スウィート・ビター・スウィート
戸塚がスタジオ内を何気なく歩いていると、不意に横から腕を引っ張られ部屋に連れ込まれた。
続いて扉が勢いよく閉まる音。
何事かと目を白黒させてそちらを見ると、そこには何やら拗ねたように唇を尖らせた一つ年下の仲間の顔がある。
そしてその手には、ピンクの包装紙と赤いリボンで可愛らしくラッピングされた小さな包みが一つ。
「トッツー、一緒にチョコ食べない?」
その表情同様に声音もまた若干不機嫌気というか、どこかつまらそうに拗ねたもので、戸塚は当然のようにその理由を問おうとした。
けれどそう言われて、そう言えば今日があの日であることを先に思い出したのでうっかり聞きそびれてしまう。
そして同時に、そう言えばお腹が空いたなぁ、と思ったのでとりあえずこくんと頷いておいた。
「やっべなにこのチョコ超うまい!」
「やーこれもうまいよ!なんか中にイチゴっぽいの入ってんの」
「どれ?これ?・・・あっほんとだ!イチゴ!うま!」
戸塚が引っ張り込まれたのは、今日は誰も使っていない小さな控え室だった。
そのフローリングの床に転がって、河合と戸塚はそこら中に色とりどりの包装紙とリボンをばらまきながらチョコを貪り食べていた。
さすが時期が時期だけあって、普段は見ないような珍しいものが沢山ある。
特に渡してきた女の子達の心情を考えれば、ライバル達に差をつけてより美味しく珍しいものを、と選んだきたのだろうからそれはある意味当然だった。
いかにデビュー前とは言えども、そこは天下のジャニーズ事務所に所属するアイドルだ。
この日は皆各々があらゆるところで捕まってチョコを手渡される。
河合や戸塚もそれは例外ではなく、二人分合わせるとそれは到底食べきれるような量ではない。
戸塚は中でも特に気に入ったらしい、乾燥した苺が中に入っているチョコを連続で口に放り込みながら、何気なく他の包みも開けてみる。
「なんかいいよね、みんな気合入っててさ。おいしいのばっかだし」
「んー、タダで食べられるしねー」
「学生の時とかさ、全然モテなかったからこんなの貰ったことなかったし」
「俺も俺も。マジでゼロだったもん」
「や〜切ない学生時代だったわ」
「だよね〜」
戸塚同様に河合も新しい包みを開け、丸い形状のそれを口に放り込む。
思いきり噛むと、中からどろりとした甘い液体が流れ込んできた。
一瞬何かと思ったけれど、外側のチョコと合わさると中々独特の味がしておいしいかもしれない。
「コレなんのチョコだろー・・・」
河合は呟きながらもぐもぐと咀嚼する。
確かめようともう一粒同じものを口に入れる。
そうしている河合の隣で、戸塚はまた新しい包みを何気なく手にとっていた。
それは他のものよりも控えめで小さな箱だった。
黒い正方形の箱を可愛らしいピンクのリボンが飾っている、けれどそれだけの箱。
手のひらで包めてしまうくらいのそれは、恐らく中身はほんの数粒しか入っていないのだろう。
割と主張の激しいものが多い中にあると逆に目立つそれに、戸塚は軽く小首を傾げた。
沢山貰ったのであまり記憶は確かではないが、自分が貰ったものではないように思う。
だとすれば河合が貰ったものだろうか。
しげしげと眺めながら、戸塚がその指でリボンの端を摘むと、丸い形状のチョコを更に口に放り込んでいた河合がはたとした。
「あっ、それ・・・」
「え?」
戸塚は思わず手を止めてそちらを見る。
けれど河合は咄嗟に我に返った様子で視線を逸らし、もう一粒チョコを放り込む。
一体いくつ口の中に入れたのか、まるで頬がリスのように膨らんでいるのがなんだかおかしい。
「ん?もしかしてコレ開けちゃ駄目なやつ?」
「や・・・ダメ・・・じゃ、ないよ?」
「そう?」
「うん、まぁ・・・どうせ渡しそびれたヤツだし・・・」
小声でぼそぼそと呟かれた言葉の意味が一瞬よく判らなかった。
けれどいかに鈍い戸塚と言えども、何回か反芻してみればさすがになんとか理解はできるくらいの言葉だ。
何せ今日はそういう日なのだから。
「・・・あれ、もしかして河合が自分で買ったやつなの?」
「あー・・・うん・・・」
これが戸塚以外の問いだったら、河合は往生際悪く誤魔化そうとしただろう。
けれど基本的に戸塚はからかうとか囃し立てるとか、そういうことをしないタイプなので、そういう意味では河合もうっかり喋ってしまいやすい部分があった。
それが自分的に恥ずかしかったりいたたまれなかったりすることであればある程にそうだ。
「あ、やっぱそうなんだ?じゃあ食べちゃまずいよね」
当然のようにそう頷いて、戸塚はなんでもないようにその箱を床に戻す。
けれどそれを見てとると、河合はもぐもぐとチョコを咀嚼しながら、口内に広がる妙に甘ったるい液体を喉に流し込んで何気なくそれを手に取った。
「・・・いいや、食べちゃおう」
「え、でも、渡すんじゃないの?」
「だから渡しそびれちゃったんだって」
「だってそれ五関くんにでしょ?」
当然のように出たその名前に、河合は軽く視線を彷徨わせて曖昧に頷く。
「・・・まぁ。そういう勢いだったんだけど・・・」
「五関くんならこれから会うじゃん」
「そうなんだけどさー・・・」
「なになに」
「・・・あの、これ自体はさ、昨日妹がチョコ買いに行くのにくっついてって勢いで買ってみたんだよ」
「あー、うんうん」
河合としては正直冗談半分ノリ半分だった。
元々そういう行事やお祭騒ぎは好きだし、デパートの特設コーナーには可愛らしいラッピングがたくさんあって、なんとなく雰囲気に乗せられたというのが大きい。
妹には「お兄ちゃんさむーい」などと半ば小馬鹿にはされたけれども、まぁその程度の面白半分の空気で渡したらネタにもなるかなと思っていたし、渡した時の恋人の呆れ顔を想像するのも楽しかった。
そう、河合としてはあくまでもその程度のつもりだったのだ。
今日ここに来るまでは。
「さっきね、五関くん見かけたんだよね」
「あ、もう来てたんだ」
「そうそう。両手塞がっちゃって大変そうな感じで」
「五関くんの場合俺らと違って学生時代から普通にモテてたしね」
「そうなんだよ・・・あの人興味ありませんて顔して何故かモテるんだよ」
「さすがダンディー」
「・・・もうね、俺無理だったわ。渡せねぇ・・・」
しみじみと溜息混じりで呟くと、河合は自分が用意したその箱にかかったリボンをあっさりと解いてしまう。
戸塚が「あ」と小さく声を漏らすのもお構いなしで、黒い箱を開けると中にあったトリュフをポンと軽く口に放り込んだ。
もぐもぐと容赦なく咀嚼していく河合のその姿は、なんとなく「証拠隠滅」という空気すらあって、戸塚は不思議そうに小首を傾げる。
「渡せないって、なんで?ファンの女の子とかなら関係ないじゃん」
所詮ファンはファンだ。
それにファンの女の子からのチョコなら自分達だって貰っているというのに、何故いまさら気にするのだろうか。
戸塚が当然の疑問を向けるのに、河合は再び溜息をついて緩く頭を振り、またチョコを口に入れる。
「違うの。ファンの子じゃないの」
「違う?」
「それだけならいいんだよ・・・想定内だし」
「なら、なんで?」
「俺、見ちゃったんだよね・・・」
「見ちゃった・・・?」
「あの人、他のジュニアからも貰ってたんだよ・・・」
どこか遠い目をして呟かれたその言葉には、さすがに戸塚も驚いたように声を上げる。
「えっ、うそ」
「ないよな・・・」
「マジ?」
「マジ・・・」
「だ、誰・・・?」
「なんつったっけな・・・なんか最近入ってきたちっちゃい子なんだけど・・・」
「ああ、ちっちゃい子かぁ・・・」
五関はああ見えて子供好きだし、よく構ってやるから好かれやすい。
そういう意味では、まぁそういう子が現れてもおかしくはないのかもしれない。
それにしても、男が男にというのはあまりないとは思うけれども。
しかしそんなことを考えている戸塚の横で、河合は先程の丸いチョコを全て食べきる勢いで口内に放り込みながらまた呟く。
「そんでね、それだけじゃないわけよトッツー・・・」
「え、まだあんの?」
「さっき事務所のスタッフのお姉さんから聞いちゃったんだ、俺」
「な、なにを・・・?」
「郵送でね、チョコ届いてたんだって」
「え、五関くんに?」
「そう・・・」
「だ、誰から・・・?」
「濱田くん・・・」
「濱田くん、って・・・・・・あ、関西ジュニアの?」
「たぶんそう・・・」
「な、なんで濱田くんから五関くんにチョコなの・・・?」
あの穏やかな笑顔を思い出して、戸塚は首を捻る。
河合は依然としておもいきりチョコを頬張り続けている。
「正月のコンサートで関ジュの大智から聞いたんだけど」
「う、うん」
「濱田くんって、五関くんのファンなんだってさ・・・」
「ふぁ、ファンなんだ・・・」
「ダンスに憧れてるんだって・・・」
「なるほど・・・まぁ、ままあるよね・・・」
「そう・・・ままあるんだよね・・・」
五関は派手でこそないけれども、その正確でスマートでどこかストイックなダンスはジュニア内では評判で、その技術はMAに次ぐと言われている程だった。
だから密かにそのダンスに憧れているジュニアは多い。
けれどまさかチョコを送ってこられる程だとは思わなかったし、その上あまり交流のない関西ジュニアからとあってはさすがに驚くしかない。
「なーんかねー・・・一気に我に返ったよ、俺」
河合は溜息混じりで呟くと、その場にごろんと大の字に転がる。
手にしていた丸い形状のチョコはあと二粒しか残っておらず、その内の一つを指先で口内に放り込むと、ゆっくりと咀嚼して中の甘い液体を喉に流し込んだ。
戸塚は少し近づいてそれを上から見下ろして目を瞬かせる。
「・・・勢い任せじゃいけなくなっちゃったんだ?」
「そうそう。やべえ俺なにしちゃってんだ、ってなった」
「他のやつが渡してんのが嫌なの?」
「やー別に嫌ってわけじゃないよ。別に告られたってわけでもないだろうし。さすがにそこはね」
「なら、いいじゃん」
「まぁ、いいんだけどねー・・・」
「何が嫌なの?」
「そこがよくわかんないって言うか」
「やきもち?」
「やきもちなのかなぁ。んー・・・でも別にむかついてるってわけでもないしなー・・・」
「うん、どっちかって言うとへこんでるよね」
「そうそう。なんかへこんでる、俺」
チョコで汚れた指先を含むようにして舌で拭う。
甘い甘いその味。
けれども妙に苦くも感じるのは今の自分の気持ちの加減なのだろう。
「なんかー・・・俺、中途半端?っていうか?」
「中途半端・・・?」
「まー渡そうと思ったのもノリ半分だったわけじゃん、所詮こんなの。本気じゃ絶対渡せない。寒いって自分でも思うから。・・・なんかね、そこらへんでたぶん引っかかってんの」
「ふーん・・・」
なんだか眠たげに目を擦りながらそんなことを言うのに、戸塚はただそう呟いてじっと見下ろすだけだ。
この場合のかける言葉はなかなかに難しい。
戸塚にもその心情が完璧に理解できるわけではないから余計に。
ただそれは、こう見えて存外に沢山のことをいつも考えている河合の思考の一端なのだろうと感じた。
「じゃあなんで寒いって思うのかって言えば、やっぱ男だからじゃん?」
男が男に本気でそんなものを渡せるはずがない。
当たり前だ。
件の小さなジュニアも濱田も憧れという意味でのそれだろうから、河合とはまた意味合いが違う。
違うことなんて河合にも判っている。
判っているからこそ無理だった。
考えても仕方のないことで、けれどそれでも考えずにはいられないことだからこそ、そのままノリで乗り切ってしまえればよかったというのにそれができなかった。
肝心なところでバカみたいに気にして、いい意味でふざけきれない自分の小心な性質が恨めしい。
「もー・・・俺だせー・・・」
「・・・河合ってさ、意外と臆病だもんね」
「わかってるよー言わないでよーどうせビビリだよー・・・」
河合は未だチョコの甘ったるい匂いのする両手を上から被せるようにして顔を覆う。
そうすると視界が暗くなったことで余計に妙な眠気を誘われる。
「ほんと、五関くんのこと好きなんだね」
「それもわかってるからー・・・」
「だから不安なんだよ、きっと」
「ありえねーおれださいよー・・・つよくなりたいよー・・・」
段々と呂律が回らなくなってきている。
戸塚はそこで、それが眠気ではないのではないかとはたと思った。
見れば顔を覆っている手が妙に赤い。
咄嗟にさっき河合が食べていた丸い形状のチョコの最後の一つを食べてみる。
噛めば中から溢れ出るその甘ったるい液体。
「・・・・・・ボンボン食べちゃったんだ、河合」
「んー?なあにー・・・?」
「やー・・・うん、なんでもない」
「はー・・・なんかねむー・・・」
「うーん、と・・・ちょっと寝たら?時間になったら起こしてやるからさ」
「まじでー?・・・んー、じゃあ、ちょっとだけねるー・・・」
「うん。そうしなよー」
「んー・・・」
そのままごろんと横を向くと、河合はそのまま顔を俯せにしてしまう。
そしてすぐさま穏やかな寝息が聞こえてきた。
戸塚はそれを見てとると、周りに散らばっていた包装紙を無言で片づけ始める。
ゴミを一通りまとめると、ふとその中にピンクのリボンを見つけた。
それは河合が買ってきた箱にかかっていたものだ。
同時にその箱自体もゴミの中から見つけ出し、改めてその中を見てみる。
戸塚は暫しそれを眺めてから、おもむろに手にとって河合の元にしゃがみこんだ。
「ちゃんと受け取って貰えますよーに、と・・・」
静かに部屋の扉が開く。
室内には、一人床に転がって穏やかな寝息を立てる河合だけ。
その姿にそっと溜息をついて、ゆっくりと近づいていく。
「・・・何してんの」
寝転がる身体にしゃがみ込み、五関は溜息混じりで呟いた。
けれどその程度の小さな呟きでは河合は起きない。
どうも姿を見かけないと思ったらこんなところにいた。
もう来ているはずなのに、と思って何気なく戸塚に訊いたら、あっさりとこの部屋だと言われたのだ。
訊けばさっき一緒にチョコを食べて、河合が眠くなってしまったからそのまま寝かせてきたのだと言う。
「そろそろ起こしてやらないとまずいんじゃないの」とそう言った五関の言葉は当然だったけれど、戸塚は特に気にした様子もなく「五関くん起こしてきてあげなよ」と言っただけだった。
そうして若干の疑問を頭に浮かべながら来てみれば、これだ。
「かわいー。起きろー」
柔らかな髪をぽふぽふと軽く叩くように触れる。
けれど存外に深い眠りなのか、小さな寝言のようなものを漏らすだけで河合は未だ起きない。
「・・・」
時間もないことだし本気で起こすか、と右手に拳を作ったところで五関はその顔の脇にある小さな黒い箱に気付いた。
チョコが入っていた箱なのだろうということは判る。
けれど既に開いているその中身は空だった。
ただ、一枚の小さなカードだけがひっそりとそこにある。
五関は思わずそれを手にとった。
「・・・・・・なるほど?」
そこに書かれた一行の文章。
そして既に中身のない箱。
恐らくは戸塚がやったであろう、その小指に結ばれたピンクのリボン。
それらが意味するところ。
「なんで食べちゃうかな・・・」
自分が食べる前に、と。
五関は軽くぼやくように内心でそう思いながら、けれどこうなるに至ったその心情を思わず想像してみる。
さすがに考えただけでそれが判るわけはないけれど、どういう種類の思考が浮かんでしまったのかくらいはなんとなく想像できる。
「バカな奴・・・」
呟きながらもゆっくりと身を屈め、その安らかな寝顔を覗き込むように顔を近づけた。
そっと唇が触れる。
慣れた柔らかな下唇の感触。
「・・・あま」
思わず呟いて、五関はふっと柔らかく笑った。
そしてその細い小指に巻かれたピンクのリボンをゆっくりと解くと、耳元で笑い混じりで囁いた。
「ごちそうさまでした」
END
あまーーーーーーい!
ていうか甘いのは五関さんだよ!
このごっちは私が書いた数ある五河の中でも三本指に入ると思います。
「魔法使いの恋人」に匹敵する恥ずかしさ!
という感じでもう逃げ出したい勢いですがバレンタインですよバレンタイン!
基本的に行事ネタは苦手とするところなんですが、なんとなくやってみました。
ていうか五河ならいけると思って!
一瞬わたふみにしようかとも思ったけどやはりここは本命でね。
でも案の定私の書くものなのでストレートにはいかず、フミトがぐるんぐるんしてしまいました。
うちの子は基本的にバカな裏側でいつも悶々考えてるわけで。
なんかこう、勢いとノリで普通ならこっぱずかしいこともキャキャっとできちゃう部分と、ふと我に返ってしまうと妙に冷静になってしまう生真面目な部分が同居してるっていうかね。
難儀な子です。
でもそんな難儀なあの子の性質はメンバー三人はみんなよく判ってて。
ごっちはもちろんのこと塚ちゃんとトツもあれで判ってると思う。
伊達にずっと一緒にやってないっていう。
フミトは「親友」って言うなら渉とかたいぴなのかもしれないけど、「理解者」ならやっぱメンバーなんだよなー。ていうかそうであってほしい(夢)。
という感じのバレンタインでした。五関さんがひたすらに甘い!
でもあの人ああ見えて二人きりだとべたつきたがるタイプのような気が最近するんだ・・・意外といちゃつくの好きだと思うんだ・・・結構甘いような気がするんだ・・・たぶんスイッチがあると思うんだ・・・そしてそれを見せるのはフミトにだけだと思うんだ・・・(最後のは夢)。
ていうかほんとはチョコとかそういうのって手渡しで貰っちゃいけないのかな?
まぁそこら辺は妄想ってことでご容赦をー。
(2006.2.26)
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