それはただのありふれた恋だけど










朝方の突然の電話。
これで何度目だろうか。

「おはよーございまーす・・・」
「はい、おはよ。今日もひっどい顔してんな〜」

そう言っていつでも凛々しく整ったその顔が笑うのが、携帯のディスプレイに映っている。
そう、これは電話は電話でも、携帯のテレビ電話機能を使っているから相手の顔が見えるのだ。
所詮は携帯の付属機能なので画質はあまりよくないし、その動きも滑らかとは言いがたいから、普通は興味本位かお遊びで何度か使ってみる程度のものだろう。
しかし滝沢はある時から、こうして唐突に朝方電話してくる時は何故か毎回テレビ電話だった。

「んんー・・・すいません。可愛くないどころかブサイクな顔をお見せしまして・・・」

起き抜けで目を擦りながらの寝ぼけた声ながら、河合はいつものようにふざけた調子で返す。
するとディスプレイの中の整った顔がふっと笑った。
ホントいつ見ても男前、と河合は未だ寝ぼけた頭を持て余しながらぼんやりと思う。
早朝でも真夜中でも、たとえどれだけ疲れていても変わらないそれこそが、まさに本物のスターというやつなのだろう。
舞台で映える、高くもなく低くもない耳通りの良いその声すらもそう感じる。

「だから、ブサイクではないよって。お前、俺の連載見てないのかー?」
「あっ、いや、読んでます読んでます。もちろんっ」

そう言えば初めてこうしてテレビ電話がかかってきた後、自分達の連載ページでそのことを書いたら、その日の内に滝沢の連載で返事が返ってきたのだ。

「ほんとに見てんのか?」
「ホントですって!俺っ、滝沢くんの連載大好きですもん!」
「調子いいからなー、お前は」
「いやいやいや、これはほんとにほんとなんでっ」
「ま、ブサイクではないけど、寝癖はひどいな」

言われて咄嗟に自分の頭に手を伸ばす。
すると見事にてっぺんの辺りの髪がひょこんと跳ねているのがわかって、河合は携帯を持ったのとは逆の手でいそいそとそれを撫で付ける。

「もー、これはね、しょうがないんですよ。癖毛の宿命なんですって」

生憎と今手近に鏡がないから見えはしないけれども、自分の髪の朝の状態など当然知っている。
だからそれが先輩に見せられるような状態ではないことくらいよくわかってはいたが、こればかりは起き抜けの突然の電話だったのだから致し方ない。
寝起き自体は悪くはないし、すぐさまいつも通りの調子で喋ることはできるが、さすがに髪はある程度整えるのに時間がかかる。

「あー、お前いつもセット大変そうだもんな」

当然のようにそう言う滝沢はそれをよくわかっているのだろう。
後輩、しかもジュニアともなれば数多いるが、彼はそのかなりの数を憶えているし、特に可愛がっている近しいジュニアに関してはその性質や嗜好に至るまで事細かに把握している。
そこら辺、後輩の面倒見が異常なまでにいい滝沢ならではだ。

「それより、どうかしたんですかー?」
「ん?どうかって?」
「や、だから、なんか用なのかなって」
「別に用はないよ」
「あ、そうなんだ」
「単に河合の声聞きたくなっただけ」
「・・・あっは、マジっすか」

当然のような顔でそんなことを言う様すらキマりすぎていると思う。
その顔でそんなことを言われたら、世の中の女の子はイチコロだろうとも思う。
いや、それは何も女の子ではなくたってそうだ。
事実この事務所には滝沢に憧れている少年・青年など山程いて、中にはそれを憧れ以上のものに発展させてしまっている奴だっている。
けれど滝沢は数多向けられるそんな視線や感情の実体気づいているのかいないのか、それはわからないけれども、少なくとも自分に懐いてくる人間には無償とも言える程の愛情を注ぐから、更にそんな人間は増えるばかりなのだ。
そこら辺をよく知っているだけに、河合は内心「罪な男っていうのはこういう人のことを言うんだな」としみじみ思う。

「あー・・・じゃあ、何かお話しましょっか」

一応考えはしたけれども実際どこかずれたようなその返しに、滝沢は軽く吹き出すように笑った。

「おー、なにお話しよっか?」
「ええー・・・と、それじゃあ・・・・・・翼くん、元気ですか?」
「おーいっ、お話って翼のことかよ」
「いやまぁ、翼くんのことなら滝沢くんに聞くしかないと思って」
「そりゃ、だいたいのことはわかるけどさ」

当然のようにそう言う滝沢の深い愛を最も注がれているであろう、彼の相方。
デビュー前から既にジュニア内のカリスマだった滝沢を支えられる唯一の存在なのだから、その相方に対する滝沢の愛情の大きさたるや事務所内で知らぬ者などいない程だ。
そしてその上でなお、数多いる後輩達にもこれ以上ない程の愛情を注ぐ滝沢の、その愛情の底はないのだろうかと河合はよく思う。
それこそ、自分とは存在自体が違う。
まさにブラウン管の向こうのスター。
その後ろで踊らせて貰っていることすらも、もはや奇跡のように思える程の。

「なに、お前もしかして翼ブーム?」
「あーそうかも。翼くんてほんとかっこいいですよねー。もう、歌もダンスもめちゃくちゃ上手いし、スタイル抜群だし、顔かっこいいし、何気に面白いし!結構パーフェクトじゃないっすか?」
「はいはい、どうせ俺は翼と比べて歌もダンスもダメだしスタイルもよくありませんよ」
「あっ、うそうそ!そんなこと言ってないですって!滝沢くんめっちゃかっこいいですって!」
「なんでお前が言うと嘘くさく聞こえるんだろうなー」
「えっ、ちょ、ひどいっすよ!俺本気の本気で言ってますって!」

寝起きの状態からすっかりいつもの調子に戻って捲くし立てる河合に、ディスプレイに映ったその顔は何故か小さく苦笑した。
それに河合は目敏く気づいて目を瞬かせ、さすがにうるさかっただろうかと咄嗟に口を噤んだ。

「お前って、変わらないんだな」

その耳心地の良い声が、確かに持たせた含みのようなもの。
常とは違う、それはあの朝初めて電話を受けた時と似たような、その響き。
普段喋っている時とは違う、歌っている時とも違う、芝居をしている時とも違う。
他にこんな声を聞いたことがある人間はいるのだろうかと、思わずそんなことを思ってしまうような。
けれどそれは河合には窺い知れぬことだし、もしかしたら彼の唯一無二の相方や、もしくは数多いる彼を慕う後輩の誰かは知っているかもしれない。
いや、きっと知っている。
自分だけでいて欲しいと思うような、そんな声なだけ。

「河合」
「・・・はい?」
「俺はさ、好きだよ」
「・・・はい」
「いくらそう言っても、お前は変わらないの?」
「・・・・・・」

優しい声だ。
その声が好きだ。
けれどそんな人間は数多いる。
そしてきっと、その声を向けられる人間だって。

「一応さ、告白のつもりだったんだよ、俺としては」

あの初めて電話がかかってきた朝、告げられた言葉。
凄く嬉しかった。
凄く幸せだった。
ただただ単純に。
それこそ、信じられないくらいに。
けれど河合はうんと言えなかった。

「その耳の色以外は変わらないんだな、お前は」

言われて河合は咄嗟に片手で耳を押さえた。
自らの感情に応じるようにすぐ染まってしまう耳はこういう時によくない。
それこそ、せめてただの電話ならよかったのに。
テレビ電話、なんて。
なんのために顔が見えない電話というものがあるのかと思ってしまう。
声だけならいくらでもテンション任せに取り繕えるのに。

「あー、の、俺も、好きですよ?」
「・・・そっか」
「そりゃ、憧れの滝沢くんですもん」

そう、みんなが憧れる滝沢秀明。
数多の後輩が思いを寄せる彼。
そしてそんな後輩達を大きな愛で包み込むような彼。

「河合。なぁ」
「はい?」

滝沢は優しく微笑んでくれた。
綺麗な顔、と河合はどこか遠くにそれを見た。
実際それは今目の前にあるわけではなくて、ただディスプレイに映し出されているだけなのだ。

「お前、何かお願いとかない?」
「お願い、ですか?」
「そう。なんでも聞いてやるよ」
「なんでもですか?さっすが太っ腹!」

本当に、本当に、面倒見がいい人だから。
それこそ何を言ったとしても、本当に叶えてくれそうだ。
少なくともそうしようと努力するだろう。
そういう人なのだ。
周りに愛情を注ぐことを自らの存在意義にしているような、そんな人なのだ。
河合はそう知っていたから、だからこそ頷けなかった。

「そうだなー・・・。じゃあ、」



『俺以外の誰も好きじゃないって、言ってください』



「・・・んー、やっぱ今特に思いつかないんで、また今度言ってもいいですか?」
「なんだよ、折角聞いてやろうと思ったのに」
「だって、なんでもって言われると逆になかなか思い浮かばないんですって!」

すっかり熱を持った耳を片手で隠すように触れながら、河合はディスプレイに向かって笑いかける。
滝沢はそれにどこか困ったような表情をしながらも微笑んで返す。
どこか愁いを帯びたそれが、まるで画質の悪いテレビを見ているようだと思った。
そこに映るのは、みんなが憧れる、そしてみんなを愛してくれる、テレビスター。

この後は、一体誰に電話をして、誰に会って、誰の目に映って、その微笑みを見せるのだろうか。

河合は彼の言葉を信じていないわけではない。
決して軽い気持ちでそんなこと言う人間だとも、ましてや嘘を言うような人間だとも思っていない。
そう、彼が悪いわけではない。
悪いとすれば、それは欲張り過ぎる自分自身だ。

「あ、やば、電池切れるっ」
「なんだよ、充電くらいしとけよ」
「いやだってテレビ電話って電池食うんですよ!」
「あー、じゃ、そろそろ切るわ」
「すいませーん!この借りは必ず返します!」
「お前日本語ちょっと間違ってるぞ」
「あーはいはいすいません、あ、もう切れるっ、それじゃすいませんが失礼しまーすっ」

満タンの電池マークが右上に映し出されたディスプレイ。
そこに映る整った顔は、河合が着信を切ろうとボタンに指をかけた瞬間、それでも優しく微笑んでくれた。

「・・・また、電話する」

その瞬間、反射的に河合の口が開く。
けれど何か言葉を発する前に、自らの指がボタンを押して通話を切ってしまった。
そしてディスプレイは見慣れた待ち受け画面に切り替わる。
河合はそれに目をうっすら細め、畳んだ携帯を寝乱れたベッドの上に力なく放り投げた。

もう届かないそこに向かって小さく呟く。
隠す必要もなくなった耳朶は未だ染まったまま。
さっきは堪えた目元すらも染めて。

「あなたが大好きなんです。・・・だから、好きって言わないでください」

他の誰かにするのと同じように、それこそテレビスターが視聴者に言うみたいに、好きって言わないで。
けれどそんな醜い声は画面向こうの彼には届かない。
それでもなお、そんな願いを伝えたら、彼はそれでも叶えようとしてくれるのだろうか。










END






なんであのネタをこんな話にするのかっていうね。
自分の捻くれ加減に一番びっくりしたわ!
そして何がアレって、あんだけ頭おかしい頭おかしい言うてるけど、なんだかんだとタキちゃんは包容力と男気のある優しいお兄さんだと思っているわけです。
タキちゃんもはや父性と母性両方兼ね備えてる勢いだろアレは。
そして欲張りフミト。フミトは健気なくせに欲張りで、欲張りなくせに健気だと可愛いと思う。そしてここぞってとこで臆病。
(2007.10.14)






BACK