可愛い猫の鳴かせ方 後編











幸いにも姉は一度自室に向かったようだった。
恐らくは荷物が多かったんだろう。
五関は軽くそう分析してみせて、それならば、と自分から打って出た。

「・・・姉ちゃん?俺」

扉をノックすると、すぐさま中から短い返事が返ってきたので扉を開ける。
そこでは姉がちょうどベッドに腰掛けてピアスをとってケースにしまっていた。
一般にはそこそこに美人の部類に属する彼女は、真っ直ぐな黒髪が特に美しい。
しかし「何かっていうと髪綺麗だねーしか言われないの。世の中ボキャ貧な男が多くて困るわ」としょっちゅうぼやく様を五関は嫌と言うほど知っていた。

「おかえり」
「ただいま。悪かったわねー、今日」

姉はそう言って手招きしながら自分の隣に弟を促す。
それになんとなく嫌な予感を覚えながらも、逆らうのは自殺行為だと知っているので五関は大人しくそのベッドサイドに腰掛けた。
少し距離は置いたけれども。

「悪かったって、なにが?」
「だってあんた今日誕生日じゃない」
「・・・ああ、まぁ。いいよ別に」
「冷めたこと言ってんじゃないの。拗ねたんならお姉ちゃんにそう言いなさい。
この胸の中でおめでとう晃ちゃん、て言ってあげるから」

それなりに豊満と言っていい胸元に手を当ててそんなことを言われても、所詮自分の姉では嬉しいどころか引くだけだ。
五関は思い切り顔を顰めて冷めた声で返す。

「や、別にいらない」
「つまんないわねー。あんたもっと面白い男になんなきゃだめよ」
「はいはい」

別に何を言われたって特に気にはならない。
今はただこの現状を打破することのみが重要なのだ。
とりあえず、軽く話をして姉の気を逸らさねばならない。
そして早いところ河合の元に戻らなければ。
・・・何せ、あんな状態の河合を自室に放り出してきてしまったことになるのだから。

「そういや、来てるんでしょ?」
「・・・なにが?」

だがしかし、そこでそうやすやすと思い通りにさせてくれるはずがない。
相手は自分の姉なのだ。
むやみやたらと聡くて手強い。
五関は内心警戒しながらも、傍目には平然とした顔で不思議そうな表情をしてみせた。

「郁くんよ、郁くん」
「ああ・・・うん、帰り一緒だったから」
「久しぶりじゃない?もう、来るんなら最初っから言っといてよね。そしたらデートなんて行かないで真っ直ぐ帰ってきたのに」
「別に最初は来る予定じゃなかったし」
「そういえば最近全然会ってなかったな〜。ねぇ、また綺麗になった?」
「・・・さぁ。別に変わんないんじゃないの」

もう高校も卒業したような男相手に言う台詞じゃないだろ、と五関は冷静に思う。
それは本当にそう思って言っているのか、それとも自分相手だからこそ敢えてそんな言い方をしているのか、いまいち判断がつきにくいところだ。
もしも後者だとすればいやらしいとしか言えないが、相手は何せ強力なのでそのくらいのことは当然考えられる。

「ねぇ、郁くん会いたい。連れてきてよ」

来た、と思った。
まさにここからが勝負所だ。
五関は内心気を引き締めつつ、ぼそりと呟く。

「・・・や、無理」
「なんで?」
「もう寝ちゃったし」
「うそー」
「なんか疲れてたみたい。今日仕事ハードだったから」
「あらお疲れ様ねぇ。でもそしたらあんたもつまんなかったでしょー」
「なんで?」
「だって一人だけ先に寝られちゃったらそうじゃない」
「別に。ゲームしてたし」
「まーたゲーム?」
「新しいの買ったから」
「あんたねぇ、ほんとにゲームしてたの?」
「ほんとにってなんだよ」
「寝てる郁くん襲ったりしなかった?」
「なにその突拍子もない展開」
「なにが突拍子もないのよ。可愛い子が寝てたらむしろ必然じゃないの」
「・・・姉ちゃん、その男みたいな思考やめてくんないかな」
「失礼ね。あー、でも郁くんの寝顔可愛いんだろうな〜。見てみたいな〜」

チラ、と自分を一瞬見たその視線にますます嫌な予感を憶える。
なんとなく探られているような気がする。

「それは止めてもらいたいんだけど」
「なんでよ」
「姉ちゃん、河合の寝顔見たら何するかわかんないから」
「しっつれいねー!別に襲いやしないわよ」
「でも止めといて」
「なぁに?自分以外には見せたくないってことー?」

ふふっと楽しげに笑って覗き込んでくる顔は、これみよがしに弟が河合に対して特別な感情を持っていることを確認するようで、本当にいやらしい。
だから普段ならばそんな言葉には一切乗らないが、今は最悪の事態を避けるために五関は敢えてその台詞を拾った。

「そういうこと。もったいないから」
「あー言った!言ったわよこの子!」
「はいはい、言いました」
「ほんと、晃ちゃんも大人になったのねぇ〜」
「そりゃどうも。ていうか、ゲームほったらかしだからもう戻るよ。おやすみ」

自分がここまで認めたのだ、とりあえずは満足しただろう。
そう思って五関はさりげなく会話を打ち切って立ち上がる。
ちらりと時計を見たら、時刻は既に0時を廻ってしまっていた。
この部屋へ来てからの時間はものの10分程度だとは思うが、やはり一刻も早く戻ってやりたい。
とりあえず、ここで万が一姉が「それでも見たい」などと言い出しても、半ば肉を切らせて骨を断つとも言える方法、つまりは「恋人の寝顔を見せたくないから」という言い訳でなんとか回避できるだろう。
五関は扉のノブに手をかけながらそっと悟られないように息を吐き出した。
けれどノブを捻ったその時、背後からかかった楽しげな声は五関の動きを否が応でも止めた。

「音がねぇ、結構筒抜けなの、この部屋」
「・・・なに?」

ゆっくりと振り返った。
姉はなんだかますます楽しげに表情だけで笑うとうっすら目を細めてみせた。
その表情はその実五関のそれとそっくりなのだが、五関本人にその自覚はない。

「ゲーム、続けるなら音量は小さくしてね?」
「・・・ああ、うん。わかった」

五関は内心舌打ちする。
これはもはや完全に気付かれている。
河合が寝ているなどと嘘であることがばれているのはもちろん、自分が帰ってくるまでに弟と河合が何をしていたのかも恐らくほぼ気付いている。
それはきっとさっき五関があっさりと河合への感情を認めたことが原因だったであろうことは確実で、五関は自分のとった策がまずかったことをすぐ悟った。

「ねぇ、晃一」
「なに」
「お姉ちゃん、これからロックを聴こうかと思うのね」
「は?」
「それも大音量で!ほら、やっぱりロックはそういう感じで聴かないと雰囲気でないじゃない?」
「なんの話・・・」
「今日はあとみんないないしー・・・あ、母さんもね、結局お友達のとこ泊まるから今日帰らないって。
晃ちゃんにもごめんねって言っといてだって」
「あ、そう・・・」

だからなんだよ。
いまいちその言動が読めなくて五関は思わず眉根を寄せる。
けれど姉はそれに妙に綺麗に微笑むと、小首を傾げて言った。

「でも、ロックもいいけど、優雅にクラシックもいいわよね〜」
「・・・別にどっちでもいいけど」
「あら?どっちでもいいの?ほんとに?」
「なにがだよ。どうでもいいよ」
「ほんとに?・・・でもクラシックはねぇ、静かに聴くものだから。
晃ちゃんがゲームしてるとたぶん、音聞こえてくるのよね〜。そしたら台無しだわ〜」
「・・・・・・」

完全に相手が一枚上手だ。
五関は内心完全敗北を宣言したにも等しかった。
いつのまにか道が一つしか残されていない。
五関は深く溜息をつくと、観念したように言った。

「・・・姉ちゃん」
「お姉ちゃんて呼びなさいよ」
「・・・お姉ちゃん」
「なぁに?」
「今日は、ロックがいいんじゃない」
「晃一はロックの方がいいの?」
「うん」
「それは晃一のお願いなの?」
「・・・お姉ちゃん、お願いだからロックにしといて」
「うふふ、りょうかーい!」

楽しくて堪らないとばかりに笑うと、自分に向かってピースをしてみせる姉の顔が小憎たらしくてならない。
五関は再び溜息をつくと今度こそドアノブを捻って扉を開ける。

「・・・じゃ、戻るから」
「お姉ちゃんはちゃんと約束守ってあげるから大丈夫よー?でもその代わり、明日ちゃんと郁くんに会わせてね?」
「・・・いいけど、くれぐれも変なこと訊くなよ」
「そっちこそくれぐれも無理させないようにね」
「・・・・・・じゃ」
「そこは否定しなさいよあんた」
「おやすみ」

もう無視だとばかりにさっさと部屋を出た。
扉を閉めると、そこでもまた溜息をつく。

結局完全敗北の上に相手の情けで最悪の事態を回避したようなものだ。
まぁ最悪の事態を回避できただけでもよしとすべきなのだろうけれども、この先の何かあればネタにしてからかわれそうな予感がして、五関は至極嫌そうに顔を顰めた。
本当に、我が姉ながらタチが悪すぎる。
しかしすぐさま部屋の中から聞こえてきた大音量の音楽に、ひとまず懸念事項がなくなったということにして、五関はすぐさま部屋に戻った。


なんとか丸め込んでくるから、と言って宥めるようにして部屋を出てきたのだ。
その時河合は少し不満そうではあったけれども、仕方のないことだと思ったのだろう、ただ何度も頷いた。
感情的な意味でも実際の肉体的な意味でも離れがたい状況ではあったけれども、そこは致し方ないとばかりに、せめてもの慰めのように、なるべくすぐ戻ると言ってきた。
河合はそれにもこくこくと頷いた。
その拍子にもやはり揺れた黒い猫耳が、その時は逆になんだか妙に可哀相に思えたりもした。
しかも五関が実際扉を開けて部屋を出る時に後ろからかかった声には、さすがの五関も無意識に口元を押さえて振り返りもせず部屋を出るしかなかった。

『・・・ほんとに、早く戻ってきてよ』

たぶん、自分は誰もが思う以上に、自分でも思う以上に、あいつのことが好きなんだろうな、と実感してしまった。
我ながらキャラじゃないとは感じるものの、実際目の前にある現実を否定する程には五関は愚かではない。

河合郁人という存在は五関にとってみれば単純なようでいて複雑だ。
未だに自分の中でその占める大きさが掴みきれないから。
それは相手が特殊な存在なのか、それとも自分があの存在によっておかしくさせられているのか、五関はよく考えてしまう。
それこそ、姉にあんな風にからかわれたとしても、それでも・・・と思ってしまう程には。

五関はふっと息を吐き出してから、自室の扉をゆっくりと開けて部屋に入った。
けれど目の前に飛び込んできた光景に思わず目を見開く。

「・・・河合?」

けれど返ってくる反応がない。
河合はさっき五関が部屋を出た時のままの姿・・・つまりは上に着ていたシャツ一枚で下半身は晒したままで床に寝転がっていた。
すぐそこにあったクッションを両腕で抱え込むようにしてそこに顔を押しつけている。
よくよく見れば、身動いだせいなのか、頭につけられていた黒い猫耳の片方がとれてしまったらしくすぐ傍に落ちていた。
片耳だけ、というのはなんだかおかしな状態だが、そんなことよりもむしろ気になるのはその様子だ。

「河合?」

やはり反応がない。
クッションに顔を押しつけたまま寝転がっているから、もしかしてそのまま眠ってしまったのかとも思った。
けれどもそれにしては状態が少しまずいというか・・・そのフローリングの床に投げ出された下半身がどう見ても白く濡れている。
見ればその周りの床の辺りも僅かにその白い液体が散っていた。
それはどう考えても、自分のいない間に一度熱を解放してしまったとしか思えない。

一応、待ってろ、とは言ったんだけど。
五関は内心どうしたものかと思いつつ、ゆっくりと歩み寄ってその目の前にしゃがみ込むと、もう一度声をかけた。

「河合」
「・・・」
「河合、寝た?」
「・・・」

やはり反応はないけれど、こうしてしゃがみこんで間近で見てみれば、その肩が小さく身動いだのが判る。
五関はなんとなくピンときて、ゆっくりと手を伸ばすと河合の髪を撫でてみた。

「・・・待ってられなかった?」

敢えて少し咎めるような言い方をしてみた。
トーンも僅かに抑えめに。
するとそれにはあからさまに肩がびくんと震えて反応が返ってきた。
ほぼ事態を理解したとばかりに、五関はうっすら笑って片膝をつくとそっと身を屈めるようにして、その顔を伏せた耳元に近づけて囁いた。

「一人でしたんだ?」
「・・・ちが、」

蚊の鳴くような声が僅かに聞こえる。
クッションに顔を押しつけているようだから、くぐもって聞こえるのは致し方のないことだろうけれども。
それが微かに震えているのは違う理由からだろう。
なんとなくそれは推し量れるものだけれども、それを実際河合の口から聞きたくて、五関は更に追い打ちをかけるようにその耳朶に指先で触れながら言う。

「気持ちよかった?」
「っ、・・・」

ふるふると僅かに頭を振られる。
耳朶から指を滑らせてその覗くうなじの辺りをするりと撫でる。

「・・・あんなに汚しといて?」
「ご、ごめ・・・っ」

その声がもはや僅かな怯えすら伴って聞こえるのは気のせいではないだろう。
何もそんなに気にしなくても、と五関はその反応を少し過剰にも感じる。
確かに敢えて意地悪な言い方はしてみたのは自分だけれども。

「・・・あの、」

おずおずとした窺うような声。
それに耳を傾けると、河合はようやくクッションに押しつけていた顔を僅かに上げた。
それでも未だ俯いたままで五関の方は見ない。

「・・・おかえりなさい」
「あー・・・ただいま」

なんだか変なやりとりのような気もしたが、まぁ間違ってはいない。

「あの、・・・ごめん」
「なにが?」
「がまん、してたんだけどね、・・・」
「・・・ああ、うん。まぁ、いいけど。待たせたのは俺だし」

それは本当だ。
実際のところ、まさか本当にそれで咎めているわけでもない。
後で床を拭かないとな、くらいは思うもののそれ以上のことなど何もありはしないのだ。
それなのにこの恋人は一体何を気にしているのか。

「・・・ごめんね」
「だからもういいって。気にしすぎだから。いくらなんでも、俺そんな鬼じゃないし」

仕方なしに宥めるように髪を撫でてやる。
するとようやくその顔が五関の方を向いた。
おずおずと向けられたそれは、なんともしょんぼりとしていて、そのくせその目は未だとろんと濡れたような色をしていて。
その瞳とかち合って、五関は思わず手を止めた。

「誕生日、おわっちゃった」

その言葉で、河合が一体何を気にしているのかなんとなく判った。
そう言えば姉の部屋を出る時既に時刻は0時を廻っていた。

「・・・だからなに。そんなのどうでもいいよ」
「結局さ、だめだったなぁ、って」
「なにが」
「いろいろする予定だったのに・・・」
「色々ね・・・ま、それはまた今度でいいよ」

所詮河合が考える色々なんてタカが知れている。
今回は猫ということで、恐らくはまぁ、アレを舐めるとか、その手のことだろう。
それは確かに悪くはないけれども、別に特にして欲しいというわけでもない。
というかむしろ五関としては、河合にそこまで自分に何かして貰いたいとは根本的に思っていないのだ。
ただ河合がしたいというのならすればいいと思っていた程度のことで。

「お前バカの割に変なとこ気にしすぎ」
「バカじゃないよっ・・・」
「バカだよ」
「・・・バカかもしれないけど」
「ほら、バカじゃん」
「でもそれは・・・五関くんのせいだし」
「人のせいにするなよ」

呆れたように言うのに、河合はふと伏し目がちに細く息を吐き出して、さっき抱えていたクッションに今度は仰向けの形で頭を預けた。
自然と五関を見上げるような形になる。
身体もまたそれに引きずられるようにして背中からぺたんとフローリングの床につく。
すると下半身の方では白濁としたそれが床と脚とを絡みつけるようにして微かに水音を立てた。
五関が思わずそちらを見ると、その照明の具合とも相まって河合の脚をぬらりと光らせてなんとも言えない目に毒な光景が展開されている。

「やっぱ、五関くんのせいだよ」

床に投げ出されていた河合の右手が自らの腹から胸をゆっくりと伝うように上がっていって、口元に寄せられた。
見ればその指にも白濁が絡みついていて、恐らくその指先で自身を慰めて達したんだろう。
河合は薄く開いた唇から舌をちろりと覗かせて微かにその指先を舐めた。
見れば既にもう片方の猫耳もずれて床に落ちてしまっていた。

「いちいちバカみたいに気にしちゃうのも、一人でがまんできないのも。・・・全部、五関くんのせいだもん」

自らのもので汚した自らの指を自らの舌で舐めとろうとする。
そんな目の前の河合の姿は、なんだか少しだけ哀れで、同時に愛しく思えた。
基本的に単純そうなこの男の底がたまに見えないと思うのはこういう時だ。
たぶん、だからこそ手放せない。

「・・・それなら、こっちは逆にお前のせいだな」
「え?」

舌先で舐めていたその手を掴むと、五関は自分の唇を寄せてそれを舐めた。
突然感じた自分のものではない濡れた生暖かい感触に、河合は思わず引け腰になって手を引っ込めようとする。
けれど五関は手に力を込めてそれを固定すると、逆の手で河合の身体を肩口から押さえ込んだ。

「ちょ、五関くん・・・?」
「お前のせいだよ。全部、お前のせい」
「あ、・・・ね、汚いって・・っ」

自分の熱が吐き出した白濁としたそれを舐め取られるという事実と、実際目の前で五関がそれを舐めている光景とで、河合の顔はまた一気に熱を取り戻したようにみるみる内に赤くなる。
それでも五関は僅かにも躊躇することなく舌先でそれを拭い、押さえつけた肩口を更に上からのしかかるように床に押しつけてきた。
体重をかけられてそうされるから少し肩がジンと痛んだ。
でもそんなことを自覚するよりも、上から見下ろしてくる五関の深い色の瞳に縫いつけられたようになってしまって、河合は思わず瞬きも忘れる。

「お前のせい。だから責任とって」
「責任、て・・・・・・・っんん、ッ」

その言葉の意味を考えようとするけれど、自分から言っておいて五関はまるでそんなこと必要ないとでも言うかのように、噛みつくみたいに強引に口づけてきた。
普段河合のペースに合わせる余裕すら見せる五関にしては少しらしくない、勢い任せみたいなそれ。
河合は今さっき堪えきれず一人熱を吐き出してしまった直後だというのに、再び下肢に鎌首をもたげる熱を自覚して、じわりと目頭が熱くなった。
まるでその唇から直接熱を注ぎ込まれるみたいに身体が熱い。
でも実際にはそんなことを考える余裕すらすぐになくなってしまって、河合はただ僅かに震える手を五関の背中に廻すくらいしかできなかった。

「ふぁ、・・・ッは、・・ぁ、・・・」
「・・・誕生日終わって、お前も猫じゃなくなったことだし。今度は俺かな」
「はぁ、・・・え?」

なんのことかと河合は浅い息を繰り返しながら、ぼんやりとその顔を見上げる。
微かにぼやける視界の中で長い指が自分の髪を梳くように撫でて、既にそこについていたものがなくなっていることを確認するように触れたのが判った。
ああ、そうだ。
もうとれてしまって・・・。
無意識に自分でも手を伸ばして頭に触れてみる。
やはりそこにはもう何もない。
けれどそれを確認した途端、その手を掴まれて指を絡めるようにしながら床に押しつけられた。

「やっぱ、されてばっかは性に合わないから」

押さえつけてきたのとは逆の手で、未だ最後の砦とばかりに申し訳程度で留められていたシャツのボタンがするりと外されていく。
器用な長い指先に思わず目が釘付けになる。
そうして自分のシャツの前がゆるりと開かれていく様をぼんやりと見て、河合はなんだかそれがなんだか妙に不思議な心地だった。
たとえて言うなら、まるで魔法が解かれたような。
こんな表現を口にしようものならまたバカだと言われるだろうから言わないけれど。
代わりにぽつんと呟いた。

「・・・さっき、は、」
「ん?」
「とめてくれたよね・・・」
「さっき?」
「あの、楽屋で、俺寝ちゃってて、」
「・・・ああ、腹全開で寝てた時か」
「うん・・・あの時はとめてくれたなぁって、おもって」

既に緩慢な思考しかできなくなった頭でただ単純に思う。
そのどっちも、五関くんなんだなぁ、と。

「とめてもらって、はずしてもらって、おれ、子供みたいだよね」

まるで何もできない子供。
いくら年下とは言っても、もう少ししたら19歳になるのに。
河合がそんなことをぼんやりと呟くのに五関はふっと呆れたように笑って、開いた胸元で既に主張を始めている尖った部分を舌先で舐めた。
その刺激がまた思った以上に強くて、河合は触れられる度小さく身を竦めて震える。

「んっ・・・」
「いいんだよ。両方俺がしたいんだから」

五関は本当は知っている。
仕方ないフリをしておいて、これはある種自分の望みでエゴだ。
でも河合はまるで疑わないから。
そんな風に紅潮した顔を嬉しそうに緩めて、本当はそこに潜むはずの鋭さや強さを全て放棄して預けてしまう。

「そう、なんだー・・・」
「そうなの」
「変なの・・・五関くんお父さんみたい」
「・・・・・・お前はお父さんとこんなことするわけ?」
「あっ、ちがう、ちがうよ?たとえの話で、五関くんはお父さんじゃないしっ・・・」
「・・・当たり前だから。さすがに二つしか違わないのにお父さんは傷つくんだけど、お前」
「あは、だって五関くんダンディだからー」
「そりゃどうも」

確実に熱で浮かされた顔で、とろとろとそんな妙に楽しげに笑う表情。
笑って喜んで拗ねてしょげてまた笑って喜んで。時には泣いたりもして。
くるくる変わるそんな河合のいろんなものたち。
五関は心が見えないものでよかったと心底思う。
もしも見えたなら、どれだけそれらに内心執着しているか判ってしまうだろう。

「・・・もう、一回いれてるし、大丈夫?」

胸から腹、腹から腰にかけて撫でるように指を滑らせて、確認するように前にも触れてやりながら既に濡れた奥を指先で確かめる。
河合はその直接的な感覚に微かに唾を飲んで、ゆるゆると何度も頷いた。

「うん、うん、・・・ごめ、俺先にイっちゃったけど、五関くんまだ、」
「いいから。お前早いし、お前二回につき俺一回くらいでちょうどいいよ」
「・・・早いって言うなよ」
「あ、気にしてんの?」
「そ、そりゃ、早いよりは遅いほうがさぁ、男としては・・・」

からかうような声音に軽く視線を彷徨わせてブツブツと呟く河合を見やってふっと一つ薄く笑うと、さりげなく自分のジーンズの前をくつろげて河合の腰を引き寄せる。
反射的にじっと見上げてくる河合に顔を近づけると、やんわりと唇を合わせて舌を絡めとる。

「ん・・ふ・・・」

そのぬるま湯みたいな心地の口づけに河合の身体から力が抜けたのを見計らって、密かに半端な熱を燻らせた自身を宛がった。
反射的に引けるその細い腰を掴む手に力を込めて留めるように自分の方に引き寄せる。
既にさっきのことで濡れていたそこは熱を難なく飲み込むけれども、やはりそれでも圧迫感はあるようで、河合はぎゅっと目を瞑って息を詰める。

「・・・ッ、」
「苦しい?」
「・・・ん、いっぱいな感じするけど、平気・・・」
「そ。・・・じゃあ、大丈夫か」

浅く息をしながらうっすらと目を開けて頷いてみせるのに、五関は薄く開いた河合の唇を舌先で舐め上げながらも更に角度を急にして強く腰を揺さぶった。
いつになく早い展開に河合は息を飲んで目を瞬かせながらも抵抗らしい抵抗はできない。
ただ縋るように五関の肩に手を伸ばすけれども、滑って上手くいかず胸の辺りをぎゅっと掴む。

「あ、・・ッ?ちょ、え、・・ん、・・・あぁ、っん・・・ッ」
「大丈夫だろ?」
「で、でも・・・っひ、・・はや、いっ・・・ぅ、んっ」

あまりにストレートな強い刺激にあられもなく上がってしまう声に、さすがに口を自分の手で押さえる。
けれどそれに目を細めて、五関はその手を掴むと再び床に縫いつけてしまう。
狼狽えた河合の身体を揺さぶって、同じようにまた口を塞ごうとする逆の手をも同じように掴んでしまった。
完全に動きを封じられてしまって河合はなんとか唇を噛んで懇願するように見上げた。
既に赤くなってしまった潤んだ目元からはまた生理的な雫が零れそうだ。
それを上から見下ろして五関はなんだか楽しげに表情だけで笑う。
そのくせ腰の動きは止めずに容赦なくて、河合はせめて押さえなければならない最後の部分すらもせき止められずに、半ば支配されたように声を震わせる。

「ご、ごせきく・・・っあ、ぅ・・・こ、声、おさえらんない、から・ぁっ・・・」
「なんで?いいよ別に」
「だ・・って、・・ッふ、ぁ・・ん・・・っおねー、さ・・・っ」
「大丈夫だよ」

ああ、やっぱりこういう方が合ってるな。
五関は内心そんなことを思いながら、押さえつけた両手に力を込めたまま緩く腰を使ってピンポイントで刺激を与える。
力だけなら大差ないとは思うが、この状況で既に力の抜けきった河合に、しかも上から体重をかけて押さえ込んだらそれ以上などもう抵抗できるはずもない。
顔を隠すこともできず、唇を噛むのにも限度があって、身体の奥を痺れるような何かが走る度に河合の身体は波に攫われるように揺さぶられた。
それの押し寄せる波のような快感は時に過ぎて、その大きく強い瞳からついには雫となって顕れる。
その顔をまた見られるのがなんだか恥ずかしくて河合は小さく俯きがちに、力の入らない手をそれでもゆるゆると動かす。

「だい、じょぶ・じゃな・・ッん、て、手・・はなして、よぅ・・・」
「・・・やだ」
「ごせき、く・・んんっ・・・」
「気持ちいいならいいって素直に言えよ」
「っ、いい、・・けど・・・」
「けどはいらない」
「・・・き、もち、いい・・っ」
「それでいいよ」

ついには顎をガクガクと震わせて、唇の端からも滴が滴る。
それをまた舌先で舐めとってやって、ついでとばかりに目尻に光るそれも舌先で拭った。
それでもその端からまたこぼれ落ちる綺麗なそれに、五関はなんだか愛しげに笑って、今度は軽く宥めるように唇を合わせてやった。

「・・・ほら、だから迂闊なことしない方がいいよ、って。お前は」
「な、・・っぁ、に・・・?」

既に理性がほとんど飛んでしまってとろけた表情で見上げてくる河合には判らないかもしれないけれども、一応言っておく。
それはこの期に及んでの言い訳みたいなものだ。

「鳴かせるし、泣いても知らないよって。だから言ったのに」
「・・・」

河合は何も言わずただぼんやりと五関を見上げた。
緩く視線を彷徨わせたかと思うと、未だ押さえつけられたままの自分の右手をちらりと見る。
それに何となく感じるところがあったのか、五関はそちらだけをやんわり離してやった。
すると河合は少し手首が赤くなってしまった右手をふらりと泳がせて、五関の首に廻すとゆっくりと顔を引き寄せた。

「ん・・・?」

キスでもしたいのかと五関は敢えてされるがままでいたけれど、何故か唇は触れ合わず、ただその代わりにおでこがこつんとぶつかった。
なんともまぁ、可愛らしい感覚だろうか。

「・・・五関くん、ばか」
「は?」
「ばか。ばか」
「・・・なんだろ。お前にバカって言われると若干腹が立つんだけど」
「だって、言ったじゃん・・・うれしい、から、だいじょーぶ・・・て」

そう言って目元を真っ赤にして濡れた顔で笑った、河合。
バカだと思う。
いつだってそのバカな裏に不安を隠している癖に、それでも与えることを止めようとしない。
奪われてもなおそれでいいと笑う。


このまんまそうやってしたいようにさせてたら、ほんとに全部、奪っちゃうよ?


「・・・とりあえず、俺よりはお前の方がバカだよ、やっぱ」

でも、だからお前がいい。

五関は押さえていたもう片方の手も解放してやって、代わりに両腕をその身体に廻すと抱きしめる。
腕の中で河合はまた濡れた顔で笑って、一つ頷いた。



一つ歳を重ねて。
またこの腕の中に、そして胸の奥に・・・大事なものを貰った。











END






というわけで後編ですよ。あー色々いたたまれない。
捏造もここまで来ると凄いなと我ながら思いますが。
うちのごっちはフミトに対して意地悪なのか甘いのか意外とベタ惚れなのかどれなのかってもう全部だよ!(恥)
ごっちのフミトに対する「バカ」は愛の言葉だからね!(恥!)
「愛してる」の代わりに「バカ」だと考えると、なんていう甘さなのか・・・。
そして相変わらず何度書いてもエロはいけません。自分に負ける。
(2006.7.2)






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