凍える日は君の温もりで
寒風吹きすさぶ駅前。
約束の時間ほぼぴったりに現れた河合は、身を縮こまらせながらも寒さに負けじとばかりに声を張り上げた。
「さっみいいいいい!」
「おまっ・・・バカじゃねーのか!」
横尾も呆れたように目を剥いて思わずそちらを凝視してしまった。
もはや冬本番のこの気温の中であってもまるで関係ないとばかりに、河合は今日も元気に肌を露出していた。
薄手のスリムな革のジャケットに、インナーはぱっくりと胸元の開いた黒いシャツ、そして膝丈のハーフパンツをごつめのベルトで飾り、脚はこれまたごつめのエンジニアブーツ。
ついでに頭には黒のキャスケット。
横尾もほとんどが初めて見るもので、ついこの前大量に服を買ったと言っていたから、それらがそうなんだろう。
けれどいくら新しい服をお披露目したかったとは言え、今日の気温にそれはないだろうと思う。
オシャレに関してなら横尾も大好きだからその気持ちは判らなくもないが、やはりこの寒風吹きすさぶ中、その胸元と足元はないだろうと呆れた。
対する横尾はこれまたついこの前衝動買いしたコートにマフラーなどという、完全な冬仕様だったから余計に落差が激しい。
「うーわ、見てるだけで寒そ」
「うん、さむい・・・はんぱなくさぶい・・・」
うんうんと頷きつつ身体を自らの両手でさする様がこれまた非常に寒そうだ。
見るも分かり易く寒さに震えているから既に口がきちんと廻らなくなっている。
容赦なく吹きすさぶ風の中、晒された肌にうっすらと鳥肌が立っていた。
これからすぐ建物の中に入るならともかく、暫く歩いて廻るというのに大丈夫なんだろうか。
横尾は小さく息を吐き出しながらその顔を覗き込んだ。
「な、予定変更して駅ビル入る?お前寒そうだしさ・・・服ならそこでも見れるだろ」
今日は本当なら、ここから暫く歩いた通り沿いにある古着屋を廻ろうという話になっていたのだ。
ただそこまではそこそこ距離があるし、通りに着けば店にも入れるけれども、こんな薄着の人間をそこまで歩かせるのもなんとなく気が引けた。
「・・・おっまえ、相変わらずにぶいなー!」
けれどそんな横尾の心遣いなど蹴倒す勢いで、河合はむすっとふくれっ面を晒したかと思うとそんな悪態をついた。
当然そんな言い回しをされていい気分はしない。
横尾は心なしか眉根を寄せると軽く舌打ちした。
「はぁ?なんだよそれ。人が折角気ぃ遣ってやってんのに・・・」
「よく見ろよ。俺を」
「はぁ・・・?」
「こ・こ!ここ見ろ!」
未だ気付く気配のない横尾に、こちらもつまらないとばかりに更にむくれつつ、河合はぱっくり開いた自分の胸元を指差してみせた。
そこには、派手目の細工ながら落ち着いた色合いのブラックシルバーのネックレスがある。
河合の細い指先が指しているそれを言われるがままに暫しじっと見て、横尾はそこでようやくぽかんと口を開けた。
「・・・ああ、それ、あれか。俺が誕生日にやったヤツ・・・」
「おっっせーー!おせーよ!会うと同時に気づけよ!」
「や、お前があんまりにも気温を無視したカッコしてたから、ついそっちに気を取られてたっつーか・・・」
「だから、お前、・・・このやろー、人がせっかく、この寒いのにさぁ・・・」
「あ?なんだよ?」
河合は依然として寒さに震えながらも、ブツブツと小声で文句めいた台詞を呟く。
それに訳が分からず眉根を寄せる横尾に、ついに河合は参ったとばかりに大きく溜息をつく。
吐き出されたそれは白くもやを作り、伏し目がちになったその大きな瞳をぼんやりと霞ませた。
「もっとこう、さぁ、さらっといきたかったわけよ」
「あ?・・・さっぱりわかんねえ。なに?」
「あーそれあげたヤツじゃん結構似合ってんなーよかったよかった、で、はいじゃあ行こっかー、ってね、そんな予定だったんだよ・・・」
「・・・なんの予定?」
「今日の予定だよっ」
「あー・・・似合ってんな?」
「遅いよ!だからさ!」
「あー?もう、なんだよ、お前わけわかんねーよ!」
元々回りくどいことは好きではない。
だからそう含みを持たせられたり、なんとなく判ってくれと言われたり、本来横尾はそういうのは得意ではないのだ。
そうして結局先にキレる。
そんな横尾を理解しているので、河合は普段なら「あーあまたキレましたよー」などと茶化しはするものの、そんなものだと受け止めていたものだったのだけれども。
今回ばかりはむっつりと眉根を寄せ、元々きつい面立ちをさらにきつくして横尾を見上げる。
「わかんねーの?」
けれどその言葉は、寒さのせいなのか、それとも違う理由からなのか、妙にトーンが落ちている。
見上げてくる瞳はいつもと変わらずキラキラしているけれども。
そんな目で見るなよ・・・横尾は反射的にそう思った。
その瞳は感情を映しすぎると思う。
たとえばその多くの言葉に隠された本当の気持ちすらも。
「・・・このネックレスだとさ、このジャケットが一番だと思ったわけ。で、このジャケットだとこのブーツが最高なの。でもこのブーツだとパンツはこれじゃないとイマイチで・・・」
そう言って淡々と説明していく。
身振り手振りを交えて、事細かに。
それを見て横尾は、ああ確かに俺が悪いのかも、と思った。
その説明される内容がどうこうではなく、ただそんな河合がなんだか・・・本当に凍えてしまいそうに寒そうで。
理解してしまえば、確かに内容的にも自分が悪いのかもしれないとも思ったのだけれども。
「ていうか普通気付くじゃん・・・むしろ俺が寒いみたいになってんじゃん・・・」
もう、マジ冗談じゃなく寒いし。
河合は心なしか俯きがちにもう一度溜息をついた。
「・・・じゃあ、あれか」
その再び吐き出された白いもやに、横尾は小さく頭をかいてからばつ悪そうにする。
ふと手が触れた赤いチェックのマフラーを解くように外しながら呟いた。
「俺のためにそんなカッコしてんの?」
改めて訊くことじゃない。
照れ屋なくせに、その割にストレートにぶつけてくる。
その問いがまさにビンゴなだけに、河合はくるっと背を向けて冷えた頬を自らの手でヤケみたいに強くさすった。
「・・・もーいい。もー気にすんな。・・・もー行こ!」
「や、寒いだろって、だから」
「いいよいいよどーせ俺は寒いんだよ。やることなすこと空廻ってんの」
「言ってねーだろ。自虐に走んな」
その後ろ姿は身体の造りが元々華奢なだけに余計寒そうに見えた。
横尾は外した自分のマフラーを手に歩み寄る。
後ろからそれを河合の前にくるんと廻し、開いた首周りに手早く巻いてやった。
「んっ、えっ・・・?」
唐突なことに河合が目を白黒させながら振り返ると、横尾はついでとばかりにその片端を巻いた中に織り込み、もう片端を前に垂らしてやった。
それから風に晒されたせいで少し乱れた髪を指先で直してやると、よし、と一言呟いて満足げに笑う。
今日初めて垣間見えたその愛らしい八重歯。
河合は思わずぽかんとその笑顔を見上げてしまった。
首と胸元がじんわりと温かい。
「・・・お前、俺の話聞いてた?」
「なにがだよ。あったかいだろ?」
「だって、せっかくネックレスに合わせてコーディネートしてきたのに、これじゃ、見えないじゃん・・・」
モコモコとした暖かな赤いチェックのマフラー。
確かに可愛らしいデザインだし何より暖かいけれども。
今日の服にはいまいち合わないし、何より折角つけてきたネックレスがまるで見えなくなってしまった。
「お前、ほんとにさー・・・」
河合は呟きかけた言葉を紡げなかった。
温かさに満たされた胸の内が絶え間なく音を立てるのが判る。
いい加減単純すぎる。
でも、単純なのがお前のいいところだよ、なんてダンディな誰かさんもからかい混じりで言っていたから、まぁいいのかなぁ、なんて。
そのマフラーを指先で撫でるように触れた。
「・・・うん、あったかい。横尾って体温とか、結構高い方?」
前に垂らされた片端を持って頬をこすってみる。
頬もじんわり暖かくなった。
それからなんとなく目の前の横尾を見上げると、そこで河合はようやく笑ってみせた。
どうやら照れたのは、何も自分だけではないようだ。
「・・・赤くなるくらいならやるなよなー。お前こそ寒いよ」
「うっせー。・・・ほら、行くんだろ?」
そう言って隣に促してくるのに頷く。
「ん。でも横尾、マフラーなくて寒くない?かっこつけて無理すんなよー」
「一言余計だっつの。いいよ、後でなんか買うから」
「マフラー買うの?・・・じゃあ、これちょうだい」
そう言って首に巻かれたマフラーを触ってみせるのに、横尾は少し不思議そうな顔をした。
「は?欲しいの?」
「うん。ほしい。その代わり、お前のは後で俺が買ってやるからさ。・・・ダメ?」
「や、いいけどさ・・・」
「よっし!交換交換!」
ウキウキとそんなことをのたまうのに、横尾はうっかり嬉しそうに頬を緩めてしまって、すぐさまはたとした。
「・・・やっぱお前のがさみーよ!バーカ!」
「うっさいなー。実はちょっと感動してんだよバーカ!」
「うーわ寒い寒い。河合寒すぎ!」
「横尾のが寒いよ!しかもなんか照れ入ってんのとかマジ寒すぎだから!」
「うるせー!!」
しかし延々とそんなことを言い合っていた二人は、時折チラチラと向けられる周囲の視線にもまるで気付かない。
寒風吹きすさぶ中でも、二人の周りだけが妙に暖かかった。
END
第三次わたふみブーム到来中!(もはやブームじゃないだろとかそういうツッコミは締め切りました)
わたふみってリアルカップルなことができるからいいな〜と。五河もたいがいガチですが、それとはまた種類が違う。
なんか友達の延長線上でリアルカレカノな感じがいいよね!
そして最近渉の格好良さにメロメロリンなのでつい。渉ってなんであんなリアルに格好いいの。
キスエビの中で、街中で見かけたらリアルに一番格好いいのはダントツで渉だと思います。渉キュン!
わたふみのお買い物風景に遭遇したい。そして見守りたい(はいはいストーカー)。
ふみきゅんがリアルにハーフパンツにブーツという格好を私服で着ているのでそれも密かに萌え。あの子は自分に似合うものを判っているよ萌え。萌えっこ!
(2007.1.6)
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