月下美人の耽溺
開け放たれたベランダの戸からは、煌々とした月明かりが部屋に差し込んでいる。
その月明かりの下、華奢ながら引き締まった白い肢体がぼんやりと浮かび上がる。
ゆっくりと解かれていく黒のリボン、そして開かれていく手触りの良い黒のローブ、それらを魔法のように少しずつ剥いでいく手もはやり白い。
言葉もなく、ただその深い色の瞳に瞬き一つせずに見下ろされ、たった一枚の黒いそれを呆れるくらいの時間をかけて剥がれていく。
するすると胸を滑り腹を滑り、腕から緩慢に裾が引き抜かれ、時折行ったり来たりもして、結局いったい何分かけられているのか。
素肌どころか、滑らかな黒い生地が素肌を滑る瞬間に肌が微かに震える、そんな反応すらも、全て逃さず見つめられて、河合はさすがになんとも居心地悪げに、早くも耳朶をうっすら染めておずおずとそちらを見上げる。
「・・・あのさ」
「ん?」
「なんで・・・?」
「なにが?」
「なんで、今日は、そんなゆっくりなの・・・?」
「嫌なの?」
「や、じゃ、ないけどさ・・・なんかいつもと違うかなぁ、って・・・」
基本的にこういった行為の時、河合が快楽に正直で堪え性がない。
羞恥心も理性も十分にあるくせにそうだから、河合はいつもそう言ったものたちの間で鬩ぎ合いになりながらも、そんな感覚にまたやられてしまうのだ。
本人にその自覚はないだろうが、敢えて性急にすることでそう言った自分に感じ入っている節もある。
だからそこに更に五関が焦らすような言葉や行動を加えてやれば、それはもうどうしようもない状況に追い詰められ、あられもない痴態を晒す。
そこら辺、とことんMだな、と五関は抱く度に思うのだ。
けれど今回五関はいつもとやり方を変えていた。
ワインを二杯程飲んで、酔う程ではないがそれなりにいい気分になっている身体を横たえつつも、さっさとバスローブを脱ごうとする相手の手を遮った。
いつもさっさと勢いよく、もしくは楽しげに遊ぶような調子で自ら脱いでしまう姿は、それはそれで美しい獣が真の姿を晒すかのような趣もあって悪くはないが、五関から言わせれば些か情緒に欠けるとも思うのだ。
たまには自分で脱がせたいなどと言うと、なんとなく親父くさい気配が漂うのでいただけないが、それにしたってたまにはこの手でその身体をまるでまっさらな状態から触れて行きたいとも思うのだ。
それこそ、その生地が素肌を滑る度に身を固くして、こっそり唾を飲み込んでいるような、そんなまるで初めて抱かれるような様すら見せられては。
「嫌じゃないなら、いいじゃん。たまには」
「うん・・・いいけど、楽しい・・・?」
「楽しいよ」
「よくわかんないなぁ・・・」
小さく眉根を寄せる河合は恐らく手持ちぶさたなのだろう、その小さな手で横たえられたベッドのシーツを緩く握り締めている。
自ら脱ぐこともできず、ただその白い手にゆっくりと丁寧に、何かを込められるようにすら感じる調子で脱がされていくのを、ただ待つだけ。
そう、恐らく河合は待つということが苦手なのだ。
余計なことを考えてしまうから。
そして勢いと欲求を、羞恥と理性が上回ってしまうから。
ようやく両腕が裾から引き抜かれ、広げられた黒のバスローブの上にまっさらな肢体が載っているだけのような状態になる。
細い、華奢な、白い身体。
肉付きの薄い、骨格から華奢な、けれどそれでもまるで野生動物のように引き締まった身体は、生白さとはまた違う、確かに熱い血が通っていると感じさせるように薄く染まってそこにある。
広げられた黒い生地の上でそれは更に鮮烈に浮かび上がり、差し込む月明かりに照らされている。
五関が動きを止めてじっとそれを見下ろしていると、さすがに咎めるような小さな声がぼそぼそと向けられた。
「・・・あのさ、ほんと、見過ぎなんだけど」
「見て減るもんでもないだろ」
「そういう問題じゃなくて・・・あー、もうっ、早くやろうよっ、はやくっ」
その視線に耐えきれなくなったのか、河合は耳朶を染めたままに脚をばたつかせ、その細い腕で五関の肩を掴んで引き寄せようとする。
河合からしてみれば、自分の身体はあまり好きではないのだ。
というか密かなコンプレックスになっている。
だから踊っている時にテンションのままにはだけるのならまだしも、そうしてじっくりと見られるのはいたたまれない。
けれど五関は自分の肩を掴むその手を軽々と外させると、そのまま掴んでシーツに縫い止めてしまう。
それにきょとんと軽く見開かれた瞳の中にも、月明かりが差し込んでいるのを見てとると、薄く笑う。
「時間はたくさんあるんだし、そんな焦るなよ」
「・・・その顔」
「ん?」
「すっげ、やだ・・・」
「え、そう?」
「ちょー楽しそう・・・」
「だから楽しいって言ってるじゃん」
「なんか企んでない?」
「企むって?」
そう言ってまた笑うから、河合はむうっと唇を尖らせて眉根を寄せる。
まるで否定しない辺り隠す気もないのがまたいやらしい。
河合が行為を性急にしてしまう理由のもう一つに、五関の余裕をできるだけ消し去りたいというのがある。
上手いだとかテクニックがあるだとか、そういうのは正直まだ河合にはよくわからない。
ただ少なくとも五関は自分を抱く時にいつだって余裕を残している、と思っている。
だからそんな余裕を呑み込んでしまうくらいの熱と欲とでぐちゃぐちゃにしてしまいたくなる。
余裕など欠片もなさそうな熱い塊をこの身にめいっぱい受け入れる時だけは、その静かで深い色の瞳にも隠しようもない熱と欲とが映るから。
そんな顔が見たくて、一緒にドロドロになって欲しくて、だからいつだって性急に求めるのに。
「・・・・・・なんか、俺は楽しくない。あんま」
河合はぽつんと呟いてそっぽを向いてしまう。
それが自分でも子供じみているとわかっていたけれど、仕方がない。
ここで万が一力技で事を性急に運ぼうとしたところで、そうした途端に冷めた目で「じゃあ止めた」とでも言われかねない以上、河合は結局五関にされるがままになるしかないのだ。
そうわかっているからこその、これは所詮そんな気持ちを相手に伝える意味しか持たない。
制止する力など、最初からない。
何にせよ、河合に抗うことなどできやしない。
「嫌?俺に抱かれるの」
それはなんとなく予想外の言葉だった気がして、河合はおずおずと顔を上げる。
そこには常と変わらぬ白い顔があるのだけれども、何故かじっと真っ直ぐに見下ろしてくる瞳に、何か強い感情が込められているようにも感じられる。
「嫌なんて、言ってないって・・・だから、早くしてほしいんだってば・・・」
「嫌じゃない?」
「嫌なわけないじゃん・・・」
そんなことを訊く意味などあるのだろうか。
河合はそう思わずにはいられなかった。
五関はいつだって河合の自分への愛情を正しく理解していて、たとえ河合が隠そうとしたって隠しきれるものではないのに。
今どんな言葉を河合から引き出そうとしているのか。
「じゃあ、好き?」
「す、好きに決まってるじゃん・・・ていうかなんなの、もー」
「たまにはちゃんと訊いとこうかなと思ってさ」
「えー・・・むしろ俺って割と言ってると思うんだけど・・・」
「そうだね。でも、今日はもうちょっと踏み込んで訊いてみようかなと」
「踏み込んで・・・?」
五関の意図が本当にわからない。
河合は大きな瞳をパチパチと瞬かせては、ただ見上げることしかできない。
白いシーツの上に広げられた黒いバスローブ、更にその上に横たえられた華奢な身体。
そこに白い指先が伸びて、顎先に触れたかと思うと、そこから首筋、胸、腹と何か辿るように触れていく。
「んっ・・・」
その何とも言えない微妙な感覚に、河合はひくんと僅かに震えつつ、相手の言葉を待つ。
五関は指先で河合の身体を辿り続けながら、何かを描くような調子で、そのまま呟く。
「俺のことが好き?」
「好きに、決まってるって・・・だから」
「じゃあ、俺に抱かれるのは?」
「好きだってば・・・ていうか、なに?ほんと・・・」
「そっか」
五関は指で触れる以外のことをしない。
ただその白くて長い綺麗な指先で、ひたすらに河合の肢体を辿る。
ありとあらゆるところを、何か確かめるように辿り、時折その指の腹に力を込めて押しつけるようにする。
押しつけられた箇所は微かに熱を持って、それは所詮微かでしかないのだけれども、今五関から与えられるものはそれしかないから、河合はそれにすら敏感に反応してしまう。
「ッ、ぁ・・・」
その時、脇腹の敏感な部分を指先が辿り、押しつけるように滑ったそれに、思わず声が漏れる。
細い喉がこくんと上下する。
そして再び何事もなかったかのように動き出す白い指。降りてくる高めの声。
「じゃあ・・・潤くん、だったら、どう?」
「へ・・・?」
突然予期せぬ名前を出され、河合は裏返ったような声を上げてしまう。
潤、くん。
その名前が何かということすら一瞬わからなかった。
しかしそれが当然のように、同じ事務所の先輩であり、河合が昔から憧れていた人のそれだとすぐ気付けば、なおのこと頭上には疑問符が浮かぶ。
「じゅんくん、て・・・なにが?」
「だからさ。潤くんだったら、どう?」
「どうって、」
「潤くんになら抱かれてもいいんだろ?」
「それは・・・っん、は、なに・・・急に・・・」
止まることのない指先が、脇腹を降りて腰を伝い、恥骨の辺りを更にゆっくりとなぞるように触れる。
特にデリケートで敏感な下腹部を彷徨い始めたそれに、心臓の音が急にうるさくなってくる。
依然として触れているのはそのたった一本の指だけだというのに、身体の熱が一気に上昇していくような気がした。
それは意図の未だ知れないそんな言葉と相まって。
「まつもと、くん・・・?」
「そう。お前の大好きな松本潤くん」
「なに、だから・・・だからそれは、俺は五関くんがいいって・・・」
確かに松本には昔から憧れていたし、さっきは勢いで「抱かれてもいい」などと冗談を口走りもした。
けれどそれはいつも通り軽く受け流されて終わったのに。
やきもちなんか妬いてもくれないことくらいわかっていたから、特に気にしてもいなかったのに。
今更何故蒸し返すのだろう。
「ぁ、は・・・」
その白い指先が太股を辿り、内股から再び上がってくる感覚に震え、まるでぬるま湯が温度を上げていくような感覚と共に河合は思考が曖昧になってくる。
際どい中心部分を触れるか触れないかくらいの微妙な感覚で辿られ、今度は腹の下部を指の腹で強く押され、擦られる。
けれど際どい部分を避けられたというのに、すぐそこからジンと軽く痺れるような感覚に、小さく息を呑む。
そしてそれを合図にしたように、不意にその顔が近づけられて、瞳を閉じる間もなく視線で縫いつけられた。
「・・・じゃあ言ってみなよ。誰に抱かれたいか。正確に。一言一句違わずさ」
いつの、間に。
河合が反射的に思ったのは、そんなことだった。
だって気付かなかったのだ。
まだ言ってしまえば行為は始まったばかりで、その白い手にバスローブを呆れるくらい時間をかけて脱がされただけで。
その白い指先に執拗に身体中を辿られただけで、それだけで、まだ肝心な部分に触れられてもいなければ、敏感な部分を慣らされてもいない。
それなのに、いつの間に、そんな目を。
そんな、敢えて理性を消し去ったような、熱に濡れた瞳を。
それを自覚した途端、河合の中でドクンと何かが大きく波打った。
「ごせき、くん・・・」
「ん?」
ひそりと耳を近づけられる。
けれど同時に、その白い指先が胸の尖りを悪戯にひっかく。
「ッん・・・ごせきくん、だよ・・・」
「誰って?」
サラリとした明るい色の髪が頬を撫でるくらいの距離。
僅かに硬さを持った尖りを爪先でゆっくりと押し潰される。
「ひ、・・・っん、ごせき、こー、いちくん・・・に、抱かれ、たい・・・」
「俺でいいの?」
酷薄そうなその唇がうっすら開いて、その舌先が覗く。
立ち上がりかけた尖りがきつく摘まれる。
「・・・ッァ、う・・・っご、せきくん、じゃなきゃ、やだ・・・っやなの・・・ごせきくんッ」
切なげに漏らした吐息と、裏返ったような懇願のような甘い響きの言葉と。
そして何より河合の頭と身体を痺れさせたのは、悪戯な白い指先、そして確かにそこにある、普段なら絶対に見せてはくれないであろう感情。
深い色の瞳が欲と熱と共に映した、確かな嫉妬心。
その顔が満足気に笑んだ。
普段のそれとは対極にあるような本能めいた。
憧れすらも塗り潰し、愛しい存在を支配するという欲を満たした男の顔。
「・・・なら、俺が・・・俺だけが、お前を幸せにしてあげるよ。他の誰でも、無理」
五関はそう囁くと、そこでようやくゆっくりと唇を合わせた。
降りてきた薄くて熱い唇に、河合はゆっくりと瞳を撓ませ、閉じて、待ちかねたように細い両腕をいっぱいに廻した。
既に身体中が熱くてしょうがなかった。
きっとそれら全て、その白い手がこれからゆっくりと、全部、溶かしてくれるだろう。
月明かりに魅せられたのは、さて、どちらだっただろうか。
END
潤くんにヤキモチっつーかまぁなんつーか、ていう五関さん。
ていうかあの人だって別に普通に妬くよね!ね?(誰に)
でもそんなのあからさまに出す人でもないというか、基本はフミトに愛されてるのを十分理解しているから出す必要ないんだけども。
だけどたまにはそういうの出すのもいいじゃない、ていうかまぁ・・・これだとあくまでも「そういうプレイ」みたいになってるけども・・・(あああ)。
そしてそんな「五関くんがヤキモチ妬いた」という事実にすごい感じちゃう河合郁人っていう・・・こいつら変態カップルですよちょっと・・・(ひそひそ)。
でも松本潤という河合郁人的最強憧れな存在に関しては、その内本気のシリアスで書きたいなぁとこっそり思っていたりします。
それにほんと焼け付くくらいに妬いてしまう五関さんを書いてみたいの・・・!
五関さんてフミトに対して「俺のもの」的思考が物凄い強いと思っているので、
だからこそ自分への愛情の外にある、五関さんすら届かないある種絶対領域にある「憧れ」という部分だけはどうにもならないとか思っていたりして。
だから松本潤にだけは激しく妬いてしまう五関さんとか妄想して禿げ上がる程萌えたりしています・・・っていうかそういう妄想はブログで書けってね!その内書きます。
(2008.3.20)
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