彼らの可愛い君だから










扉の前で一つため息。
そして決心したようにゆっくりと扉を叩く。
一拍置いて開いたそれと同時に顔を出したのは、同い年の二人。
けれど二人揃って可愛らしい顔立ちと雰囲気をしているので、あまり同じには見えない。
そして性質が違いすぎて、特に他意なく親近感もあまりない。

扉を開けると、何故か二人揃ってじっと自分を見上げてくるのが妙に居心地悪い。
訪れた目的が目的だけに余計に。
横尾は軽く視線を泳がせつつ、なんとか口を開いた。

「あー、おはよ。・・・あのさ、そのー・・・河合、」

今日はA.B.C.が先にスタジオ入りしているのは知っていた。
そしてここはA.B.C.の楽屋だ。
だから目当ての人間も既にこの部屋にいるはずなのだ。
けれどさりげなくその人物の名を口にしようとした途端だった。

「今日の営業は終了しました〜」
「またのご来店をお待ちしておりまーす」

バタン。
横尾は一瞬目の前で何が起きたのか判らず、呆然と目を瞬かせた。
どこぞのウエイトレスかと言わんばかりの可愛らしい風情でそう言ったかと思うと、今さっき開いた扉が目の前で勢いよく閉まったのだ。

「ちょ・・・え?」

今の台詞とこの仕打ちはどういう意味なのか。
展開についていけず暫しポカンと口を開けていた横尾だったけれども、すぐさま我に返るとさっきより随分と勢いよく扉を一度叩いた。

「ちょっと!なんで閉めんだよ!塚ちゃん!トッツー!?」

一体なんの遊びだよ!と横尾は思わず声を上げる。
正直マイペース・マイワールドが過ぎて若干理解し難いところのある二人だけに反応に困る。
他の人間なら単純にふざけているとか自分をからかっているとかそう思える行為が、この二人だとそんな単純なものには思えないのだ。
それに何より、今はそんな二人の新しい遊びにつき合っているような余裕もない。
叩いても今度は開かれることのない扉に眉根を寄せると、横尾はもう何度か扉を叩いてみる。

「俺用事あるんだって!いいから開けてよ!」

扉越しにそう言うと、扉はやはり開かれなかったけれども、声は中から返ってきた。
その声の調子はやはり可愛いものだ。

『用事〜?』
『なんの用事?』
「なんのっていうか・・・」
『なんの用事か言ってもらえないと開けられませーん』
「なんで!」
『だめだめ。横尾はだめー』
「なにそれ!」

俺をいじめる遊びかなんか?
横尾は素でそんなことを思いながら、また何度も扉を叩いてみる。
すると通りがかった小さなジュニアからあからさまに好奇の視線や若干怯えた視線を向けられていたたまれない。
けれどそれが見えているとでも言うかのように、扉向こうからはどうにも楽しげな声がする。

『面白いから暫くそうしてなよ〜』
『新たな自分を発見できるよ!きっと!』
「意味わかんねえよ!」

性質的な問題で、横尾は基本的に塚田と戸塚相手に強く出ることはまずないが、さすがにこう来られては致し方ない。
それにこんなところで油を売っている場合ではないのだ。
一刻も早く目当ての人間に会って謝らなければ。
さすがに昨夜の自分の態度は酷かったと思っているのだから。

「いいから開けろって!俺は河合に用があんの!」

これで開かないのなら、もう無理矢理扉をぶち破るか、などと不穏な思考が頭を過ぎる。
腕っぷしにはそれなりに自信はある。
もちろん、戸塚はともかく純粋な力で塚田に勝てるとは思えないが、そこはやり方次第でどうにでもなる。
ただもしもそんな思考を垣間見られたら、目当ての人間にはきっと「出たよヤンキー」などと、あのハスキーな声に甲高い笑いで言われるだろうな、なんてことまでオマケに思った。

そう、またあのうるさいくらいの笑い声が聞きたいから来たのだ。
いくらメンバーだろうとも邪魔はさせない。
けれどそうしてドアノブにかかった手に力を込めた瞬間、扉は向こうからあっさりと開いた。

「えっ、あ・・・」

気合を入れた瞬間だっただけに、一瞬拍子抜けする。
そこにはさっき同様二人揃って、まるで双子のように横尾を見上げる顔がある。
その顔は可愛らしい。
いつも笑顔の可愛い二人だ。
ニコニコと・・・けれど、笑っているからと言って、決して機嫌がいいとは限らない。
単にいつも笑っている印象のある二人だというだけで。

「横尾、河合に用があるの?」
「河合に会いにきたんだー」

へ〜、と。
見事に揃ったハーモニー。
そこで横尾はようやく気付く。

この二人は昨夜の自分と恋人の間に何があったのかを知っている。
恐らく残る一人もそうだろう。
よくよく考えればわかりそうなものだ。
言う程口が軽いというわけではないけれど、メンバーには絶対の信頼と親愛を寄せているこのグループの末っ子が、たとえその意識はなかったとしてもそれを漏らしてしまうことなど。

そんな思考にようやく行き着いて、途端に横尾は身体を硬くした。

「・・・いいから、あいつ、呼んでよ」

言えたのはその程度。
横尾としては、どうしても恋人絡みではメンバーに強く出られない部分が実はある。
それは単純に相手がいつも一緒にいる存在だからという理由以上のものだ。
そしてそれは今回のトラブルの遠因でもある気がするだけに、余計にばつが悪い。
けれどそんな横尾の言葉にも、二人はにっこり笑って同時に言ってのけた。

「「やなこったー」」

思わず挫けかけた。
これが強い態度で来られるのならば、同じような態度でもいけるだろうが、こういう風に来られると横尾には咄嗟に反応ができない。
そういう意味では、横尾にとって最も分が悪い相手かもしれない。
それはもしかしたら、残る最年長よりも。

塚田と戸塚はそろそろ本題だとばかりに、小首を傾げてみせながらつらつらと言葉を連ね始める。

「ていうかさ〜、横尾、ありえないよね〜」
「な、なにがだよ・・・」
「こないだの明星でさ、束縛されんのやだーって言ってたじゃん?俺見た!」
「そ、それがなんだよ・・・」
「束縛されんの嫌なのに、相手は束縛するんだ〜?」
「は?なんだよそれ・・・」
「だって河合に言ったんでしょ?」
「河合に、って・・・」
「いつも好き好き言ってくるくせに俺以外と映画なんか行きやがって!って〜」
「や、言ってねーよ!」
「この尻軽!ってー!」
「言ってねえ!ていうかトッツーなんつー言葉憶えてんだよやめなよ・・・!」

いつもながら、可愛い顔をして凄まじい言葉を憶えてきては突拍子もなく使うから心臓に悪い。
しかも本当にその意味を理解しているのかも怪しいような無邪気な調子で。
そして何より、言われている当の自分に対する印象がいい加減酷すぎる。

「ちょ、河合がそう言ったわけ?」
「ん〜?そんなわけないじゃん」
「河合、今朝来てからずっとしょんぼりしてるもん」
「・・・そっか」

顔を見合わせて頷き合う二人に、横尾も途端に神妙な表情になる。
やはり昨夜のことは自分が悪かった。
大したことでもない、言ってしまえばいつものことなのに、何故昨夜はあんなに苛立ってしまったのか。
そして立て続けに向けた勢い任せのきつい言葉に、珍しく言い返しても来ないで黙り込んでしまったことを考えると、とにかく早く会って謝らなければと思った。

「そもそも河合は横尾の悪口なんか言わないんだからね〜」
「河合、横尾のこと大好きだからね、ほんとに」

むしろいつも横尾の話してるんだから。
そんなことを二人揃って言われて、横尾はなんとなくばつ悪げに髪をかき上げた。
けれどそのばつ悪さは同時に妙な照れを伴うものでもあって、なんとなくくすぐったい気持ちにもなった。

「ん、知ってる」

何を疑ったわけでもない。
けれどたとえ勢い任せでもその時の気分でもなんでも、あの一途で愛し好きで愛されたがりな恋人に、あんなことを言うべきではなかった。

くだらないことでこんな時間に電話してくんな。
心ない自分のそんな言葉に、無理矢理笑ってなんでもない風で切った電話の向こうで、どれだけ傷ついたかなんて容易に想像できる。
そんな時間に電話してくる時は、寂しくてどうしようもない時だって、知っていたのに。

「俺ら、結構怒ってるんだからね?」
「ひどいことするなら、横尾にはもう会わせてあげない」
「・・・」

見た目と雰囲気は可愛らしいけれど、その実意志は強い二人だ。
そして二人がそう言ったなら、本当に一目たりとも会わせて貰えなくなりそうだとも思って、横尾は思わず苦笑する。

「こえーなー・・・」
「んふふ、怖いよ〜?」
「怖いでしょ!」
「うんうん、怖い怖い」

まぁそうやってニコニコしてるとやっぱり見た感じは可愛いんだけどね。
内心そんなことを思いつつ、なんとか宥めすかして目当ての恋人を呼んでもらおうと思っていると、二人はさらりと言ってのけた。
出し抜くことなど到底不可能だと思わされる瞬間。

「まぁ、でも横尾は今日はいいよ。五関くんいるし〜」
「は?」
「そうそう!今五関くんが慰め真っ最中だからねー」
「はぁ!?」

そんなことを言っては楽しげに部屋の奥の方を意味ありげに見やる。
恐らくはそちらで「慰め真っ最中」なのだろう。

やっぱり最後はあの人が立ちはだかるのか。
そんな感想が咄嗟に過ぎる。
個人的には気も合うし遊んでいて楽しいし、恋人と同じくらい仲はいい相手なのだけれども、この現状ではやはり話は別だ。
そもそも今回の遠因を個人に特定すれば、それは明らかに彼なのだから。

「あ、不機嫌になった〜」
「やっぱ五関くんだね!」
「わかりやす〜い」
「さすがはキスマイフットツー!」
「いや関係ねーし!」

とりあえず突っ込んではみるけれども、内心穏やかではない。
五関のことだ、まさかあからさまに慰めるような行動はとらないだろう。
そういう性質ではないし、キャラでもないし、何より本人のスタンスではない。
けれどああ見えてその実、彼が二つ年下の相方を内心ではとても大事にしているのを横尾は知っている。
それこそ、普段まるで出さないからこそ実際それは随分深い感情のように思える。
だからこそたまに妙に勘ぐってしまうわけで・・・と、堂々巡りの思考。

けれどそんな風に眉根を寄せる横尾を見て軽く呆れたような顔をすると、塚田と戸塚はそれぞれ扉に片手をかけるとそのまま再び扉を閉めてしまった。
思わずまた我に返って扉を叩く。

「ちょっと!だから閉めんなって!」
『う〜ん、ちょっと待って〜』
「何を待つんだよ!」
『五関くんに訊いてくるねー』
「いいから開けろってだからー!」

そうして激しく扉を叩きながら、まさかの全員と対決だなんて、と横尾はげんなりとため息をついた。
普段はまるでそんなところを見せない、むしろかなり容赦ない上に相当放置気味だというのに、そのくせ少しでも末っ子が他人に理不尽に傷つけられると途端に全力で守りに入るのだ、この年上のメンバー達は。
そういう意味でも失敗したとしか言いようがない。
彼らが本気になったら、本当に会うことすらできなくなってしまう。


少し置いて再び扉が開いた。
今度は随分とゆっくりとした調子で。

「・・・お、ほんとにいたよ」

楽しげな調子。
塚田や戸塚同様見上げる角度になるのに、何故か妙な貫禄すらある落ち着いた様子。
半ば予想した通り、そこに現れたのはグループ最年長。恋人の相方。

五関は楽しげな様子のまま首を傾げると、なんでもないように言った。

「謝りにきたの?」
「・・・そういうこと」
「そっか。でも残念ながらあいつ、お前とは距離置くってさ」

さらりと紡がれた言葉に、咄嗟に二の句が継げなかった。

「どうする?」

完全に楽しんでるだろ。
派手な舌打ちと共にそう言ってやりたかった。
けれどその半分には本気が含まれていることも判っていたから敢えて口を噤み、横尾はもう扉を閉められないようにさりげなく足を挟んだ。

この包囲網を突破するには本気で強行突破しかないかもしれない、そんなことを思いながら。










END






「僕らの可愛い君だから」から実は続いていたという。
塚戸VS渉というなんかもう異種格闘技みたいな組み合わせ(笑)。
まぁ正確には五塚戸VS渉だけどね!エビのお兄ちゃんVS渉だけどね!(趣味!)
もうこの話は本気で趣味過ぎて恥ずかしい。
末っ子フミトを大事にしてるお兄ちゃん三人と、お兄ちゃんズに阻まれる渉が書きたかっただけだもの!痛いわー。
とりあえずもう一回続く予感。次こそはわたふみ。
(2007.5.14)






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