ヒーロー志願
「もう半分は諦めてるんだ、ほんとは」
そう言って笑った顔が、なんだかいつもより少しだけ大人びて見えた。
いつまで経っても子供っぽい、グループの末っ子。
だけど河合だってもう19歳で、もうすぐ大人になる。いつまでも子供なわけじゃない。
もう随分長い付き合いになるから、あの「かわいちゃん」が二十歳なんて正直なんだか不思議な気分もするけど。
長いこと同じグループだけど、二人だけのロケなんてもしかしたら初めてだったかもしれない。
慣れない未知の現場でいつものステージ以上に疲れた身体でロケ用の車に戻ると、二人がけのシートの隣からふと漏れた、そんな言葉。
他のスタッフさんたちはまだ片付けやら後処理やらで戻ってきていなくて、俺と河合は車内に二人だった。
なんとなく身体を解すように伸びをしていたから一瞬反応が遅れる。
ただそれがなんのことを言っているのかは、すぐわかった。
もう何回も聞いてきたことだったから。
正確には、俺が聞きたいと言って言わせてきたこと。
「まぁ、なかなか簡単じゃないんだけどねー」
よく見るあのテンションの高い様にはそぐわない、どこかのんびりとした口調。
それはハスキーなその声音に案外合っていて、聞いていて心地いい。
河合は普段は意外とこういう喋り方をする。特にメンバー相手には。
そしていつもつり上がっている眉をどこかやんわりと下げて、笑う。
また少しだけ大人びた笑顔。
でも俺はあまり河合にそういう顔をして欲しくなかった。
「諦めちゃうの?」
「んー・・・まぁ、いずれはさ、しょうがないし」
「でも、好きなんでしょ?」
「うん・・・まぁ」
どこか言葉を濁してまた笑う。
他のものなど何一つとしてその大きな強い瞳には映さず、ただあの存在だけを一途に想う、そんな頃を河合はもう過ぎてしまったのかな。
五関くん五関くん、って。
いつだってあの小柄な背中ばかり追いかけていたのに。
そんな、可愛かった小さな君は。
「河合ちゃん、無理することないよ?」
「無理、かな」
「うん。無理ってよくないと思う」
「塚ちゃんには、そう見える?」
「んー、ちょっとだけ。河合はすぐ無理するもん」
「あっは、さすが塚ちゃん」
なにがさすがなのかはよくわからなかったけど。
そう言って歯を見せて笑った顔はいつもの河合だったから、特に何も言わないでおいた。
でもそれからすぐ小さく落ちた視線には、なんとなくその先を追ってしまう。
特に何もない、汚れた床のシートがあるだけのそこ。
瞬いた長い睫は緩慢な動きで残像を作る。
「さすがにさ、グループ内で修羅場はしんどいしね」
そう言う河合は大人になってしまったのかな。
ずっと見つめてきたその横顔が、一体誰を見つめているのか、知ってしまった河合は。
「うん、俺が一番困るよ、それ」
「あはは!でしょ!」
また弾けるように笑ってみせる。
大人びて見えて意外とめんどくさがりで不器用な五関くんと、いつまでも無邪気で純粋でそのくせ後ろ向きなトッツー。
進展させる気があるのかどうかもわからない二人の関係は、このグループ内で特に何の波風を立てることもなく、ただ河合の心だけを揺らし続けた。
一人固く秘めて揺れ続けるその心。
きっと誰にも言う気はなかったんだと思う。
他ならぬ、誰より大事なメンバー二人のことだったから。
けど俺はそれを秘めさせたくなかったから、いつからかこうしてたまにそれを吐き出させるようになったんだ。
そう、俺が言わせたかっただけ。
「塚ちゃんにはいっつも話聞いてもらってたからさ、そろそろそれも終わりにしないとなーって、思うしね」
河合は含むようにうっすら笑って、小首を傾げるように俺を見た。
優しい子だなと思う。
この子は今、自分以外が傷つかない最善の道を選び取ろうとしている。
この子にとって何より大事な、グループのメンバー、その誰一人として傷つけない道を。
「もう、大丈夫。たぶんだけどね」
「ほんとに?」
「うん、ほんと」
言わせたかっただけなんだよ。
だってそうでなきゃ、河合は俺に相談なんかしなかっただろうから。
誰にも相談なんてしない。ただ自分だけの胸に秘め続ける。
そういう子なんだ。
ただ俺が、言ってよ、って。そう言ったから、言っただけ。
心配する俺にこれ以上の心配をかけたくなかったから言っただけ。
あるいはもしかしたら、知っていたのかもしれない。
俺があの二人からも相談を受けていたこと。
それは河合にとっては裏切りだったかな。
ううん、たぶん、塚ちゃんはやっぱ優しいよね、って。そう笑うだけ。
そう言ってしまえる、笑ってしまえる、そんな君の方がよっぽど優しい。
ただ頼って欲しかっただけ。
だけどそんなことは言えずにいた俺にすら、君は優しかった。
「もう大丈夫だよ。もう塚ちゃんに心配かけない」
優しい河合。
君は大人になってしまったの?
でも俺は、君に大人になって欲しくて、ずっとこのポジションにいたわけじゃないのに。
「河合ちゃんって、嘘つきだよね。俺そういう嘘嫌い」
呟いた言葉に、河合は途端に焦ったような顔をした。
俺にそんなこと言われるとは思わなかったんだろうな。
河合は否定の言葉に殊更敏感だ。
特に大事な人間から向けられるそれには、まるでこの世の終わりみたいな顔をする。
「え、や、嘘じゃないって」
「嘘だよ。なんで俺に嘘つくの」
「だ、だから嘘じゃないってば。ていうか、塚ちゃん怒ってる?」
「怒ってないよ、別に。だって河合がバカなんだもん」
「いやそれはよくわかってるっていうかよく言われるけど・・・」
「大丈夫じゃないでしょ」
思わず口を尖らせてそんな風に言ってみせたら、河合はまた困ったみたいに首を傾げて視線を泳がせた。
きっと河合は俺たち三人のことを、メンバーのことを誰より大事だと思ってくれてるだろうけど、その反面きっとある意味苦手なんだろうなとも思う。
うん、俺はそんな言葉に誤魔化されないから。
小さくため息をつくと、河合は視線を逸らしたままシートの背もたれに身体を預けて両膝を抱える。
なんだか冷めたようにも見えるその横顔が、たぶん河合の本音。
「だいじょぶじゃないって、そう言って、どうにかなるもんでもないっしょ」
「そうだね。こればっかりはね」
「うん、だから、もういいかなって。俺だってさ、世の中どうにもならないことがあるってことくらい、この何年かで嫌って程学んだよ」
そう言って静かに伏せられた目。
そんな切ない横顔は見たくなかったよ。
でもこうなることなんてわかってた。
だから言って欲しかった。頼って欲しかった。
「河合ちゃん」
呼んだら、こちらを向くことこそなかったけど、うっすら開いた目。
その所在なげな腕をゆっくり掴んだら、小さく身じろいだ。
「河合」
掴んだ腕を引いて顔を寄せた。
そしてやんわりと触れた唇に、他ならない自分が「順番違うよ」って思ったけど、止められなかった。
あ、柔らかい、なんて思うと同時に、すぐそこで瞬いた長い睫がまるで震えているようにも見えて、どうしようもなかった。
「俺、好きだよ?河合は俺のこと好きになったら、幸せになれると思うよ」
近すぎる距離でそんなことを言ったら、その目が暫しゆるゆると瞬いて、唇が微かに開いて、すぐ赤くなってしまう耳朶がうっすら染まって、視線が落ちた。
「・・・塚ちゃん、唐突すぎだよ、それ」
「これでも我慢してたもん」
「ちょ、塚ちゃんはそういうキャラじゃないでしょ・・・」
「でも嫌がらないね」
「別に、嫌では、ないし」
「でもやっぱり五関くんのがいい?」
「・・・その質問て、あんまよくないと思わない?」
「そうだね。でも俺のがたぶん、頼りになるから大丈夫」
それに吹き出すように笑った顔に、だけど少しだけホッとする。
掴んだままの腕も振り払われることはなく、ここにいてくれる君が、やっぱり好きなんだよ。
「自信満々だなー。まぁ、実際問題リアルに頼りになるのは確かに塚ちゃんだけど。しっかりしてるし」
「でしょ〜」
仲間思いの優しい君に、また違う重荷を背負わせてごめんね。
だけど俺はそんな君ごと両手で抱えたいなと思うんだ。
「塚ちゃん、やっぱすごいなぁ」
「ん〜?そうかな」
「真似できないわ」
「河合がやると単に頑張りすぎで痛い子になっちゃうもんね」
「ちょ、言いすぎ。言いすぎそれ」
「だから河合は頑張らないの。俺の前では頑張っちゃだめなの」
その小さな手をきゅっと握って、距離は未だ近いまま。
河合は目元をその耳朶と同じくらい少しだけ染めて、微かに頷いて、笑った。
まだ好きなんて返してくれなくていいから、ここで君に笑っていてほしい。
この先どんなに大人になったとしても、ここでだけは。
「塚ちゃんは、やっぱりすごいな。・・・力もめちゃくちゃ強いしね」
おかしそうに笑った君を両腕で抱きしめる。
そりゃ河合よりは力あるよ。自慢だし。
だから間違って離すこともない。
痛い痛い、さすがに痛い、って。
ふざけまじりでそう言って笑う河合を抱きしめて、背中を撫でた。
大丈夫だよ。
もう泣いても大丈夫だよ。
END
233国勢調査リク第三弾。
「五河前提塚河。フミトから相談されてた塚ちゃんがうっかり手を出しちゃう。裏で五戸」というリク。
塚河に関しても実はいろいろ思うことがあるんですけど。
例の初登場ポポロで、恋愛相談をするなら誰にする?ってやつ、あれフミト以外は塚ちゃんなんだけど(本人含めて<笑)、でもフミトだけは塚ちゃんじゃないんだな〜っていうアレ、あれ私的にかなり塚河なんだよね。
まぁ裏返しでどんだけ五関くんに夢見てんの、みたいな話もありますけども(笑)。
みんなに相談される、本人も相談してほしいと思ってる、そんな頼られたい塚ちゃんに頼らないフミトは萌えるなーと。
ていうかフミトはメンバー至上なくせに頼らない子かなとかなんとか。
塚ちゃんのあの雑誌とかでよく出る「俺にしとけばいいと思うよ」的な俺推しはかなり可愛いと思うというか、男前で萌えです。
そして書いてみたら意外とフミトが普通っぽかった。たぶんメンバー三人の中ではフミトが一番ナチュラルにいられる相手が塚ちゃん。萌えだわ。
しかしできればごちトツも出したかったなー!
まぁ機会があればまた。
(2007.10.14)
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