関はそう思ったけれど、なんとなく口にする気にはならなかった。
実際のところ、そんな味気ないガラスのレンズの壁ができて少なからずつまらないと感じるのは、何も当人だけではないのだ。
ただそれでも五関が思うのは、それでもその瞳はそんなことで左右される程柔なものではないということ。

おもむろに手を伸ばすと、その外された黒縁眼鏡をひょいと摘んで取り上げる。
当然何かと見上げてくる素の瞳がパチパチと瞬く。

「五関くん?」

五関はゆっくりと身を屈めると、眼鏡を持ったのとは逆の手をその目に近づけていく。
近づいてきた指に河合は反射的に目を瞑ってしまった。
それを合図にしたように、閉じた瞼に一瞬だけ唇が触れる。
河合はすぐさまハッと目を見開いたけれども、その時には既にその感触は離れてしまっていた。
開いた目の先にいたのは、なんでもないような顔で自分をじっと見つめる顔。

「・・・あ、」

今、キスしたでしょ。
そう言おうと思ったけれど、何故か言えなかった。
瞼にするのもキスって言うのかな?なんて、そんな詮無いことが頭に浮かんだせいもあったし。
なんだかその行為が「キス」なんていうものよりも、もっと何か特別なものに思えたからだ。

河合が言葉を継げないでいる内に、五関は手にしていた眼鏡を再びゆっくりと河合の顔にかけた。
再びその瞳をガラスのレンズが覆う。
けれどそこに映る五関の姿は、当たり前のようになんら変わりはないわけで。

「どう?」
「どう、って・・・」

触れられた瞼はレンズの奥にあっても未だ感触を憶えている。
つい今さっきのことだし、今回が初めてというわけではないのだから当然だ。

河合は指先で柄を摘むと、そのレンズの向こうに五関を映してきゃらきゃらと笑った。

「うーん、やっぱいつ見ても五関くん、格好いいよねー」
「はい、正解」










END






わとさんの数少ない衣装&装飾品萌えの内の一つ、ときどき眼鏡です。
そう、ときどき眼鏡。あくまでもときどきかけるのがいいの!むしろ常時眼鏡は私的にはあんまり萌えません。
普段はかけてないのに、たまーにかけるから萌えるんだよね。しかもあんまかけなそうな感じのイメージの子だったらなおいい。
そういう意味ではフミトはかなりイイ線いってますよ!ちなみにユウユウもときどき眼鏡族!キュン。
以前雑誌でね、フミトがかけてたんだよね。黒縁眼鏡。それがすんごい可愛かったんだよね!
そしてその眼鏡フミトをメンバー三人が大絶賛だったのが凄まじい衝撃だったんだよね・・・(遠い目)。
塚ちゃんなんて「目が大きく見えるよね?萌え度120%ってやつだよね!」みたいなこと言ってたの。ありえなかったの。
なんでこの末っ子ちゃんは眼鏡姿をお兄ちゃんたちに萌えられてんのかなーと・・・(注:萌えてたのはあくまでも三男のアクロ隊長です)。
ときどき眼鏡フミトはとにかく滾ります。裏モノでも一回やりたいくらい(落ち着いて)。
(2006.11.13)






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