ニカちゃんの一夏のおもひで










それはふとしたことから持ち上がった温泉旅行での出来事。

旅館の経営者の娘である、いわゆる看板娘とうっかり話し込んでいたら、いつのまにか結構な時間になってしまっていた。
都心からはだいぶ離れた場所であろうと、やはり年若い女の子だけあって、二階堂が某有名事務所所属のアイドルだと知ると目を輝かせて話しかけてきた。
今時珍しく純朴そうな少女だったせいもあって、二階堂もなんとなく気分良く色々と話していたものだ。
けれどそうしたら、共に来ていた先輩四人はいつのまにかいなくて、そこで二階堂は今回の目的を思い出してはたとした。

ダッシュで部屋に戻ったけれどもそこにはお目当ての人間はおらず、仕方なしに隣の部屋を覗いてみれば、そこには浴衣姿で窓際に腰掛けて外を眺める五関の姿があった。
和室の落ち着いた空気と、窓から覗く丸い月と、渋い柄の浴衣、落ち着き払った雰囲気。
その姿の妙なハマリ具合に声をかけるのを一瞬躊躇う。
なんでこの人はこんなに雰囲気があるんだろう、と二階堂は五歳年上の先輩に思わずそんな感想を抱く。
同い年でも自分のグループの最年長とは大違いだ、とも思った。

「・・・ご、五関くん、あの、」

けれど声をかけなければ始まらない。
そう思って、二階堂は意を決して扉の方から呼びかけた。
すると窓の外をぼんやり眺めていた五関はふっとそちらを向き、手にしていたうちわで自らを扇ぐ。

「ん?どうかした?」
「あのっ、渉、知りませんか!」

そう、それこそがお目当ての人間。
そもそもが、横尾と藪、河合、五関の四人で行こうと持ち上がっていた温泉旅行のプランを聞きつけて、そこに二階堂が無理矢理入り込んだ理由は、そこに横尾がいたからなのだ。
五関はそんなことはとっくのとうに知っているので、二階堂のその勢いに若干生暖かい笑みを浮かべつつ、窓の外の方を指差してなんでもないような顔で言った。

「横尾なら、さっき河合と二人で露天風呂行ったけど」
「えー!!マジで!?」
「マジで」
「二人っきり!?」
「たぶんね。藪は俺と一緒に入ったし」

平然とそう言われて、二階堂は思わず項垂れつつ拳を握る。
今回最大の目的と言っても過言ではなかった「一緒に温泉」を逃すとは、最大の不覚だ。
一緒の湯船に浸かったり、身体を洗い合ったり、湯で紅潮した横尾の顔を眺めたり・・・ベタと言われようとも、二階堂は本気で楽しみにしていたのだ。
それを逃した上に、横尾は今河合と二人きりだなんて、と二階堂はわなわなと震え始める。
まさか河合が横尾に何かするとは思えない。何故なら目の前の五関がいるからだ。
そして横尾が河合に何かする可能性もまずないだろう。・・・横尾は今フリーのはずだから確信は持てないが。
まずそもそもが、あの二人はそういうのとは違う。
さすがに二階堂にもそこら辺は判る。
いわゆる親友というヤツだ・・・・・・でも、だからこそ、二人きりで今どんな光景が繰り広げられているのかは判らないのだ。
何せ河合は普段からスキンシップの激しいタイプだし、横尾もそれを当然のような顔で受け入れる。
まかり間違って変な展開になっていたら・・・!

「・・・・・・二階堂、お前すごい顔してるよ」

呆れ返ったような声がして、二階堂は思考の渦から帰還した。

「・・・はっ、す、すいません」
「あの二人ならたぶん大丈夫だと思うけど」
「で、ですよねー・・・」
「まぁ・・・たぶんだけど」

チラッと二階堂の顔を見てそんなことを言ったかと思うと、五関は脇に置いてあった携帯ゲームを手にとっておもむろに電源を入れ始める。
こんなとこ来てまでゲームかよ!と内心だけでツッコミを入れつつ、っていうかそんな意味深な視線やめてよ!と更についでにツッコミを入れてから、二階堂は大きく溜息をついて踵を返した。



こうなったらいっそのこと、今からでも押しかけて混ぜてもらうか・・・と二階堂が俯きがちに考えながら歩いていると、向こうから件の二人の声がした。

「おー、二階堂、二階堂いたよ」
「なんだよ、お前どこ行ってたんだよ」

ハッと顔を上げる。
目の前には、浴衣に身を包んだ横尾と河合がいた。
見れば河合は片手に着替えを持ち、もう片手を横尾の肩に廻しもたれかかるようにしながら歩いていた。
横尾もまた河合の腰の辺りに軽く手を添えてやって支えるような体勢だ。
よくある光景と言えばそうだが、何もこんなところまで来て見せつけなくてもいいだろ、と二階堂は横尾と温泉に入れなかったショックで若干荒んでいた。

「わ、渉っ・・・」
「ん?お前も早く温泉入ってこいよ。すげー気持ちよかったから」
「あ、うん!入る入る!・・・ていうか、渉はもう入っちゃったんだよ、な」
「は?見りゃわかんじゃん」
「そうだそうだー」

不思議そうな顔をする横尾にべったりくっついたまま、なんだか楽しげに笑っている河合の姿が小憎らしい。
基本的に二階堂は分かり易いというか、隠す気もないので、近しい周囲の人間は皆その気持ちに気付いていた。
気付いていないのは恐らく当の横尾だけだろう。
横尾は他人の色恋には聡いくせに、自分のことになると妙に疎い。
というか、恐らくは弟分である二階堂がそういう気持ちを自分に抱いている等と、考える要素すらないのだろう。
けれどそこがまたらしくて可愛い、なんて思う二階堂なので事態は何一つとして進展していない。

「渉、もっかい!」
「は?」
「もっかい入ろう!温泉!」
「はぁ?なんでだよ。もういいよ。これ以上入ったらのぼせるっつーの」
「大丈夫だって!のぼせても俺がいるしさ」

そんな渉を看病するってのもいいかも!
心の声はもちろん聞こえてはいないが、さほど聡いタイプでもない河合にすらそれはなんとなく伝わったようだ。
そんな色々と見失い気味の若さを目の当たりにしては、若干鬱陶しげに半笑いで首を傾げる。

「二階堂必死すぎー」
「ちょ、河合くんうるさい!ていうかいつまで渉にくっついてんだよ!」
「えー?なんで?ダメなの?」
「ダメだよ!」
「えー?なんでなんで?」
「五関くんに言いつけるよ!」
「うーわ、まじ必死すぎ、お前。・・・ていうか、五関くんどうしてたー?」
「あ、えと、部屋でゲームしてた」
「まじで?もー・・・持ってきてたかー・・・」

軽く顔を顰めて溜息。
確かにその気持ちはわからなくもない、と二階堂は思ったし、隣で苦笑している横尾も思ったのだろう。
ただ、今の二階堂にとってみればそれこそが今付け入る隙なのだ。

「だから早く部屋戻った方がいいよ、河合くん」
「んー・・・そうだね。あの人さ、一回始めるとキリがいいとこまで終わらないと相手してくんないんだもん」
「そうそう、だから早く、ねっ」
「・・・お前はほんと、必死すぎ」
「うるさいよ」

軽く冷たい視線を受けつつ、そんなことには構っていられない。
さっさと河合を部屋に戻さなければ、横尾と進展するどころの話ではないのだ。
そして部屋に戻ってしまえばこっちのものだ。
何せ、部屋は同室なのだから。

あからさますぎるそんな二階堂の態度に、河合は呆れたように溜息をつきつつ、濡れた髪を軽くかき上げながら横尾から離れると荷物を手に持ち直す。

「・・・じゃ、とりあえず戻るわ」
「うん。明日のこととかは、またメールで確認ってことで」
「そうだね。・・・ああでも、もしもなんかあったら、電話でもいいからねー」

その言葉は横尾に向けられつつ、視線はあきらかに二階堂に向いていた。
不思議そうな顔をしつつ一応と行った体で頷く横尾を後目に、その隣で二階堂はわざとらしく視線を逸らしている。
一瞬言い返そうかとも思ったけれど、引き止めるのも上手くないと思い敢えてスルーした。



河合が部屋に戻っていくと、廊下には二階堂と横尾が残された。
二階堂はそこで一息つき、くるっと横尾に向き直る。

「じゃ、渉、俺らも部屋戻ろっか」
「あー、そうだな。結構寒いから湯冷めしそうだし・・・」
「そうそう!風邪引いたら大変だし、明日も色々遊ぶんだしさ」

そう言いながらも、二階堂は横尾の浴衣姿に改めて釘付けになっていた。
借りた浴衣が少し小さかったのか、袖や裾が少し短くて、そこから伸びた細い腕と脚がどうにも目に毒だ。
そもそもが上手く着付けられなかったのか帯も緩そうだし、確かに一緒にいたのが河合では直して貰うどころか、お互い気にもしなかったであろうことは想像に難くない。
更には無造作に伸びた後ろ髪を手首にしていたゴムでくくることによってうなじが覗くから、なんとも言えない色気みたいなものが出ているのだ。
二階堂は一連の動きとその姿を瞬き一つせず見つめ、思わず拳を握って呟いていた。

「渉、ナイスっ・・・」
「・・・あ?」
「や、なんでもない。なんでもない」
「変なヤツだな・・・。それより、お前も早く温泉行ってこいよ。気持ちよかったから」
「あ、あー、あー・・・うん、でも、とりあえず、部屋・・・」
「いいから。早く入らないとお前寝ちゃうだろ?」
「寝ないって!ていうかなんだよ、子供じゃねーよ」
「まだ15歳なんて子供だよ」
「もうすぐ16っ!」
「はいはい、もうすぐねー」
「渉ちょーむかつく・・・」
「はいはい、いいから早く入れって。寝ないで待っててやるから」
「・・・・・・寝てたら、怒るからな」
「お前怒ったら怖いからなー」

そういう渉のが怒ったら怖いクセに。
特徴的な八重歯を覗かせて笑う顔がなんだかとても可愛くて、二階堂はそれ以上言えなかった。
それが弟分に対する兄貴分の笑顔だとしてもだ。
二階堂は渋々頷くと、バタバタと支度をして温泉に走った。

でも、帰ってきたら、もうそんな風には笑わせてやんないからな。
そう固く決意しつつ、温泉を満喫することもなく速攻で、そして念入りに、身体の隅々を洗う二階堂高嗣15歳であった。






浴衣の裾を翻しながら廊下を走る。
入浴時間20分など、普段家で風呂に入っている時間とそう大差ない。
むしろ家で入るよりも短いだろう。
横尾は部屋で待っていてくれるとは言ったが、それでも二階堂は一分一秒たりとも無駄にしたくなかった。
時折すれ違う他の客が何事かと振り返っていくが気にしている余裕などない。

若いからまだ大丈夫、だなんてなんの意味もない言葉だ。
若いからこそ焦るのだ。
その歳の差があればある程に焦るのだ。
河合程に付き合いが長いわけでも、五関程に信頼を得ているわけでも、藪程に理解し合っているわけでもない。
絶対的に足りないものばかり。
だからその分を埋めるために全力で頑張らなければならない。

たとえ最後まで行けなくても、せめてキスくらいは・・・!

恐らくそんな二階堂の心の声を今回同行している他三人が聞いたら、その前に告白が先だろ、と呆れることは必至だ。
二階堂はいくら焦るにしろ、完全に焦りすぎていた。
そして焦るあまりありえないミスを犯した。

部屋の扉の前で小さく深呼吸する。
さっき身体を洗いながら繰り返したシミュレーションをもう一度反芻してから、ゆっくりと扉の取っ手を掴む。
そして、勢いよく開けた。

「渉っ!ただいまっ!あのさ、今日なんか月が綺麗じゃん?だからさー、ちょっとベランダ出て一緒に・・・・・・・・あれ?」

そこまで言ったところで二階堂はようやく気付いた。
いや、気付くのは正直遅すぎた。
勢いよく捲し立てながらバタバタと部屋の中に入ってしまった今となっては、既に遅すぎた。

目の前にいたのは意中の人ではなく、一つの布団の上で横になっている五関と河合だった。
正確には、河合が下になるような形で、だったが。
二階堂は完全に混乱を来し、目を高速で瞬かせる。

「あ、れ・・・?ご、五関くんと、河合、くん・・・?あれ?あれ??わ、わた、わたるは・・・?」

しかしどこを見たって横尾の姿はない。
あるのは、顔を顰めながら盛大に溜息をついて、めんどくさそうに身体を起こしてそっぽを向いてしまう五関。
そして若干浴衣を乱して呆然と二階堂を見ながら顔を紅潮させる河合。
そんな二人だけだ。・・・そんな、恋人同士だけ。
何をしていたのか・・・何をしようとしていたのかは一目瞭然だ。
そこら辺は二階堂にだって当然判る。
むしろ興味津々の年頃なのだから。

河合はチラッと五関の方を見る。
五関は同じように一瞬視線を返したが、さっさとまたそっぽを向いてしまう。
そこで河合は更に顔を紅潮させる。
ただそれは、ありえない現場を目撃された羞恥以上に、ありえない現場に突然乱入してきた二階堂に対する怒りのせいだった。

「にかいどう・・・」

元よりハスキーなその声が低く地を這うように響く。
乱れた浴衣を直すでもなく、胸元と脚をあられもなく晒したままゆらりと身を起こした河合は、ゆっくりと二階堂を手招きする。
同時に五関は既にやる気をなくしたとばかりにさっさと部屋を出て行ってしまった。
反射的に危機を感じた二階堂だったが、もはや後の祭りだ。
その大きく鋭い瞳が瞬き一つせず光を放ってこちらを見ている姿が、まるで獲物を前にした肉食動物のそれにも見えた。

「か、河合くんごめんなさいーーーー!!」
「許すかこの野郎ーーーー!!ここ座れお前!正座だオラ!」
「わーーーん!わたるーーーー!!!!」


しかしその声は、隣の部屋で既に夢の中の横尾には届くことはなかった。

「んー・・・む、ぅ・・・・・・いーだ・・・むにゃむにゃ」


二階堂の熱い夏はこうして終わりを告げたのだった。









一方の残された五関と藪はというと。

「あれ?五関くんどしたの?」
「あー・・・・・・散歩?」
「へ〜。あ、ねぇ、俺ヒマだからさ、受付でゲーム借りてきたんだー。やらない?」
「おーやるやる。・・・ていうか暫く避難させて」
「ん?避難?」
「や、ゲームいっぱいやろうってこと」
「うん、いっぱいやろう。なんか楽しいねぇ、みんなで旅行来てさ、こういうのって」
「そうだね・・・」

平和な笑顔でのんびりとのたまう藪には正直申し訳ないが。
とりあえず、五関の中で今回の旅行はなかったことになった。










END






ニカわた&五河&藪の温泉旅行ネター。
書く書く言うてた割になんか中途半端にー。ていうか渉の出番少なっ!
ニカちゃんがただの頭の可哀相な思春期少年です。ごめん。
ていうかさりげにきょん渉ってもういくらなんでもニカちゃんカワイソス!(´;ω;`)<自分で書いておいてなんですが
そしてどうしても五河が出張ってしまう私の可哀相加減もあらわに・・・(寒)。
(2006.10.11)






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