子猫のキズはどんなキズ? 5
身体のサイズには明らかに合わないジャージが素肌を滑る。
その隙間から忍び込むように大きな手が、触れた先から熱を探り出すように触れる。
かと思えば逆の手は目の前の身体を自らの懐にがっちりと抱え込むようにして、細い腰を掴んでいる。
無造作にベッドの上に腰を下ろした横尾が時に緩く、時に激しく突き上げる度に、河合の身体は長い腕の中で跳ねた。
「ッぁ、あ・・・ッ!はぁ、あっ・・・」
妙に赤く艶めく唇がわななき、絶え間なく与えられる感覚に、熱っぽい息と濡れた声が間断なく上がる。
自分のものとは思えないような高めの、悲鳴みたいな喘ぎ声。
毎回のことではあるけれども、河合は自らの漏らすそれらにすら感じ入るように、耳朶と頬を紅潮させる。
長い指先に解されて融かされた奥を、その昂ぶった熱が擦り上げる。
奥の奥まで突いて揺さぶる。
もういっぱいだと思った傍から更に深く抉られる。
まだだと際限なく熱を与えられ、全身が、その爪先までも薄赤く染まっていく。
「ふぁっ、ンッ!ぁ、あ・・・っよこ、ぉ・・・」
一際きつい突き上げに、河合の華奢な身体がビクンと大きく跳ねる。
その拍子にジャージが肩から二の腕を滑り落ちた。
横尾に抱えられているせいで脱げ落ちることはなかったけれど、もはや身体に絡みつくだけになってしまう。
強すぎる感覚を僅かにでも散らそうと震える腰が咄嗟に退こうとするけれど、その傍から腰を掴む手に力が籠もり、逆に引き寄せられてきつく抱きすくめられる。
その動きによってよりいっそう深く横尾の熱を銜え込んでしまい、その容赦ない動きに思わずギュッと唇を噛んで目の前の広い肩口にしがみついた。
けれどしがみつけば深く抱え込まれ、特に敏感な箇所を突かれる。
「っよこ、・・・おく、きついっ・・・。あ、あたるっ・・・」
「当ててんだよ。おもいっきり」
「もっ・・・おれが、うごけねー、だろっ・・・」
「そりゃそうだ。そんな余裕、やらねーようにしてんだから」
「ちょ、ぉ・・っも、ぁ、んっ・・・まって、って・・・ッ」
河合は生理的に潤んでしまう瞳を盛んに瞬かせながら、荒い息の中で小さく抗議する。
基本的に横尾のやり方は激しい。
普段河合をできるだけ大事にしたいと思って堪えている部分の反動なのか、それとも元来の気性の問題なのか、恐らくはその両方だろう、いざ抱く時は河合が堪えきれないくらいの強い快楽を与えてくる。
ただそれでも優しいことに変わりはないから、普通なら河合が言えばなるべく善処はしてくれるのだけれども。
今日は目的があるからか、そんな河合の抗議も封じ込めるように強引に唇を塞いでしまう。
「ん、んッ・・・ふ、ぅ・・・んーッ・・・」
片手で頭を抱えられて固定され、下唇をその尖った八重歯で甘噛みされる。
その刺激すら腰を伝ってビリビリと身体を苛む。
鼻で息をすることも上手くできず、河合は震えながら顔を真っ赤にして、骨ばった肩をギュッと掴んで爪を立てる。
その小さな痛みに軽く顔を顰めつつ横尾は唇を開放すると、呼気を取り戻すようにしどけなく開いて震える唇を舌先で緩く舐めながら、待ちかねたように囁いた。
「・・・で、そろそろ言う気になった?」
横尾の背中につけられた六本の傷痕。
普通に考えれば、行為の中で強い快感に堪えきれずつけられた、さしたる不自然さもないものだ。
けれど無意識ではなくそれが故意であり、なおかつその理由を何故か頑なに言いたがらないその態度が引っかかる。
いや、言いたがらないというよりか、当ててみろと試されている節すらある。
しかし考えたとてわからない。
これが他の人間ならもしかしたらわかるのかもしれないが、少なくとも横尾にはわからなかった。
河合にたまに言われるように、自分がもしかしたら鈍いのかもしれないと思う。
けれどわからないものは仕方がない。
気は合うが、基本的に横尾と河合の思考回路はだいぶ形態を異にしているのだ。
だったら自分なりのやり方で教えて貰うしかない。
河合が快楽に弱いことを知っていて、抗えないその中でそれを迫るのはもしかしたら卑怯なのかもしれないが。
濡れて重たくなった睫をゆるゆると瞬かせながら、河合は浅く息をして横尾を上目でじっと見る。
目の前のしっかりした造りの肩を掴む手に力を込めると小声で呟いた。
「・・・だから、知りたいなら、考えろって・・・言ってんじゃん」
「だからわかんねーんだって言ってんだろ」
「なら、言わない・・・。わかんないなら、いいし・・・」
河合はそっと瞼を伏せ、身体の中を満たす熱を落ち着けるようにゆっくりと息をする。
唇が乾いてしまっているのか、小さく覗かせたピンク色の舌で端をチロリと舐める。
横尾は暫しその様をじっと見ては、うっすら目を細めた。
「それがよくねーから、言ってんの」
僅かに不機嫌気にそう呟くと、腰から抱えこんでいた河合の身体を少し浮かせるように離させる。
その熱い手の感触、そして深く銜え込まれていた塊が僅かに引き抜かれた感覚に、河合は反射的に息を詰めた。
いったん緩んだように見える快感は、次いで襲い来る、更なる激しい快感の前触れでしかないとわかっていたからだ。
「ぁ・・・よっ、よこ・・・ッん、ぁあッ!」
浮いた身体が絶対的な力で落とされる。
熱で揺らめいていた意識が快楽の渦に落とされる。
強く打ち付けられた熱の塊に、融けて蠢くそこがぎゅうっと締まるのがわかった。
与えられた熱を与えられただけ取り込もうと蠕動するそこは、もはや河合の意思を離れ、そこから腰を伝い、身体中を熱く満たす。
「いいから言えって、なぁ」
「っや、ぁ・・・だっ・・・」
「言えって・・・郁人」
「んんっ・・・ぁ、あっ!」
しかし激しく揺さぶられながら、そう迫られれば迫られる程に、河合は頑なに頭を振る。
既に唇を閉じることもできず、波に攫われるように喘いでも。
横尾が動く度に理性が剥げ落ちていくのと反比例するように、それを拒む。
まるで河合自身が熱の塊みたいに、耳朶も顔も腕も胸も脚も、それこそ身体中全部、熱くて熱くてどうしようもないというのに。
なんでそんな強情なんだか。
横尾はそんなことを思いながら目を眇めると、今度は角度を変えるようにして身体を押さえつけて突き上げてくる。
当たる部分が変わったせいか、今までそれ程刺激されていなかった敏感な部分が容赦なく擦り上げられて、河合は喉の奥で引きつったような掠れた高い声を上げた。
「ッア、ぁ、はっ・・・!」
その拍子に思わず目の前の身体にしがみつく。
手はふらりと泳ぎ、細い両腕は縋るように広い背中に廻った。
ぴたりと当てられた小さな手は、あまりにきつい快感に耐えようと、つい指を立ててその伸びた爪先を食い込ませてしまう。
それが偶然あの傷痕に当たり、横尾は痛みに小さく顔を歪めて息を詰めた。
「っ、て・・・」
一瞬遅れてそれに気付いたのか、河合はハッとして咄嗟にしがみついた手を離す。
「ご、ごめ・・・っ」
しかし横尾はそれに何か言うでもなく、河合の二の腕を無造作に掴むと、抱えていた身体をそのまま引き剥がすようにしてシーツに倒した。
河合の身体を受け止めたベッドのスプリングが悲鳴を上げる。
「っぁ、う・・・」
依然として繋がったままの状態だったから、その衝撃はそのままダイレクトに奥に響いてしまう。
濡れて消え入りそうな声を漏らしながらも、河合は急に離れた身体に反射的に不安を覚えてじっとその顔を見上げた。
生理的に潤んだ瞳、その視界にじっと見下ろしてくる横尾が映る。
それはすぐさま視界いっぱいの距離になる。
僅かに動かれるだけでも擦れてしまう、熱で融けたそこに、また小さく声を漏らしたのもつかの間。
投げ出されていた河合の両腕が不意に持ち上げるように掴まれたかと思うと、頭の上のシーツに押し付けられる。
「っよ、よこお・・・?」
何かと目を白黒させている潤んだ瞳を後目に、その骨ばった大きな手は河合の細い二本の手首を一まとめにしてしまった。
片手で軽々と河合の両手を押さえつけながら、横尾はゆっくりと顔を近づけて低く囁く。
「言えよ、郁人」
それにゾクリとした何かを感じた。
言わなければそのまま頭から食われてしまいそうな、そんな埒もない想像が過ぎるような感覚。
河合はこくんと唾を一つ飲み込んで、うっすら唇を開く。
「・・・手、はなせよ」
「やだ。また引っかかれたらたまんねーし」
結構いてーんだからな。
横尾はそんな風に呟くと、河合の両手を押さえつける手に力を込める。
そしてそのまま再び顔を近づけると、河合の脇近くの柔らかな部分に唇を押し当てて無造作に吸い上げた。
「っ・・・」
ちくんと痛むその感覚に息を呑む。
それはもう何度となく感じてきたものだから、どういうものかはわかる。
直接見えはしなかったけれど、恐らくそこには横尾の薄くて少し荒れた唇が赤い痕を刻んだのだろう。
けれどそれに思わず身を捩っても、戒められた両手が外れることはなくて、河合はその広い背中に縋ることもできない。
「離して欲しかったらさ、大人しく言えばいいんだよ」
そう言いながらも、今度はもう少し下、脇腹の辺りに唇を押し当てられる。
またしても刻まれる、いっそどこか甘くすら感じられる微かな痛み。
それは河合にとっては決して嫌なものではなかった。
それどころか、朝鏡の前でその痕を見る度、妙な気恥ずかしさと胸が締め付けられるような幸福感を感じていた。
だからこそ、自分がつけた痕の意味を、自分でわかって欲しかった。
河合は震える息を吐き出すと、何故かきゅっと唇を噤んでふいっと顔を逸らした。
「・・・おまえ、むかつく」
「あ?なんだよ」
「ぜってー、いわねー・・・」
「・・・・・・あっそ」
小さな呟くような声だった。
それに続いてため息が聞こえた。
けれどそれらをかき消すように、横尾は河合の両手を押さえつけたのとは逆の手で、細い太ももを下から掬い上げるように鷲掴んで持ち上げる。
繋がったままだった熱は再び律動を始め、河合の華奢な身体が衝撃で浮き上がる程に強く抉るように突き上げた。
「ッひ、ぁっ!」
両手をまとめて頭の上で押さえつけられているせいで、河合は身体をずり上がらせてその衝撃を散らすこともできず、脳天まで突き抜けるような刺激に背を撓らせる。
息が詰って呼吸さえままならない。
けれど河合の呼吸が整うのを待つこともなく、横尾は立て続けに河合を揺さぶる。
片脚を持ち上げられた急な角度で突き立てられる熱は容赦がない。
その融けきった奥を突かれる度、河合は掠れながら裏返ったような高めの声を途切れ途切れに短く漏らす。
「ぁ、あぁ・あッ・・・!」
潤んだ目の端に雫が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
それに目を細め、横尾はもう一度顔を近づけて低い囁きで迫る。
「言わねーなら・・・そうやって、猫みたいに鳴いてろよ」
「んッ、あっ、ぁ、ぅ・・・」
そうしてなおもきつく熱を打ち付けられる。
戒められたままの手では口を塞ぐこともできず、河合は必死に唇を噛む。
けれどそれすらも許されず、噛み付くように口付けられる。
その間にも揺さぶられる感覚はとめどなく、一方的に与えられるいっそ苦しい程の快楽は、河合をどんどん追い詰めていく。
押さえつけられた小さな両手がわななくように震える。
離れた横尾の薄い唇が、今度は耳朶の後ろ側に触れて、吸い上げられる。
刻まれる。
横尾のものだという証を。
それは嬉しい。河合にとっては幸福でさえある証だ。
けれど、だからこそ。だからこそなのだと。
そうわかって欲しいと思うのは、わがままなのだろうか。
河合の大きく煌く双眸から、雫が溢れて、落ちた。
「・・・・・・郁人?」
さすがに異変に気付いたのか、横尾は動きを止めてその顔を凝視する。
そのきつい面立ちの印象からすると存外に下がった目尻から零れ落ちるそれは、決して生理的なものだけには思えない。
横尾は掴んでいた太ももを離し、戒めていた両手を離し、その頬を包み込むように優しく当てる。
「どした・・・?そんなにきつかった?」
「ちがう、よ・・・。いいん、だって・・・」
「いいわけねーだろ・・・悪かった。ごめん」
どこか困ったように呟く横尾の顔を濡れた瞳でじっと見つめると、河合はゆるゆると瞬きする。
涙を吸った睫が煌いて、小さな雫を弾く。
そしてゆっくりと、その細い両腕がしがみつくようにして再び横尾の背に廻された。
既にろくに力も入らない手で、けれどその精一杯で力の込められる指先。
肩口に押し付けられる顔。
熱い、濡れた感触。
「いい・・・なにしても、いい・・・」
「ふみ、と?」
「おまえなら、なにしても、いい・・・。おまえの、だから・・・」
どれだけ激しく突き上げられても揺さぶられても痕をつけられても。
そこにあるのは自らの大事な存在に対する強い愛情だと、わかっている。
むしろそんな愛情こそ望んでいる。
だからこそ、河合も望むのだ。
「でも、それなら、おれだって、したいんだよ・・・」
しがみついた指に力を込め、爪を立てる。
それはまたちょうどあの傷痕を疼かせるけれど、横尾は今度は離させるようなことはしなかった。
その微かな痛みをじっと感じ、自分の肩口に預けられたキャラメル色の頭を片手で抱え込むようにして優しく撫でる。
「おまえは、おれのだもん・・・」
くぐもった声で告げられるのは、傷痕の理由。
キスマークをつける余裕もろくにない、その程度のものじゃ足りない、独占欲。
堪えきれない強い快感を与えられる度、それに強く揺さぶられる度、所有を主張される度。
それをめいっぱいにして返すように、溢れかえる想いを伝えるように、その身体に刻み込む。
痛い?
痛いかもしれないけど、憶えてて。わかってて。
お前は俺のなんだから。
それは愛に溺れた子猫の爪痕。
忘れないでとしがみつき、小さな爪を立てた痕。
「・・・じゃあ、しっかり爪立てて、絶対離すなよ」
横尾は抱えた頭に顔を寄せ、耳元でそう呟く。
依然として顔を埋めたままにこくんと頷いた様が、背中にきゅっと立てられた爪が、そこからじわりと刻まれる微かな痛みが、向けられるその不器用で稚い愛情が。
横尾の長い両腕に強い力を込め、その華奢な身体をいっそう離せなくさせる。
もっと愛してもっと刻み込んで、他の何者も見えなくさせたくなる。
「優しくなんか、余計にできそうにねーから」
それにおずおずと上がった顔は、真っ赤に濡れて、綻んで。
掠れた声で、それでもいたずらっぽく囁いては、熱くて赤い唇を横尾のそれに押し当てた。
「そしたら、終わるころには、おまえ・・・傷だらけだよ・・・?」
望むところだ。
自分だけの可愛い子猫につけられた傷ならば。
「・・・おおーい、横尾さん、横尾さん」
「あ?」
翌日の控室。
私服を脱いで衣装を手に取った横尾の背中を何気なく見て、北山は軽く絶句した。
「いくらなんでも、それは・・・」
「なんだよ」
「ケンカ?」
「んなわけねーだろ」
「それにしてはいくらなんでも激しすぎじゃないの」
つーか痛くねーの?
その傷だらけの広い背中を見て、北山は思わず眉根を寄せて呟く。
けれどその一方で横尾はどこか満足気にふっと笑うと、衣装を勢いよく羽織った。
特に言葉はなかったけれど、北山はそれで納得したように呆れた調子で頷いたものだった。
「・・・はいはい、可愛い子猫ちゃんの愛情の証ってわけね。あーごちそうさま!」
END
ようやくの完結!長かった!
ていうか4から間あいちゃってお待たせしましたー。
そしてどうにもこうにもこっぱずかしい展開ですいませんでした・・・。
にゃんこをにゃんにゃん言わせたかっただけなんです・・・(凡そ最悪な理由)。
わたふみはフミ受けの中でも体格差がかなりあるし、渉さんなら無茶してくれそうだしって感じでついついやらかしがちです(あーあ)。
ていうか正直な話、ここまでモロに体格差のあるカプに本気ではまったのってナマモノでは初めてなんだよね・・・(基本マイナーなので逆身長差になることが多い)。
だから正統派な体格差、それはもうカレカノな感じが新鮮で楽しくってさ・・・!
まぁ渉さんはがっついても男前です(はいはいドリーム)。
ここらへん五河にはできなそうなことをつい求めてしまうわたふみ。
とりあえずうちのわたふみのフミトって、渉さんを振り回しながらも根底は渉さんに超べた惚れなんだよね。
早くお嫁にもらってもらえばいいと思いました(そんなシメ)。
(2007.10.9)
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