恋の速度は緩めない










『しばらく会えないかも。・・・会わない方が、いいかも』

ああ、なんかこういう光景どっかで見たことある。
横尾はどこか遠いところでぼんやりと思ったものだった。

それはトレンディドラマだったか、それとも恋愛漫画だったか。
とにかくそういうベタなストーリーの中で、仕事で忙しい恋人にそんなことを告げられてしまう彼女。
そうして会えない時間が心の距離をどんどん大きくしていって。
やがてそれはもはや埋めようのない深い溝となって。
いつしか、互いの道は分かたれてしまうのだ。

・・・なんだよ。
それじゃあ俺は捨てられた彼女かっつうの。
横尾はあんまりにも女々しい自分の思考に嫌気が差した。

頑張れと言った。
応援すると言った。
自分も頑張ると言った。
応援しろと言った。
そしていつか帰って来いと、そう言った。

でもその「いつか」は一体いつなんだろう。
そんな日は本当にやってくるんだろうか。
あいつは本当にのんびりしてるから。
ボケボケしてるから。
ちょっとペース上げろよ、って言ってやらないと駄目なのに。
そして、せめて一言でいい。
「うん、わかったよ」って、相槌程度でいいから、あの柔らかい笑顔で言ってくれれば、それだけでいいのに。

「・・・梅雨だからなー」

どうにもこうにも、湿っぽい。






横尾は急な深夜のドライブを一旦休憩して、あるコンビニの前にバイクを停めた。
道路脇に車体を寄せて降りると、一気にヘルメットを取り去る。
すると梅雨独特のまとわりつくような生暖かい空気を肌に感じて思わず顔を顰める。
さっさと店に入って気分転換しよう。
そう思ってヘルメットを手に店へとゆっくりと歩いていく。
なんとなく俯きがちに歩いていたら、すぐ向こうにある自動ドアが開いたのが視界の端に見えた。
開いたドアに続いて出てきた人物・・・俯きがちに歩いていた横尾には足元しか見えなかったけれど、その足が横尾を見とめてピタリと止まった。

「横尾?」

その聞き覚えのありすぎる声。
反射的に顔を上げた。
見慣れた人の良さそうな穏やかな顔が、少しだけ驚きを載せてそこにあった。
妙に落ち着いているから、同い年の藤ヶ谷や河合に比べると大人っぽく見えるけれど、そうやって驚くと年相応に見える。
自分とて十分に驚いているのに横尾は何故か妙にぼんやりとそんなことを思った。

「何してんの?」

未だ少しの驚きを布いた顔で、それでも声は十分に落ち着いた調子で、飯田は右手に小さなビニール袋を提げたまま首を傾げる。
横尾はヘルメットを両手でぐるんと廻しながら何気ない調子で呟いた。

「んー・・・ドライブ?」
「あ、そっか」
「うん」
「明日の仕事は?」
「オフ」
「珍しいね」
「超久々だよ」
「そっか」
「じゃ、帰るわ」
「えっ?」

なんだか横尾にしては妙に起伏のない喋りをする、と飯田が薄々思っていたのもつかの間。
横尾は飯田に背を向けると、停めていたバイクにさっさと跨ってしまう。
手にしていたヘルメットをかぶろうとしている。

「ちょ、・・・横尾!」

飯田は咄嗟に引き留めた。
それに横尾は一瞬だけ手をとめて横目でそちらを見たけれど、再び緩慢な動作でヘルメットをかぶろうとする。
けれどその一瞬自分を見た視線に、飯田は何か感じるものがあったのか、走り寄って一気に距離を詰めた。
ヘルメットを手にしていたその手を躊躇なく掴む。
動作を遮られて、バイクに跨った状態だったからいつもと違って飯田より下にあるその瞳がじっと見上げてきた。

「なんだよ」
「・・・なんで帰ろうとするの?」
「もう帰ろうと思ったからに決まってんじゃん」
「コンビニ寄らないの?」
「ああ、もういいや、別に」

そう言って横尾はふいっと視線を逸らした。
けれど飯田の手が離されないからどうにもならない。
この湿った空気の中で、それはまだほんの一分程度も経ってはいないのに、すぐにじとりと汗をかいてしまっていた。
横尾はそれに顔を顰めて手を振りほどこうとする。
けれどそうすると飯田は逆に力を込める。
そう言えば意外と力はある方だったことを思い出して、横尾はなんだかますます湿っぽい気分になった。
そして掴まれた手は余計に。

こんなこともあった。
あんなこともあった。
そんな風に思い出してばかりの自分がどうしようもなく湿っぽい。
それじゃまるで、もう帰ってこない奴を未練たらしく引きずっているみたいじゃないか。

「離せよ」
「・・・ねぇ、俺に会いたくなかった?」

妙に静かなその言葉に、横尾は思わずムッとしてきつく睨み上げる。
どの口がそんなことを言うのか。

終わりの予感も待たせる期待も、何もかも置き去りにして。

「会わないって、言ったのは、お前だろ・・・!」

じとじとに湿ってふやけていた自分の感情が沸騰するのを感じる。
そして熱くてどうしようもない、どうにもならないその感覚すら懐かしくて・・・それがまた嫌ではないから、イヤになる。

「ふざけんなよお前・・・勝手すぎんだよ」
「・・・俺の言ったこと、気にしてる?」

飯田は依然として手を掴んだままそうっと覗き込んでくる。
その顔を横目でチラッと見て、横尾は思わず反射的にその頭を逆の手で叩いてしまった。

「いてっ。なにすんの横尾さん・・・相変わらず手ぇ早いなー・・・」
「おま、なに笑ってんだよ!超むかつく!」
「や、可愛いなーと思って」
「言うじゃん飯田・・・飯田のくせに・・・」
「あ、ごめん。ごめんなさい」

さっき叩いた手に今度はきつく拳を作ってやる。
飯田は素直に頭を振った。
けれどやはり手は離さない。

「でもさ、それ、嬉しかったから」
「は?」
「だってこんなとこまでドライブなんて来てさ。横尾んちめっちゃ遠いのに」
「・・・・・・」

ボケてるから気付かれないかと思ったのに。
妙なところで勘が良くて嫌になる。

「ちなみに俺んちはめっちゃ近いんだけどね」
「・・・お前が、会わないって、言うから」
「ん・・・?」

ベタなストーリーのヒロインなんかにはなりたくなかった。
好きになった奴を信じることも待つこともできないような人間にはなりたくなかった。
けれどそんな気持ちと、ただ想う純粋な感情との狭間に生まれた、この行動。

「そんなら、俺が会いにいけばいいかなーって」

飯田は手を離した。
それに思わずはたと見上げる。
すると当然のように顔が近づいてきて、躊躇なくキスされた。
柔らかなその感触に思う以上に緊張して。
思わず目を瞑ってしまった自分がいたたまれなくて、横尾は思わず低く呟いた。

「・・・唐突すぎ、お前」
「横尾らしいなと思って」

そう言って穏やかに笑う顔が全く変わっていなくてホッとする。
信じるのには思う以上の力がいるんだと思い知った。

「でも、そういうお前の行動はらしくないんじゃないの」
「うん、そうかも。だって会いたかったから」
「そんなら会いに来るくらいしろよ、甲斐性ねー奴だな」
「だってさすがに自分で言い出しといて会いにはいけないし」
「なら最初から言うなよなー」
「俺にだってプライドってもんがあるんだよ」
「バカじゃねーの。そんな無駄なもん捨てちまえ」
「言うなー。・・・でも横尾もさ、会いに来たって割には、帰っちゃおうとするし」
「・・・俺にもプライドってもんがあるんだよ」
「そんな無駄なもの捨てちゃえば?」

そこで二人顔を見合わせると、なんだか妙におかしくて互いに笑ってしまった。

そう、こんな風に笑って、湿っぽい感情ごと吹き飛ばしてしまえばいい。
そうして暑い夏が来て、どこか寂しい秋が来て、凍えるような冬が来て、暖かな春が来て、またこんな湿っぽい梅雨もやってはくるだろうけれども。

「キリキリやれよ、大学生」
「うん、わかったよ」

たとえどんな季節でも、深夜にバイクを少し飛ばすだけですぐに道は繋がる。










END






えー、マジ飯横を初めて書いてみましたよ!というのも最近飯横ブームでねー。
まぁキョンキョンを拝めるのがもはや過去記事と過去映像しかないから捏造も甚だしいけど・・・!
キョンキョンと渉は私的次世代ジュニアカプの中で最もナチュラルにカップルな気がします。なんか理想的。
世間的にはどうかわからないけど、私的に飯横は意外と落ち着いてるイメージなんですよね。
まぁ渉は若干キレやすいけども(笑)。
でも同じグループのいじめっこいじめられっこカップルに比べればほら・・・(言わない)。
エビの2カプはもはや熟年・ツーカーの空気があるからまた違うし。
(2006.8.6)






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