それでも愛しい君だから










扉にもたれかかって両腕を組むその姿はよく見るもので、そのどうにもおかしそうな表情も同様だ。
けれど今この状況ではばつが悪いとしか言いようがなくて、横尾は扉に足を挟んだまま手持ち無沙汰気味に首の後ろをかいた。
それすらもおかしそうに見るだけで特に何を言うでもなく、かといって楽屋に入れてくれるでもない相手に、横尾は大きく息を吐き出すと堪りかねたように呟いた。

「・・・で?」
「ん?」

平然と首を傾げてみせる様に軽く眉根を寄せ、横尾はじっと相手を見る。

「五関くんもお説教?」
「して欲しいの?」
「んなわけねーじゃん」
「だろうね」

依然として楽しげな様子ながら特にそれ以上何を言うでもない。
ひたすらに自分を観察しているようだ。
そう言えばいつだか、人間観察が趣味だなんて言っていた記憶がある。
その時は単に趣味は人それぞれだなと思ったし、ちょうどその時の対象が他でもない河合だっただけに、確かに見てると面白いと笑いながら言ったのを憶えている。
けれど今こんな状況で自分がその対象になるとなんとも居心地が悪いものだ。

「・・・なに」
「んー、横尾はストレートだなと思って」
「なんだよそれ」
「電話もらって喜んで、映画の話聞いてむかついて、言い訳されて怒って、電話切られてへこんで、次の日すぐ反省して謝りに来て、なのにメンバーにああだこうだ言われてイライラして」

若干大袈裟に指折り数えてそう言われ、また一つため息をつく。

「・・・それじゃ俺、マジ単細胞みたいじゃん」
「ストレートだって褒めてるんだけど」
「ほんとかよ」

少なくともあまり表には感情の起伏が出ない人間に言われると、どうにもそうは聞こえない。
けれどそんな内心だけの言葉をも感じ取ったのか、五関は含むように笑う。

「だからお似合いなんじゃない?」
「そういうもんかね・・・」
「あれ、否定的?」
「あいつ、言う程単純じゃないし」

楽しければ声を上げ、嬉しければ笑い、腹を立てれば眉をつり上げて怒り、悲しければ耳を真っ赤にして泣き、好意を持った人間には満面の笑顔で真っ直ぐにそれを伝える。
けれど親しくなればわかる、それらの底にある柔らかで繊細で脆い、きっと本人は弱さだと思っているからこそ頑なに隠された部分。
未だ計りかねていると思う。
気は合うし最高の友達だと思うけれど、恋人として、まだまだ自分には河合に対して足りない部分があると横尾は心の底で思っている。
どれだけ甘えられて頼られてもまだ足りないと思ってしまうのは、もしかしたら単に自分の欲張りなのかもしれないとも思うけれども。

「・・・まぁ、あいつはバカだからね」

特に説明を挟み込むでもないそれだけの言葉。
けれど当然のようにそう言う五関は、もっとずっと多くのものを理解しているような気がする。
メンバーだから当たり前。
相方だから当たり前。
そうなのかもしれない。
そうだとも思う。
ただ少なくとも、その事実こそが時折横尾の胸の奥をチリリと焦がすことは確かなのだ。
嫉妬とは少し違うかもしれない。
ただ羨ましくは思う時がある。

「あー・・・時間、足んないな」

思わず無意識に呟いていた。

もっと時間が欲しいと思った。
一緒にいられる時間が。
理解してやれる時間が。
受け止めてやれる時間が。
抱きしめてやれる時間が。
涙を拭ってやれる時間が。
笑い合える時間が。
そして心ない言葉なんて絶対に向けない余裕が。
何より、自分がいるからとそう言える心が。

「・・・・・・お前さ」

けれどたっぷり置かれた間の後に返ってきた言葉。
顔を見なくてもわかる程に呆れ返っていた。

「あとどんだけあいつを甘やかす気なの?」

暗に「バカだろ」と言わんばかりの表情と声音に、さすがにはたと我に返った。
確かに言われてみれば、どれだけ惚れているのかと思い知らされる。
横尾は咄嗟にその大きな手で顔を覆うと、小さく呻くように声を漏らす。

「や・・・確かに、ないな・・・ごめん・・・」

その骨張った指と指の合間から見える顔が微かに赤くて、五関は更に呆れたような顔をしつつも、おかしそうに、そして微笑まし気に笑った。

「やっぱ、お似合いなんじゃない?」

そんな言葉が聞こえたかと思うと、扉から突然塚田と戸塚が飛び出すように出てきて、それぞれ横尾の肩をポンと叩いた。

「横尾くんよく頑張りました〜!」
「ごほうびをあげましょう!」
「は?なに・・・」

一瞬意味が判らず咄嗟に手を離して二人を交互に見るけれど、揃ってニコニコと笑っているだけだ。
そして目の前の五関も扉から出ると、横尾の胸の辺りを軽く叩き、逆の手を部屋の中へと向けて促してみせる。
ワンテンポ遅れてそれらの意味を理解すると、横尾は照れくさそうに笑ってまた首の後ろをかいた。

「・・・どーも、ありがと」

結局のところ、彼らは河合が望まぬことはしない。
あの子が笑えばそれでいい。










後ろ手に扉を閉めると、ソファーに膝を抱えて座った河合がこちらをじっと見ていた。
何か窺うような、同時に期待してもいるような、そんな微妙な表情だ。
横尾はそれに一瞬目を逸らして小さく息を吐くと、もう一度そちらを見た。

「・・・聞こえた?」
「半分くらいはね」
「そっか・・・」
「五関くんがまたバカって言った」
「それかよ」

でもそれよりも後の台詞が聞こえているよりはマシだ。
たぶん結局どんな会話をしていたかはよく判らなかったんだろう。
それに実際のところ傍目から見て大した会話をしていたわけでもない。

「・・・まだ、怒ってる?」

小さな声。
本人の地声からすれば十分に抑えられたそれ。
思わずそちらを見ると、何故か視線がふっと落とされて、妙につやつやした唇が尖り聞き取りにくい言葉を漏らす。

「ごめん、反省してる・・・。もう、あんましないし・・・」
「しないって・・・何がだよ」
「だから、夜中の電話とか・・・」
「・・・」

なんでだよバカ。
思わずそんなことを言いそうになってグッと堪えた。
元はと言えば自分の態度が原因なのだから。
ある意味予想通りと言えば予想通りのその言葉に横尾はため息をつくと、大股歩きでそのソファーに近づく。
そして唐突なことに目を白黒させる河合の隣に勢いよく腰を下ろすと、躊躇なく両腕をそちらに伸ばし、腰と胸を支えるようにして思いきり抱き上げた。

「ちょっ、なにッ・・・!?」

不意に襲った浮遊感に河合の声が裏返る。
けれどその浮遊感はすぐに収まり、代わりに身体は横尾の膝の上に降ろされた。
自分の体勢をワンテンポ置いて理解すると、河合はぽかんと口を開け、じわじわと耳を赤くする。
二人きりならないこともない体勢だが、あくまでもここは楽屋で、待ち時間とは言え行ってしまえば仕事中なのだ。

「おま・・・なに、なんだよー・・・」

けれど横尾はむっつりと口を噤んだままだ。
自分の膝の上にある河合の、少し見上げる格好になる顔を凝視して。
その様子に、もしかしてまだ怒ってるのかな、と河合が思った瞬間、その大きな両手が包むように河合の頬に当てられた。
少しだけ熱を持ったそこ。

「・・・赤い」
「へ?」
「腫れてんじゃん」
「あ、あー・・・あの、さっきさ、五関くんに・・・」
「五関くんにやられたの?」
「うん、なんか、河合のくせに生意気だーみたいな感じのこと言われてさ、ひどいよね?」
「ふーん・・・」
「超痛かったし!」

あの白い手におもいきり両側に引っ張られ、腫れてしまった頬。
その時のなんとも言えない痛みを思い出して思わずさすろうとするけれど、そこは今横尾の大きな手に覆われているからできなくて、当然のようにその上に河合の小柄な手が重なる。

「あ、」

触れて思わず漏れた声に、河合はまた耳を赤くする。
今更手と手が触れただけでドキドキする、なんて間柄でもないはずなのに。
ケンカしたせいだろうか。
ケンカとも少し違う気はするけれど。
少なくともいつもとは違う状況が、河合を妙に落ち着かない気分にさせる。
事実横尾もいつもとは違っていて、そんな河合をじっと見上げると赤くなった頬から手を離し、上に重ねられていた河合の手を逆に緩く握った。
それに河合が小さく息を飲んだのを合図に、掴んだ手を身体ごと自分の方に引き寄せて、唇を寄せる。

「っ・・・」

キスされると咄嗟に思って目を閉じた河合の思いとは裏腹に、横尾の薄い唇はそこを通り過ぎて赤くなった頬に触れた。
何度も何度も、時折舌先を交えて触れ、まるで癒すように繰り返す。
決して激しさはなく嫌なわけもなく、けれど腫れた頬を癒すには逆効果としか言いようがない行為。
河合は耳も頬も熱くなるのを自覚して止められなくて、咄嗟に降りようと掴まれた手を解こうとするけれど、いつの間にか強さを増した拘束にそれもままならない。

「よ、よこお・・・もう、いいって、だいじょぶだって」

ふるふると頭を振ることしかできない。
生暖かい感触が頬を濡らすのが、なんとなくあの時を思わせてまた堪らない。
思わず目を緩く伏せて息を細く吐き出すと、その拍子に厚みのある下唇が微かに震える。
そこでようやく唇と唇が触れた。

「ン・・・」

触れた瞬間手の拘束が解けて、自然と解放された手は目の前の首に廻った。
そして当然のように抱き返してくれる長い両腕の強さと温かさに、河合はようやく安堵したように息を漏らし、キュッとしがみつく。

「・・・もう、怒ってない?」

けれどまだ少し心細そうな響きに、横尾は安心させてやるように抱きしめてポンポンと背中を軽く叩いてやる。
その華奢な肩に顔を預けるようにして、耳元で呟く。

「最初から怒ってない」
「うそだー・・・怒ってたじゃん・・・」
「ちょっとイラッとしただけ」
「おんなじじゃんか」
「全然ちげーよ。それは重要な違いなの」
「どこが違うんだよー」
「お前鈍いし」
「お前に言われたくないし!つか、お前のが鈍いから!言っとくけど!」
「ちょ、おい、苦しいって」

しがみつかれた首が絞まる。
強く込められた力が若干苦しい程で、横尾は思わず手を伸ばしてその柔らかな頭をぽふんと宥めるように叩く。
しがみつかれているから表情はわからない。
けれど声の調子よりきっとずっと真剣な。

「おまえ、わかってない。ぜんぜんわかってない」
「うん・・・」

だからわかりたいんだよ。
わからない部分に焦るんだよ。

「お前に拒否られたらきついの。マジ死んじゃうかもって思うくらいきついの。
怒るんなら怒ってもいいよ。だから、俺のこと突き放すなよ・・・」

わからないけど少しだけわかった。
今、強い力でしがみついてくる身体と、泣きそうな声で。
でも本当は言う前にわからなければ。
本当は、そんな思いをさせてしまう前に。

「うん、ごめん。・・・ごめんな」

チュ、と赤い耳朶に軽く唇で触れたら微かに肩が反応して、小さく息を吐いてから悪戯っぽい声が返ってきた。

「・・・しょうがない。横尾、超鈍いもんね」
「そうかなー・・・」
「そうだよっ」

そう言って上がった顔がすぐそこで綻ぶように笑った。
すぐそこで瞬いた長い睫と煌めく大きな瞳が綺麗で、横尾はもう一度唇を寄せる。
触れ合う柔らかな感触の狭間、まるで口移しするように間近で言葉を紡いだ。

「これ以上したら怒られるだろうなー」
「ん・・・誰に?」

不思議そうに瞬く瞳に八重歯を見せて笑う。

「外で待ってるお前のお兄さん達に」










END






末っ子可愛がり三部作無事終了ー(いつの間にそんなことに)。
やー楽しかったな!こんだけ趣味全開だと!(恥)
最終回は念願のいちゃこらわたふみが書けてよかったわー。
というかもう全編渡って渉色々書けてよかったわー。
渉楽しいな渉!格好いいし可愛いし男前だしキュンキュン。
フミトの自慢の彼氏だよね渉とかね。
あー楽しかったーわたふみはやっぱいいね!
(2007.5.14)






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