世界が廻りはじめる音
なんとなく距離を置かれているような気がするのは、たぶん気のせいじゃない。
レッスンのために訪れたスタジオの裏手を歩きながら五関はぼんやりと考える。
五関が正式にA.B.C.のメンバーになってまだ数日と言ったところ。
何せまだデビュー前のジュニアなど、社長の一声でグループ編成を変えられてしまうような事務所だ。
元々ダンスもアクロバットも割と得意な方だったから、選ばれたことは不思議ではなかったし、不安もさほどない。
元からいたA.B.C.のメンバー三人も知らない仲ではないことだし、人間関係の面でも恐らくは大丈夫だろうと思っていた。
けれどそんなここ数日で確実に感じる、メンバー最年少の妙に距離を置いたような態度。
それは特にそっけないとか冷たいとかそういうわけではなくて、普通に話もするしくだらないことを言い合ったり笑いあったりもする。
あからさまに判るようなものではないし、恐らく傍目にはまるで普段通りの様子に見えているんだろう。
ただ五関には判った。確かに感じた。
確かに何か透明で薄い、けれど妙に硬い、そんな壁が見える。
それは恐らく、ずっと見ていたからこそ判るんだろうとも、五関は冷静にそう分析していた。
本当は、もう少し様子を見ていようとも思っていた。
なんとなく考えられ得る理由は予想していたけれども、そこら辺も確証を得なければ対処のしようもないと思っていたから。
けれどさっき、さりげなく塚田に尋ねたある問いに対する、その答え。
それがなんとなく引っかかった。
そして何より、これは恐らく自分の見えない最初の一歩になるだろうと思っていたから、少し強引に行くことにしたのだ。
スタジオ裏手の一角。
河合はそこにいた。
壁にもたれかかるように膝を立てて座りこみ、目を閉じてじっとしているその姿。
眠っているようには見えない。
その横顔を暫しじっと見つめて、五関は更に歩み寄る。
パチン。
音がしたかと思う程に、その長い睫が派手に瞬いて目が開いた。
その顔が一瞬驚いたように五関を見て、けれどすぐさま笑ってみせた。
「あ、どうもー」
「どうも」
「五関くんも休憩?」
「まぁね」
「五関くんいいとこに目をつけたね。ここ、俺のお勧めスポットなんだよー」
「うん、知ってる」
「・・・あ、そうなんだ」
あっさりとそう言われて、河合は一瞬言葉に詰まったようだ。
五関からすれば当然のようにそんなことは知っている。
落ち込んだ時、上手くいかない時、一人でよくここにきていることは知っていた。
けれど河合は何故知っているか判らないだろう。
軽く視線を彷徨わせて、何か考えているようだ。
五関は知っているから、見てきたから、現状で河合がその次にどういう行動をとるか、既に予想はついていた。
「あー・・・と、じゃあ、俺そろそろ行こっかな!」
「もう?」
「うん、ちょっとトッツーに用事あるし、」
「・・・そんなに嫌わなくてもよくない?」
「な、・・・なにが?」
「さすがに傷つくんだけど」
言う程あからさまというわけでもない。
けれど五関からすれば半ば判っているだけに、そう感じるのだ。
そしていかに周りから落ち着いていて冷静だと言われても、五関とてまだそこまで悟れる歳では当然ない。
うっすら目を細めて首を傾げ、じっとその幼い顔を見つめる。
幼いながらも意志の強そうな瞳が暫しパチパチと瞬いてから、ふいっと逸らされた。
「・・・嫌ってなんか、ないよ。そんなわけないじゃん」
「そう?でも、なんかめちゃくちゃ避けられてる感じするんだけど?」
「気のせいだよ」
「気のせいね。・・・まぁ、そうかもしれないんだけど」
「ね。そうだよ。なんで五関くん嫌わなきゃなんないの。・・・これからは仲間なのにさー」
これからは仲間。
その言葉を発するまでに一瞬あった間に、五関は確信する。
さっき塚田に向けた問いに対する答えに合致する。
「あの二人がよかった?」
「え?」
「あの二人が抜けて、俺がきて、それが嫌?」
あの二人、とは。
五関がグループに入ったのとは逆に抜けたメンバーのことだ。
二人はこれから恐らく違うグループに入ることになるのだろう。
塚田は言っていた。
河合は、その二人に誰より懐いていたのだと。
けれど河合はそれを否定するように大きく頭を振る。
まるで何か許されない罪を否定するような強い調子で。
「ち、ちがっ、ちがう!そんなことないよ!」
「まぁ別に、それは当然だと思うけど」
ずっと一緒にやってきた仲間が抜けたらそれは当然寂しいし悲しいし、辛いだろう。
そして代わりに新しく入ってきたメンバーにそう簡単に打ち解けられなかったとしても致し方ないだろう。
それは理解できる感情だった。
五関とてそこら辺は予想していたことだった。
「ちがうって!だって、二人は別に事務所辞めるわけじゃないし、また会えるし、これからもお互い頑張っていくんだから!」
「それもそうか」
「そうだよ!だからそんなことない!別に離れ離れになるわけじゃないし!これからだってずっと・・・ッ!」
「そうだね」
予想はしていた。
けれど現実は予想の斜め上を行っていたと言わざるを得ない。
誰だって当然のように理解はできる理由だ。
それなのに河合はいっそ不自然なくらいに否定する。
元より大きな声を更に張り上げて、頭を振って。
まるで自分に言い聞かせるような。
一体何を言い聞かせようとしているのか。
「そんなことあるわけない!変なこと言うなよっ・・・」
「・・・でも、寂しいんじゃないの?」
「は・・・?」
「辛いんじゃないの?」
「な、に・・・」
河合は傍目にもびくっと身を硬くして、何か信じられないようなものを見る目で五関を見た。
これで更に確信が強まった。
当然だと誰もが思う感情を、強く強く、まるで何かの罪であるかのように否定する河合。
塚田は言っていた。
二人がグループを抜けると決まった時、塚田は泣いたし、戸塚は寂しいとずっと言っていたのだという。
けれど河合は泣かなかったし、寂しいとは言わなかった。
ひたすらに、これからもずっと頑張ろう、応援してるから、二人も俺らのこと応援しろよ、と。
笑ってそんなことを言って、二人の肩を叩いてすらいたという。
意外と人前でそういうとこが出せない、強がっちゃう子なんだよね、とは塚田の弁だ。
つまりはそういうことなんだろう。
そして、その反動は思う以上に大きいのだろうと今感じた。
「別にそんな無理することないんじゃない?」
当然の感情を当然のように吐き出して。
確かにそれを実際自分に向かって言われたら、正直五関としても辛いところでもあるけれど。
それこそが、これから築いていく関係の礎になるのだ。
逆に吐き出さなければそれはずっと河合の心の中に燻り続けてしまう。
それでは駄目だ。
それは何も河合のためだけではなくて、五関にとってみれば自分自身のためでもある。
「・・・五関くん、て」
「ん?」
「そういう、おせっかいなタイプだとは思わなかった」
似合わない嫌味っぽい口調。
あんまり好感度を下げるのもなんだとは思うけれど、ここで下がるだけ下がっておけばあとは上がるしかないのだから、それはそれでいいかなとも思う。
なにせここは最初の一歩なのだ。
多少強引でも、やるだけやっておかなければならない。
それに、普段人懐こい河合が今そういう態度を見せたということは、逆を言えば今五関は相当深い部分に踏み込んでいるとも言えるだろうから。
五関は少し大袈裟にため息をついてみせると、同じように軽い嫌味口調で返した。
「これから一緒にやってくんだからさ、そこら辺はちゃんとしてもらわないと困ると思って」
「・・・言われなくても。わかってるよ」
「あ、そ。それならいいんだけど。しかも俺ら、たぶんシンメ組まされるだろうし」
「・・・わかってる。ちゃんとする。・・・もうそれでいいでしょ」
河合は何か堪えるように小さく俯くと、足早に五関の横を通り過ぎて立ち去ろうとする。
横を通った瞬間さあっと風を感じた。
同時に何か聞こえた気がした。
それに思わず振り返ると、河合はぴたりと足を止めて、同じように振り返った。
まるで泣き出すのを我慢したようなその顔。
その表情は歳相応に幼くて、手を伸ばして頭を撫でてやりたかったけれど、そこまではまだできなかった。
「・・・五関くんは、いなくならない?」
ああ、そうか。
そういうことか。
五関はそこでようやく全てを理解した。
自分の大切なものがなくなってしまったような喪失感。
置いていかれるような孤独感。
いつかみんないなくなってしまうかもしれないという恐怖感。
そんな、詮無く強い負の感情を抱えてしまう罪悪感。
いつかいなくなってしまうのなら、最初から手を伸ばすことなどしたくない。
そんな心が生み出したのが、あの透明で薄く、そのくせ妙に硬い壁の正体。
けれどくだらない、と五関は思う。
バカな奴だと心底思う。
そんなもので自分を最初から拒絶されたのでは堪らない。
傍目には軽い調子で頷いてやった。
けれど内心には河合の恐れなど一蹴してやる程の強い気持ちで。
「いなくならないよ」
本当はそんな風に言い切れるはずもない。
自分の力ではどうしようもないこともあるのだから。
けれど大事なのはそう言って頷いてやることなのだ。
最初の一歩を強く踏み出し、相手の心に強く強く、鮮やかな閃光のように焼き付けることなのだ。
「俺は絶対にいなくならない」
河合は暫く戸惑ったような表情で目を盛んに瞬かせながら、無言でじっと五関を見つめていた。
五関も特にそれ以上は何を言うでもなく、見つめ返していた。
それは数秒だったか、数分だったか、よくは判らなかったけれど。
「・・・うん、わかった」
ぽつんと呟いたかと思うと、俯きがちに河合が再び寄ってきた。
そして目の前まで来ると俯いたままに、男にしては小さな手をおずおずと差し出してきた。
一瞬意味が判らなくて小首を傾げていると、また小さな声。
「改めて、これから、よろしく・・・五関くん」
おずおずと、窺うように顔が上がった。
五関はそれに笑った。
普段はまず見せない優しい微笑み。
「こちらこそ、よろしく」
きゅっと手を握ってやる。
河合は一瞬ぽかんと口を開けて、まじまじと五関の顔を見つめると、それから再び俯いた。
頬がなんだか熱い気がした。
同時、妙にうるさく刻みだした胸の鼓動が全ての始まり。
それこそが、二人の始まり。
END
実はずっと書きたかった二人の恋の始まり、ていうかフミトの恋の始まりか、これだと・・・。
今回の3誌で色々微妙だった部分が割と固まったので書いてみました。
それにしても夢見がちだなー。
うちの五河って、実は五関さんの方が先に好きになってるから!(笑)
そして意外と裏ではアクティブに色々やってました、ていう・・・(夢見すぎ)。
まー色々捏造盛りだくさんなところは見逃していただくということで・・・(すいません)。
河合郁人大好き人間の戯言です。戯言と書いて夢って読んでもいい。
そうしてこの後はフミトが加速度つけて恋に落ちていくわけですよ。
こうしてまんまと「俺の方が先に好きになったし、いっぱい好きだし!」て悶々するフミきゅんの完成であります(あーあ)。
・・・うちのごっちは実は色々と問題があるというのが浮き彫りになった瞬間。わー。
(2006.9.9)
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