ライン










キスをする。

それが二人の人間の間で一線を越えるということであるなら、俺達はもうとっくのとうに越えている。
だけど俺達は別に恋人同士とか、そんなんじゃない。
だって俺にもあいつにも彼女はいたし、ちょっとスキンシップが過剰な程度の友達だった。
そうなると、一線を越える、っていうその「一線」というものの境界は酷く曖昧だと思う。

その境界は一体どこにあるんだろう。
どうしたら越えられるんだろう。
どうしたら越えずにいられるんだろう。

俺はそんなことばかり考えながら、今日もあいつとキスをする。






「おーわ、ちょっとちょっと、あれ見て見て」

五関くんと横尾と藤ヶ谷と、俺。
いつもの四人で仕事帰りにファミレスに寄ってご飯を食べていた時だ。
ふと窓の外に視線を遣ったら、ちょうど俺らと同じように四人でつるんで談笑している女の子達がいた。
皆それなりにレベルが高くて人目を引く感じ。
手にしていたフォークで窓の外を指した俺に真っ先に食いついてきたのは、俺の向かいに座っていた藤ヶ谷だった。

「おおー、可愛いじゃん。俺あの子がいいなー、あの、一番ちっちゃい子」
「あー、あの子顔可愛いよなー。・・・ていうかやっぱお前ロリコンなんだな」
「ロリコン言うな。年下の可愛い系が好きなだけ」
「じゃあ半ロリコンな」

俺がしみじみと頷いていると、通路側に座っていた二人も同じように窓の外を見て品定めを始める。
まず横尾が選ぶのはあの子だろうな、って俺にも藤ヶ谷にも一発でわかったんだけど、案の定そうで。

「俺はあっちだな、あの背高い子」
「やっぱな!背ぇ高いって言うか胸でかいって正直に言えよ」
「そうだそうだこの巨乳好きー」
「男が巨乳好きで何が悪いんだよ。言ってみろコラ」
「まぁ横尾の嗜好に品を求めるのは無理だろ」
「ちょっと五関くん失礼すぎだろオイ」

そうしゃあしゃあと言ってのけた声は、んんーと小さく唸るようにして続ける。
淡々と言う割には目はハンターだから怖いよねこの人。

「・・・あの子、左手の薬指に指輪してる子がいい」
「うっわ、やっぱきたよ面食いきた。どう見ても一番綺麗だもんね」
「ていうか左手の薬指ってモロに人のモンですけど五関さーん」
「むしろそういう方が燃える」
「うわーハンターこええー!」

ギャハハハ!って派手な笑い声がファミレスに響き渡る。
ちょっと迷惑そうな視線も若干受けたりして、思わず顔を見合わせ合う。
でもこうしてくだらないバカ話で盛り上がるのって好き。
特にこのメンツはいい意味で遠慮がなくて、一緒にいてラクだし楽しい。

笑いながらも喉が渇いて、目の前のジュースのストローに口をつける。
その最中にも目の前の藤ヶ谷とその隣の横尾は、窓向こうの彼女らについて熱く談義している。
喉に冷たくて甘い感覚が流れ込んでいくと、ふと隣から話しかけられた。

「それで、お前は?」
「へ?」
「お前だけまだ言ってないじゃん」

唐突な言葉に一瞬何かと思ったけれど、それが未だ同じ話題についてのことなのだと判って思わず笑ってしまった。
興味なさそうな顔して、なんだかんだと五関くんもこの手の話題は好きなんだよな。
俺はこの人のこういう意外性が凄く好きだ。

「あー、そうだなー、正直みんな可愛いし綺麗でいいなーと思うけど」
「なんだよ、お前一人だけ優等生回答?」
「いやそういうわけじゃないって。だってさ、マジ誰でもつき合えたら嬉しいレベルだもん」
「ふーん・・・?」

ストローを指先でいじりながらそんなことを言った俺に、五関くんは軽く眉を上げて俺をまじまじと見る。
それから目の前の二人をチラッと見て、俺をあからさまに指差しながら言った。

「ちょっと聞いて。こいつ誰でもいいってさ」
「おーい河合ー、そういうのってさりげに一番タチわりーんだぞー」
「ほんとほんと。来る者拒まず系?河合ちゃん意外とやるねー」
「んだよー、別にいいじゃん!ていうかね、俺が一番大事にしてるのはハートだから!ハートが合えば容姿とか二の次!」
「うわ、こいつ若干鬱陶しい」
「なにハートって?お前寒すぎ」
「河合、お前なんか嫌なことあったの?」

うわーこいつらむかつくわー。
言いたい放題言いすぎ。
ロリコンと巨乳好きと面食い(しかも人の物属性)に言われたくねー。
絶対俺が一番マトモだし!

俺はわざとらしく嫌な顔をしてみせると、窓際に身体を寄せるようにして、三人をしっしと手で追い払うようにする。

「お前らこそ汚れすぎなんだよ!あーやだやだ!こっち寄らないで!」
「なんだよ河合、そんなに邪険にしなくてもいいんじゃない?」
「そうだそうだ、仲良くしよーぜ郁人ー」
「ほら、俺らの愛を分けてやるからさ」
「ちょ、おい、止めろって俺のリンゴジュースに何入れてっ・・・ああああもう飲めねーだろ!」

ニヤニヤと笑いながら、各々自分のグラスに入っていた中身を俺のグラスに注ぎ込んできやがった。
五関くんのアイスティー、横尾のコーラ、そして藤ヶ谷のアイスカフェラテ。
そいつらに蹂躙されてしまった俺の可愛いリンゴジュースさんはもはや見るも無惨な土気色に早変わり。
どう考えても飲む気など欠片も起きないそのグラスに、いじっていたストローを突っ込んで脇に退けた。

「・・・ていうか、ほんと今なら誰もいけるし。むしろ誰でもいいし」

思わずため息混じりで呟いてしまってから、はたとした。
そんなことを言えば当然バレてしまうわけで。
俺が数日前、見事彼女に振られたという事実が。

「ああ・・・なんだ、傷心中か」
「なんだよお前、そうならそうと言えよ」
「マジ?結構ラブラブだったのになぁ」

変わらぬ軽口に見えて、心配してくれてんのがわかる声。
みんな優しい奴らだ。
でも今は優しくされると余計にへこむ時期だったりもする。

「・・・もーいいんだよー。しょうがないし・・・」

なんとなくちょっと前からあんまり上手くいってなかったんだし。
しょぼくれた声でそんなことを言う俺は相当かっこわるい。
そうして脇に退けてあった謎の液体と化したグラスのストローを再びいじり出す俺を見て、五関くんと横尾は顔を見合わせて苦笑する。

「しょうがない。傷心の河合くんのために、新しいリンゴジュースをとってきてあげよう」
「じゃ、俺はバイキングで栄養満点のサラダをとってきてやるよ」

そう言って二人が同時に席を立った中、藤ヶ谷だけは未だ席に座っている。
なんとなく俯きがちでいた俺にはその表情はよく見えなかったけど、身を屈めたのか、その顔が近づいてきたのはわかった。
下から覗き込まれるような体勢になる。
その特徴的な前髪が視界の端でサラリと揺れた。

「河合、元気出せー」
「・・・俺はいつでも元気ですー」
「そうそう。お前は元気じゃないと。バカがつくくらい」
「なんだよ、バカって余計だよ」
「俺もそうだから、お前も元気出せよってこと」
「・・・・・・は?」

その言葉の意味がわからなくて、俺はぽかんと口を開けて顔を上げることしかできなかった。
そうするとすぐそこにある顔が、なんでもないようにいつも通りはにかむみたいに笑っていた。

「俺も振られちゃった」
「・・・うそ」
「嘘じゃないよ。そんな嘘ついてどうすんだよ」
「・・・知らなかった」
「だって言ってなかったもん」
「なんでだよ・・・」
「なんでって?なんで言わなかったのかってこと?それともなんで振られたのかってこと?」
「両方だよっ」
「まー、色々あるよ。お前だってそうじゃん」
「・・・・・・通りで藤ヶ谷、前髪が心なしかしんなりしてるわけだよ」
「うそ、それはまずい。俺のアイデンティティがっ」

俺はなんとなく手持ちぶさたで、でも何かしたくて、そんなバカなことを言って目の前の前髪を指先で撫でた。
藤ヶ谷はそれにバカみたいに真に受けた顔をして、それから弾けるように笑った。
俺はそれでもその前髪を撫でた。
こいつの隠し事の意外に上手な部分が、時々凄く切なくなる。

「・・・お前らなにしてんの?普通に気持ち悪いから」
「二人の空間作ってんなー?そこー」

いつの間にか戻ってきた五関くんと横尾は、呆れた口調でそんなことを言いながら、俺の前に新しいリンゴジュースとサラダを置いてくれた。
それにありがとうと言って俺は新しいストローとフォークを手にとったけど、目の前で体勢を戻してまた横尾とバカな話をして笑っている藤ヶ谷を見て、何かが胸につかえるような気がした。






その後暫くファミレスでダラダラしてから、いい加減そろそろ帰ろうと誰かが言い出してお開きになった。
帰る方向の関係で、いつもなら五関くんと藤ヶ谷、横尾と俺っていう組み合わせになるんだけど、この日は違ったんだ。
ていうか、俺がまだ帰らないって言ったからなんだけど。

「・・・俺まだ遊んでるー」
「は?遊んでるって・・・俺帰るよ?悪いけど」

少し眉を下げて首を傾げる五関くんは、確かにここからだと家が遠いからこれ以上つき合ってたら終電を逃してしまうだろう。
それはよくわかっていたから、うんうんと頷いてみせる。
その隣で横尾もまた不思議そうな顔で俺を見て、その大きな手で俺の頭をぽふんと叩いた。

「俺もちょっと今日は帰んないとまずいんだよな。ていうかお前も帰れよ未成年」
「・・・やだ。遊んでる」
「遊んでるってお前な・・・」

まるでわがままな子供みたいに繰り返す俺に、横尾は眉根を寄せて五関くんを見る。
五関くんもその視線を受けて頷くみたいにため息をつく。
二人して俺がなんでそんなことを言い出すのかわからないだろうな。
うん、特に意味なんてないんだよ。
でも心配してくれてるのはわかるから、そんなことも言えなかった。

「・・・いいよ。俺一緒にいるし。まだ時間あるし」

俺の後ろからそう言ったのは藤ヶ谷だった。
そしてそれは予想通り。
たぶん、俺がそう言ったら藤ヶ谷は残ってくれるだろうと思ってた。

「藤ヶ谷残るならいいけど・・・あんま遅くなるなよ?」
「そうだよ。子供はさっさと帰って寝ろ」

歳が一個か二個上なだけで兄貴面してそんなことを言う二人が優しくて好きだ。
だから俺は笑いながらうんうんと何度も頷いて、手を振ってみせる。
それに二人はなんとなく後ろ髪を引かれるようにしながらも、それぞれの駅の方向に向かって歩いていった。



そうして残されたのは俺と藤ヶ谷だけ。
生温い夜風が頬を撫でる感触に目を細めたら、後ろから手を何気なく掴まれた。
というか、握られたっていう表現の方が近い。
でも特に何を言うこともなく、藤ヶ谷は俺の手を握ったまま歩き出してしまう。
特に速くもない。
けど俺はなんとなくその半歩後ろを歩いた。

暫く歩くと繁華街を抜けて人通りの少ない路地に出る。
正直夜一人で歩くのは遠慮したい感じのとこ。
なんとなく肌寒さも感じて辺りを見回したところで、藤ヶ谷が足を止めて振り返った。

「・・・お前どしたの?五関くんと横尾、心配してたじゃん」

少し困ったみたいな顔に、だけどなんだかホッとしてしまった。
だけどそれは顔に出さないようにして、小さく頷くだけに留める。

「ん、ごめん・・・」
「ていうかー、俺が残るって言わなかったらどうすんの?」
「でも残ったじゃん」
「お前なー・・・」
「・・・なんか、帰りたくなかった」
「なんだよ、そんなに傷心?」

しょうがない奴だなー、なんて。
笑って頭を撫でてきた。
けどその感触にじっと顔を見上げたら、ふと手が止まる。

「・・・ひょっとして、俺に慰めて欲しいとか、そういうことなの?」
「そうだって言ったら・・・どうする?」
「あーあ・・・そんなんだからさ、振られんの。・・・お前も、俺も」

それに対して口を開いたところで、けれど言葉は継げられなかった。
特に何の躊躇いもなく、そしててらいもなく、唇が重なった。
俺はそれから逃れるでもなく、むしろ捕まえたとばかりに両腕をその背中に廻して舌を差し入れた。

「んっ・・・んー・・・」

路地裏に濡れた音がする。
軽く抱き返される感触がある。
こいつとのキスはどうしてこんなに気持ちいいんだろう。
彼女とするのの何倍も、気持ちいいんだろう。
もうずっと前から、何回も、それこそ数え切れないくらいしてきたから、身体が馴染んでしまっているんだろうか。
それなら、俺もこいつも、もう他の女となんてつき合えないんじゃないかな。
どうせまた長くても数週間の内にはお互い新しい彼女を作るくせに、そんなことを思う。それも毎回のように。

けどそうだとしたら、この触れ合う唇には一体どんな意味があるのだろう。
少しスキンシップの過剰な友達?
俺たちの間の「一線」は一体どこにあるのだろう。
よくわからない。
わからないから繰り返す。

触れ合っていた唇と唇が離れ行く瞬間、見上げた視界に映った藤ヶ谷の顔は、なんとなく冷たく見えた。

「・・・恋人より友達とするキスの方がイイとか、意味わかんないよ」

俺達の間のラインはどこにある?
そしてそのラインを俺達は越えたいのか、それとも越えたくないのか。

けれど考えるべき思考力は、再び重なった唇に消えてしまった。










END







233国勢調査リク第一弾。
「本気のガヤフミで一線を越えてしまう」というリク。
でもマジっつーかなんつーかまた微妙だな〜。
とりあえず普通に続いてる感がありますけども。
ていうかあんまリクエストに沿ってないような気が既にするけども(ダメじゃん)。
そして書きたかったのはむしろ仲良し四人組じゃないのかっていう・・・(伏目)。
(2007.10.14)






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