次の朝もきっと
『あの星を追えば、いつかは辿り着けるだろうか』
それは運命に抗えなかった恋人達の物語。
けれど最後まで幸福だった恋人達の物語。
「星、星、すげー・・・」
「うん」
見上げた視界いっぱいに、ハラハラと舞う粉雪が月明かりにで輝いていた。
「やっぱさ、空気が澄んでるからかな?」
「東京とはだいぶ違うね」
「ね」
「郁人、こっち」
「あ、寒い?」
「うん」
ぴたりと身を寄せ合う。
それは冷たい夜風すらも入り込めないくらいに。
「おまえ、あったかいね」
「でしょー」
そこにあるのが唯一のぬくもり。
じわりと感じるその温度にほっと白い息を吐く。
そうしたらその白くて冷たい指が絡められた。
自分のものを同じように絡めながら見つめたら、そこには優しい笑みがひとつ。
するともっと暖かくなった気がして、頬を緩め笑い返した。
「昔の人はさ、星の位置とかで旅したりしてたんだって」
「位置を知るものなんて何もなかったからね」
「できるのかなぁ」
「できるかもしれない」
指と指を絡めて夜空を見上げる。
キラキラと輝く星々。
まるでその煌めきが落とすような白い雪。
ハラハラと軽やかに、けれど徐々に徐々に確実に、二人の足跡を消していく。
「郁人」
呼ばれるままに顔を向ければ、絡めたのとは逆の手がこちらに伸びるのが見えた。
当然のように頬に触れた手はやはり冷たい。
まるで暖をとるように何度か擦られたその冷たい手のひらが、そのまま滑るようにして首筋に触れ、耳朶に触れた。
こちらからも顔を寄せれば、一拍置いて、少しだけ荒れた、やはり冷たい唇の感触。
そこから漏れて混ざる吐息だけはそれでも暖かかったけれども、もう唇は何度触れてもあまり暖かくはならない。
一度緩く瞬きをする。
黒く長い睫に結晶のような雪がふわりと落ちた。
真っ直ぐに見つめたその深い色の穏やかな瞳は瞬き一つせず、まるで焼きつけるように見つめてくる。
この瞳の中にあの夜空の星を見つけるように。
そうして、もう一度だけ。
優しく優しく口づけた。
けれどもう吐息が混じることもなく、その小柄な身体がゆっくりとこちらに傾けられた。
冷え切った細い両腕で抱き留める。
自然とその黒い後頭部が見えて、そこに微かに散らされた白い花々を、繋いだのとは逆の手でゆっくりと払った。
「・・・ねぇ」
「ん・・・?」
「ねぇ・・・」
「うん・・・」
抱き留めた先。
すぐ耳元で小さく小さく呼びかける。
しんしんと雪の降る星空の下。
ただ互いの声だけが聞こえてくる。
星はあんなにたくさんあるのに。
目を開けていなければそれも見えないのに。
その顔は狭い肩口に埋められてしまってもう上がらない。
「ねぇ、流れ星」
「うん・・・」
「おねがいごと、しとこっか・・・」
「うん、俺のも一緒に、しといて」
「うん」
けれど一人で見ても仕方がない。
だから流れて瞬くその様はもう見なかった。
願い事ならもう何度もした。
だからもうしない。
最後の星はこの瞳の中に見つけたのだろうか。
もうここにしか見つけられなかったのだろうか。
「五関くん」
「ん・・・?」
「ねむそう。・・・ねるの?」
「うん・・・」
「そう」
「あとで、おまえが・・・起こして」
「うん、わかった」
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。
背中を小さく叩いて、まるで子供をあやすようにする。
繋がれた手に少しだけ力がこもった。
けれどそれすらも、もうなんだか冷たかった。
「おやすみなさい」
そして一度夜空を見上げ。
瞬く星々に別れを告げ。
舞い降りる白い祝福に瞼を閉じる。
それでも繋がれた冷たい手だけを感じて。
「おやすみなさい」
きっと次も必ず、この手で起こすから。
END
(2006.2.26)
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