青空に描く未来




















「天気いいねー」

そう言って青空に掲げた小柄な手。
細い指と指の隙間から太陽の光が漏れている。
まるでその手の内に光源を蓄えたように。

なびく風が柔らかな髪を揺らす。
キャラメル色のそれは太陽の光を吸って薄金色に輝いている。
後ろから見るとより判る細い身体が精一杯空に伸びをして、気持ちよさそうに声を上げた。

「たまには散歩もいいよね」

そう言って顔だけで振り返る。
長い睫がまた光を弾いて綺麗だと思った。
強い意志を宿した瞳はうっすらと撓んでいて、こちらを向いては何故かおかしそうに小さく声を立てて笑った。

「ちょっとー、そんなめんどくさそうな顔しないでよー。五関くんもたまには外出ないとカビちゃうよ?」

何もめんどくさいわけじゃない。
ただ眩しいだけだ。
陽の光を吸って暖かそうな、その何もかもが。

「あー、でも嬉しいな。今日時間とれてよかった」

再び前を向いて歩き出す背中と一定の距離を保ち、自分も歩く。
元々量が多いその髪は歩く度にふわふわと風に揺れ、見ていて飽きない。

言うように、忙しい日々の中で、こんな風にぽっかりと時間が空くなんてことは早々ないことだ。
しかもそれが今日であったことは確かに幸運としか言いようがない。

「誕生日ってさ、誰かに会いたくなるんだよね。まぁ、ここ数年は仕事で誰かしら会ってるんだけど」

ぼんやりと空を見上げながら歩く。
前も見ずただ真っ直ぐに顔を上げて。
何かに躓いても知らないよ。
19歳になったっていうのに、そんなバカなところは本当に変わらない。

「いいじゃんいいじゃん、五関くんがいるもん」

こけたらバカって笑ってやるよ。
後ろからそう言ってやったら、明るい笑い声が空に向けて放たれる。
またふわりと風が吹いて、舞った柔らかな髪と共に空に吸い込まれていきそうだった。

「今年こそはさー、車の免許とりたいな」

18歳になったら取ると散々言っていたけれど、結局仕事が忙しくて取りに行く暇はなかったようだ。
仮免取ったら五関くん隣に乗って教官やってね、なんて言われていたのを思い出す。
いくらなんでも仮免の助手席は勘弁しろよ、と言っていた記憶もついでに。

「そしたら、一緒にどっか行きたいね」

どっか、って。
どこ?
当然のように訊ねたら、ふわふわ揺れるキャラメル色の方から楽しげに含むような笑い声がした。

「それはないしょ〜。・・・そうだなぁ、ちょっと遠いとこがいいかも」

どこに連れて行かれるのか判らないから、それなら自分で運転する方がいい。
だいたいが、免許取りたての人間が運転する車で遠出なんて正直遠慮したい。
けれど河合の中でそれは何か意味のあることのようだ。

「だめ、俺が運転するの。だって俺が五関くんを連れていきたいんだもん」

でも助手席は正直暇だ。
手持ちぶさたになるのは目に見えているし、もしかしたら途中で寝てしまうかもしれない。
そうしたら後で確実に拗ねるのも目に見えている。

「えー、寝るのとかほんとなしだよ?俺だっていつも起きてるじゃん!」

それはいつもそっちが延々喋り倒しているからであって、わざわざ起きていようとしているわけでもないだろうに。
けれど楽しそうなその声は、既に免許を取った後のことを想像して弾んでいる。
空を見上げたその瞳にはそれが見えるのだろうか。

「山がいいかな、それとも海がいいかな。あ、でも海だと潮風で車さびちゃったりする?」

いくらなんでもそんな簡単に錆びたりはしない。
車ごと海にでも入るつもりなら話は別だが。
そう言ったら、また楽しそうな笑い声が上がる。

「あはは、いいねそれ!車でそのまま海入っちゃうの。
なんだっけ、なんかのSFモノ?でそんなのなかったっけ。水陸両用でさ、海入るとそのまま潜水艦みたいになんの!」

確かにそれは夢があるかもしれない。
もしかしたら、あと何十年か先には実用化される可能性だってある。
実際そうやって今当然のように使われているものは沢山あるのだから。

「そっかー・・・そうだよね。あー、どうせなら俺が生きてる内に乗れるようになるといいのに」

どうせ俺らの薄給じゃ買えないだろうけれども。
スケールは違えど、最近現実味を帯びてきた月旅行の相場を思い出すと思わずそんなことを考えてしまう。
すると少しだけ呆れたような声がした。

「もー、夢がないよ夢が」

むしろそんなにも夢を持っているとは知らなかった。
なんだかおかしくなってきてそんな風に笑ったら、また風が吹いてその拍子に振り返る。

「うん。そんでね、その時も隣は五関くんなの」

風になびいた柔らかな髪を脇に退ける手の仕草、それすらも陽の光に当てられて目に焼き付く。

その瞳にそうやって真っ直ぐに映されるようになったのは、一体いつからだっただろうか。
ふと考えてみる。
それは思い出せる範囲ではある。

河合は今日19歳になった。
今日もいつもと変わりなく自分と一緒にいる。
こちらを見て笑っている。

「五関くんと一緒に遠くに行って、山に行って星を見て、海に行ってたくさん泳いで、ついでに車で中まで入っちゃう。
・・・あ、それは水陸両用の車が出たらだけどね。あー、あと、みんなにお土産も買っていかないと」

そうして描かれる未来には、いつだって自分がいるようだ。
それこそ、水陸両用の車、なんて夢みたいな代物に乗れるようになる頃であっても。

この空が今は澄み切って晴れているように、描かれるそれも今は美しく夢に満ちたものばかり。
けれどいずれはどんよりと雲がかかり、土砂降りの雨が降り、時には予期せぬ雷すら落ちるかもしれない。

でも天気なんてそんなものだ。
誰だって知っている。
だからこそ、この澄んだ青空の美しさもよく知っている。

「いつか、一緒に行こうね」

青空を仰いで手を掲げ、閉じそうになる目すらもしっかり開けて。
蒼穹の瞳はそれでも自分を映す。
だからいつだって脆さの裏返しにあるその強さを信じる。


雲がかかる日は暗いそこを灯りで照らす。
雨が降る日は濡れた身体を温める。
雷が鳴る日は怯えぬように抱きしめる。


君があの青空にいつまでも望む未来を描けるように。










END