望まれざるもの










「お前、これで幸せなの?」

強引に腕を掴んで、袖を捲るとその手首を眼前に晒してみせた。
河合は見せつけるように晒された自分の細い手首を見ても、眉根一つ動かさない。
自分の身体なんてどこを見ても今更どうとも思わないのは確かかもしれないけれど。
黙っていれば整った顔は、あの普段くるくると変わる表情がないとこんなにもゾッとするような冷たさを湛えるものかと、五関はまるで苦虫を噛み潰したような心持ちで思った。

最近長袖ばかり着るようになった。
半袖やノースリーブを着る時には必ずリストバンドをするようになった。
そんなあからさまな不自然さを妙に綺麗な笑顔で誤魔化せるようになった。
五関には何よりそれが哀れでならなかった。

細い手首。
そこにくっきりとついた赤黒い痕。

夢なんかじゃない。
目を逸らせない現実。
五関は目の前に確かにあるものを頑なに否定する程には愚かではないけれど。
本当は否定したかった。
誰よりも自由な翼を持っていたはずの目の前の仲間が、こんな状況に追い込まれていたことを。
そしてそんな翼を雁字搦めにして引き裂かれる寸前にまで追い込んだのが、やはり仲間であることを。

「こんなことされても、塚ちゃんのこと好き?」

痛々しい手首を掴んだまま問う。
決して初めてではない。
もう何度目かの問い。
そして返ってくる答えはやはり同じ。

「うん、好きだよ」

俯きがちだった顔をちゃんと上げて、五関の顔を真っ直ぐに見て。
意志の強さを奥に秘めた大きな瞳はそれでも強く美しいままだ。
けれどだからこそ、その強さが失われてはいないからこそ、傷は反比例するように増えていくのだろう。

「好きじゃなきゃ、一緒にいないよ」

少しだけ笑った。
けれどそんな笑顔は似合わない。
そんな儚い笑顔は見たくなかった。

彼の前でもそうなのか。
あの誰もが癒されると言う陰の欠片も見あたらない笑顔の前でも、そんな風に笑うのか。
傷つけられて強がって。
傷つけられて我慢して。
傷つけられてそれでも平気だと笑って。
そこまでしても一緒にいたいのか。

「・・・じゃあ塚ちゃんは、お前のこと好きなの?」

五関には理解できない。
ここまでする理由が全くわからない。

決して冷たいわけじゃない。
むしろ傍目には可愛がっているように見えるのに。
「可愛がる」という行為が彼にとってイコールこの状況であるならば、もはやそれはどこまで行っても平行線にしかならないのだろう。

「やだなー五関くん。・・・痛いとこ突かないでよ」

今度は笑わなかった。
少しだけ悲しそうな顔をした。
けれどそれに、ほんの僅かホッとした。
笑っているよりも悲しい顔をしている方がホッとするなんて、もしかしたら自分もどうかしているのかもしれないと思うけれど。
五関は最近河合の笑顔を見ていられなくなってしまった。
笑って、傷を増やして、笑って、傷を増やして。
そんなことを繰り返していたら、いずれそのまま河合が壊れてしまいそうな気がしたから。
そしてそれでも彼は輝くばかりの笑顔を絶やすことがないと、なんとなくわかっていたから。

「ねぇ、五関くん」

河合はまた笑った。
小首を傾げてなんだか少しおかしそうに。

「いいこと教えてあげる」
「・・・なに」
「俺ねぇ、この前言ってみたの」
「なにを」
「塚ちゃんに、別れたい、って」

無言でその顔を凝視した。
河合はふっと視線を落とした。
五関に掴まれた、赤黒く変色した自分の手首に。

「いいよ、って」
「・・・河合、」
「そんだけ」

呟かれた語尾が一瞬震えた気がした。
掴んだ手首に力を込めそうになった。
けれどなんとか思いとどまった。
この傷を増やしすぎてもはや感覚が麻痺してしまっているだろうその身体に、せめて自分は欠片も痛みを与えたくなかった。

「だから、だめなの」
「なんでだよ・・・」
「もう、だめなんだ」
「意味がわからない」

この掴んだ手首を引いて河合が救われるのなら、いくらでもそうする。
いっそ攫って逃げたっていい。
だけど違う。
その言葉通りだ。
本当はもう五関にも薄々わかっている。

もう、手遅れだってこと。


「五関くんの手って、優しいね」

そう言って笑った顔は心なしか無邪気で、ほんの少しだけ昔を思い出したけれど。

「この手なら、幸せになれたかな」

もう、思い出す以外の何一つとして、許してはくれない。

「さっき言ったよね?これで幸せなのか、って」

その言葉を否定してやることすらも。

「もう幸せなんて、いらないんだ」

否定することすら許されないのなら。
せめて心の中だけで呟く。
もっともっともっと、早く。
言葉に出来ていればよかったんだろうか。



『それでも俺は、お前を幸せにしてやりたかったよ』










END






すいませんと方々にジャンピング土下座の勢いですどうも。
いやーねー何よ塚河って!しかもこのダークさは!ていう話なんですが。
先日ゆりさんとデートした際の11時間耐久キスエビトーク時にね、次世代ジュニアの私的三大カプ(五河・塚戸・北藤)について語ってね、そこでそれぞれ攻め受けシャッフルしたバージョンについて色々話したんですよ。
そこで最も酷い結末に辿り着いたのが塚河でした(笑)。塚河は確実に男性向け18禁だよと。最後はフミトが壊れるしか道がないよと(ひでえ)。
まぁ色々あるんですけど、トツとかたいぴと違ってフミトは考え込んで我慢しちゃうタイプなのでやばいだろうという話ですよ!
塚ちゃんがあんまりなのは目を瞑って下さい(むしろそこが最悪)。
ていうか塚ちゃんはトツが相手だからこそ許されてるというかなんというかね!トツだから相手できるというかなんというかね!
そして逆にフミトはごっちじゃなきゃ幸せにできないという結論。みっくんでも無理。
というようなシャッフルが意外と面白かった上に、「酷いよ絶対ダメだよ塚河!」とか言ってたはずなのに、思わず怖いもの書きたさ(造語)でやってみました。
でも実際書きたいのがごっちであることがあからさますぎて我ながら笑えます。
フミトに片思いなごっちが壮絶に萌えであることに最近気付きました。
(2006.7.22)






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