世界名作劇場 1.トツずきん










その日トツずきんは、近所のおばあさんの家にお見舞いにやってきたのだった。

「塚ちゃーん!お見舞いきたよー。・・・あれ?」

そう言って勢いよく扉を開けると、すぐそこにベッドが目に入る。
こんもりと盛り上がったそこは上から掛け布団がすっぽりと覆っていて、その姿は見えない。
そしてトツずきんからかけられた声にも微動だにしない。
確かアクロバットの新技を一心不乱に研究していたら誤って足首を捻ってしまったらしいが、体調としては至って元気で、早く動きたくてうずうずしていると聞いていたのだけれども。
うっかり眠ってしまったのだろうか。
それに小首を傾げながら近づいて、トツずきんはもう一度声をかけた。

「塚ちゃーん?俺だよー。頼まれてたプロテイン持ってきたよー?」

その中に件のプロテインが入っているのだろう、手に提げたカゴを手のひらで軽く叩きながらトツずきんは更にベッドに近づいていく。
すぐベッド傍まで来ると、それでも反応のないその布団に覆われた身体を見下ろした。
もしかして本当に具合が悪くなってしまったんだろうか。
日々の規則正しい生活に裏打ちされた健康体そのもののおばあさんだけに珍しいなぁとは思いつつ。
トツずきんはそのこんもりと盛り上がった布団の、恐らく頭の辺りであろう部分を軽く手で撫でるように触れた。

「塚ちゃん?大丈夫?具合悪い?」

しかしそうしたら、突然その布団の中から腕が伸びてトツずきんの手を掴んだ。
トツずきんは一瞬びっくりして動きを止めたけれど、自分の手を掴んだそれをまじまじと見て首を傾げる。
その手はどう見ても、自分の知るおばあさんのものではなかったからだ。
その腕は随分と細く、手は小柄で、指は更に細い。
おばあさんの自慢の筋肉は見る影もなかった。
そんな風にぼんやりとそれを見ていると、次には声がした。

「・・・トツずきん、来てくれたんだ」

その声がまたおばあさんのものとはまるで違って、トツずきんは今度は目をパチパチと瞬かせる。
おばあさんのあの少し高めで快活なそれではなく、随分ハスキーなその声は布団の中から聞こえるせいか余計にくぐもって聞こえる。
依然として腕をギュッと掴まれたままで、けれどトツずきんはもはや特に驚くでもない。
むしろ怪力で知られるおばあさんにしては弱いくらいに感じるその力に、もしかしたら本当に具合悪いのかも、などと思ったトツずきんはそのまま不思議そうに尋ねた。

「塚ちゃん、なんか声ヘンだよ?」
「・・・ああ、風邪引いちゃったのかも」
「あ、だから筋トレできなくて筋肉落ちちゃったのか!」
「ん?どうして・・・?」
「だって腕とかめっちゃ細いし。手までちっちゃくなっちゃって」
「・・・そ、それは、うん、そんなかんじ・・・」
「そっかー、残念だねぇ。また早く治って筋トレできるといいね」
「うん・・・いやでも、そんな言う程じゃないと思う・・・」
「ううん!だって今の塚ちゃん、もう筋肉とかほとんどないもん!」
「・・・・・・が、がんばる」
「うんがんばって!」

なんだか少し気落ちしたようにも聞こえるくぐもった声に、ああやっぱり筋肉落ちちゃってしょんぼりなんだなぁ、とトツずきんはしみじみと頷く。

「ほら、頼まれてたプロテインも持ってきたし」

ちゃんと元気付けてあげなくちゃ。
そんなことを思って、トツずきんは掴まれたのとは逆の手に提げていたカゴを何気なくベッド脇に置いた。
けれどその重みがかかったのが伝わった途端、掴まれた手が急に引かれる感覚にトツずきんは咄嗟に小さく「あ」と声を上げた。
それとかぶるように、そのハスキーな声が少しだけ鮮明に聞こえた。
ずっと覆っていた布団が勢いよく捲られたからだ。

「・・・でもねトツずきん、この腕でも君を押さえつけて食べることくらいはできるんだよ?」

トツずきんの視界が一気に反転する。
気づけば暖かな布団の上にトツずきんは転がっていた。
そして上から見下ろしてくるのは、今さっきまで布団の中にいたおばあさん・・・ではなく。

強い意志を感じさせるキラキラと煌く大きな瞳。
甘い色の柔らかそうな髪、そこから生えたピンと立った耳。
どこに隠していたのか、その小柄な手にかぶせるように装着された、ふわふわした毛の覆う、鋭い爪と柔らかそうな肉球のついた手。
そして見れば視界にゆらゆらと揺れる、触れたら気持ちよさそうなふさふさした長い尻尾。
トツずきんは体勢的には押し倒されたような状態で、しかし特に恐れるでもなく大きな目をきょとんと瞬かせて、それらをまじまじと凝視する。

「おおかみ・・・?」

ぽつんと呟かれた言葉に、オオカミはその妙につやつやした赤い唇の端をニイっと上げる。
ゆっくりと身を屈めるように顔を近づけながら、そのハスキーな声で囁くように言った。

「可愛いトツずきん、おいしそうなトツずきん、君を食べさせて?」

そう言って細められた瞳、そして自らの唇を舐めた赤い舌。
そしてトツずきんの赤い頭巾をその黒い頭からゆっくりと剥いでは、その流れで頬に触れたふわりと柔らかな毛に覆われた手の感触。

「オオカミ・・・?君はオオカミなの?」
「そうだよトツずきん。君を食べにきたんだ」
「俺を・・・?」
「大人しくしてれば優しく食べてあげるよ?」

今にも触れそうな距離でそう囁くオオカミを、トツずきんはそれでも暫しきょとんと目を瞬かせて見つめ続けていた。
あまりのことに言葉も出ないんだろう、オオカミはそんなことを思いながらも、さてこれからどうやって食べようか、そう考えていた。
けれどそんな思考を一気に断ち切るように、オオカミが掴んでいたのとは逆の手が、今度は逆にオオカミの手首をガシっと掴んだのだ。

「へっ?」

咄嗟に間抜けた声を漏らしたオオカミをまるで押し返すような勢いで、トツずきんがガバっと起き上がり、自分の上にいたオオカミに自ら迫るように顔を近づけてきた。
そのあまりの勢いに、オオカミは咄嗟に思わずトツずきんの手を離して身体を引いてしまう。
けれどそうすると、トツずきんは何故か更に自分から距離を詰めてきたのだ。
その妙に真剣な瞳に思わずオオカミは硬直してしまった。

「オオカミさん、かっこいいね・・・!」
「えっ!」
「やべー、生オオカミ初めて見た!すげー、想像してたよりカッコイイ!」
「あっ、ありがと・・・?」

まるで凄いおもちゃを見つけたように輝くその黒い瞳を前に、オオカミは思わず自分の目的も忘れて頷くしかなかった。

「耳も尻尾も手もふっさふさ!なんか満月とか似合いそうな感じ!えー、どうせなら今日満月ならよかったのに!満月をバックにさ、ニヤリとか笑ったら超似合うよ!」
「そっ、そう・・・?」
「獲物でついた血とかぺろっと舐めたりしたらさいこーだと思う!ていうか俺食べにきたの?マジで?」
「あっ、うん、そ、そう・・・トツずきんを食べに・・・」
「やっべー、俺こんなかっこいいオオカミに食べられちゃうの?ね、どうやって?個人的には勢いよく腹掻っ捌く感じでお願いしたいかも!血はいっぱい出る方がかっこいいよね!」

どうして自分が食べられるのにそんなに楽しそうに話せるのだろう。
むしろ、どうして食べられる方法まで嬉々として指定してくるのだろう。
しかもそんな痛そうな方法を提案されて、オオカミは思わず眉を下げて勢いよく頭を振る。

「え、ちょ、そんな、そんな怖いことしないよ俺!」
「えー?そうなの?じゃあどうやって食べるの?」
「それはっ、こう、最初はまずぺろぺろって舐めて、チュってして、それから、それから・・・」

あまり相手が痛がる方法は嫌なのだ。
だってかわいそうだから。
そんなことを素でのたまうオオカミの耳は、さっきまでピンと立っていたはずなのにいつの間にかぺたんと垂れている。
トツずきんはまた不思議そうに目を瞬かせて、おもむろにその耳に触れた。
するとオオカミは一瞬驚いたように身を竦めてふるふると頭を振る。
さっきの鋭く獰猛な印象などどこへやら、まるで犬か猫のようだと思った。

「ぺろぺろで、チューなんだぁ・・・」

けれどそんな仕草を見ていると、むしろこっちがそうしたくなる。
トツずきんはぽやんとした表情の裏側でそんなことを思いながらも、特に言葉にはしなかった。
言葉にこそしなかったけれど・・・代わりに即行動に移した。

「ッ!ちょっ、と、トツ・・・ッン!?」

ただでさえ近い距離にあったその顔が更に近づいたかと思うと、オオカミのつやつやした唇にトツずきんの温かなそれが押し当てられていた。
オオカミは一気に混乱をきたして、咄嗟に「逆じゃない?」とは思うけれど、思うだけでそれを本来思い描いていた状態に戻すことはできなかった。

「オオカミさんになら、俺食べられてもいいなー」

そのすぐそこにある可愛い顔が、見合った可愛らしい笑い方をする。
何故かそれに抗えない。

これから食べるつもりだったのに。
優しく美味しく、可愛いトツずきんを食べるつもりだったのに。
そしてトツずきん本人もそんなことを言ってくれているのに。
このままだと、まるで逆に食べられてしまいそうな・・・。

オオカミは野生の本能でそんなことを思う。
そしてその通り、いつの間にかそちらから押された体勢で、トツずきんの大きな手がオオカミの耳を撫で、可愛らしくも強引な仕草で何度も唇に触れる。
その柔らかな感触と熱い感覚に、オオカミは次第に抵抗も忘れて大人しくなってしまう。
いや、そもそも自分は抵抗などする側ではないからいいんだ・・・と、まるで最後の悪あがきのようにオオカミはぼんやりと思って、唇が離れた拍子になんとか小さく息を吐く。

「オオカミさん、顔まっか」

楽しそうな、まるで子供みたいな無邪気な笑顔。
それに「あ、かわいい」と思いながらも、オオカミはいつの間にか身体を抱きこまれていた。
それは既に、捕食者と被捕食者の関係が逆転してしまったとしか言えない状況だった。

しかしその時、背後の扉が勢いよく開いた。
正確には、蹴り開けられた。

「・・・トツずきん、助けにきたけど」

しかしながら言っている言葉はかなりの勢いで棒読みだ。
まるで感情のこもっていないそれに、トツずきんとオオカミは同時にそちらを見る。
そこには猟銃を構えた狩人がいた。
涼しげな瞳で二人を交互に見ては、軽くため息をつく。

「あ、五関くんだー」
「げっ!か、狩人っ・・・!」

知り合いの登場にニコニコと手を振ってみせるトツずきんと、天敵の登場にあからさまにうろたえて逃げ場を探すオオカミ。
しかしながら二人の今の体勢を改めて見て、「いやおかしいだろ」と狩人は冷静に呟く。
何故オオカミの方が押し倒される寸前の状態なのか。
ただ実際のところ、こうなるのはなんとなく予想していたからこそ狩人はやってきたとも言えるのだけれども、それは敢えて言わない。

「そこのオオカミ、撃たれたくなきゃ早くトツずきんから離れた方がいいよ」

至極落ち着いた調子でそう言いながらも、手にした猟銃はオオカミに向けて正確に構えられる。
その黒い砲身、その銃口。
野生動物ならば誰もが竦み上がるそれに、オオカミはまさに飛び退く勢いでトツずきんから離れようとした。
けれどそれはままならない。
トツずきんが依然としてオオカミをギュッと抱きしめては、そのお尻から生えたふさふさの尻尾にこれでもかと楽しげに触っているからだ。
大きな手のひらで尻尾を撫でられたり梳かれたりする感覚が堪らなくて、オオカミはふるりと震える。

「ちょ、ちょちょちょっ、とつ、トツっ・・・」
「ふさふさーかーっこいー!手触りさいこー!」
「やだやだ、あんま、さ、さわんないで・・・」

ひょこひょこと、まるで生き物のように動く尻尾に触れるトツずきんは、あくまでも子供が犬に戯れるかのような無邪気さだ。
けれどそれに対してまるで小動物のように反応するオオカミの様子を見ると、どっちを止めるべきなのかと思わざるを得ない。

狩人は内心思う。
狙った相手が悪かったね、オオカミ。

笑顔の可愛いトツずきん。
みんなの可愛いトツずきん。
でもトツずきんを食べるなんてことはなかなかに難しいことなのだ。
そしてそれがどうしてかと説明することもまた、一言ではなかなかに難しい。

その上どうしたって自分のポジション的にトツずきんにどうこう言うことはできないと、狩人はちゃんとわかっていた。
だからめんどくさそうにため息をつきながら、もう一度猟銃をオオカミの方に向ける。

「・・・そこのオオカミ、撃たれたいならいいけど」
「やだやだっ!撃たないで!・・・ひゃっ、とっつ、耳はやめてー!」
「・・・・・・仕方ないな」

すっかりトツずきんの絶好の好奇心対象物と成り果てているオオカミの姿を見て、狩人は更に深い溜息をつくと、一度猟銃を降ろしておもむろに二人に近づく。
そしてオオカミの首根っこを掴んで引っ張ると、おもいきりベッド下に引きずり降ろした。
唐突に後ろからかかった力にオオカミは為す術もなく、派手な音を立てて床に落ちる。

「っ、いたぁー!!」
「あっ、オオカミさん」

トツずきんは落ちたオオカミをベッドの上から覗き込む。
けれどそんなトツずきんとオオカミの間に、黒い猟銃がスッと割って入る。
トツずきんが何気なくそちらを見上げると、狩人はめんどくさそうに言った。

「トツずきん、もう大丈夫だよ。オオカミは俺が始末しとくから」

これまた凄まじい棒読みで放たれた言葉に、トツずきんは思わず吹き出すように笑った。
同時に、狩人の懐から取り出された首輪には感嘆の言葉すら漏らす。

「わー、さっすが五関くん!用意いいね」
「・・・職業柄ね」
「狩人ってオオカミ飼ったりするのも仕事なんだっけ」
「暇潰しも兼ねて」
「あーなるほどー」

などとトツずきんが妙な納得をしている一方で、オオカミはその猟銃と首輪の組み合わせにブルブルと震え上がっていた。
二人が話している間になんとか逃げだそうと恐る恐る四つん這いで扉の方に向かうけれど、背後から容赦なく首根っこを掴まれ、そのまま首輪をかけられてしまう。
すっかり耳を垂らして半分涙目で狩人を見ると、首輪の先の紐を持った狩人がなんだか楽しげに笑った。

「今夜はオオカミ鍋かな。これはごちそうだ」
「やっ、やめてー!俺おいしくないってー!」
「んー、確かに肉付きはイマイチだけど、まぁ上手く料理すればそこそこ食べられるんじゃない?」
「やだー!俺帰るー!」
「お前、オオカミのくせに狩人から逃げられるとでも思ってんの?」
「うっ・・・よ、よこおー!たすけてー!!」
「はいはい、うるさいよ」

思わず友達を呼んで喚くオオカミの首輪を容赦なく引っ張って、狩人はそのまま帰って行ってしまった。


残されたトツずきんは暫く二人が出て行った方を見て目をパチパチと瞬かせていた。
けれどすぐさまおばあさんが何でもない顔で帰ってきたので、二人のことなどすぐに記憶の彼方に追いやられてしまう。

「あれー、トッツー?どしたの〜?」
「あっ塚ちゃん!どこいってたの?」
「ん?筋トレしてた」
「えー、足首捻ったんじゃなかったっけ」
「もう治った!」
「あれっ、そうなんだ。んー・・・まぁいっか。じゃあ、はい、頼まれてたプロテイン!」
「あっ、ありがとトッツー!」

そんな和やかな二人の耳には、オオカミの鳴き声だか泣き声だかわからないような声が向こうから聞こえていたけれど、特に気にも留めなかった。










END






まぁ何が書きたかったかは見れば一発ですけどね。
フミトは赤ずきんちゃんより絶対オオカミのが似合うし可愛いのでこのキャスティングです。
普通は受けを赤ずきんちゃんにするんだろうけどね(笑)。
そこら辺マイナー故のキャスティング!
でも絶対耳と尻尾と肉球のが萌えるべ?(誰に)
まートツずきんちゃんていうか、明らかに狩人×狼書きたかったんだろお前、みたいな感じが見え見えな自分がいっそ愛しいよ。
今回は割と珍しく、ベタベタに黒気味狩人さんとアホヘタレっ子狼さんていう感じで楽しかったです。
たまにはこういうベタなのもいいね!いいね!
おうちに帰ったら狩人さんの調教が始まるんだと思います(一気に18禁)。
ちなみにトツとごっちが争う展開というのは私的にあんまないので、というかエビ内でそういう争いはないと思うので、あんな感じで。
むしろフミトはエビの共有財産(と言う名の共有おもちゃ)。

ちなみに世界名作劇場は他にも「ミツデレラ」とあったりしますよ(くだらねー)。
シンデレラみっちゃんと王子様フミトです。まさかの北河。
ていうかこのキャスティングなのに北河っていうのがこれまた捻くれてる(笑)。
継母ごっちに、いじわる姉のわったんたいぴ。
くだらなすぎて考えてる分には楽しいんだ。
(2007.10.14)






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