Kiss or Kiss
河合は、キスの時だけはとても大人しい。
ぼんやりとそんなことを思いながら、横尾は合わせた唇の角度を変えて、空気を僅かに取り込みつつ舌を絡める。
今日の河合はあまり積極的ではないようだから、そこそこにして口内をゆるりと舐める。
それに、ン、とくぐもったような声が小さく漏れ聞こえた。
微かに身動いだ身体を更に深く抱き込むように長い腕を回し、うっすら目を開けてみれば、眼下のすぐそこに閉じた瞼とそれを彩る長い睫が見える。
横尾がその薄い唇で食むように口づけを深めれば、その度ほんの微かに震える睫が、なんだか妙な繊細さを感じさせる。
そして所在なさげに廻された細い腕はいっそ頼りなさすらも覚えさせる。
・・・ほんと、この時だけだけどな。
そっと唇を離す。
そこで解放された、横尾のものよりも随分と小作りな唇は、やけにつやつやした下唇をまるで余韻に浸るみたいに僅かに震わせてから、ほうっと息を吐き出した。
けれど瞼は未だ閉じたまま。
横尾はそれをただ待つようにじっと見つめた。
こうしていると、まるでまたキスをねだっているようにも見えてしまう。
それは濡れた唇とも相まってなんだか妙に蠱惑的だ。
そのキラキラした瞳が好きだから、早く見たくて。
ふと、手を伸ばして頬に触れたら、閉じた瞼がようやくゆっくりと開いていく。
何度か瞬きをしてから黒目がちな瞳がじっと横尾を見上げて映した。
一連の動きが妙にスローモーションに見えて、それは目の前のことなのに、なんだか別世界のもののように見えた。
でも、そんな風に思うのも所詮はその唇が音を発する瞬間までの話。
「横尾ってさ、キスは上手いよな」
「・・・はぁ?」
いきなり何言い出すんだこいつ。
横尾は眉根を寄せて目の前の顔を凝視する。
なんでか目を瞬かせつつじっと見上げてくるその顔。
・・・ていうか、と横尾は思わず呟いていた。
「キスだけかよ」
むしろその言い方だと、含まれた「それ以外」への他意の方が強く感じられる。
恐らくはあんまりにもあっけらかんとしたその調子のせいだもあると思うのだが。
せめて少しは照れでもしながら言われたなら、それなりに悪い気もしなかったんだろう。
けれどそう言われた河合は河合で、予想外の返答が返ってきたとばかりに目を瞬かせてから、むー、と眉根を寄せた。
「お前、相変わらずキレるポイントがわっかんねー」
「や、キレてねーよ。キレてはないけどさ、」
「ほめてんじゃん」
「ほめてんの?」
「うまいって言ってんのに」
「キスは、とか言うからだろ」
「じゃあ、エッチもうまい」
「・・・じゃあ、ってお前な」
「でもそっちは俺、横尾しか経験ないから実際よくわかんないし」
「あー・・・」
そこを言われると若干返しにくいなと思う。
確かに抱かれる側なんて普通男は経験したことがなくて当たり前だ。
だから比べようがないと言われればそれは当然の弁で。
最初の時、割にあっさりとそちら側になることを了承したからさほど気にしたこともなかったのだけれども。
「・・・じゃあ、お前キスは百戦錬磨なんだ?」
「え、そうくる?」
「そういう流れになるだろ」
「んー・・・まぁ、そうだなぁ・・・」
少し視線を逸らして考えるような仕草。
これまた予想外の返しだ。
まさか自分が初めてではないにしろ、そこまで手馴れた様子もなかったし、遊んでいる様子も出逢ってこの方見受けられなかったのだが。
「マジで?」と横尾が若干複雑そうな表情で目を瞬かせているのをチラッと横目で見て、河合はなんだか楽しそうに笑うと小首を傾げてみせた。
「うち、そういうの挨拶でやっちゃうし!」
「はぁ?うちって・・・」
「アクロバーット、ボーイズ、クラブ!略して!」
「・・・えーびーしー」
「その通り!」
「バーカ。A.B.C.はいつからそんなアメリカンになったんだよ」
「あー、お前、俺らの仲の良さを知らないだろー」
「や、普通に知ってるけどさ」
「朝会ったらチューだよチュー」
「マジ、バカ」
チュー、だなんて。
唇を尖がらせながら笑ってみせる顔が本当にバカだ。
確かにA.B.C.のメンバーの仲の良さは相当なものだし、実際本当に挨拶程度の軽いものならしていると言われても半ば納得できそうな程ではある。
さすがに実際しているわけはないが、河合は我ながらその設定が気に入ったようで、考えるのが楽しいのかあれこれと指折りしながらベラベラと喋る。
「トッツーはチュッ、て感じでねー、可愛いの。塚ちゃんはチュー!って感じでねー、長めなの。五関くんは・・・チュウ、って感じでねー、ロマンチックかなあー!」
「・・・全然わかんねえ。ていうかもういいよその設定」
「でね、横尾はすっごい、気持ちいいの」
さりげない調子で、最後におまけ、くらいの勢いで。
そんなことを言われて一瞬横尾はなんのことか判らなくて、ぽかんと口を開けてしまった。
そんな横尾の薄くて大きな唇から覗く八重歯を、それそれ、と河合は指差した。
「それがね、気持ちいんだよね」
「へー・・・初耳だわ」
「しかもお前よく当ててくるじゃん?」
「そうだっけ」
「そうだよー。たまにこのまま食われんじゃないかって思うし」
横尾はそう言われて、ああそういえば、と思い返す。
特徴的な八重歯。
それをキスの最中によく当ててしまうのは確かに横尾の癖だ。
ただそれは、そうすると最中はやけに大人しい河合がさらに大人しくなって、微かに睫を震わせるだけになるのを見るのが、恐らく好きなんだろうと思う。
それはまるで狼に食べられるのを待っている羊のような。
・・・ただ、眼下で強い光を常に放つ黒目がちな瞳は、どう可愛く言っても羊なんてものではないのだけれども。
その高い鼻を思い切りつまんでやりながら、横尾は冗談交じりで笑いながら言った。
「じゃ、お望み通り食ってやろうか?」
「んー、んー・・・」
河合は自分の鼻をつまむ手を掴む。
そして離させると、その長い指先を自分の唇に触れさせるように口元に持っていって、ふふっと笑った。
呆れるくらいに不敵で、小憎たらしいくらい愛しい。
「そんなの、いつもいいよって言ってんのに」
どうやら狼をいつも誘っているのは、羊ではなくて獰猛な獣らしい。
横尾はつられるように笑い返してもう一度鼻をつまむと、そのまま河合の顔を上向かせて噛み付くように唇を合わせた。
END
横河のフミトがいい加減攻め気溢れすぎているのが我ながらどうかと思います、ていうか渉振り回されすぎかな!
でも横河はこういうのが好き・・・。
いや渉は可愛い上に、ナチュラルにっていうか等身大で男前だと思うんだけど、だからこそこういう感じにね。ええ。最近渉大好きすぎる自分。
あと渉ってキス上手そうだよね、ていうか上手かったらときめくよね、ていう話をじゅんこさんとしたので(夢)。
(2006.9.22)
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