ああ、あんなにも憧れていたソレだったのに。
理想と現実はこんなにも違う。
みんなこんなものなんだろうか。
みんなこんな思いをするのだろうか。
初めてだからわからない。
誰に訊いていいのかもわからない。

誰にも訊けない。
誰にも言えない。










名前以外知らない










ふとしたことから楽屋に二人きり。
メールを打ち終わった北山は、向こうのテーブルに向かって一人黙々と何かに集中している二階堂にようやく気付いて、そちらに寄っていく。
何をしているのかと単純に気になってこっそり上から覗き込んでみれば、そこには広げられた真新しいノートと教科書。
真っ白いノートには未だ数行しか書き込まれておらず、ただその手のシャーペンだけがイライラと打たれ、痕を残していく。

「お、なになに、学生の本分?」
「あーーーもう、わっかんねぇ!」

上から降ってきた北山の声を合図にしたかのように、二階堂はついに根を上げてガシガシと髪をかきむしるとペンを放り投げてしまう。
さっきから散々数式と格闘していたのだがどうにもこうにも全く解答の糸口が見つからない。
中学まではそれなりに成績も良かった方なのだが、やはり高校に上がると授業内容は一気に難しくなるから着いていくのがやっとだ。
しかもこの仕事をやっているとなるとそれすらも難しくなるだろう。
もちろん多少成績が落ちたところで周りで何か言う人間はいない。
親もそんなに厳しくはない。
けれども勉強ができないことを仕事のせいにするだなんて、二階堂持ち前の負けず嫌いが許さない。
だからこうして仕事の合間を見つけては宿題に勤しむのだが、今回の敵はなかなかに手強い。
しかしそんな様に楽しげに笑って、北山は何か感心だとでも言う様子でうんうんと大袈裟に頷いてみせる。

「よしよし、頑張れよ若人」

その物言いがなんだかやたらと上から目線だ。
いや、実際相手は五つも年上で、キャリアの上でも当然先輩で、それは当然と言えば当然のだけれども。
実際二階堂だって北山のことは尊敬している。
ただ最近になって、北山を含めたグループの年上組の願いと、加えて単純に慣れたせいも相まって、だいぶ年下組が年上組に対して話すのも砕けたものになってきていた。
その上二階堂は年下組の中で唯一、元々あまり年上を年上とも思わぬ言動が多いタイプだ。
だから、偉そうに腕なんか組んでこちらを見下ろしているその童顔に軽く舌打ちしてみせて、きつく切れ上がった目をうっすら細めてそっけなく言った。

「邪魔すんならあっちいってよ、おっさん」

けれどそんな態度も北山は気にした様子もなく、むしろますます楽しげに笑って二階堂の隣に腰掛けた。

「うーわ出た生意気小僧。・・・いいの?俺にそんな口利いて」
「なんだよ」
「この現役大学生が教えてあげようか?って言ってんの」

ふふ、と何やら得意げに唇の端を上げる様がなんともいやらしい。
顔立ち自体は可愛らしい方だと思うのに、何故か表情がよくない、と二階堂は北山を見る度思う。
よくないというか、妙に意地悪っぽくて・・・実際意地悪なのだが、感じが悪く見えると思う。
でもそんなギャップは実際のところ、嫌いではないのだが。

二階堂は再び目を細め、顔の角度を少し変えてみて、まるで値踏みするように北山を眺めた。
その視線に応えるように北山は自信ありげに薄く笑ってみせる。

「一応これでも大学3年だから。頼りにしていいと思うよ」
「ふーん。・・・進級崖っぷちなのに?」
「・・・誰から聞いた、それ」

まるで鎌をかけるように言ってみたそれ。
実際それは聞いた話ではあったのだが。
なんとなく目の前の自信ありげな顔が変わる様が見てみたくて言った言葉はどうやら的中したようだ。
途端に寄った眉根がおかしくて、二階堂は顰めていた顔を途端に緩めて笑ってしまった。

「あははっ!藤ヶ谷くんから聞いたー。ほんとだったんだ」
「あのヒヨッコ大学生が・・・。ギリギリで大学入れたからって浮かれてんな、あいつ」

チッ、と舌打ちして低めの声でそんなセリフを吐きつつ、その顔はさして不機嫌そうでもない。
むしろ楽しそうというか・・・嬉しそうにも見える。
その弓なりに上がった口角はさっきなんかとは比べものにならない。
瞳に至っては優しそうな色すら見える。

ああ、まただ、と二階堂はぼんやり思う。
北山を見つめるようになってからもう何度となく見たそれ。
誰よりも藤ヶ谷に対して容赦が無くて、言いたい放題言うくせに。
確かに藤ヶ谷の性質からして周りが放っておかないいじられ体質だし、実際年下組ですら最近では藤ヶ谷に対して言いたい放題突っ込んでいる現状だ。
けれど北山のそれはなんだか違うのだ。
何が違うのかと訊かれても二階堂には上手く説明できない。
説明する言葉が思い浮かばない。
でもたぶん、それが「付き合っている」ということなんだろうと漠然と思う。
それは二階堂が今まで見たドラマにも漫画にもなかったものだけれども。
最初にそれを知った時には、なんで付き合ってるのに、好きなのに、そんな風にいじめるようなことばかりするんだろう、と北山宏光という人間がよく判らなかった。
自分なら好きな子には絶対に優しくしたいと思うのに。
けれどよくよく見ていれば、そんな風に藤ヶ谷に接する北山は本当に嬉しそうだし、藤ヶ谷とてまたそうだ。
好き、という形は何も一つではないのかもしれない、なんて。
二階堂はよく判っていないながらもそう納得していた。

「・・・二階堂?」
「え?」
「なにぼーっとしてんだよ。勉強疲れた?」

ふと気付けば随分と近くにその顔があって、二階堂は内心慌てた。
けれど自分では最近それなりにポーカーフェイスってやつもできるようになってきたと自負しているので、たぶん大丈夫。
さりげなく視線を逸らして、転がっていたシャーペンをこれみよがしに再び握る。

「あ、ううん、なんでもない・・・」
「ふーん?じゃあ、俺に見とれちゃったりした?」

またあの口角を上げた笑い方。
北山特有のその笑い方は、確かに女の子が見たら目をハートにしそうなくらいで、実際二階堂はその顔に見とれたことがある。
けれどもそんなことを素直に言えるはずもないし、言ったらますますこの目の前の男のペースになるのは判っていたので絶対に言わない。

「・・・バッカじゃねーのおっさん。自惚れもたいがいにして」
「おっさんおっさんて失礼だな、お前」
「言っとくけど、北山くんは歳とかじゃなくて行動とか言動がおっさんて意味だから」
「おーおー、言うなお前はほんとに。生意気なやつ」
「よく言われるー」
「ま、お前はそういうとこが可愛いんだけど」

何気ない調子で言われたそんな一言。
二階堂は一瞬自分が何か変な反応をしなかったかどうか確認するので必死だった。
恐らく大丈夫だろうけれど、その代わりまた思うのだ。
正直いい加減、しんどいことが多すぎる。
思わずため息をつく。
けれどそれは、同時に吐いた言葉のせいだということにした。

「はいはい、おっさん発言アリガトウゴザイマース」
「は?これのどこがおっさん発言なんだよ」
「なんか北山くん発言がセクハラスレスレだよね」
「ちょっとお前それは聞き捨てならないんだけど。
お前知らないだろ、俺これでもジュニア内お兄ちゃんにしたい部門堂々の一位だよ?」
「だからなんだよ。自分で言うなよ」
「だから可愛い弟分に可愛いって言ってんだろ。素直に受け取れ」

そんなの知ってる、と二階堂は反射的に内心だけで呟いた。
こう見えて男気があって頼りになって、その上実力も人気もトップクラスの北山は年若いジュニアから絶大な人気がある。
特に明確に決めているわけでもないけれど、最年長のせいもあってグループ内でも実質的にリーダーみたいなものだ。
だからそんなの知ってる。
人並み以上に・・・さすがに誰よりも、とはまだ言える自信はないけれど、知っているつもりだ。
これでもこのグループに入って以来、その姿ばかり見てきたのだから。
ただやっぱり、そんなことは言えない。
言えないことばかり。
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
今の状態を半年前の自分が知ったらどう思うだろう。

「えー・・・北山くんの弟分になった覚えとか、マジでないんだけど」
「ほんっとに可愛くないな、お前は。お前には先輩を敬うとかそういう気持ちはないわけ?」
「俺が尊敬してんのはA.B.C.だもん。特に河合くん」
「あーはいはいはいはい、河合ね。よーく知ってるよ。
河合みたいに踊りたいんだもんな?ほんとはA.B.C.に入りたかったんだもなー?二階堂は」
「そ、そうは言ってないけど・・・キスマイだって尊敬してたし・・・」
「へぇ?どこら辺を?」
「・・・藤ヶ谷くんとか」
「藤ヶ谷かよ」
「藤ヶ谷くんもダンス上手いもん」
「じゃあ俺はダメってこと?悲しいなぁ」
「別に、ダメじゃないけどさ・・・」
「いいよいいよ、別に。そうやって俺を踏み台にして大きくなれよ二階堂」
「あははっ!なにそれ!北山くんちょっと老け込んだんじゃね?」

おかしくて思わず指を差して笑う。
そうするときつい強面が一気にふにゃりと緩む。
開いた口からは僅かに八重歯が覗いて妙に愛らしくなる。
それを見て北山はふっと微笑むと、ポンポンと軽く二階堂の黒い頭を撫でた。

「お前、笑うとほんと可愛いなぁ」
「ちょっと、・・・だから、マジおっさんだよ。どうにかしてよ」

その妙に優しい感触に思わず目を逸らす。
こんな感覚は初めてだった。
北山が初めてだった。
だから最初は戸惑った。
でも、もうこの気持ちにつける名前は判ってしまったのだ。
そしてその名前以外は未だ判らないのだ。
どうせなら全部判らなければよかったとも思った。
あんなにも憧れていたソレだったというのに。

北山はさらに楽しげに二階堂の頭を撫でて笑う。

「なんか二階堂の笑顔見ると得した気分になる」
「ふぅん。じゃあ、あんま出さないでおこ」
「なんだよケチケチすんなって」
「なんか減りそうだもん」
「減るのかよ」
「減るよきっと」
「ま、確かに、たまにそれ見せられたら女の子なんてイチコロっぽいな」
「・・・そんな使い方しないし」
「そう?さすがまだまだ若いな二階堂くん」
「なんだよ感じ悪ぃなおっさん」

その判ったような口調にムッとした様子で軽く睨むように見上げる。
そうしたら、北山はこれみよがしにその人差し指を二階堂の唇の前に立ててウインクしてみせた。

「お前にも好きな奴ができたら判るよ」

その低い声が囁くように紡いだ言葉は、二階堂の耳にするりと入り込んできて、まるでその傍から発熱したように熱を持つ。
咄嗟に言い返す言葉が見あたらなくてグッと唇を噤んでから、ようやくといった小さな声で呟くように言った。

「・・・そんなの、わかんなくていいし」
「まぁ、そうか。まだまだやることいっぱいだもんな。・・・ひとまずは、この目の前の宿題とか?」
「あっ・・・」
「どうするよ二階堂。教えてやろうか?」

ニヤニヤと笑うその顔に二階堂は意識的に舌打ちをしてみせて、その流れですくっと立ち上がる。
もう、本当に。
このままじゃ進むものも進まない。
こんなんじゃ答えなんて出ない。
判るはずもない。

「・・・いらねーよ。もう、どっかのおっさんのせいで時間無駄にした!俺別の場所行く!」

そう言い捨ててすぐさま部屋を出た。
出る瞬間なんだかまた楽しげな笑い声が後ろに聞こえて、二階堂はぎゅっと唇を噛んだ。






部屋を出てからのことなんてまるで考えていなかった。
ましてや、出た扉のすぐ脇に人が立っているなんて思いもしない。

二階堂は妙に上がる息をヒュッと飲んで止めると、扉の脇の壁にもたれるようにしてのそりと立っていたその姿にギクリとした。
その穏和そうな顔は特に表情もなく、二階堂の方を見てもいなかった。

「た、玉森・・・?」

けれどまさか気付かれていないはずはないだろう。
そう思ってそうっと声をかけてみると、ようやく顔だけがこちらを向いた。
普段からあまり感情の出にくいその顔がぼんやりと自分を見ていて、二階堂は内心居心地が悪かった。
それは恐らく今さっきの楽屋のせい。

「・・・なに?」
「ん?」
「ていうかなにしてんの、お前」
「ああ、部屋入ろうかなーどうしようかなーって」
「別に入りゃいいじゃん」
「うん。そうだな。入ればよかったんだけど」
「なんで入んねぇの?ていうかお前いつからこんなとこ突っ立ってたわけ?」
「10分くらいかな」
「なっげ!なにしてんだよほんとに・・・」
「ちょっと迷った」
「なんで迷うんだよ、だから。自分の楽屋だろ?」

意味がわからない。
玉森裕太という男はたまに、というかよく、二階堂の理解の範疇を越えることがある。
そしてたまに予想もつかないことを言い出すのだ。
それはそれでその個性だと思えば悪くはないとも思うのだけれど、せめて今こんなところでは出さないで欲しかった、と二階堂はすぐ後に思う。

「今入っちゃいけないかなーって思ったから」
「・・・なんだよ、それ」

ドキリとした。
まさかこいつには聞こえていたんだろうか。あの会話が。
いや、けれどよしんば聞こえていたとしたって何一つとして不自然なものではなかったはずだ。
ただ不自然だったのは自分の内心くらいなもので。
けれどこいつならそんな内心すら見えてもおかしくない、と二階堂は眉根を寄せて、下手したら少女のように見える玉森の顔に窺わし気な視線を向ける。
しかしそれに返ってきたのは平然と、そして淡々とした言葉。

「ニカっていい奴だなーと思って」
「は?意味わかんねー」
「意外と大人なのかな」
「なんの話だよ」
「言わないのは、北山くんのため?それとも藤ヶ谷くんのため?」
「・・・・・・お前、」

二階堂の顔に俄に緊張が走る。
必然的にますます強ばる。
初対面の人間が見たら確実に怖がられそうな表情で、二階堂は睨むように玉森を見る。
それに恐れるような様子こそないけれど、玉森は何故だか少しだけ眉を下げた。
表情とは裏腹に、吐いた言葉は存外にきついものだったけれど。

「ああ、ていうか、自分のためか」
「なにが言いたいんだよ・・・」
「・・・俺もさ、一応高二なんだけど」
「それがなに、」
「数学も得意」
「だからなんだよ」
「教えてあげよっか?」
「・・・・・・いらねぇよ」

どういう流れでそういう話になるのか。
今さっきの言葉が気になりすぎて到底頷くことなんてできやしない。
それに、教科書もノートも楽屋に置いてきてしまった。
どうせ何もできやしない。
それなのにどうしてそんなことを言うのか。
判っていなくて言うならまだいい。
けれど恐らく玉森は・・・判って言っている。
何にせよ、きっと判って言っている。

「俺、コンビニ行ってくる」

相手の真意は知れないが、今このままこうしているのはよくない。
二階堂はスッとすり抜けるようにその目の前を通り過ぎる。
それを視線だけで追って、玉森は呟いた。
ほんの小さなそれだったけれど、二階堂の足を一瞬止めるには十分すぎる言葉。

「初めてでわかんないなら、素直に誰かに教えてもらった方がいいよ」

一瞬間を置いて、二階堂はゆっくりと顔だけで振り返るときつい眼差しを向けて低いトーンで言った。

「・・・そうだとしても、お前には訊かない」

走るでもなく、けれどそのまま逃げるように立ち去ってしまった二階堂の姿が見えなくなるまで、玉森はじっとそちらを見ていた。
その姿が完全に見えなくなってからようやく息を吐き出す。
そっと小さく俯いて、視界に映る床に向かって呟いた。

「ほんと、俺にはそんな顔ばっか」










END






ついに書いたよニカちゃん絡み!(欲望のままに生きすぎですわとさん)
いやしかし書きたい書きたいとは思っていたものの、まだ微妙に掴めてないのと、
何よりも「高校一年生」という生き物の生態が今ひとつ判らず・・・!
というかもう身近にそんな生き物いないから。自分のことを思い出すにしろ何年前だよ、と。
まぁ結局想像に想像を重ねるという感じで。しかも対して役立ってない結果。
というか問題は内容ですが、北←ニカ←玉といういかんともしがたいものに。
でも色々考えた結果これが一番萌えであるという結論に達しました。
北←ニカで玉ニカ。最終的には玉ニカになるんだよこれは。
そしてうちのニカちゃんは北山様が初恋です(いくらなんでも趣味がひどすぎます)。
高一で初恋とか遅すぎ!ていう話ですけどまぁ耳年増ニカちゃんは今まで本物の恋をしたことがなかったんだよ、という設定。
でも北山様には言わずと知れた前髪の彼女がいるので(ああうん)、ニカちゃんの初恋は甘酸っぱくも苦いものに・・・。
ほら、初恋は叶わないっていうあれ!だからこそ美しいのです。
北山がやたらと男前兄貴仕様なのはニカちゃんフィルターです(そんな)。
そしてこの話だけだと玉森が謎すぎますけども。というか玉森が一番掴みづらいんだよー!
頑張りたいそしてちゃんとした玉ニカも書きたい。
というかニカちゃん絡みは本気で固まらないので、北山様に片思い前提で、
玉ニカ寄りのフット2内総受けでいいかなと(だから千ニカと宮ニカもあり)。・・・いい加減雑食すぎるねうん。
しかし年下組(高二×高一)だというのにお兄ちゃん組より余程殺伐としてるこの感じったら・・・。
うん、でも、玉ちゃんはニカちゃんに自分に向かって笑ってほしいだけなんだよ。そして語りすぎすいません。
(2006.6.11)






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