Kiss to...










この人は、すぐにキスしたがる。

「おかだぁ、ちゅーしようぜ〜」
「・・・いや」

こんなやりとりは日常茶飯事。

「なーんでだよー。しようったらしよー」
「いやや」

別に俺だってさ、ほんとに嫌なわけじゃないよ。
でも物事にはTPOってあると思うんだ。
だいたいここは楽屋なわけで。
確かに今俺ら以外には誰もいないけど。
でもいつ帰ってくるか判らないんだし。

けどこの男はそんなこと、これっぽっちも考えてないみたいで。
ソファーに腰掛けて俺が目を落としていた文庫本をスッと取り上げたかと思うと。
それに思わず眉根を寄せて顔を上げた俺の肩に手を回して一気に抱き寄せてきた。
一瞬呆気にとられて反応が遅れた俺のすぐ目の前に迫る、にやけた顔。
元から細い目がますます細くなってる。

「俺もやだ。しちゃうもんねー」

なに言うてんねん、って俺が言うよりも前に。
躊躇なくその厚めの唇が俺のものを塞いだ。
その慣れた感触と暖かさに俺はハッとして、すぐさま力を込めて身体を離させる。

「っん、も、いいって言う前に、しとるやんっ・・・」

軽く睨め付けるようにしてそう言うけれど。
イノッチはまるで堪えた様子もなく・・・むしろそんな俺を見てなんだか嬉しそうな様子で笑う。

「あっ、准ちゃん顔赤いよ?かーわいー・・・・・・いてっ!」
「・・・調子に乗んな」

本当に、あんまりにも嬉しそうに笑うから。
俺の肩を抱いていたその手をぺしっと叩いてやった。
イノッチは拗ねたように唇を尖らせる。
子供みたいだ。

「なんだよいきなり叩くなよー」
「いきなりキスしてきたんはそっちやろ。せやから俺もいきなり叩くんや」
「岡田ってば、つれねーのー・・・・・・ん、」
「っ、ん、せやからっ、してええなんて一言もっ・・・ん、んっ・・・」

俺の言葉に、何故だか拗ねた様子をすぐさま引っ込めたかと思うと。
今度はへらへらと笑いながら、けれどそのユルイ表情とは裏腹に強い力で再び俺を抱き寄せ、先ほどよりも深く唇を合わせてくる。
容赦なく差し入れられる舌、それが自分のものに絡められる。
あまりにそれが傍若無人なものだから、呼吸すらままならない。
一瞬頭の奥がフラッシュするような、そんな感覚。
その後は何処かじわっとした熱が身体中に広がるような。
思わず閉じていた目をそっと開けてみる。
すると、その表情はやっぱり嬉しそうで。むしろ幸せそうで。
なんだか胸が掴まれたような気がして、またそっと目を閉じた。






この人は、すぐにキスしたがる。

「んー・・・んっ・・・」
「・・・・・・」

さっきのキスですっかり力が抜けてしまった俺。
正直信じられない。
こんな楽屋でここまで激しいキスをしてきたこの男が。

ようやく息は整ってきたものの、身体は未だ言うことを聞かず。
その両腕の中で大人しくしているしかなかった。
力が戻ったら殴る。絶対殴る。

「んんー・・・んー」
「・・・・・・」

そうして内心で密かな決心をしつつも、やっぱり今の俺は未だイノッチにされるがままで。
くったりしている俺に満足したのか、それとも気分が変わったのか。
さっぱり判らないけど。
イノッチはものすごく嬉しそうな表情と声とで、俺のあそこにばかりルンルンとキスしてくる。

「ん、んー」
「・・・・・・ちょっと」

さっきからもう何度されただろうか。

「んー?」
「ちょっと。・・・なんでさっきからソコばっかやねん」

じろりと睨むように見た俺に、にへらと笑って。
その唇が何度目かも知らず押し当てられたのは。


おでこ。


「んー・・・だって、かーわいーんだもーん」
「なにがやねん・・・って、もうすんなっ。ソコばっかっ」

激しいキスに俺がぐったりした直後から。
俺がろくに抵抗できないのをいいことに、イノッチはちゅっちゅっちゅっちゅと・・・俺のおでこにばかりキスしていた。
むしろ、おでこにのみ、と言った方が正しい。オンリーおでこ。

「だから可愛いんだってーお前のおでこ。俺好きなんだよー」
「むかつくわ・・・」
「え、なんでよ」
「・・・どうせでこっぱちや」

むすっと低くそう呟いてみせる。

このおでこはもう幼い頃から気にしていること。
上京して事務所に入るまでの青春を捧げたラグビーによって出来たと思えば、それはある意味勲章と言えるのかもしれないけど。
こういう、人に見られる仕事に就いた今となると些細な傷ですら目立つし、何かしら言われる。
それにこの広くて派手にでっぱったおでこは、最早俺と言えばコレ、みたいになっていて。
何かと言うとコレでいじられる。
別にそれがそこまで嫌ってわけでもないけど。
でも、そんな強調するみたいにソコばっかキスされるのは正直微妙。

「どうせデコパや」

ぼそぼとそう呟いて。
今更ながら、自分のおでこを確かめるように指の腹で撫でてみる。
たんこぶが重なっていびつにでっぱったそこは、お世辞にも見目いいとは言えないだろう。
あまりじっと見られたい所でも、ましてやキスされたい所でもない。
・・・それが恋人になら、なおのこと。

思わず俺は伏し目がちにその胸元をぼんやりと見ていた。
何となくその顔を見ないように移した視線の方向だったけど、眼前にあるその綺麗な鎖骨に思わず目が釘付けになる。
イノッチはあまりそうは思われないけれど、実はスタイルがとてもいい。
パーツのバランスがよく、細身ながら綺麗に筋肉のついた身体をしていて、それは長袖のシャツを着ている今でもよく判る。
よくイノッチは三枚目キャラで、俺は二枚目キャラだなんて言われるけど。
実際のとこ、絶対俺よりイノッチの方がかっこいいと思うんだけどな。
顔だって、確かにいわゆる美形じゃないかもしれないけど、真面目な顔をしている時は思わず目を奪われるくらい格好いいし・・・。
笑顔なんて、見た人全てが幸せになれそうなくらい可愛いと思うし・・・。

「・・・おかだー」
「んー・・・?」

いつの間にか、考え事が別のことに移りぼんやりしていた俺の意識を引き戻すように、その声が降ってきたから。
つられるように軽く上向くと、今さっき可愛いと思っていたその笑顔がそこにあって。
思わず、ほわん、と幸せな気分になっていた、ら・・・。

「んーっ」
「っ、あ、またっ・・・」

ぶちゅ、っと。
またおでこにキスされた。

「やめろって言うてんのにっ・・・」
「もー、お前はほんっとにかわいーねー」

だいぶ力も戻ってきたからと、じたばたもがき出す俺をものともせず。
イノッチは嬉しそうに俺をぎゅうっと両腕で抱きしめながら頬ずりしてきた。

「ん、なにがやねん・・・。わけわからん・・・」
「こーんなチャームポイントを気にしちゃうお前は、可愛いって言ってんの。判る?」
「・・・わからん」
「相変わらずお前は理解すんのに時間かかるなー」
「うっさい。イノッチの思考回路なんて理解できるか」
「うわ、ひどー」

判らない俺がまるでアホみたいなその言いぐさに、ちょっとむっとなってばっさり言ってやるけど。
イノッチはさして堪えた様子もなく、何だか妙に浮かれた様子で俺のおでこを指で撫でた。

「だからね、このおでこはお前のチャームポイントなんだって」
「・・・・・・えー」
「なにその嫌そうな声」
「でこっぱちがチャームポイントて・・・」
「いいじゃない。可愛いじゃない」
「ええー・・・」
「なによ。なんなのよ」

至極嫌そうに胡乱気な声を出す俺に、イノッチは不思議そうな顔をするけれど。
俺からしてみればいくらイノッチの言葉とは言え・・・いや、だからこそ、あまり信用ならない。

「イノッチって、なんでもかんでも可愛いって言うからなぁ・・・」

日頃から愛の言葉とスキンシップを趣味とするこの男は。
何かと言うと俺に「可愛い」を連呼する。
まるで「可愛い」の大安売りみたいに。
・・・そんなことを言うと、意外と傷つくだろうから言わないけど。

けどそんなことをいちいち考慮していた俺に向かって、この男はあっさりと、しかもまた例の極上の笑顔でもって言ってのけた。

「だって、お前はなんでもかんでも可愛いんだもん」
「・・・イノッチ、寒いで」
「なーんでだよー。だって可愛いもーん」
「もうええわ・・・」

この男には何を言っても無駄なんだった。
そう思って軽く身じろぎして身体を離そうとしたけれど。
それは思うより強く込められたその両腕の力に阻まれて、ままならなかった。

「・・・このおでこ、ね。ほんと可愛いんだって」
「んっ・・・?」

きゅっと抱きしめられた耳元で、低く囁かれる。
その低音が耳から身体中に響き渡るような気がして、思わずぴくんと反応する。
その声と俺の背中を這う手が、何だかある時を連想させる。

「ちょっと、いのっ・・・」
「お前はね、知らないかもしれないけど。俺だけは知ってるんだなーこれが」

俺の言葉を遮って。
イノッチはくつくつと笑いながら、その指をゆるりと俺のおでこに滑らせる。
さっきよりもざわつく何か。
肌が粟立つような感覚。
思わず小さく息を飲んでしまった。
イノッチにもそれが判ったのか、ますます笑みを深くしながら顔をそっと近づけてきたかと思うと、最早今日何度目か判らないキスをまたおでこにした。
ちゅっと触れるだけのそれだったけれど、俺の身体は勝手にぴくりと反応してしまう。
そんな自分がどうかしてると思いながら、俯きかけた顔をなんとかそちらに上げる。
するとそこには楽しげににやにやと笑う顔。
それでも愛しいその笑顔。

「・・・お前、ここも性感帯なんだよ?」

ちゅ。

また、おでこにキスされた・・・。

「・・・ありえへん」
「ありえるありえる。でもって、顔赤いよ」
「ありえへん・・・」
「ありえるってー。じゃあ、それを証明するためにもっとちゅーしてあげよっか?」
「いっ、いいって・・・いらへんっ」

そう言いながら早速また顔をおでこに近づけてくるイノッチを押しのけるように、慌ててその胸に両手をやった。
なんかこれ以上は危険な気がする。
このままだと、なんか、パターン的にこう・・・なし崩しっていうか・・・。
慌てている俺を後目に、イノッチは思わずこっちが見とれるような笑顔そのままに俺を抱き寄せようとする。

「いーからいーから」

よくないから言っとんねん!このボケ!
・・・でもそんなことを言う余裕すらなくて。

「ちょちょちょ、まってイノッチっ」
「んー?なに?」
「ほらっ、もうすぐみんなも帰ってくるやろうしっ」
「あー・・・だいじょぶだろ」
「なにがっ」
「あっちはあっちで今頃お盛んだよきっと。坂本くんと長野くんは第二スタジオ脇の会議室、剛と健は非常階段かな〜。だいたいそこら辺なんだよね」
「・・・・・・」

なんか、今ものすごい事実を知らされたような・・・。
いや、付き合ってることは知ってる。知ってるけど。
でもそんな・・・。

「じゃあ、そういうことで。あいつらもやってんだから、俺たちもしよう」
「・・・いやっ、何がそういうことやねん!だいたいあいつらもってなに!まぁくんと剛くんをイノッチと一緒にすんなやっ!」
「あ、お前今ちょっと俺にひどいこと言ったでしょ?」
「ひどいも何も、事実やろ」
「お前はあの二人になーにを夢見ちゃってんの?結構すごいよあいつらも。見に行くー?」
「・・・・・・もう、ええ」

俺もまだ、意外と夢見ていたい年頃なのかもしれない・・・。
何より他人のそんな場面を見たいとは思わない。
だいたいそんなん、博と健くんが可哀相や。

内心ぶつぶつとそんなことを思っていたら、イノッチは俺の手をとって指先に軽く唇を押し当てた。

「んー、一回が限度かなぁ・・・」

何か今、またすごいこと言われた気がする。
ここは楽屋なんだけど・・・判ってんのかな・・・判っててやってんだよね・・・きっと・・・。

「あー、イノッチ、俺この後人と会う約束あるからー・・・」

今度は穏便に出てみた。
・・・出てみたけど、内心無駄なのはとうに判っていた。

「ん?なに?誰と?」
「えっと・・・バンビ・・・」
「バンビって・・・・・・櫻井?」
「おん・・・。ちょっとご飯食べに行く約束、してて」
「・・・そっか。うん。だいじょぶだいじょぶ」
「え?」

一瞬言った意味が判らなくて、小首を傾げる。
それにイノッチはにこっと笑って、またおでこにキスをした。

「櫻井には俺が連絡しといてやるよ。・・・ぶっさんは体調不良で行けませんってね」
「んっ・・・」

おでこに触れる唇の感触。
そこから伝わる彼の熱。
身体が微かに震える。
それだけでぼうっとする。

俺はまた力が抜けていくのを自覚しながら、小さく息を吐いてぽふっともたれかかった。

「この、エロッチ」
「あははー。よく言われる」
「・・・誰に」
「お前に」
「ほんまエロッチや。一発殴りたい」
「あははーん。お前にならいいよん」
「・・・ほんま、殴る」

そう言ってほんとに拳を右手に作りつつ。
でも同時にやっぱり身を委ねた。



しょうがない。
イノッチも俺も、ほんとにしょうがない。

この人は、すぐにキスしたがる。
そして俺は、なんだかんだ言ったって。

そんなこの人にされるどんなキスも好きなんだ。










END







うわー甘ー!(ガタブル)
坂岡とは打ってかわってべた甘いですな井岡・・・。
ていうかこんな意味もなく甘い話自体書くの久々です。
でも井岡はこういう感じでなんだかんだ甘くてバカップルな感じもいけるカプだと思う。そればっかだと飽きるけど。
特に意味ない感じに、バカみたいにラブな感じが似合うカプ(笑)。そしてやりとりが楽しい。
とりあえずテーマは「でこちゅー」です(アホな)。
あの岡田の可愛らしいでこっぱちはやはり愛すべき宝だと思うわけで。イノッチは岡田のデコにチューするのが大好きだといい。
でもってあのデコは岡田の性感帯だといい(ありえません)。
ああでも、次井岡書くならシリアスがいいなー。ラブラブ甘甘もシリアスも両方いけるカプだと思います井岡。素敵。好き。
そして趣味で坂長に剛健。おまけに翔准。
(2004.11.21)






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