僕らの可愛い君だから
部屋の隅で両膝を抱えて背中を丸めているその後ろ姿。
それを前にしてしゃがみ込んだ状態で、五関は何度目かの溜息をついた。
「おい」
「・・・」
「河合」
「・・・なぁに」
「いつまでそうしてんのお前は」
「・・・いいじゃん別に」
膝に顔を押しつけているせいでくぐもった声は、それを差し引いたとしてもあからさまに力ない。
拗ねている以上に落ち込んでいるのがよく判るその様は、正直めんどくさいなと思う。
「鬱陶しい」
「・・・鬱陶しいとか言うなよ」
「鬱陶しいもんは鬱陶しいよ」
「・・・どうせ俺は鬱陶しいもん。うざいもん」
「はぁ・・・」
普段が明るいだけに、一度落ちるととことんまで行くタイプなのだ。
そんなことはこの長い付き合いで嫌と言うほど判っているだけに、五関はどうしたものかと思案するように視線を巡らせる。
そこで時計が目に入る。
時間的にそろそろキスマイのメンツも来る頃だろうか・・・と思っていた時だった。
ぼそぼそと呟くような拗ねた声。
「・・・どうせ邪魔なんだもん、俺なんか」
「そうは言ってないだろ」
「・・・でもさ?」
「でも、なに」
「あいつは、邪魔だって・・・うざいって・・・」
五関はそこでまた一つ溜息をつく。
カップルの喧嘩に巻き込まれるなんて冗談じゃない、なんて思いながら。
「・・・そんなの、その場の勢いだろ。本気なわけない」
「でも、俺、自分でも自覚あるもん・・・」
「自覚?自分がうざいって自覚?」
「はっきり言わないでよ・・・」
「自分で言ったんだろ。めんどくさいなお前は」
「めんどくさいって言わないでよ・・・」
「あーもう・・・」
へこみすぎ。
そう言って軽く頭を叩いてやる。
柔らかで量の多い髪がぽふんと軽い音を立てた。
すると河合はぴくっと反応して、依然として俯きがちながら顔だけで軽く振り返る。
それに五関はその手を掴んで軽く引っ張って寄せた。
その勢いに河合は体勢を崩し、そのまま五関と向かい合うような形で地べたにぺたんと座り込む。
おずおずと窺うようなその顔。
いつも上がりっぱなしの眉が見事に下がっているのがおかしくて、五関は思わず笑ってしまった。
「なんだよー・・・」
笑われたのがばつ悪かったのか、河合はすんと鼻を鳴らして目を緩く瞬かせる。
それがまるで犬のようで五関はもう一度ぽふんと頭を叩いた。
その手がなんとなく優しいような気がして、河合は軽く目を擦るとおずおずと口を開く。
「・・・寂しいなーって、思っただけなの」
「うん?・・・ああ、夜中に電話したんだっけ?」
「うん・・・なんか眠れなくてさ、妙に人恋しくなっちゃって」
「お前、たまにあるよね」
「そう。なーんかね、昔からそうなんだけど」
「それで電話したら、うざいって?」
「・・・普段はさ、何時だと思ってんだーとか言うけど、ちゃんと話聞いてくれんのに。あいつ、優しいから」
「・・・うん、それで?」
何かを含むようにして五関は表情だけで笑ったけれども、生憎と俯きがちな河合にはそれは判らない。
五関は先を促すようにポンと頭を叩いて促す。
「でも、昨日は、なんか、機嫌悪くてさ・・・」
「へぇ・・・」
「こんな時ばっか甘えてくんなって・・・」
「・・・こんな時ばっか、ねぇ」
こんな時どころか、いつでもどこでもあいつには甘えてるような気がするんだけど、こいつ。
内心そんなことを思いながら、ふわふわ揺れる甘い色の髪の感触を楽しむように指を絡めてみる。
されるがままで河合はぼそぼそと呟く。
「他にもいっぱいいるだろって・・・」
「他?なにそれ」
「五関くんとか、って・・・」
「は?俺?」
「うん・・・よくわかんなかったけど」
「・・・なるほど」
なんとなく見えてきた、と五関は小さく溜息をついた。
さっぱりしていて男気のあるあの男も、あれで意外と周りが見えなくなるところがあるのだな、としみじみ思う。
それはこの目の前の恋人が思う以上に大事だからなのだろうけれども。
それにしても、そこで自分の名前が出てくるのはいただけないとは感じる。
つまり自分は、面と向かって言われたことこそないけれど、あいつにとって河合絡みで一番の警戒対象ということになるではないか。
そんなつもりは欠片もないだけに若干げんなりする。
「・・・お前さ、昨日か・・・もしくはここ数日、誰かと出かけたりした?」
「誰か?」
「うん、そう。遊びに行ったとか」
「五関くんと映画行ったじゃん」
「俺かよ」
「あんただよ」
「・・・やっぱ俺なんだ」
「それ以外は特にないと思うけどなぁ?うーん・・・」
河合はなんとか思い返すように眉を寄せるけれども、それ以外の名前はとりあえず出てこない。
そんなつもりは欠片もない・・・けれども、傍目から見るとやはりそう見えることもあるのだろうか。
しかしそれはやはり同じグループのメンバーで、それなりに気も合う以上は致し方ないことだ。
さてどうしたものかと五関が思っていると、河合はまた眉を下げてぽつんと呟いた。
「あいつってさ、ほんと優しいの」
「うん・・・?」
「優しいし、友達想いだし、面倒見もいいし。・・・だからさー、つい甘えちゃうっていうか」
「・・・そうだね」
「あいつなら受け止めてくれるって思っちゃうから、いっつも頼っちゃうし。いい奴だから頼らせてくれるし」
「んー・・・」
まぁ、それはお前だからだと思うけど、と五関は内心だけで付け加える。
別にあの男とて聖人君子ではないのだ、誰にでもそうだというわけではない。
「あー・・・俺ちょっと、あれかなぁ」
「ん?」
「距離とかさ、ちょっと置いた方がいいのかな・・・」
「・・・距離って」
「や、距離っていうかさ?たとえば夜中の電話とかさ、あんま用事もないのにかけるのはさ、少しは控えるとか・・・」
段々小声になる語尾は、それがどう考えても望まざるものだということは判る。
いちいちやることが極端な奴だな、と五関は呆れ混じりで溜息をつく。
「別にいいと思うけど、お前はそれで平気なの?」
「平気っていうか・・・。でも、平気にならないと・・・ちょっとは・・・」
「はぁ・・・」
このカップルは意外と根本的な意思疎通ができていないのだなと五関は実感する。
恐らくそれは、この二人の関係が友情の延長線上にあるからだろうとは思う。
つまり大雑把に言えば、元々あった友達関係からなんとなくその先にも進んでしまったような経緯があるのだ。
一体何回溜息をついているんだろう、とぼんやり思いながら五関はめんどくさそうに呟く。
「でもそんなことしたら、ますますあいつ怒ると思うけどね」
「えっ、なんで?なんで??」
「・・・そこが判んない辺りがバカだよお前は」
「だって・・・電話したら怒ったんだよ・・・?」
「違うだろ、そこは。意味合いが」
「・・・どういう意味?」
「なんで俺がそこまで言わなきゃなんないんだよ」
「そこまで言ったんなら教えてよ!」
「やだよめんどくさい」
「ちょーめんどくさがり・・・」
「ここまで話聞いてやっただけでもありがたく思えよ」
「別に聞いてとか一言も言ってないし・・・」
「は?なんか言った?河合くん今なんか言いましたか?」
「っ、いはいっ!やえへよっ・・・」
白い両手が河合の頬を摘んで両側に引っ張る。
口すらまともに聞けないくらいに思いきりやられて、河合はじたばたともがきながらその白い手首を掴む。
「お前も言うようになったね?昔は五関くん五関くんて犬みたいだったのにさ」
「ううううーいはいーっ」
まぁ今でも十分犬みたいではあるんだけど。
でも一人前に、恋人の真意の見えない言葉に胸を痛めるようにもなったわけだ。
五関はなんだか呆れに混じって何とも言えない感傷を覚えていた。
これではまるで兄の気分だ。
子供っぽいとは言え、たった二つしか変わらない相方に対してどうなのかと思わなくはない。
「・・・でもまぁ、しょうがないか」
呟いてからパッと手を離す。
河合は赤くなってしまった両頬を手で押さえ、心なしか潤んだ目で唇を尖らせる。
「ちょーいてぇ・・・。マジ容赦なさすぎ・・・」
「ああ、そのくらいの方がちょっとは可愛いんじゃない?」
「なにそれひどすぎ・・・絶対真っ赤だし・・・」
「後でいいこいいこってさすってもらえば?」
「はぁ?なにそれ・・・」
反射的に反論しようとしたところで、河合ははたとする。
それに五関はふっと柔らかく微笑んで、もう一度ポンと軽く頭を叩いてやった。
「それは俺の役目じゃないから」
しょうがない。
こんな自分も悪くないと思ってしまう以上は。
「五関くん・・・」
河合が何かおずおずと口にしようとした時、五関の背後から楽しげな二つの声がした。
「五関くーん、噂の彼氏来てるんだけど〜」
「どうするどうするっ?」
まるで双子のように揃ったそのテンション。
振り返れば、ドンドンと忙しなく叩かれるドアを二人がかりで押さえながら笑っている塚田と戸塚の姿がある。
五関は思わず破顔してしまった。
自分だけでなく、この二人もたいがいだ。
根本的にこのグループはこのバカな末っ子に甘い。
「そうだなー・・・じゃあ、次は俺を通してもらおっかな」
「おっ、ついに五関くん出ちゃう〜?」
「やべー盛り上がってきたー!」
なんだかやたらと楽しそうな三人を後目に、河合は何事かとパチパチと目を瞬かせている。
こんなポジションも悪くない。
五関はくすくすとどこか無邪気に笑いながら、二人が押さえている扉に向かった。
END
何を書きたかったって一目瞭然でお兄ちゃんしてるごっちですよ!(堂々と)
あのー、明星で渉に「そんなに甘えるな」て言われて、フミトが「寂しくなると横尾に電話しちゃうんだよ」って言ったのに対して、「横尾もほんとは嬉しいんだと思うよ」とか謎のフォローをしていた五関さんのネタ。
わたふみを見守るお兄ちゃんな五関さん!ていうかフミトのお兄ちゃん。
いっそエビちゃん三人がフミトのお兄ちゃん!(夢見すぎ)
とりあえず末っ子に甘いごっちお兄ちゃんが書きたかったんだよー。
でもたぶんごっちは五河の時よりフミトに優しいです(それもどうなの)。
そして渉はお兄ちゃん達を越えていけ、と(趣味)。
愛されてる末っ子が書きたかったんです。ええ!
そしてエビっこの前だとどうしてもフミトが普段の2割増しくらいで可愛くなってしまう。
「Brother Complex」(オフで出したエビちゃん兄弟本)書いてから、グループ内愛され末っ子ブームであります。
たぶん続きも書く。
(2006.2.26)
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