煌めく刹那が胸を灼く










「にーか」
「・・・」

いつもと変わりない声音。
けれどすぐ間近で聞くとハスキーで甘い声。

「にかー?」
「・・・なに?」

二階堂は掠れるような小声で答えた。
少しばかり距離が近すぎると思う。
けれど今廻されたその細い両腕から逃れる気には到底なれない。
だから仕方なしに目の前の狭い肩口に顔を埋める。
それすらも子供のようでなんだか嫌だったけれど、同時にそうやって抱きしめられるのが嬉しくもあった。

「今日さ、帰り一緒にご飯行こっか?」

わかりやすい慰めだと思った。
今の自分のような相手を前にした場合考えられ得る中では、至極わかりやすい行動だ。
ただそれでも直接言葉にはしない。
言葉にすることが二階堂のプライドを傷つけることを判っているからかもしれない。
そのくせ放っておくという選択肢はやはりないのがこの相手だ。
周りの仲間の誰が泣くのも見過ごせない。
けれどそんな真っ直ぐさが、隠しようもなく伝わってくる優しさが、二階堂の喉の奥を引きつらせる。鼻をツンとさせる。目の奥を熱くさせる。

「・・・郁人のオゴリだよね?」

薄い胸に顔を押しつける。
けれどそこで相手の匂いを感じて二階堂はまた瞳から雫を溢れさせてしまう。
二階堂は慌てて顔を離そうとした。
折角新曲のために用意してもらった相手の衣装が濡れてしまうと思ったからだ。
けれど河合は無言でそれを遮った。
その小柄な手が二階堂の黒い頭を押さえ付けるようにして、更にギュッと自分の胸に強く押しつける。
少しだけ苦しかった。
逆に自分からも強くしがみついた。

「おー、おごってやるよー。任せろ、余裕」
「うそつけ・・・いつもピンチのくせに・・・」
「それがさー、こないだ買い物行きそびれちゃったから、ちょっとだけ余裕あんだなーこれが」
「・・・じゃあ、めっちゃ食べる」
「あ、でもちょっとは遠慮して」
「なんだよそれ・・・今、いいって言ったじゃん・・・」
「あー、育ち盛りにめっちゃ食べられたらやばいってことに、今気付いた」
「だせーの・・・」

二階堂は小さく鼻をすすり、腕に力を込めた。
けれどこんな情けない状態で気持ちを自覚するなんて、自分こそださいと思った。

どんなに辛いことがあってもステージで泣くなんてありえない。
けれど悲鳴を上げた心がそんな二階堂の幼い矜持を無惨に踏みにじろうとした時、咄嗟に伸びたその細い腕。
守るみたいに黒い頭を抱えて、ふざけた調子で絡む振りをして、ちょうどはける場面だったからと無理矢理ステージ裏に連れてきてくれた。

三つ年上で先輩とは言っても、あまり先輩ぶるでもなく、子供っぽいタイプだから思ったこともなかった。
けれどやっぱり年上なんだと思った。
そしてそんな言葉では説明できないくらい思いやりのある人なんだと思った。
けれど同時に酷い人だとも思った。
どうしようもないこの気持ちに無理矢理気付かせてしまったのだから。

こんな情けない自分はもう忘れようがない。
だとすれば、この瞬間自覚した燻るようなこの気持ちも、もう忘れようがないではないか。

「郁人・・・?」
「ん?」
「知ってる・・・?」
「え?」
「ねぇ、知ってる・・・?」
「なに?なにを?」

あんたは知らないだろうな。
俺が今、この瞬間、もう戻れない場所に来てしまったこと。
本当はずっと昔から憧れてたこと。
あんたみたいに踊れたらいいと思っていたこと。
あんたがもう何年も前にくれたジーパンを今でも大事に持ってること。
グループが別になって少し残念だったけど、逆にステージ上の自分を見て貰えるようになって嬉しかったこと。

「郁人」
「・・・ん?」

いつもみたいに相手なんかお構いなしで喋ればいいのに、こんな時程喋らない。
自分よりも付き合いの長い、相手と同じグループのメンバーや、また自分のグループの兄貴分達は、こんな河合を知っているのだろうか。
知っているのだとしたら、もう見ないで欲しい。
所詮は、いつも小生意気な弟分のこんな珍しく弱った状態を放っておけないから慰めているだけだとしても。
自覚したらもう手を伸ばすことは止められない。
でも今言うべきことではないことはさすがにわかっている。
むしろ今言えることでもない。

「・・・ありがとう」

今言うべきことはそれだけだ。
守ってくれてありがとう。
気付かせてくれてありがとう。

「なーんだよ、珍しく素直だなー?」

けれど言葉程ふざけるでもなく、ただポンポンと背中を軽くあやすように叩かれた。

その手が自分だけのものではないことなんて知っている。
本当の意味で誰のものなのかは生憎と知らないけれども。

小さく息を吐き出したら、無言で頭を引き寄せられた。
何かと上げようとした顔はまたしても遮られる。

「・・・二階堂」

耳元で潜められた低めの声は、優しく、同時に真っ直ぐに響いた。
まるでこの胸の奥に熱い何かを刻むように。

「今日を忘れんな。でも引きずるな。・・・必ず上へ行けよ」

はい。必ず。
二階堂は言葉はなくとも頷いた。

そしていつか必ず、あんたのすぐ傍へ。










END






あけおめコンでね、真偽は定かではないもののニカちゃんに辛いことがあったっぽく(詳しくは控えますが)。
それをフミトが慰めるみたいに頭抱きかかえるようにしてはけてったっていう、そんな話が元です。
ほんと真偽はどうかわからないんですけど。私自身はフミトばっか見てただけに、そのシーン自体は目撃してるわけで・・・。
本当にそうだとしたら、フミトは本当に優しいし男前だなーと思って。
なんかいいなぁと思っていたら、こう、うっかり過去記事のニカフミとか色々思い出してしまったという、どうなのそれっていう事態に(笑)。
二階堂が小さい時フミトのダンスに憧れてるって言ったり、フミトから貰ったジーパンを宝物にしてるって言ってたり、ね、実際色々あるから。
その上この度の「郁人呼び」が明らかになってしまうとなんかもう。
やー・・・なんか色々申し訳ないと思いつつ、ますますいいなぁと思ってしまった感じです。
(2007.2.2)






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