愛の言葉はまだ夢の中










なんだ、これ。

千賀はどうにもならない寝苦しさについに根を上げ、目を開けた。
そしてすぐ目の前にある寝顔に思わず声を上げそうになる。
けれど慌てて手で口を塞ごうとしても、依然として絶えずある圧迫感にそうすることもできず、仕方なしに顔をできるだけ俯かせてなんとか耐えた。
すると俯いた拍子に千賀のふわふわとした明るい茶の髪が相手の頬に触れたらしく、くすぐったげな声がまどろみと共にすぐそこに聞こえた。
いつからなのか、自分の身体に回された両腕は元より苦しい程だったのだが、その力が更に強くなったのが判る。

・・・苦しい。
でも、あったかい。

千賀はうっすら目を細めて、すぐ目の前にある相手の肩口にそろりと顔を埋めてみる。
より強く感じる温もりと、それが紛れもなく自分が誰より望む人間のものであると判る匂い。
それをおもいきり感じて、千賀はなんだか堪らない気持ちになる。
されるがままで抱き込まれていたのを、自分からも恐る恐る両手を回して緩く抱きしめてみた。
今は僅かに自分の方が身長が低いけれど、身体の線で言えば相手の方が細い。

あんなによく食べるくせに、どうしてこんなに細いんだろ。

そういえば、と連鎖的に思い出すのは昨夜のこと。
色んなグループと共演したステージも千秋楽を向かえ、その後千賀の家で二人でささやかな打ち上げをしたのだった。
もちろん二人はまだ未成年だから、そこにあったのはジュースとお菓子と、あと千賀の母が作ってくれた料理だけだったけれど。
楽しかったな、あそこがよかったな、あそこはもっとこうすればよかったな・・・そんなことをつれづれに沢山話した気がする。
ただ生憎と、どうしてこんな状態になって眠ってしまったのかは千賀はよく憶えてはいなかった。

埋めていた顔をおずおずと上げて、すぐそこにある顔をそうっと窺ってみる。
起きている間はいっそ怖いくらいにきつい顔立ちが、目を閉じていることによって歳相応の幼さを見せている。
むしろぽかんと開いた口がなんだか間抜けで、普段の男前が台無しだと思った。
千賀は思わずくすりと小さく笑って、背中に回していた片手でそうっと頬に触れてみた。
思う以上に柔らかい気がしたのは、その通り、気のせいだっただろうか。
自分の溢れ出すような気持ちが思い込ませた錯覚だろうか。
けれどそれでもいい。

「・・・にかい、どう」

自然と小さく呼び声が漏れてしまった。
けれどそれにもやはりくぐもったような寝ぼけた声がして、僅かに肩口に擦り寄られるだけ。
その感覚に、千賀は思わず廻した片手に力を込めてその身体を抱き寄せてみる。
普段はこんなこと絶対にできないだろうから、そう考えると少し情けなくも思うけれど。
再びその肩口に顔を埋めて、より想いを込めるようにして呟く。

「にかいどう」

一体いつになったら言えるだろう。
いつになったらこの気持ちを告げられるだろう。

昨夜の二階堂をふと思い出す。
いつかお前のダンスを超えてやるからな、なんて。
不敵に、そして無邪気に笑ってみせた。
無理、俺はもっと上手くなるから、なんて。
せめてそう言ってやって自分を保った。
そのくらいしか言えなかった。
そして本当にもっともっと上手くなってやろうと思った。
そうすればせめて、二階堂が自分を追いかけてくれるから。
自分を見てくれるから。

「二階堂、・・・すき、だよ」

小さく小さく呟いた。
いつか俺のことも好きになって、と。
そう心の中で付け足して。

けれどそんな心の声に反応を返すようにして、廻された手に力がこもって思わずビクッと戦いてしまう。
そして続く小さな欠伸。

「ふぁ・・・ん、んー・・・せんがー?」
「に、二階堂?起き、た・・・?」

ゆっくりと身体を起こして離そうとする。
けれど二階堂は更に手の力を強めるから、それはままならない。
完全に抱きすくめられたようなこの状態では顔を見ることさえできない。

「ちょ、二階堂、苦しいって」
「お前あったけー・・・」

そう言ってまた肩口に擦り寄られる。
意識があってもなくても行動に大差ない二階堂の裏表のなさが、ひどく羨ましいと思う。
でもおかげで今もなおこんな風にしていられるのだから文句は言わない。
だからこの文句は口だけの、形だけのもの。

「・・・もう、人を抱き枕にするなよ」
「いいじゃん、そのために一緒に寝たんだもん」
「そのためにって・・・」
「昨日さ、お前先寝ちゃうんだもん。人が話してんのにさー」
「え、あ、そう・・・だっけ?」
「そうだよ。俺、むかついたからお前抱き枕にして寝たの」
「だ、だって眠かったし・・・お前話長いし・・・」
「なんだよ失礼なやつだなー」
「もう、そろそろ起きるよ二階堂」
「やーだ。まだ寝る、俺」
「おい」
「千賀あったかいし、きもちいい」
「・・・」

俺だってそうだよ。
お前といれば、こうしていれば、あったかいし気持ちいいよ。
でも俺はまだ言えないんだよ、そんなこと。
だって俺とお前は違うから。
「好き」の形が違うから。

そんなことをグルグルと考えている間にも、再び肩口から寝息が聞こえてきて、思わずため息をつく。
せめて、と両腕をぎゅっとその身体に廻して抱きしめて、自分も目を閉じた。

まるで同じ形に見えるのに、実際は違うだなんて。
恋ってなんて難しい。
千賀はぼんやりと考えながら再び自身も眠りについた。







「・・・ばーか、せんが、ばーか」

小さな小さな声。
けれど千賀は安らかな寝息を立てていて気づく様子もない。
さっきとはまるで逆のような・・・けれど実は逆ではない。
二階堂はさっきからもう寝てなどいなかったから、逆ではない。

千賀の柔らかな髪を指先でいじるように触れながら、二階堂は小さく眉を寄せて唇を尖らせた。

「寝てる時に言うなよな・・・」

そんなんじゃ、俺だって言えないじゃん。
ふてくされたように内心だけで呟く。

少し困ったような戸惑うような色は、普段決して二階堂が見せないような表情だ。
少なくとも千賀は見たことはないだろう。
けれどだからこそ、寝たふりなんてしていた二階堂だって実際には似たようなものなのだ。

まるで同じに見える形が、実際は本当に同じものなのだと。
そんな難しそうに見えてひどく単純なことが判るのは、一体いつのことになるのか。

二階堂は腹いせに千賀の頬を一度引っ張ってやってから、ふてくされたように再び肩口に顔を埋めて目を閉じた。










END






ジュニアコン千秋楽後の恋人たちシリーズその4です。
千ニカです。塚戸同様翌朝偏。
だがしかし爽やかというよりか悶々とする感じで(笑)。
そして相変わらずまだくっついてもいない千ニカ。
まだまだ若い二人はそう簡単にくっつけてやらないぜ!(鬼)
むしろ千ニカは青いのが萌えですからね。そこを楽しみたい。
相変わらず悶々してる千ちゃんと、なんだよ千賀この野郎いくじなし!くらいな感じの実は知ってるニカちゃん(でもお前も言えないんだから同じ)。
(2006.9.22)






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