ただその世界でだけは
「お前って、キレーな顔してるよな」
唐突にそんなことを言われ、俺は思わず動きを止めてそちらを見た。
楽屋での待ち時間、持っていた文庫本を置き、それからゆるりと眉根を寄せる。
唐突・・・とは言え、初めて言われた言葉でもない。
だからこそ俺は、何となく自分の機嫌が僅かに傾いていくのを感じていた。
至極軽い調子で。何でもないことのように。
むしろ何か感心したように言う。
「ほんと、キレーな顔」
十分表情にも出ていただろうから、俺の機嫌が降下していくのは当然判ったはずなのに。
そのくせなんだか逆に楽しそうな表情を浮かべ、俺の顔を覗き込んでくる。
唇の端をニッと上げた、何だかちょっと挑発的ですらあるそれ。
「・・・何が言いたいん」
「別に?俺は見たままを言っただけー。
モデル顔負けってやつ?昔はあーんなちんちくりんだったのになー」
「褒めとんのかけなしとんのかどっちやねん」
「なに?なに怒ってんの?オマエ」
俺がむっつりと呟くように言うのをまるで面白がるみたいに。
僅かにからかいを含んだその物言い。
そっちこそ、一体どういうつもりなんだか。
普段は別にそんなことはない、むしろ褒めるようなことはあまりしない、口下手な人なのに。
そのくせたまに思い出したようにそんなことを言う。
まるで俺を試すように。
実際別に褒めているわけじゃないんだ、剛くんのこの唐突な台詞は。
事実をただ述べただけのような。その軽い口調。
そしてその真意が未だに判らないからこそ、俺はどうにも釈然としないものを感じては反応に窮する。
実際のところ、別に剛くんの言うように怒っているというよりも。
ただどう返したらいいのか判らないだけ。
剛くんが、一体俺にどんな反応を求めているのか。
判らないのが嫌なだけ。
「何がいけないんだよ。別にイイじゃん。俺だけじゃねーだろ?」
「俺だけ、って、なにが・・・」
「だから、お前にそういうこと言うの」
またもやその言葉の意味を図りかねて、眉根を寄せつつその顔をじっと見る。
剛くんは特に俺の返事を期待してはいなかったのか、すぐさまおかしそうに言った。
「『岡田・・・綺麗になったな』とか、『准ちゃんは本当に美人さんになったね〜』とかさ」
「・・・全然似てへんで」
その微妙な物まねに突っ込んでやるけど。
「でも判っただろ?お前の過保護なオヤジとうぜーアニキ」
「なんやねんそれ・・・別に坂本くんと井ノ原くんは・・・」
不意にその口から出たメンバー二人。
確かにそれは事実で、実際言われたことは何度もある。
でも今それがどうしたというのだろう。
一瞬、もしかしたらヤキモチでも焼いてくれたのかと思うけれど。
そんな思考は言葉になんて出すまでもなく、すぐさま頭の奥で消えた。
確かに独占欲が強くて嫉妬深い人ではある。
けど、今のその表情を見る限り、どうにもそういう感じでもなさそうで・・・。
「ん?なんだよ」
「べーつーにー・・・?」
「んだよ。お前感じ悪ぃな」
「どっちがやねん」
にやにやしよって。
剛くんが何を考えているのかさっぱり判らない。
この人は一般に思われるイメージよりも実はずっと判りづらい。
普段は俺なんかよりもずっと静かでクールだったりする。
口下手なのは事実だけれど、それは感情を上手く言葉で表現できないというだけではなくて。
敢えて口にはしない、しようとしないというのもあって。
俺は度々その真意や気持が判らなくてやきもきさせられていた。
俺だって人に言える程気持を口にしているわけではないけれど。
でも剛くんとは違う。
この人は明らかに俺を試して・・・更に言えば、面白がっている。
正直、むかつくねん。
「・・・剛くんにそないなこと言われても別に嬉しないで」
「あ、かっちーん」
「なんやねん・・・」
「あいつらはよくても俺はダメってこと?」
軽く目を細めて。
そんな風に低い声を出して。
なんやねん。
自分で言い出したんやろ。
俺をむかつかせるような物言いをわざとしたんやろ。
そのくせなんで本気で自分までむかついとんねん。
坂本くんとか井ノ原くんとか・・・別に他の誰にそういうこと言われても、それは特に気にならない。
というか、さして何も特別な感情は抱かない。
一応褒められていると取れば「ありがとう」とは返すけども。
けれど剛くんに言われるのは、なんだか嫌。
別に褒めてるわけじゃないし。
褒められているとしても何だか・・・。
「・・・お前、さ」
剛くんはそう呟くように言って、不意に俺に手を伸ばす。
何かと思って特に身じろぎもせずにいると、その指先が俺の顎にするりと滑って掴まれる。
「俺がキレーって言うと、ほんと嫌がるよな?」
「・・・別に嬉しないしな」
「そんだけ?」
またにやにやしよって。
掴まれた顎がスッと引き寄せられた。
俺の身体はそのままゆるりと傾き、ただ剛くんのなすがままになる。
触れるか触れないか、ギリギリの距離。
そこで暫し剛くんはじっと俺の顔を見つめる。
色が抜かれて痛んだ前髪から覗く、意志の強そうな瞳。
俺も特に何を言うでもなく、じっと見つめ返す。
見つめ合う、けれどそれは恋人同士のそれ特有の甘さなんかなくて。
まるで何か静かな戦いのようだった。
逸らしたら負け。
いつの間にかそんな何処かずれたことを頭の奥で考えていた俺に、けれどあっさりその勝ちを手放したのは向こうだった。
「・・・は、おもしれ」
ふっと軽く吹き出すようにそう呟いたかと思うと。
剛くんは特有の甲高い笑い声を上げる。
「は?」
ウヒャヒャヒャヒャ。
そんな独特の笑い声の中、俺の疑問符は平然とかき消されてしまいそうだった。
けれどそれに抗議しようとした口は、あっさりと塞がれた。
少し厚めの、荒れた唇の感触。
「んっ・・・?」
思わず反射的に目を閉じてしまう。
けれど思うよりすぐさま離れたそれに、恐る恐る目を開けると。
「やっぱお前おもしれーよ。たまんねぇ」
「剛くん・・・ほんまに意味が判らへんのやけど」
「だからさー、そうやって俺の言うことに嫌がって不機嫌になる顔がさー」
「趣味わる・・・」
「お前がさ、もしもの話?俺が普段散々キレーなお姉さんが好きだって言ってるから、逆に自分が言われんの嫌だったりとか?
そんなんだったらもっとおもしれーんだけど。ヤキモチとかさぁ、可愛くていーねー。燃えるわ」
ウヒャヒャヒャヒャ。
・・・耳障りやわその笑い声。めっちゃ腹立つ。
「アホか。んなわけないやろ」
「ふぅん?つまんねーの」
そんなことで嫌がるか。
ちょっと自意識過剰なんとちゃうの?
まぁ確かに、剛くんの年上好き、綺麗なお姉さん好きはメンバー誰しも知っていることで。
しかもちょっとお色気系で露出度高めなのが好き。
だからもしそんなのと同じような調子で言われたら確かにそりゃ・・・いい気分はしないけど。
「言うとくけど、俺はAV女優やないで」
至極冷めた声でそう突っぱねた。
けれどそれはますます剛くんを面白がらせるだけで。
「なに言ってんの?当たり前じゃん。俺、お前で抜いたりしねーもん」
「・・・あっそう。どうでもええわ」
なにそれ。
別に抜けとは言わないけど。
もうこの話をしているのがいい加減嫌になって。
早く誰かメンバーが帰ってこないかな、と思っていたら。
再び顎を掴まれて、さっきよりも少し荒っぽく口づけられた。
「っ、んんっ・・ふ・・・ぁ、ごぉ・・くん・・・」
「はぁ・・・オマエ、ね、ちょっと勘違いしてんだろうけど」
離した唇を自分でぺろりと舐める。
その仕草が何処か官能的で、ぞくりとする。
「勘違い、て・・・」
「お前の場合、抜くどころじゃ済まねーだろ?
お前相手なら抜くっていうかもうむしろ突っ込むし。んで、中に出すし」
「・・・・・・最悪やコイツ」
「俺お前ん中に出すの好きだもん」
「堂々と言うなや。女の敵やな」
「お前女じゃねーじゃん」
「・・・アレ、後で大変なんやで?」
「知ってるよ。だからちゃんと処理してやってんじゃん」
「・・・もうええわ」
この人には言っても無駄。
普通なら言わないようなことを平然と言ってのける。
理性とか常識とか、そういうものがないわけじゃないのに。
敢えてそれを当たり前のようにぶち破ってみせる。
「お前はさ、なんていうか・・・いつまで経っても、キレーだよな、ほんと」
「せやからもう言うなって・・・」
「キレーなんだよ、全部。神経図太そうに見えて、くだらねーこと気にするし。
汚いものとかさ、案外認められないタチだろ?昔っからそうだよな」
薄く笑ってそんなことを言う剛くんから、軽く目を逸らしたくなった。
それはまるで、俺がまるで成長していないような・・・心の中はいつまで経っても子供のような。
そう言われているような気がして。
けれど逸らそうとした視線は許されず。
息のかかる距離でじっと見つめられた。
「・・・いいんだよ。そういうとこが好きなんだよ」
「ご、くん・・・」
「お前のいつまで経ってもキレーなとこ。汚れないとこ。キレーでいたがってるとこ。
・・・で、実はそんな自分を内心では汚したがってるようなトコ。たまんねぇんだよな」
『むしろ俺の手で汚してやりたくなる』
見透かすような強い瞳。
逸らしたいけど逸らせない。
「・・・ごぉくん」
「ん?」
「俺のこと、好き?」
「ああ、好きだよ」
「・・・そっか。俺はあんま好きやないわ、自分のこと」
子供じゃない。
けれど大人でもない。
何だか中途半端な場所にいる気がする。
綺麗でいたい。
けれど汚れたい。
なんだかずっとあがいているような気がする。
そんな俺は、その瞳には本当に・・・。
「おい、岡田」
「・・・なに?」
「俺、別に嘘は一個も言ってねぇよ?
ほんとにお前のことキレーだと思ってるし。お前のこと好きだし」
そう言って笑ってくれた。
さっきとは違う、まるで子供みたいに無邪気な笑みで。
俺の大好きなそれ。
たぶん、ほんとは。
自分が今の自分のことを好きじゃないからこそ、そう言われるのが嫌だった。
自分はそんなたいそうな存在ではないと。
そう思うからこそ、剛くんに綺麗だと言われるのが嫌だった。
けれどそれでもあなたは、そんな風にあがく俺ですら綺麗だと言ってくれるんだ。
「お前は俺の世界の中で、一番キレーだよ」
それに何て返したらいいのか、正直よく判らなかったから。
ただ、ごぉくん、とその名を小さく呼んで。
その瞳に映る自分を暫し見つめてから、そっと瞳を閉じた。
自分がこの先どういうものになるのか判らないけれど。
ただその瞳に映る自分だけは、あなたが言う「キレー」なものであれればと願う。
END
いきなり剛准なんて書いてみたりして。ごずん。
坂岡、井岡、そして剛准・・・。いよいよもって岡田総受けっぽくなって参りましたよ。
いや基本は岡田総受けですよ私!ズンは受け子です。
しかしまるで岡田ファンのようだ・・・(笑)。
で、ごずん。ごずんも実は密かに大好きです。
ここは坂岡とか井岡と違って同年代っぽいカプで。いや実際にはごつんが2こ上だけど。
なんかちょっとドライだといい。ドライでエロいといい。
ごつんがね、格好いいから。ドライでエロティックでクールだから。でもちょっとシャイ。
・・・ちょっとごーつんに夢見がちなわとさんですよ。ごーつんカコイイ!(はいはい)
で、うちの岡田はなんかちょっと病んでる気がしなくもないような・・・。ていうか、うちの岡田暗いよね!(笑)
次回はもうちょっと明るいズンたんを・・・。
(2004.12.23)
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