先生にも内緒










そう言えば5時間目はこの人の授業だった、と河合と藤ヶ谷は今更に思い出しながら職員室の廊下前に立たされていた。

「お前らなぁ、青春するのはいいが勉強も大事だぞー?」

二人の前には両腕を組んで眉根を寄せている青年教師がいる。
細くて下がった目がとても特徴的で愛嬌のある顔立ちだ。
その教師は河合と藤ヶ谷を交互に見やると、仁王立ちでうんうんと盛んに頷いてみせる。

「午後の授業がめんどくさいのはわかる!腹もいっぱいで眠くもなるもんだ!でもだからってなぁ、さぼっていいってことにはならないんだぞ?」

その決して頭ごなしではない物言いや、どこかドラマの熱血教師を彷彿とさせる調子は、むしろ二人のようなそれなりの不真面目さのある生徒には懐かれるタイプだ。
事実この教師、井ノ原は生徒に理解があると評判で、慕う生徒は数多くいた。
当然のように河合や藤ヶ谷もその例に漏れないし、二人が所属する百識団の顧問でもあるので、気心はかなり知れていた。

「ていうかイノッチせんせー、昼休みも部室開けといてくださいよー」

河合は特に悪びれることもなく、未だ緩められたままのネクタイの端を細い指先でいじりながら首を傾げる。

「そうそう、屋上とかマジ暑いんですよ。日差しやばいっていうか」

藤ヶ谷は片手をポケットに突っ込んで、もう片方の手で少し乱れたトレードマークの前髪を整えている。

そんな二人の様に、井ノ原は若干大袈裟に肩を竦めながらため息をついた。

「お前らなぁ、とりあえずもうちょっとシャキッとしろ!心頭を滅却すれば火もまた涼しだぞ、河合!藤ヶ谷!」

そんな井ノ原の言葉にも、二人は互いに軽く顔を見合わせるだけだ。
ただ基本的に言う程問題児という程ではなく、そこそこに不真面目で、それ以上にいつも人の中心にいるような二人だ。
それになんだかんだとやる時はやるし、根は善良だし、何よりその明るさや人懐こさを井ノ原も気に入っていたから、実際のところあまりうるさく言うつもりはなかった。
しかしそれはそれとして、やはり授業をさぼった以上教師としてお小言の一つや二つは言っておかなければならないのだ。

「だいたいな、そんなに暑いんなら屋上なんかいないで教室帰ってこい。むしろ教室の方がよっぽど涼しいだろ?」
「えー?でもー」
「とりあえず最悪教室で寝てろ」
「それもどうなんですか?」
「カトカンがな、探しまくってたぞー?」

5時間目開始のチャイムが鳴っても3年3組の教室でウロウロしていたのは、1年生の加藤だ。
昼休み中二人を探して学校中のあらゆる場所を駆けずり回ったらしいが、それでも見つからなかったのだと首を捻っていた。
加藤もまた百識団の団員であり、団長の藤ヶ谷と団員の河合をとても慕っているから昼休みにはそうしてしょちゅうやってくるのだ。

そんな井ノ原の言葉に、河合と藤ヶ谷は再び目を見合わせてどこかおかしそうに笑い合った。

「だってね、聞いてくださいよせんせー」
「は?どうした河合」
「藤ヶ谷がすんごい寝相悪いんだって!」
「寝相?なんだ、藤ヶ谷は寝てたの?」
「そうそう、俺ヤサシイからずーっと枕になってあげてたの」

自分の膝の辺りを手のひらでポンポンと叩いてみせながら、河合は大袈裟に頷いてみせる。
そんな様に藤ヶ谷は軽く口を噤んで笑いを堪えているようだ。

「でも、河合だってひどいんですよせんせー」
「今度は藤ヶ谷か?」
「俺がきもちよーく寝てんのに、河合のヤツ散々ちょっかい出してきてー」
「へ〜、河合はいたずら小僧だなぁ」
「だから俺、散々邪魔されたんだって」

軽い疲労感を解すように肩の辺りを自らの拳叩きながら、藤ヶ谷は小さなあくびをかみ殺す。
河合はそれを見て何か含むように表情だけで笑っている。

井ノ原はもう一度二人を交互に見ると、それ以上何か言うのを諦めたように頷いてから、しみじみと呟いた。

「・・・しかし、お前らは本当に仲がいいなぁ」

いつでもどこでも一緒の河合と藤ヶ谷。
それはこの学校では有名だ。
でもだからと言って、と井ノ原はおかしそうに笑う。
その細く垂れ下がった目を更に下げて、ただ純粋に微笑ましげに。

「虫に刺される場所まで一緒ってなぁ」

しかしその瞬間、河合と藤ヶ谷は咄嗟に互いを見た。
夏とは言え些か開きすぎなその胸元は、河合はいつものこととして、藤ヶ谷には割と珍しい。
その左鎖骨の下辺りに、似たような赤い痕。

「あー・・・いつ刺されたんだろなー、藤ヶ谷。お前が寝てる時かな」
「んー・・・いつだろ、お前がちょっかい出してきた時じゃない?」

しかし二人はまた互いを見ている間に何かおかしくなってきたのか、クスクスと小さく声を出して笑い合う。
そんな様に、井ノ原は特にわかっていないのか、しみじみと頷く。

「仲良きことは美しきかなってやつだな、うんうん。でも授業はちゃんと出ろよーお前ら!」
「はーい」
「わかりましたー」

河合と藤ヶ谷はそんな風に良い子の返事をしながら、揃ってニコニコと笑う。
そしてそんな二人を探す声が再び廊下向こうに響いていた。










END






高校生ガヤフミが楽しかったのでうっかり続きっぽいものを。
ていうかイノッチ先生出したかっただけなのは一目瞭然すぎます。
ふう満足!(間違い)
(2007.10.14)






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