ランナウェイオーバーナイト










振動する携帯のディスプレイに表示された名前を見て、横尾は思わず眉根を寄せた。
けれどそれとは裏腹に親指はさっさと通話ボタンを押す。
仲間内から少し離れて携帯を耳元に当てると、随分と聞き慣れた声が特にいつもと変わらぬテンションで響いた。

『あ、おれおれ!』

そう、いつもと少しも変わりはしない。
少しは気にするフリくらいしろよこの野郎、とぼやくように思った。
けれど横尾の内心などお構いなしに、電話越しの大きな声は平然と言う。

『あのさー、今お前の地元にいるんだけどさ』
「はぁ?」
『今日泊めてくんねー?』
「お前なぁ、いきなり電話してきてそれかよ」

こっちの都合もお構いなしで。
いつものことながら勝手な奴。
そもそもよく今日そんな電話をかけてこれるもんだとも思う。

『だってもう帰んのめんどくさいんだもん』
「帰れよ大人しく」
『ここからじゃうち遠いの知ってんだろー?』
「あーめんどくせー奴だな!」
『いいじゃん泊めてよ横尾ー』
「・・・なんだよ、A.B.C.のみんなはどうしたんだよ」

そうだ。
今日は元々の自分としていた約束を蹴って、メンバー四人で先輩のコンサートを見に行ったのだ、この薄情者の恋人は。
そのくせこんな電話を自分に寄越すようなありえない奴には、このくらい低めのトーンを向けたっていいはず。
むしろもっときつく言ってやってもいいくらいだ。
しかしやはり返ってくる声はあっけらかんとしたものだった。

『ああ、さっき帰った』
「なんでその時一緒に帰んねーんだよ!」
『だって三人とも全然方向違うし』

どうせならその三人の内の誰かに泊めて貰えばいいだろ・・・とは言いかけて止めた。
こうやってグダグダ言ってたって無駄だと思ったから。
携帯越しにいくら渋ってみせたって、同時に結局バイクの鍵をポケットから探り当てているようではどうしようもない。
横尾は手にした鍵をじっと見つめて苦笑するしかなかった。

『よーこーおー?』
「・・・んで、今どこ」
『あっ、うん、あのー、あそこ、あそこ、お前んちの最寄り駅のすぐ傍にほら、コンビニあるじゃん?』
「ああ・・・あそこな、角のとこだろ?」
『そうそう』
「そこにいんの?」
『うん!』

気にした様子もない嬉しそうな声。
少しは悪びれろと思う。
そのくせその嬉しそうな声を聞くと、まぁいいかと思ってしまう自分も確かにいたりする。
や、よくはねーだろ、と思う自分もいるにはいるのだけれども。
結局行動が一番素直に自分の気持ちを示してしまっているのだから。
横尾は一応、と軽く思考を巡らせるようにして首を回し、目に僅かにかかる前髪を大きくかき上げると、「今から行くわ」とだけ言って電話を切った。

携帯をしまうと仲間達の元にいったん戻る。
今日一緒にいたのは地元のバイク仲間で、用事ができたと言って帰る旨を伝えたら、その内の一人に「なんだ彼女か?」とからかうように言われた。
横尾はヘルメットを手にしながら「まぁ、そんなもんかな」と軽く濁すのだった。







言われたコンビニまでバイクを飛ばしてみれば、河合は塀の所に座って呑気にアイスを食べていた。
そして横尾の姿を認めた途端にあの甲高いトーンで笑うのだった。

「なんだよお前、ヤンキーみたいだなー」
「うっせー。どこがだよ」
「見た目、見た目」

そう言っておかしそうに指差される。
確かに今日はバイク仲間とツーリングに出かけていたから、いわゆるライダーススーツというものを着てはいるが。
それでヤンキー呼ばわりは若干納得いかない。
ぴったりと身体にフィットした黒いそれは我ながら気に入っているものだったから余計に。

「お前ね、どうせならライダーって言ってくれる?」
「ライダ〜?ていうかさ、横尾は顔からしてなんかヤンキーっぽいんだよね」
「んだとー?」
「そのメッシュとかさー。マジヤンキーだよね」
「このメッシュは俺のこだわりなの!」
「んふ、確かに横尾っぽい」

自分から言い出しておいて、あっさりと納得したように楽しげに頷く。
河合は残り僅かのアイスバーを頬張りながら、脇に置いてあった小さなボストンバックを手に立ち上がる。
その時ふと視線を感じて横尾はそちらを向いた。
そこには、店を挟んで向こうの塀の前にたむろするいかにも柄の悪そうな数人の男。
恐らくまだ横尾や河合よりも年下だろう。
男達は胡乱気な視線で軽く威嚇するようにこちらを見ている。
横尾にとっては地元なので見たことのある顔も中にはあった。
時間ももう深夜に差し掛かる頃だ、あの手のよくない連中も出てくる。

「・・・河合」
「ん?」
「お前、絡まれたりしなかった?」
「え?や、別に」
「ほんとに?」
「ほんとだって。俺アイス食ってただけだもん」
「・・・そんならいいんだけどさ」

バイクを飛ばしてきてよかったかもしれない、と横尾はうっすら思った。
まさか顔が知れているわけでもないとは思うが、ここら辺で見慣れない若い男がうろうろしていたら、それだけで十分に絡まれる対象にはなり得る。
ここら辺の治安は案外よくないのだ。
どうせなら店の中で待っているように言えばよかったかもしれない。
刺激しないように軽く向こうを窺いつつそんなことを考える横尾を後目に、河合はアイスを食べ終わるとボストンバックを肩にかけて同じようにそちらを見た。
どうやら気付いていないわけではなかったらしい。

「横尾、行動までヤンキーになったらダメだよ」
「・・・バッカ、なんねーよ」
「無視が一番だって」
「そんでもふっかけられたらしょうがねーじゃん。やるしかねえ」
「血の気多いな〜!」

大口を開けてきゃらきゃらと笑う。
そんな声を出すと相手を刺激するというのに、本当に判っているんだか。
とりあえず本気で絡まれる前に、と横尾は河合の手を引いて停めたバイクの元に向かう。
駐車場に停めてあるバイクを見ると、河合は途端にパッと目を輝かせた。

「あ、久々だなー!」
「あー、そうだっけ」
「そうだよ。最近遊んでないし」

そりゃお前がメンバーとばっか遊んでるからだろ、と反射的に思った。
そして言わずともそれが通じたのだかどうなのか。
しかし通じたのだとしたら通じ方が間違っているとしか思えない。
横尾の後ろに跨りながら、河合は今日メンバーと共に観たコンサートのことを楽しげに話し出すのだった。
本来ならば横尾と約束していたそれのことだ。

「マジすごかった!なんかさ、3Dの眼鏡とかみんなですんの」
「へー・・・」
「それかけて観るとさ、キムタクが飛び込んでくんの!」
「ふーん・・・」
「もーみんな大はしゃぎだった。五関くんとかさー、めっちゃ楽しそうにしててさ!」
「五関くんねぇ・・・」
「あの人あれで結構子供っぽいとこもあんだよねー。はしゃいじゃって可愛いの!」

お前に可愛いって言われてるって知ったら凄く嫌がりそうだけど。
横尾がそんなことを思ってエンジンをかけると、それを合図に細い腕がぎゅっと腰に廻された。
当然のように背中に押し当てられた顔がそれでも喋り続けるから、妙な温もりと振動がくすぐったい。
その感覚が好きだから文句が言えないのだと、そう判ってやっているのだとしたら大概タチが悪いとも思った。

「横尾も今度行こうな!」
「・・・お前、よく言うよなぁ」
「ん?なんだよー」
「俺よりメンバーとったくせにー?」
「はぁ?なんだよそれー」

目の前を向いたままそんなことを言う横尾に、ライダーススーツの裾を掴んでこちらを向かせるように引っ張ってくる。
正直あまりこういうことは言いたくないし、そこまで実際拘っているわけでもないのだけれども。
せめて話題に出さなければいいものを、こうして堂々と話されるとちょっとは言いたくもなると言うものだ。

「お前、ほんっとにメンバー好きだよなー」
「当たり前じゃん」
「あっそー」
「特別だもん」
「あーそうだねー」

比べる次元が違うのは横尾にも判っている。
それは自分とてそうだから。
ただ河合が以前取材で「メンバーは家族でも友達でもない」と発言していたのを知っているだけに、その感覚が自分のそれともまた違うとも薄々感じてはいるのだ。

「みんなとは、できるだけ一緒にいたいし、いないとダメじゃん」
「・・・ま、そんなもんかね」
「そんなもんだよ」

平然と言ってくれるものだ。
しかしそこに単なる自分勝手とかわがままではない、現実的な思考も垣間見えるからこそ、横尾はもうそれ以上何も言わない。
先輩のコンサートを観ることは、イコール自分達の経験になる。
そしてそれは仕事に直結することでもある。
だからできるならグループのみんなと観た方がいい。
同じ場所で同じものを観ることがそのままグループの経験値になる。
こう見えて仕事に対しては真面目で貪欲なこいつらしい、と思ったらそれ以上など言えるはずもない。
こいつが本当にただのわがままなバカだったら良かったのに・・・とはさすがに思わないけれど。
色々難しいなとは時折感じる。

「・・・わたるー」
「あ?」

掴んだ裾をもう一度引っ張られる。
ちらっと後ろを振り返ると、心なしか不満げにとんがった口。

「スネんなよー」
「なんだよ、拗ねてねーよ」

むしろそっちこそ拗ねてんじゃねーか。
なんとなく手を伸ばしてその髪をぐしゃぐしゃと混ぜるように撫でてやる。
すると軽く目を細めて心なしか気持ちよさそうにしながらも、河合はその手を掴んでぐいぐいと引っ張ってくる。
自然と振り返り様に引き寄せられるような形になって、横尾はその顔を覗き込んでみる。

「ちょ、なんだよ。なに?」
「・・・なんか、お前肝心なとこで鈍いからやだ」
「はぁ?なにがだよ」
「早く気づけっての」
「だからなにが、」

続きは言えなかった。
河合はバイクに跨った状態から少し背伸びをして、覗き込んでいた横尾の肩に片手を廻したかと思うと、小首を傾げるように唇で触れた。
チュッと妙に軽い音が夜風に響く。
それからようやく自覚する、その柔らかな下唇の感触。
同時に、長い睫が瞬いて、黒目がちな瞳にじっと上目気味に映されるのが横尾にも判った。

「別に宿替わりにしたくてわざわざ来たんじゃない」

そっと落ちたトーンは夜の闇に溶けるように耳元に響く。

・・・バカ。判ってるよ。決まってんじゃん。
そんなことは思いつつ、横尾はもう一度髪をくしゃりと撫でてやりながら見つめ返して言った。

「宿替わりにさせるつもりもねーし」

それには軽く吹き出すように笑った。

「あー、そうなんだ?」
「当たり前じゃんお前」
「じゃあデートすっか!」
「今からかよ」
「ドライブ、ドライブ!」
「あー、そんならいいか」
「ライダーさん、俺をドライブに連れてって!」
「ヤンキーですけどいいですかー」
「あははっ!オッケ!」

再び腰にぎゅっと腕が回される。
その暖かく強い感覚を確かめて、横尾は前を向くと再びエンジンをかける。
バイクはそのまま加速度をつけて走り出す。
握ったハンドルに力を込めた。


判ってる。
そのくらいは判ってる。
だってそれは自分も望むことだから。

攫っていいって言われなくても、攫ってやるよ。










END






わかりやすく早速わたふみ。そしてわかりやすく例のネタ。
ジュニアコンMCにおける、フミトが渉との約束蹴ってメンバーとスマップコン見に行った挙げ句の果てに
夜になって渉に泊めてって電話してきて渉が文句言いつつ迎えに行って泊めてあげたっていうアレ・・・(繰り返すだにすごい)。
もう単なるカップルでしかないですけど。
まぁ実際本人らが単なるカップルでしかないからしょうがない。
ていうかわたふみ超楽しいよどうしよう!
(2006.9.3)






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