4.最後におねがい










ふわふわと意識がどこかを浮遊するような感覚。
そんな風に掴みどころのない意識を攫うように風が頬を撫でる。
なんだかそれがひどく心地よくて、河合はゆるゆると目を開けた。

まず真っ先に視界に入ったのは天井の模様。
そこで、ああ、俺寝てたんだっけ・・・とぼんやり思う。
けれど次に、ある物体が視界の端に入った。
ハタハタと一定のリズムでこちらに向かって振られる薄っぺらくて丸いモノ。
色はピンクで表面には可愛いウサギのキャラクター・・・確かマイメロディとかそんなような名前の、小さな女の子が好きそうなそれ。
随分と可愛らしい絵柄が載った薄っぺらい物体はやはり一定のリズムでゆっくりと河合に向かって扇がれ、風を送ってくる。
それは微風程度のものだけれども、今の妙に熱を持ったような身体には心地良くてうっすら目を細め息を吐き出す。
そうしてゆっくりと考える。
河合は未だ少しだけ痺れたように熱い頭の奥でさえ、そのうちわが誰のものか知っていた。
持ち主とはあまりにもミスマッチすぎるそれだから強烈に記憶に残っていたのだ。
蒸し暑いと言いながら、平然とした顔で荷物からそれを取り出して扇ぎだした姿は、周囲を騒然とさせたものだった。
持ち主曰く妹から貰ったものだそうだけれども。
そんな割と衝撃的な光景をよく憶えていただけに、河合は今視界の端に映ったそれを認識するや否や、凄まじい勢いで文字通り跳ね起きた。

「・・・ッ!?」

あまりにも勢いを付けすぎたせいで、一瞬頭がクラリとして思わず右手で額を押さえた。
目の奥がチカチカする。
そもそもがなんでこんなことになっているのか。
そうだ、別に寝ていたわけじゃない。
さっきまでお風呂に入っていたはずなのに。
急激に現状を理解して若干の混乱を来す河合を後目に、ハタハタと扇がれていたうちわが動きを止めて、そのままベッドサイドのテーブルに置かれた。
それにはたとして、河合は恐る恐ると言った顔でそちらを見た。

「ご、ごせきく・・・」
「お前さ、お風呂で寝るのは止めなさいってお母さんに言われなかった?」

ベッドサイドに腰掛けた五関は少しだけ呆れたような、けれど特になんでもないような様子で言う。
咄嗟になんと言ったらいいのかわからなくて、河合はうろうろと視線を彷徨わせた。
自分がさっき風呂に入っていて途中で寝てしまったのだということは今の五関の言葉で理解できた。
この妙に熱を湛えたような身体と頭とぼんやり気味の意識もそれで説明がつく。
けれどもそれならば、どうして今自分はここにいるのか。
自分が意識の外にあった時一体何があったのか、どういう展開でこんなことになったのかを想像して、河合はその想像のあまりのことに再び目眩のする思いだった。

「え・・・と、」
「結構お風呂って危ないんだよ。何せ日本人の溺死原因ナンバーワン」
「あ、そ、そーなんだ!五関くんさっすが物知りー!」
「河合くんがなんでもオープン気質のアメリカンで助かった」
「お、俺アメリカン?そう?」
「鍵かけてなくて助かった。かかってたらさ、もう鍵壊すしかなくなるじゃん」
「こっ・・・壊したらだめだよ五関くん、弁償しなきゃだよ・・・」

河合はなんだか不穏な空気を微妙に感じていた。
普段通りに淡々と喋っているように見える五関だが、なんとなく感情に波がある気がする。
確かによくシャレに聞こえない冗談を言うタイプではあるものの、今回はまたそれとも違う。
もしかして、怒ってる?
そんな風におずおずと窺うように上目気味に見つめてくるのに、五関はちらりと視線をやっただけですぐ逸らした。

「・・・遅いんだよ」
「へっ?」
「帰ってくるのが遅いかと思ったら、風呂から出てくんのも遅いし」
「あ、あー、ごめん、えっと、今日はなんとなくお湯ためて入ろっかなーと思って、そんで、気持ちよくってつい・・・」
「そんで寝て逆上せてって、お前お約束すぎだから」
「あはー・・・ごめんなさい」
「ほんとにしょうもないな」
「・・・あー、うん」

怒っている、というよりか苛立ってる?
なんとなくそれは感じ取れたのだけれども、実際の所何故五関がそんな風になっているのかいまひとつ判らない。
確かにうっかり風呂で寝てうっかり逆上せて、なんて呆れられるところだろうけれども。
今の五関は呆れるのではなくて苛立っているのだ。
温厚な五関のこんな姿は滅多に見れるものではない。
河合は未だ完全にははっきりしない意識の奥で必死に考える。
一体何に苛立っているのか。
もしかしたら自分の存在はもはやそんな風に彼に受け取られてしまうものなのか。
そう考えるとひどく悲しくて、河合は小さく俯いてぽつんと呟いた。

「ごめん・・・」
「・・・何がごめん?」
「えっと、お手数をおかけしました・・・」
「何がお手数って?」
「だから、のぼせて、そんであれだよね?五関くんが運んでくれたんでしょ?あ、しかもさ、もう夜中だし・・・」
「・・・ほんとだよ。眠いったらない」
「ごーめーんー!・・・じゃ、もう寝よ。もうだいじょぶだしっ」
「おい、ほんとわかってんの?」
「わかってるって!もーしません!」
「河合、」
「さー寝よう!」

呟くような五関の言葉に上から覆い被せるようにそう言って、河合はきっちりと整えられたベッドの布団を捲り上げようとした。
この空気はなんとなくよくない、と本能的に察知したのだ。
だからひとまず眠って一晩置いてしまうしかない、と思ったのだけれども。
布団を捲ろうとしたところで、ベッドサイドに腰掛けている五関がいるせいでそれはままならず、河合はちらりと窺うようにそちらを見る。
自然と退いてくれるものと思っていたというのに、その思考が読めない。

「・・・ごせきくん?」
「お前さ・・・」

深い深い、ため息。
そこにはなんだか苦しげなものや苛立ちや様々なものが見えるようで。
河合は折角落ち着いてきた熱が戻っていく気がした。
けれど同時、その落ち着き払った一言は、そのまま河合の熱を帯びた様々なものに冷や水を浴びせかけるようでもあった。

「そんで結局、何がしたいの?俺にどうして欲しいの?」
「・・・・・・」

熱いのと、冷たいのと。
そんな感覚が同時にやってくるなんて凄いと思った。
頭は熱くてしょうがないのに心は言いようもなく冷え切って。
河合はそんな熱いものと冷たいものとで突き動かされて伸びる腕を、もはや止めることができなかった。

「・・・なに、って?どう、って?」

自然と震える語尾。
けれど伸びた腕は強い力を持って五関の胸ぐらを掴んだ。
五関はさすがに驚いたようで、されるがままで河合を見ている。
それに唇の端を歪めてみせると、河合はそのまま掴んだ胸ぐらを力任せに引いて、ベッドに引き倒した。

「っ、おい、」

さすがに顔を顰めて睨むように見上げる。
けれど見上げた先のその顔を見て、五関は思わず口を噤んだ。
上から照らす灯りが逆光となったそれは翳り、五関の胸ぐらを未だ掴んだままじっと見下ろしてくる。
掴んだその手は震えていた。

「・・・だめ、なんだ?」
「え?」
「やっぱり、だめなんだなー・・・」

河合はぽつりぽつりと呟いて、五関に覆い被さるような体勢で静かに顔を近づけてきた。
間近に迫るその整った顔は、そこに布かれた表情は、今まで見たこともないものだ。

「なーんにも、伝わらないんだなー・・・。しょうがないかぁ・・・」
「退けよ」
「でも、じゃあ、なんて言えばいいの?もうこれ以上なんて言えばわかってくれんの?
抱きしめてほしいって言えばいいの?キスしたいって言えばいいの?セックスしたいって言えばいいの?」
「河合っ・・・」
「・・・でも、ねぇ、ちがうよ。そんなんじゃなくてさ。たださぁ、いっこだけわかってくれれば、よかったんだ」

五関は息を飲む。
間近にあるその顔、そして自分。
僅かしかないその間に一粒雫が落ちた。
ぽつん、と自分の頬を打ったそれがまるで刃のように胸に突き刺さる気がした。

「ほんとに、ただ、好きなんだ、って・・・わかってくれれば、それで、よかったんだ・・・」

宝石みたいな大きくて綺麗なその瞳が雫にぼやけて煙るのが見えた。
長い睫までも雫に浸されてはそれを弾いて震える。
五関の胸ぐらを掴んでいた手はいつのまにか力もなく、ただ縋るようにその胸に添えられてはきゅっと爪を立てるだけ。

「・・・じゃあ、そんで、俺は、なんて言えばいい」

五関もまた顔を手で覆いながら絞り出すように呟く。
その苦しそうな声音に、河合はまた顔を歪めて雫を零す。
悲しくて悲しくてしょうがなかった。
苦しめたくないなんて言っておいて。
そこまで自分の想いが五関を追い詰めているだなんて思わなかった。
もう、終わりなのかもしれない。

「ね、ごせきくん・・・じゃあさ、いっこだけ、聞いてよ」
「・・・」
「いっこだけ、最後に、おねがい」

最後に、と震えるその言葉に五関はハッとして顔を上げる。
河合は濡れた顔で小首を傾げる。

「だいじょぶ。キスしてとか言わないから。だいじょうぶ」

五関は目を逸らすこともできずただじっと見つめた。
泣き顔を綺麗だなんて思ったのは初めてだった。
そしてそれを見てこんなにも胸が痛んだのも初めてだった。
でもきっと本当は、心の奥では知っていた。
そんなこととっくに知っていた。
自分にとっては他の何よりも誰よりも、綺麗で、大事な、大切な、そんな存在だったから。
知っていたけれど、だからこそ、手を伸ばせなかった。
伸ばしてはいけないと強く思っていた。

言葉もなく見上げてくる五関に止まらぬ涙を零しながら、河合はただなんでもないことのように言った。

「嫌いって、言って?」

五関の目が見開かれる。
けれどやはり言葉はない。
ただいつのまにか握られた手には、何かを抑え込むようにきつく力が込められていたけれど、河合も五関本人もそれに気付かない。

「これで終わりにするよ。もうなんも言わない、なんもしない、五関くんに迷惑かけない」
「・・・」
「だからさぁ、最後におねがいきいてよ。一言でいいから」

まさか心密かに望んだものとは逆の言葉を願うことになるとは思わなかった。
けれど、もう限界なのだ。自分も五関も。
これ以上お互いがお互いを苦しめる前に終わらせなくてはいけない。
そしてその引き金は最初にこの恋の渦にはまりこんでしまった自分でなくてはならない。
最後の言葉を相手に委ねるのは少しずるいかもしれないけれど、そのくらいは許してほしい。

「ねぇ、言ってよ」
「ふみ・と・・・」
「ねぇ・・・」

自分の頬を濡らし次々と落ちてくる雫。
ああ、こんなはずじゃなかったのにな、と五関はどこか遠くで思う。

手を伸ばしたら、いつかこの身の内の渦巻くような執着が河合を傷つける日が来ると思っていた。
それは詮無い漠然とし過ぎた予感。
けれど自分のことなのだから判る。
それがどれだけ強い気持ちで、一度開放したら抑えようのないものであるのか。
だから手を伸ばさなければ傷つけないと思っていた。
そのくせずっと想われていたいなんて虫の良すぎる話だと判ってもいた。
ただそれでも、そんなエゴまみれの気持ちを抱えてでも、傍に置いておきたかった。

「ねぇ・・・ごせきくん・・・」

その声にはすでに嗚咽が混じっている。
五関は反射的に、もう泣かせたくないと、そう思った。
泣かせているのは他でもない自分なのに。
このままじゃ、その涙の海に溺れて河合が息絶えてしまうような気がしたから。
もう傷つけることを回避できないのなら、せめてそれは今日限りに。

「郁人」

泣いた子供をあやすように。
濡れた頬を撫でて、逆の手で髪を撫でて。
そのくせ紡ぐ言葉は終わりを告げる、河合の願ったその言葉。
本当の願いが逆のものであると痛い程判っているのに、自分の気持ちだってそうなのに、そうは言えずに。
最後まで愚かしい拘りと目を逸らしたい程の執着に縛られて。

「お前のこと、嫌いだよ」

河合はようやく笑った。
未だ瞳には涙が溢れていたけれど。
その笑顔が言いようもなく綺麗で、だからこそこのシチュエーションには逆に似合いすぎで。
五関は喉元までせり上がる熱い何かが余計に苦しかった。

「ありがとー・・・」

震える声で呟くと、河合はゆらりと身を起こしてベッドから降りた。
五関がつられるように起きあがると、片手でごしごしと目を擦って赤い目を晒すと一つ大きく頷いた。

「これからもずっと・・・ずっと仲間だよ」

そのお決まりみたいなセリフ。
さっき河合にぶつけた言葉がいまさらになって自分に返ってくる。
自分は結局何がしたかったんだろうか。

「・・・今日は、塚ちゃんたちのとこ、泊まるね。ごめん。明日はちゃんと起きるから」

五関は視界から消えていく河合をもはや引き留めることもできなかった。
さっきとは違う。
もう、帰ってこない。

自分から手放したんだ。
何よりも大事だったのに傷つけて結局は手放した。

喉の奥にせり上がる熱いものは、一体なんだっただろうか。










河合は自分がホテルのどこを歩いているのかわからなかった。
濡れた顔を隠すように俯いて、ふらふらと覚束ない足取りで、時折壁に手をついて。
頭の奥で反芻するのはさっきの五関の言葉。
あんなセリフを言わせるのは申し訳ない気もしたけれど、こればかりは自分一人では終わることができなかった。
ただ、まさか自分が泣くとは思わなかったけれど。
普段は割と泣かない自覚があるだけに、なんだか女の子みたいでちょっといたたまれなくもある。

「まぁ・・・最後だし、いいよね・・・」

それだけ好きだったってことだ、と。
無理矢理まとめるように思ってから、河合はぺたんと壁に手をついてそのままずるずると座り込んでしまった。
「好きだった」という言葉に違和感を憶えずにはいられない自分を見つけて、一気に力が抜けた。

「はぁっ・・・」

この想いが過去形になるまでこの苦しみは続くのだろうか。
それならもしかしたら一生かもしれない。
そんなことを思うこと自体が子供なのかもしれないけれど。
もしもこの先大人になれば忘れてしまう程度のことなのかもしれないけれど。
子供は子供ながらに全身全霊で恋をしていた。
だからこそ今こんなにも悲しくて仕方がないのだ。

「・・・腫れぼったい」

濡れた目を手の甲でごしごしとこする。
塚田達の部屋に行ったらまずタオルを濡らして冷やさなければまずい。
明日腫れた目で先輩のコンサートなんてありえない。
さっきは泊まるのを断られたけれども、そこはなんとか無理矢理にでも泊めてもらおう。
この状態は正直気まずいが、逆を言えばこの状態なら理由になるだろう。

更に手の甲で擦る
けれど何度こすってもその傍から甲は濡れていく。
なんでだろう、と河合は半分麻痺した思考でそんなことを思いながらさらに拭う。
それでもやはり拭っても拭っても、拭いきれない。
ついには座り込んだ床にぽたりと落ちた。

「あ、れぇ・・・」

ついには視界がぼやけ歪む。
さっきだってここまでではなかったのに。
もはやびしょびしょになってしまった手で、それでも足掻くようにこすっていたら。
頭の上から怪訝そうな声が振ってきた。
それは聞き慣れた親友のものだった。

「・・・・・・河合?」

反射的に顔を上げた。
顔を隠しもせず上げてしまったのは、思考が半ば麻痺していたからなのか、それともその相手なら大丈夫だと思ったからなのか。
もうどうでもいいと思ったからなのか。

「あー・・・よこおー」

ふにゃりとその名を呟いてゆるゆると手を振ってみる。
横尾はその顔を見て驚いたように目を見開くと、すぐさま駆け寄ってしゃがみ込んだ。

「ちょ、お前、どうしたんだよ・・・」
「んー・・・?」
「なんかあった?どっか痛いのか?」

横尾は半ば気が動転していた。
寝る前に廊下にある自販機でジュースを買おうと思って出てきたところに出会したのは、こんな親友の姿で。
地べたに座り込んで、真っ赤に目を腫らしてそれでもなおボロボロと涙をこぼして、そのくせ笑っているなんて。
その姿はいっそ危うすぎて恐ろしくなった。
何があったのか、どうしたらいいのか、頭の中で凄まじい勢いで思考を巡らせる横尾をどこかおかしそうに見上げて。
河合は一つ思いついたと言った体で小首を傾げた。

「ねー、今日さぁ、泊めてくんねー?」
「は?」
「おーねーがーいー」
「な、なんで・・・」
「俺ね、今日寝るとこないんだよー。おねがいだよー」

お願い、と。
さっき五関には最後にお願いだとそう言ったくせに、今度は横尾にこんなことを言っている。
自分はどこまでも誰かに迷惑をかけなければダメなんだろうか、と内心自嘲気味に思った。
けれど自分の力ではもう叶えられないと思い知ってしまった以上、後は願うしかない。
ボロボロになった恋心を眠らせるためのささやかな、願いを。
そんな河合の内心など知る由もなく、横尾は未だ困惑した表情で呟く。

「いい、けど・・・」

そこで横尾ははたとした。
河合が自分の部屋で寝られない、つまりは部屋にいられない、そんな状況はなんだ?
河合と同部屋なのは・・・と、そこまで考えて横尾は半ば理解した。
その痛いくらいの恋心を横尾は昔から知っていたから。

「河合・・・?」
「ん?」
「お前、・・・」

なんと言ったらいいのかわからなかった。
けれど河合のそんな様子から推し量れることなんてもはやそれしかない。

横尾が言いづらそうにしているのをまたおかしそうに笑って、河合はその顔をじっと見上げながらその濡れた手の人差し指を立ててみせると、言った。

「ふられちゃった〜」

けれど笑いながら冗談めかしてそんなことを言っておいて、その傍からまた一滴零れた涙に横尾は堪らない気持ちになって手を伸ばす。
その肩に手を廻すようにして引き寄せると自分の胸に預けるようにもたれ掛からせて、顔を押しつけた。
すると自分の着ていたTシャツがみるみる内に濡れていくのがわかった。
その濡れた感触が言いようもなく胸を締め付ける。

「横尾、ほんと背ぇ高くなったよなー・・・。昔は俺よりちっちゃかったのにさー・・・」

くぐもった声でそんなことを呟きながら、河合はされるがままで身体を預けている。
長身の横尾の両腕の中にすっぽりと収まってしまう様が、だからこそまた哀しかった。
それは一見守られているかのように見えるけれども、そんなもの河合が望んでいるものではないことは痛い程判っている。
けれどだからこそ横尾は腕の力を込めて抱きしめて、背中を撫でた。
それしかできなかった。
河合が望むのはこんな広い両腕ではないと知っていながら、それでも。

せめてただ、もうそんな綺麗で痛い涙がこれ以上流れることのないように。










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(2006.6.7)






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