パンドラの箱










「あーーおっもしろかったー!」

隣でやたらと大きな声がする。
さっきのキスマイ連中とのやりとりを思い出しているのか、河合は特有の甲高い笑い声を交えて楽しげに喋っている。

「もうさー、藤ヶ谷だよ藤ヶ谷!ほんっとあいつおかしすぎじゃね?やっばい!」

聞いているのは俺一人で、しかもこの距離なんだから。
もうちょっと音量は下げていいだろうに、といつもながら思う。
しかしこいつにとってみれば、それはもはや癖みたいなもので、テンションが上がると自然とボリュームも上がってしまうようだ。
スタジオの廊下を並んで歩きながら、そのお喋りは途切れることなく続く。

「あとー千賀!も、五関くん見たでしょ?あいつマジ天然だよね」
「うん。見た見た」
「ね!見てて飽きないっつーか、いいわ〜」

きつい目元を下げて大口を開けて笑う。
俺はそれに同意するように頷いては、その横顔を何気なく見る。

本当にいつも楽しそうな奴だと思う。
出逢ってから早数年。
同じグループになってシンメを組んで、一緒にいる時間はかなり多い方だろう。
それは仕事からプライベートまで、相当な時間だ。
もしかしたら、一番長く一緒にいる相手かもしれない。

河合郁人っていう、俺の年下の相方。
明るい。
人懐こい。
バカ。
調子乗り。
かっこつけ。
やんちゃ。
ビビリ。
人見知り。
恥ずかしがり。
わがまま。
仲間思い。
その他色々、見ていてわかった、こいつに関するたくさんのこと。

基本的に目敏い方だと思うし、人を観察するのは好きだ。
だから近しいならそうである程に、それなりにわかっているとは思う。
まさかその全てが、だなんて傲慢なことを言うつもりはないけれど。
それに、全てがわかってしまったら面白くもない。
わからないことがある方が、日々新たな発見がある方が、楽しくやっていけるだろうし。
・・・とは言え、さすがにこいつに関してはだいぶわかってるとは我ながら思うんだけどね。

ひとしきり喋り倒した河合は、ふと一息ついてその薄っぺらい腹を手のひらで軽くさすった。

「あー・・・お腹減ったなぁー」
「なんか食べてく?」
「いいね!なにがいっかなー・・・」
「お前が食べたいのでいいよ」
「んんーー・・・・・・と、そうだなぁ・・・じゃあ、」
「・・・ケンタ?」
「えっ!なんでわかったの?すげー!」
「さっき言ってたじゃん」
「あれ、そうだっけ」
「フライドチキンをバケツいっぱい食べたーい、とかって」
「あっはは!そうだっけ?バカじゃん俺!」

食えるわけねー、ていうか胃もたれすごそー、むしろ俺カーネルおじさんになっちゃうー、なんて。
自分で言ったことに自分で大笑いしてる。
その様が本当にあんまりにもバカっぽくて、思わず吹き出すみたいに笑ってしまった。
するとその大きな瞳が不思議そうに瞬く。

「・・・あれ、ツボった?今のおれツボった?」
「うん、あんまりすぎて」
「あはっ、じゃあケンタにすっかー」
「じゃあってなんだよ」
「五関くんツボりました記念のケンタ!」
「やめてお前これ以上笑わせないで。お前がフライドチキン食べただけで笑える自信がある、今」
「やべ、俺すっごい五関くん的ツボな存在じゃん?」

そう言ってまた甲高い笑い声を響かせては、その目尻を下げて笑う。
そのくるくる変わる表情。
本当に、こいつといると飽きない。
たまに不思議がられることはあるけれど、こいつとの相性はなかなかにいいと思う。
それはまるで違う部分と、意外と似ている部分と、その両方があるからなんだろう。
そういうのを見つけるのもまた楽しいんだ。

よーしじゃあおれがんばってチキン3つくらい食っちゃうぞー!だって。
バカ。お前意外と食べられないんだから止めとけって。
残したって食べてやらないよ。
俺はツイスター食べるんだから、お前の残りに廻す胃はないの。
は?ツイスターくれ?お前食べたいなら自分で頼めよ。
ていうかお前絶対そんなに食べらんないから。

そんなくだらないことを言い合いながら、下に降りるべく、ちょうどやってきたエレベーターに乗った。
あまり綺麗とは言い難い、旧式のエレベーター。
何せこのスタジオ自体がだいぶ古いのだから仕方がない。
二人並んで、段々と移っていくランプを何気なく眺める。

その時ふと隣で小さなため息のようなものが聞こえて、思わず盗み見るようにそちらを見た。
河合は未だ移りゆくランプを見上げている。
うっすら開いた唇からは特に言葉はない。
ただ何のことはない、何気なく漏れただけのため息だったんだろう。
むしろさっきあれだけ喋ったんだから、一息ついただけのこと。
けれどなんとなく、俺は移りゆくランプではなくて、その横顔を見つめた。

そうして黙っているとよくわかる、その整った顔。
大きな瞳に長くて量の多い睫、高く通った鼻梁に妙に艶々した唇。
黙ってさえいれば、男前だし綺麗な顔なんだよな。
そう、あくまでも黙ってれば、ね。
基本的に黙ってる時っていうのがあんまりないから、そう思われないけど。
そんなことをぼんやりと思って、未だその横顔に何気なく視線をやっていると、どうやら気付かれたらしい。

「・・・なに?」
「あ、いや。別に」
「あー、そう・・・」

俺は咄嗟にランプの方に視線を戻した。
何故か向こうが妙に驚いたというか、若干気まずそうな顔をしたからだ。
まるでまずいものを見られたとでも言うかのような。
一体何を見られたって言うんだか。
いまさら見られて困るような顔でもないだろ。

なんとなく釈然としない気持ちになりながらも、エレベーターはもうすぐ一階に到着するところまで来ていた。
ランプが三階から二階に移った。
あと一階・・・。

「・・・・・・ッわ!?」

隣で裏返ったような短い声。
ガクンとエレベーターが箱ごと揺れた。
その一瞬の激しい揺れの後、それが嘘のようにピタリと静かになる。
そして一瞬置いて辺りが真っ暗になった。
広がる静寂。
それからピクリとも動かないエレベーター。
階を示していたランプの灯っていた方を思わず見るけれど、そのランプすら今や消えてしまったらしく暗闇には何も見えなかった。

「はぁ・・・まさかの展開・・・」

思わずため息が漏れた。
どうやらエレベーターが何かの原因で停まってしまったらしい。
すぐ復旧するだろうかと思い、しばらくそのままじっとしていたけれど、やはりうんともすんとも言わない。

「参ったな・・・。河合、そっちになんか連絡とるボタンあるだろ?」

狭い箱の中、灯りがなくなってしまうと、本当に隣の人間もほとんど見えないくらい真っ暗になるものだ。
すぐそこにいるはずの人間の輪郭程度すら危うい程の中、操作盤側にいた河合に声をかけた。
けれど返ってくる声がない。

「河合?聞いてんの?それともボタン見つからない?」

確かにこの暗闇では、そのボタンを見つけるのも容易ではないかもしれない。
けれど返事くらいしたっていいだろうに、河合から返ってくる声はやはりない。

おかしい。
さすがに違和感を覚えて、そちらにおもむろに手を伸ばす。

「・・・おい?河合?」

すると、確かに触れた。
この手が、その華奢な肩に。
けれど触れた途端、息を詰めるような音と、咄嗟に後ずさった気配がした。
そして何かがぶつかったような音も。

「河合・・・?」

思わずごくんと唾を呑んだ。
やはり河合からは返事がない。
ただ自分から僅かに離れた気配がする。
そして同時に尋常じゃない雰囲気すらも。
今最後にした、何かにぶつかったような音・・・それはたぶん、後ずさった拍子にエレベーターの壁におもいきり背中をぶつけた音だろう。
この数人しか乗れないような狭い箱の中では、確かに少し後ずさっただけでぶつかってしまう。
それはわかる。理解できる。
でも、それなら何故、そんなことをする必要がある?
それがわからない。

「河合?どうしたんだよ・・・?」

それでも河合から返事はない。
ただ、小さく息を詰めるような音だけが、また。
そして何かがずるずると擦れるような音。
感覚を研ぎ澄ましてそれを感じとる。

「は、ぁ・・・」

ようやく聞こえた微かな息遣い。
それは思っていたよりも下から聞こえた。
どうやらさっきの擦れるような音は、河合が背中を壁に押しつけたままずり下がるように座り込んだからだったようだ。

「・・・河合?調子悪いの?」

なんとか自分も膝をついてしゃがみこんだ。
こう真っ暗な中だと平衡感覚すら怪しくなってくる。
ただその微かな息遣いのする方を向いて、注意深く様子を窺う。
また手を伸ばそうとしたけれど、さっき肩に触れた時のことを思うと、不用意に触るのはよくないかもしれないと漠然と思った。

「・・・ぅ、・・・は」

けれどそうしている間にも、断続的に聞こえてくる苦しげな息遣い。
まるで呼吸困難に陥っているかのようなそれには、さすがに平静にしていられなかった。
もしかしたら何か発作の類かもしれない。
持病と言えば幼い頃に喘息にかかっていたとしか聞いたことがないが、聞いていないものがあるかもしれないのだ。

思い切って手を伸ばした。
するとそれは思っていたより少し上だったらしく、そのふわりと柔らかな髪に触れた。
触れた途端、やはり一瞬震えるような反応があったけれど、それにはもう構わない。
触れた箇所から辿るようにして肩に手を置き、軽く揺する。

「河合?どした?河合っ?」
「んっ・・・や、」
「苦しいの?河合?どこが苦しい?」
「ぅ・・・ご、・・・・・・くん・・・?」

ようやく俺の名前を呼んだ。
たぶん、ようやく俺を俺だと認識してくれたんじゃないかと思う。
強ばった身体が少しだけ緩む。
それにはホッとして、より距離を縮めて顔を近づけると、うっすらとだけれど向こうの顔が見えた。
苦しげな顔だった。
眉根をギュッと寄せてうっすら開いた唇を戦慄かせている。
どう見ても尋常な様子じゃない。

「どこが苦しい・・・?」

咄嗟に肩から滑らせた手で腕をさすってやる。
それに河合はうっすらと目を細めて、苦しげな息を漏らして、それでもようやく我に返ったとばかりになんとか笑ってみせた。

「ご、め・・・だいじょぶ・・・」
「全然大丈夫じゃないだろ・・・」

なんでそこで強がる必要がある。
そんな尋常じゃない様子で、苦しくて堪らなそうな様子で、なんで無理して繕う必要がある。
俺に何を隠したいって言うんだ?

「お前、なんか発作とか、そういうのあるの?薬とかは?」
「だいじょぶ・・・なんでもないから・・・」
「なんでもないわけあるか」

埒が明かない。
思わず舌打ちして、ジーンズのポケットに入れていた携帯を取りだして開ける。
生憎と電波は圏外だったけれど、ディスプレイの灯りのおかげで少しだけ見える範囲が広がった。
けれどそこでまた息を呑んだ。

「かわ、い・・・」

そこに浮かび上がった河合の顔は、真っ青だった。
俺は打たれたように立ち上がり、操作盤に携帯を当てて照らす。
その操作盤の一番下、丸くて赤いボタンが目に入る。
恐らくそれだ。
それを押すとどこかに待機している人間と繋がって、スピーカーから話せるはずなんだ。
けれどそのボタンを押しても、何やら電話のコールのような機械音が聞こえるだけで、一向に繋がらない。
何度押しても、誰も出ない。

「っなんで・・・」

こんな緊急時に誰も出なかったら、こんなボタン意味ないだろ。
思わずそう言ってやりたくもなる。
けれど今言ったところでどうしようもない。
ここで繋がらなければ、外と連絡をとる手段がない。
いや、まだスタジオには人が残っていたはずだから、その内誰かエレベーターが停まっていることに気付いてはくれるだろう。
塚ちゃんとトッツーはもう帰ってしまったけど、藤ヶ谷や横尾がまだいたはずだ。
でもそれが何分後のことになるかわからない。
もしかしたら何十分か後になるかもしれない。
今ここに、真っ青な顔で苦しそうにしている奴がいるのに。

「くっそ・・・」

苛立って思わず操作盤を拳で叩いていた。
ガン!と思ったより派手な音がして、次に拳に痛みが走った。

「・・・ごせき、くん。だいじょぶ、おちついて・・・」

大丈夫なわけあるか。
誰のせいでこんなに苛立ってると思ってるんだ。
思わずそんなことを言いそうになって堪える。
代わりに大きく息を吐き出して再び河合の元にしゃがみこむ。
ディスプレイが開いたままの携帯を手元に持つ。
するとぼんやりとした灯りが河合の顔を照らし出していた。
依然として青い顔で、けれど河合は少しだけ落ち着いた様子でふっと笑ってみせた。

「ちょっと、だいじょぶになってきた、から」
「・・・どういうこと?」
「べつに、病気とかじゃないんだよ・・・」
「だったら、なに」

思わず眉根を寄せてその顔をじっと見つめる。
この暗闇の中、その僅かな変化を見逃さぬようにと。

河合は今俺に落ち着けと言った。
けれど余計に落ち着けない。
暗闇にうっすら浮かび上がる、妙に弱弱しい、無理やりな笑顔。
そんなのは見たことがなくて。
ずっと知った気でいた相方が、まるで知らない顔に見える。

「そんな、たいそうなもんじゃなくてさ・・・うん、ほんと、たいしたことじゃなくて、」
「・・・たいしたことないわけ、ないだろ。そんな青い顔してさ」
「うん・・・ごめん。もう、治ったかなって、ちょっと、思ってたんだけどなぁ・・・」

河合の声が段々小さくなっていく。
その顔は俯いていく。
伏せ目がちな瞳が長い睫を揺らして強調させる。
うっすら開いた唇が細く息を吐き出して微かに震える。
その様がどうにも頼りなくて、妙に胸がざわついた。
ゆっくりと手を伸ばして、せめてと宥めるように頭を撫でた。
顔は上がらなかったけれど、ふっと小さく息を吐き出すような気配がして、掠れた声がした。
普段よく通るハスキーな声はそんな風に掠れると、まるでそのまま空気に消え入りそうに感じる。

「・・・暗いの、こわいんだ」
「それって、」
「狭いとことか、そういうのも、だめで・・・」
「そう・・・」

つまりは、暗所恐怖症で閉所恐怖症ってことか。
確かに、それなら今この空間は最悪の条件下にあると言っていいだろう。
しかもこんな最悪の条件は早々日常的に発生するわけでもない。
せいぜいが暗いところか、狭いところか、そのどちらか一方くらいしか遭遇することはない。
そういう意味では運が悪かったとしか言いようがないわけだ。
自分を納得させるようにそう考えた。
けれど何故だか妙に納得しきれないものがあった。

「・・・昔から?」
「うん・・・」
「初耳」
「うん・・・言ったこと、なかったし」
「・・・こういう風に、なったの、久しぶりなの?」

自分でも何を言いたいのかよくわからなかった。
初耳だからなんだ。
今初めて知ったからなんだ。
長年一緒にやってきた相方だからって、その全てを知っているわけじゃない。
そんなことはわかっている。
でも、それなら何故、こんなに胸がざわめくのか。

俺は、こいつを誰にも等しく輝く、陰の欠片もない太陽か何かだと、思っていたんだろうか。

「うん、すっげー久しぶり・・・。あの後から、お兄ちゃんがずっと一緒にいてくれるようになったから・・・」
「・・・あの、後?」

思わず呟いて向けた言葉。
それにはあっさり言葉が返ってきた。
あっさりと言うには、あんまりな言葉が。

「うん・・・。丸二日、狭い倉庫に閉じ込められたことが、あってさ」

咄嗟に言葉が出なかった。
ただ、なんでそんな、とその程度でしかない言葉が、紡がれることもなく唇を模っただけ。
けれどそれも見越してか、続いて向けられた事実。

「そうは見えないと思うけどねー・・・おれ、いじめられてたんだ」

今度こそ言葉は出なかった。
唇すら動かすことができなかった。

「原因はねー、俺がクラスで一番人気の子に、告られちゃったから」

そんなことで?
その程度のことで?

俺はどんな顔をしていただろう。
河合はゆっくりと顔を上げると、こちらを見て眉を下げて力なく笑ってみせた。

「ああいうのって、段々エスカレートしてくんだよね。んで、最終的には、学校の裏の、もう使ってない旧倉庫行き」

誰も助けてくれなかったのか?
思わずそう訊きそうになった。
けれど今の河合を見ればわかることだ。
そんな重度の暗所恐怖症と閉所恐怖症になる程、根深い心の傷になる程、それ程の恐怖の中で丸二日間閉じ込められたんだ。
その間誰も河合を助けようとしなかった。

思わず無意識に拳を握ったら、こんな時ばかり聡く気づかれて、困ったような顔で頭を振られた。

「でも、平気になってきてたんだ。この事務所入ってから・・・」

言われて、河合が事務所に入ったばかりの頃の記憶を引っ張り出してみる。
俺は既にその頃事務所にいたから、河合が入ってきた頃のこともうっすらとではあるけれど、憶えている。
でもうるさくて生意気そうな奴、その程度の感想しかなかったはずだ。
まさかそんな傷を負って入ってきたなんて知らなかった。

「あの後俺、完全に引きこもりになっちゃってたからさ、お兄ちゃんが勧めてくれたんだよね」
「・・・そう」

結局そう頷くしかできなかった。
他に何を言えることがある。
当事者でもない、その頃を知っているわけでもない俺が、何か言えることじゃない。
それこそ、今の河合を見ればわかる。
そこまでになるのにこいつは自分の力で乗り越えてきたんだ。
今下手な同情を向ければ、それは治りかけた傷を抉ることになる。

けれどそこで思わず黙り込むと、河合はまた俯いてしまう。
河合が何故そういう姿を見せたがらないかわかった。
今になれば思う、いつもいつも明るく誰にでも人懐こいのは・・・いっそ不必要な程に周りに明るく見せるのは。

「変なとこ、見せちゃって、ごめんね」

そうでなければ、乗り越えられなかったんだ。
簡単に人の心に深い傷を残せる、そんな人の悪意を。
周りの人間全てを好きにならなければ、好きになってもらえなければ、いつ何時襲いくるかわからない悪意に怯える自分を乗り越えられなかった。

「・・・でも、五関くんがいっしょで、よかった」

俯きながらも掠れた声で確かにそう言った、その所在なさげな小柄な手を、気づけばぎゅっと掴んでいた。
今自分に言えることなど何もない。
いや、ついさっきまで何もなかった。
けれど、その一言があるのがせめてもの救いだった。
俺がいるからと、そう言ってくれるのなら。
俺も言えることが、できることが、確かにある。

恐る恐る上がる顔。
俺はその場に改めて腰を下ろし、指を絡めて握りなおした。

「どうしよっか」
「え・・・?」
「このまんま、エレベーター動かなかったら」
「ちょ、こ、こわいこと言うなよっ・・・。やめてよまじでー・・・」

なんでわざわざ怖がらせんの?と、河合はむくれた顔で半分睨むように俺を見た。
それにふっと笑って握った手を見せ付けるみたいに上げてみせた。

「まぁ、丸二日くらいはいけるよ。たぶんね」

それにぽかんと開いた口が随分と間抜けていた。
けれどはたと我に返ったように口を何度か開けたり閉じたりすると、何度も目をパチパチと瞬かせて、掴まれたのとは逆の手で忙しなく耳朶をいじる。
そして、また少しだけ俯く。
思わずそっと覗き込んだら、目元を染めてふにゃんと笑っている顔があった。

「じゃあ、いっかぁ・・・」

いや、よくはないよお前。
そんなことを反射的に突っ込みそうになったけれど、呆れたように笑うだけにしておいた。
その顔がちょっとだけ可愛いと思ったから。
・・・なんて、言わないけどね。
だから代わりに握った手に力をこめた。

「無事出れたら、ケンタ食べにいこ」
「ん、りょうかーい」

うっすら笑ったかと思うと、次の瞬間には俺の肩に重みがかかった。
その柔らかな髪が頬の辺りをくすぐる。
暗闇に紛れてその頭を抱き寄せた。





結局俺達が救出されたのは、その30分後。
ようやく動き出して、開いた扉から飛び込んできたのは藤ヶ谷と横尾だった。

「ご、五関くんっ!河合っ・・・!よ、よかった・・・!」
「マジ心配したよ!エレベーター動かなくなって、閉じ込められてるって言うしさ!」

どうやら俺が押した緊急ボタンはきちんと作動していて、向こうにも俺の声は聞こえていたらしい。
けれどスピーカーの不調だったのか、肝心の向こうからの声はこちらに聞こえず、向こうで復旧作業を必死にやっているのも俺達は全然知らなかったんだ。
そしてその際録音されていたらしい俺の声を残った人間が聞かされ、藤ヶ谷と横尾は俺達二人だとわかったらしい。

「お前ら遅いよ。普通に」
「ねー、おれお腹すいたー」

座り込んだままで胡乱気に二人を見やる俺らに、藤ヶ谷と横尾は軽く呆気にとられたように顔を見合わせる。

「えー・・・なんだ、ぜんぜん余裕じゃん!横尾がさ、きっと二人とも不安だろうからって言うから焦ったのに!」
「だって、さすがにエレベーター閉じ込められたらビビるだろ!?・・・っつか、お前ら態度わりーんだよ!俺らだって超がんばったっつーの!」

横尾が不満気にそんなことを言うのに、俺と河合は顔を見合わせて笑った。

「じゃ、ケンタは藤ヶ谷と横尾の奢りってことで」
「あっいいね!お二人ともゴチになりまーす!」
「はぁ!?なんでだよ!」
「ふざけんなお前ら!」

喚く二人を後目に、未だ繋がれた手と手はそれでも離れることはなかった。










END






捏造ひどいわーーー。とにかくそれに尽きるな。
元ネタがどこからきてるかと言えば、こないだの3誌なんですけども、ええ、モゴモゴ。
それがいつのまにやらこんなえらいことになっていました。出来心です。
でも正直こういうごっち先生は実は書いてて楽しいです。
こういうフミトも書いてて楽しいです。
やっぱ五河はいいなあー。
(2007.8.12)






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