ぜんぶあげる
「どっくん誕生日おめでとー!プレゼントは俺っ!やでっv」
元より整った白い顔にニコリと満面の笑みを布いて、元より高めで甘い声を努めて可愛らしくコーティングして。
小首を傾げて薄金茶の髪をサラリと揺らし、両手に余るくらいの大きな袋を掲げてみせる。
普段の横山を知る者が見ていたら今度はなんのネタなのかと呆れるような。
またそれがネタではないとしたならば何か変な物でも食べたのではないかと心配になるような。
しかしながら、それがどちらのものであるのかを判断できるような人間は生憎とここにはおらず、またそもそも今横山がその台詞を向ける相手も実は目の前にはいないのだった。
つまり横山は一人でこんなことをしていたわけだ。
本来ならば関西人としてあってはならない寒さだ。
「よーし、予行演習は終わりや」
けれども今の横山にはそんなことを気にしている余裕はないらしかった。
都内某所にあるホテルの一室の前、扉に向かって呟く横山の頭の中は今ひとつのことでいっぱいだったのだ。
そもそもがこんな扉の目の前で、しかもさして小さくもない声でそんなことを言っていたら、予行演習も何も中の人間には丸聞こえだということにも全く思い至らない程に。
「・・・・・・あれ?・・・おれへんの?」
しかし実際の所、結局この目の前の部屋の中にも今そのお目当ての人物はいなかった。
扉を叩いた手に返ってくる返事もなければ、その扉が開くこともない。
それは運が良かったのか悪かったのか。
ただ横山本人からしてみれば、折角来たのに、とぽってりした唇を尖らせる結果でしかない。
急にやってきた自分に向けられる少し間抜けた驚き顔が見たかったのに。
・・・ああ、でも、今の状況じゃ不機嫌そうな顔をされただけだっただろうか。
「はぁ・・・なんやねん・・・」
横山は出端を挫かれたような気持ちになって、そのまま扉に身体を預けるようにして座り込んでしまう。
努めて引き上げていたテンションの反動が一気に押し寄せてきたのか、心の中が後ろ向きな感情で満たされるのが自分でも判った。
もう一つのグループの仕事で東京に来ている錦戸の元にわざわざ大阪からやってきて、連絡もせずにホテルに押しかけて。
正直改めて考えてみればたいそうなことをしでかしたものだと思う。
横山は持ってきた大きな荷物を無造作に隣に置くと、そのまま膝を抱えて顔をそこに押しつけた。
あいつはいつ帰ってくるんだろうか。
もしかしたら帰ってこないんじゃ。
いやでもホテルに泊まっている以上帰ってこないなんてことはないはずだ。
けれども今回は他のメンバーもいるようだし、もしかしたら誰かの部屋に行っているのかも。
そこでみんなに祝って貰っているのかも・・・。
いつも可愛げのない口を叩くばかりで、恋人の誕生日すら忘れていたような奴のことなどすっかり忘れ去って。
「・・・ちゃ、忘れとったわけやないねん。ほんまやねん。うそやないねん」
誰もいないホテルの廊下で一人呟く。
それは言い訳がましいことこの上ない。
けれども本当に、本当に、忘れていたわけではないのだ。
ただ単に他のメンバーと喋っていた所に急に話を振られたから。
咄嗟に「はぁ?」と素っ頓狂な返事を返してしまっただけで。
ただしどろもどろに「せやから、俺・・・3日・・・」と段々小声になっていくその様がなんだか可愛かったから、ついからかってみただけで。
そんなにも拗ねるなんて思ってもみなかったのだ。
まさかそれから今日の今日までメールもなければ電話もなく、その上自分には何も知らせず東京に行ってしまうなんて。
「忘れとるわけないやん・・・。せやから今日かてなんも予定とか入れてへんかったんやんけ・・・」
これでも一緒に過ごすつもりだった。
特にプランもプレゼントも何も考えてはいなかったけれど。
万が一相手に仕事が入ったとしても何かしらはできると思っていた。
電話なりメールなり、それはなんだって手段はあったはずだった。
けれども相手の気持ちひとつでそれは何の意味も成さなくなるのだということを横山は思い知った。
事情を知った村上やすばるにはたいそう呆れ顔をされたものだ。
すばるには「自業自得や」と一刀両断され。
村上には「これを機に少し素直になったら?」と軽く慰められ。
さすがに今度ばかりは堪えた横山は、自分の中にある勇気やら何やらをかき集めてここまで来た。
・・・来たのだけれども。
「どないしよ・・・。帰ろかな・・・。あ、でももう新幹線ないやん・・・」
依然として顔を膝に押し付けたまま呟く声は小さくくぐもる。
既に時刻は22時を回っていた。
大阪行きの新幹線などとうに最終便が出てしまっている。
最悪相手が帰ってこなかったら、どこか泊まる所を探さねばならない。
ここで自分からメールをするとか電話をするとか、そういう選択肢を考えようとしない辺りが結局この横山裕という男の臆病な所なのだが。
「ホテル探す・・・でも金あらへん・・・。野宿・・・でも寒いしな・・・」
「・・・仮にもアイドルが野宿はやめたほうがええで」
「でも金・・・もう3千円しかあらへんし・・・」
「なんでそない金あらへんねん。東京来んのにありえへんやろ」
「やって泊めてもらうつもりやって・・・・・・・・・え?」
もの凄い勢いで顔を上げた。
そこには呆れ返ったような顔で腕を組んで見下ろしてくる錦戸がいる。
横山からすれば優に一週間ぶりの姿だ。
それを確かめるように思わずじっと見つめてしまう。
するとその彫りの深い顔が僅かに顰められ、小さくため息をついた。
「・・・何してんですか、こんなとこで」
「あ、あー・・・と、・・・あんな、・・・」
「なんすか」
「えと、おまえ、ほら、今日・・・」
「・・・今日?」
「たんじょうび、やんけ、なぁ?」
「・・・小山がなぁ、部屋同じ階やねんけど」
「え・・・?」
錦戸はそのまま目線を合わせるようにしゃがみこむと横山の顔を覗き込んだ。
依然として顰められたままの錦戸の顔に、パチパチと瞬くその切れ長の目にはどことなく不安そうな色も見える。
けれども実際の所、錦戸としては内心既に顔を顰めたままでいるのも限界だった。
今にも緩みそうになる顔を保つので精一杯で。
「下のレストランで俺が飯食うとったら、すっ飛んできよって。
部屋の前に横山くんがきてるよ〜!って。なんか待ってるみたいだよ〜!って」
小山にそう教えられてもなお半信半疑で戻ってきて、錦戸は驚いた。
そこには一人、まるで子供みたいに膝を抱えて扉の前に座っている恋人がいたのだから。
それは今こうして近づいて改めてまじまじとその姿を見るとより実感する。
いつもいつも余裕顔で自分ばかりが振り回されていると思っていたのに。
自分を見た瞬間、そんな嬉しそうな顔をするなんて。
錦戸の顰められていた顔はついには緩んで破顔した。
まさかここまで来るとは思わなかったのだ。
・・・来てくれるとは思わなかったのだ。
白い手をそっと掴んだら冷たくて、思わず両手で包むように握った。
「ごめん。ちょお俺も大人げなかった。あかんよな。またいっこ歳とったんやし」
そう言って覗き込んでくる顔がいつもよりも大人びて見えたのは、言う通り今日またひとつ歳を重ねたからなんだろうか。
またひとつ大人になったからなんだろうか。
横山は思わずまたパチパチと目を瞬かせてその顔を凝視してしまう。
何か喋らないと。
鼓動が随分うるさい。
「あー・・・の、な、」
「ん?」
「おまえ、なんや、あれやな」
「はい?」
「かっこええな」
「はぁっ?」
「錦戸かっこええ」
「・・・からかってます?」
「なんでからかわなあかんねん」
「や、だって・・・」
なんやあんたに言われんのあんま慣れてへんから、急に言われると困んねん。
照れたようにそう小声で呟く様に、逆に横山は今度は少し安心したように笑った。
「なんてな。・・・やっぱどっくんかわええなー。誕生日おめでとな」
そうしてその柔らかな手が錦戸の髪を軽く撫でた。
あんまり自分を驚かせないで。
ゆっくりゆっくり大きくなって。
そんな気持ちを込めて、祝福を込めて。
今日会えてよかった。
会いたかった。
「なんすかこれ」
「プレゼントやんけ」
「・・・これが?」
「あっおまえなんやその不満顔!フリでももっと嬉しそうな顔しろや!」
「やってこれ・・・」
部屋に入ると、横山は抱えていた大きな包みをベッドの上に置いて早速ガサガサと開けた。
普通プレゼントというのは貰った方が開けるのではないのかと錦戸は思ったが、横山が妙に嬉しそうなので言わないでおいた。
開けた包みから出てきたのは巨大なぬいぐるみ。
白くてふかふかした・・・でも特に何の生き物なのかはよく判らない代物。
確かに触り心地はいいし、可愛いと言えなくもないが・・・。
「こんなん貰って俺にどうしろって・・・」
「こんなん言うなや。俺やと思って大事にしろよ」
「これを?」
まぁ確かに白いし柔らかいし。
そういう意味では判らなくもないけれども。
まさか21歳にもなってぬいぐるみを貰うことになるとは思わなかった。
錦戸はベッドサイドに腰掛けながら、その大きな白い物体をまじまじと眺めながら手で確かめるように触っている。
その様子を横山はベッドの上に転がりながらなんだか楽しげに眺めていた。
見ていてそんなに楽しいものだろうか?
チラリと横山を見てそんなことを思いながら、錦戸は一通りそのぬいぐるみの感触を確かめる。
そして俯せに転がる横山の背中の上におもむろに置いてみた。
すると楽しげに見ていた横山の表情がきょとんと不思議そうなものに変わる。
背中の上に白いふかふかした物体が載っているのと相まって、それは妙なおかしさと愛らしさがある。
「・・・なに?」
「俺が持ってるより似合うわ絶対」
「あほ。せやからおまえが持ってなあかんねん」
「あ、そか。きみくんの代わりやから」
「せやで」
「でもきみくん」
「なにぃ」
「ぬいぐるみとは何もでけへんで」
錦戸は自らも横に転がると、同じ目線の高さになった白い顔をじっと見つめる。
外は寒かったのだろう、部屋に入ってようやく暖まってきたのか頬に赤みが差していた。
無造作に手を伸ばすと横山の腕を掴んで身体を寄せる。
引き寄せられた拍子、その上からぬいぐるみが背中から落ちて転がった。
「きみくんみたいに暖かくないし、変なこと言わんし」
「変なこと言うてほしいん、にしきど」
「キスして顔赤くなったりせぇへんし、エッチしても痕とか残せへん」
せやから、と。
細い両腕に抱きしめられる。
まるでしがみつくみたいに。
横山はそれにおかしそうに笑いながらやんわりと腕を回して、黒い頭に顔を埋めた。
一週間ぶりの感覚に思わずほうっと息が漏れる。
「ぬいぐるみとそこまでせぇとは言うてへんわ、あほ」
「でも代わりや言うてたやん」
「そんなんぬいぐるみにされたら俺は誰とすりゃええねん」
「・・・・・・」
「なにそこで黙んのおまえ・・・」
「・・・なぁ、寂しかった?」
ふと上がった顔が、その黒い瞳が横山を捕らえる。
そこには試しているとか確かめているというのではなくて。
自分は会えない間寂しかったのだと、そんな言葉が言外に滲んでいるようで。
横山は無言で錦戸の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる様に乱してしまう。
「んっ、ちょ、きみく・・・」
そしてあらぬ方へ飛んだり跳ねたりする黒い髪を白い手がその指先から掬うようにして、そのまま頭ごと抱きしめた。
「・・・プレゼント、他に何がええ?」
「他て・・・もうくれたやんか」
「やったらなんかしてほしいこととか。ないんか?」
「・・・なんや、今日はやたらと優しいな。めずらし」
「誕生日やからしゃあないやん」
「しゃあないとか言うなや。今までそんなんしてくれたことないくせに」
「せやから今したるー言うてんねん。ないんかこら」
「・・・あるよ」
ぼそ、と呟かれた声は一瞬聞き逃しそうになるくらい小さかった。
思わずその顔を覗き込んだ横山の唇にそっと触れた感触。
そしてそれを感じると同時に頬に触れた手。
暖まってきた頬が過ぎる熱を与えられるような感覚。
けれど真っ直ぐに見つめてくる瞳はそれ以上に熱っぽくて、横山は一瞬言葉を忘れそうになる。
名前しか呼べなかった。
「にしきど、」
言い終わる前に、とん、と肩が押されてベッドに押し付けて寝かされる。
代わりに錦戸は緩く身を起こして上からじっと見下ろしてきた。
ああ、俺の可愛い亮ちゃん。
なんて男前になったんやろな?
そんなあっつい目で見んなや。
俺から言おう思ってたのに。
言えへんくなるやん。
横山は心の中だけで一人呟いていた。
好きだ好きだと、錦戸に。
実はそれはいつものことなのだけれども。
ただ胸の奥にしまわれているだけ。
今日くらいは、ちゃんと口に出して言うべきだろう。
けれども錦戸の言葉が先だった。
そしてそれは予想外の代物だった。
ぽってりとした唇が開くと同時、その細い腕が横山の上から胸に回される。
そして身体ごと覆い被さるようにして横山の胸の上に黒い頭がことんと置かれた。
横山は反射的にその身体を受け止めるようにして窺う。
「錦戸・・・?」
「・・・なんもせぇへんよ」
すり、と胸にすり寄られる感覚に甘く疼く胸の内。
今日は言おうと思っていたのに。
「なんもせぇへんから・・・一緒に、寝てや」
「・・・・・・」
言葉の代わりに白い手が錦戸の髪を撫でる。
やんわり、やんわり。
やっぱり誕生日やからかな、優しいな。
錦戸はそんなことを思いながら、そのままゆっくりと眠りに落ちていった。
もう熱ばかりを求めてむずがる子供ではないとでも言うかのように。
寝顔ばかりはいつまでも幼い子供のくせして。
「・・・なんや、ずるいわ。あほ」
横山は黒い頭をゆっくり撫でながらひっそりと呟く。
夢の中には届かないくらいの小声で。
「なんかして、ほしかったんやぞ・・・あほ」
白い手は黒い髪を撫で、白い顔はただやんわりと苦笑する。
ちらりとやった視線の先には白くてふわふわしたぬいぐるみ。
予行演習は結局役に立たなかったが、まぁいい。
「プレゼントは俺ー、てな」
END
にっきどさんお誕生日おめでとー!(一ヶ月遅れ)
・・・すいませんようやくアップです。一人だけ一ヶ月も遅れてごめんよ亮ちゃん。
そして今回はみなさんに軽くアンケートをとって案をもらって書いてみましたよ〜。
みなさんありがとうございましたっ。
とは言えあんまり反映させられなかったような気もしますけども。
あと実際の2005年11月3日はエイトみんな東京で仕事じゃね?て話もまぁまぁそこはそこ、て感じで。
いやーでも思ったのとは若干違う方向に行きましたが。
これから当分ラブラブ亮横月間に突入しよう(勝手に)。
(2005.12.3)
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