河合先生と僕










「河合先生」

既に生徒は全て帰ってしまった小さな教室内で、安っぽい教卓に向かっているその姿。
入り口から呼びかけたら、先程の少テストの答案用紙に視線を落としていた顔が上がり、こちらを向いた。
薄いフレームの眼鏡に覆われた先の瞳は大きく鋭く、いつだって煌めいている。
いっそそんなガラスで遮ってしまうのが勿体ないくらいに。

「なに、どしたの?」
「ちょっと今日やったとこで、いっこわからないとこがあるんですけど、いいですか?」
「あー、いいよ。おいで」

小柄な手が軽く手招きしてくる。
それにすんなり頷いて近づく。
手にしているのはさっきの授業で使った参考書だ。

教卓を挟んで、座っている相手と向かい合うように立つ。
そして持っていた参考書の一ページを開いてみせると、ある箇所を指差してみせた。
当然のようにその視線は指差した部分に向かう。

「ここ?」
「はい」
「あー、ここはねぇ・・・」

少し考えるような仕草を見せつつ、指差した箇所を説明していくその声。
見た目の割にハスキーで耳心地は悪くない。
喋り方に癖があるから、たまに授業中聞き取りづらい時はあるけれど。

相手の視線が素直に参考書に向けられている一方で、こちらの視線は自然と伏し目がちになったその顔に注がれていた。
こちらは立っているせいで相手を見下ろすことになるから、自然とその長い睫が陰影を作っているのが見える。
決して女っぽい顔立ちではないけれど、黙ってさえいれば整った綺麗な顔をしていると思う。
事実女子生徒からは密かにかなり人気があるらしい。
それはその顔立ちはもちろんのこと、その明るく人懐こい性質によるものが大きいのだろうけれども。

「・・・って感じかな。わかったー?」
「ああ・・・はい。だいたい」
「ほんとに?じゃ、ここ解いてみて」

上目でそう言われて参考書を受け取ると自分の方に向け、示された数式にポケットから取り出したペンで解答を記す。
サラサラと書かれていくそれに、常に上がりっぱなしの眉が更に上がり、柔らかそうな唇の端が感心したように上がった。

「さっすが。なんだ、俺に訊かなくてもよかったんじゃないの?」
「でも、ちょっと自信なかったから」
「ほんと完璧主義者だねー、五関くんは」

くすくす笑って頬杖をついたかと思うと、ニコリと笑って見上げてきた。
そうやって笑うと目尻が下がり、きつい顔立ちに一気に愛嬌が出て人懐こくなる。
その笑顔はむしろ子供っぽくすらあった。

「その調子なら、志望校余裕かなー」
「そうですか?」
「そりゃもうばっちり!」
「変な自信」

自分の胸まで叩くその大袈裟な仕草に、思わず笑ってしまう。
そうしたら、頬杖をついたままのあまり行儀の良いとは言えない体勢で見上げてきたかと思うと、そのまま手を伸ばしてきた。
男の割に小さな手。
それがポンと頭の上を軽く弾んだ。

「もうちょっとで終わりだね」
「うん」
「頑張って」
「頑張ってます」
「だよね。うん、よく知ってる」
「だからたぶん、俺受かると思うし」
「あは、言ったなー。でも最後まで気ぃ抜くなよー?」

歯を見せてきゃらきゃらと笑うその顔に軽く肩を竦める。

「むしろ俺は、先生が心配」
「は?俺?なんでだよ」
「俺が卒業しちゃったら、泣くんじゃないのかなって」
「・・・ばーか。なに言ってんのこの子は」
「だって寂しいでしょ?」

少し身を屈め、教卓の上に両肘をつくようにしてその顔を覗き込んでみる。
するとさりげなく視線を逸らされた。
その細い指が眼鏡のフレームを無駄にいじり、位置を直すように動かす。

「そういうことは・・・ちゃんと受かってから言いなさい」
「うん。受かったら言うよ」
「・・・なにを?」
「ん?なにをって、今先生が言ったんでしょ」
「・・・君、相変わらずよくわかんない」

小さいけれど、どこか拗ねたような響き。
事実軽く尖らせられた、妙に艶々した下唇。
年上には到底見えない瞬間の一つだ。

「受かったら、ちゃんと言いに来るから」

今は言わない。

それをどうとったのか、レンズ越しの大きな瞳がじっと上目で見つめてくる。
何か物言いたげな瞳。
そう、それ。
あんたがそんな目で見るからいけないんだよ。

「だから待ってて、河合先生」










END






唐突にパラレル。しかも生徒×先生で五河っていう(笑)。
もちろん先生×生徒でも萌えるんだけど、敢えて逆でいってみました。
歳の差逆にしてみるのも楽しいから!
河合先生が五関くんにたぶらかされんのとか超モエスじゃん・・・!(それ)
ていうか河合先生萌え。
元ネタは当然のように河合塾です。だからコレ塾講です(笑)。
(2007.5.14)






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