『よこやまくんは、天使みたいですね』
今思えば、なんて引かれるような寒いことを言ったんだろうと思う。
しかも初対面の人間に。
その時のあの人の少し驚いたような・・・同時にからりとおかしそうに笑った顔の何処かに、苦笑混じりの困った表情が混じっていたのは今でもよく憶えている。
けれどそれは紛うことなく、幼かった俺の素直な気持ちだったんだ。
俺は何かの都合で・・・その都合が何だったか、今はまるで憶えていないけれど。
確かそのせいで、同期で一緒に入った他の奴らよりあの人に逢うのが数日遅かった。
だから同期からは、「めちゃくちゃ綺麗な人がおる!」って興奮気味に何度も聞かされて。
でも正直、もうこの事務所に入った段階で、いわゆる「キレイなカオ」なんてものはいくつも見てきていたから。
元々淡泊で感動が少ないなんて言われていた俺は、きっと別段大した感想も抱かないだろうと内心高をくくっていたものだった。
けれどそんな自分は、あの人に出逢った瞬間粉々に砕かれたんだ。
この人は、本当に人間なんだろうか。
それが一番最初の感想。
いっそ病的な程透けるような白い肌に、サラサラの薄金茶の髪。
何処か鋭利な切れ長の瞳に、ふっくらと肉厚の、男のくせにどうしてか妙に赤い唇。
その頃は幼く当然語彙もろくになかったような俺には、それら一つ一つのパーツを上手く形容する言葉すらも思い浮かばなかったけれど。
ただ言えるのは、その人ならざるとすら言える美貌。
整っているとか、端整と言うよりは。
ただ、綺麗な。
そうとしか言えない人だった。
物語に出てくる王子様?いやお姫様?
そのどれとも違う。
そんなものじゃない。そんな世俗的なものじゃない。
そうして幼い頭がポンと導き出した単語が、それだった。
俺はもちろんのこと、同期で入った奴らみんなをその美貌で惹きつけた、この先輩は。
見た目のイメージとは違い、よく喋るし明るいし、子供好きだかなんなのか、後輩達の面倒見も良く優しかった。
あまり喋らず一人でいることも多かった俺のことを、「亮ちゃん亮ちゃん」と呼んではよくしてくれた。
先輩だからと言って他の人間からむやみやたらと構われるのは正直鬱陶しかったけれど、この人だけは別だった。
よく見ていると、喋る割にはあまり満面で笑うことの少ない人だということが少ししてから判って。
けれどそれでもたまに俺に向けてくれる微笑みが、この上なく嬉しかった。
・・・それと同時、その微笑みを何だか儚く感じては、どうしようもなく胸が騒ぐ自分がそこにいた。
『亮ちゃん。天使なんてな、どこにもおらへんのやで?』
その頃はまだ、他の同い年の奴らに比べても小さかった俺。
既にその頃にはほぼ完成された身体だったあの人。
そう言って身を屈められ、優しく頭を撫でられるのは何だか悔しくて。
それは同時に嬉しくもあって。
・・・けれどやっぱり、最後には少し悔しいという気持が残った。
自分の言った言葉がやんわりと否定されたこと。
確かにそれは幼い子供の詮無いものだったけれど。
それでも俺にとって、初めて出逢ったこの人は確かに、天使だった。
人ならざるその美貌も、たまに俺に向けられる何だか儚い微笑みも。確かにそう思ったんだ。
けれどそうは思っても、何となくそれ以上何か言ったらこの人はもう俺に笑いかけてくれなくなってしまう気がした。
俺を置いて何処かへ行ってしまう気がした。
それはまさに「気がする」だけのもので、理由なんてものは所詮ありはしなかったけれど。
だからただ、小さく小さく頷いた。
そうしてまた優しく頭を撫でてくれる、その白くて綺麗な手を感じながら。
今はまだ無力な自分の手をギュッと握りしめて、思った。
もっともっと大きくなって、そうしたらいつかは、あんたのその手をちゃんと掴んでやる、と。
天使の羽根痕
「・・・はぁ、はぁ・・・っ!」
「横山くん、大丈夫?」
情事の後の荒い息づかい。
乱れたシーツの上に無防備に投げ出された身体が、必死に酸素を取り込もうと上下しているのが見える。
未だ俺の下で薄赤く染まった白い肌は、この上もなく扇情的で。
生理的に潤んだままの切れ長の瞳が睨み上げてくるのにもまた、どうしようもなく嗜虐心をそそられる。
正直、実際SかMかで言ったら俺はM寄りだと思うけど。
この人はそれ以上のMらしく、俺は抱く度に眠れるSっ気を刺激されるんだ。
「だいっ、じょ・・ぶな、・・・わけっ・・・あるか・・・ッ!」
ほら、そんな息を荒げながら叫んでみたって。
今まさに抱かれたばかりですと言わんばかりの掠れたものじゃ、まさに逆効果だ。
力が入らないのか、ぐったりと投げ出されたままのふっくらと滑らかな脚。
「言える内はまだ大丈夫やろ。・・・もっかいやる?」
その白い内股に、つつ、と指を滑らせてみる。
それは未だ情事の名残と言うべきか、俺とこの人とで混ざり合った精液が、その滑らかな肌を伝うようにてらてらと光っていた。
滑らせた指に濡れる感触を憶え、無造作にそれを口元に運んでみる。
すると横山くんはハッとしたように身体を起こそうとするけれど、どうにも身体は言うことを聞かないのか、すぐさまくったりしてしまう。
その代わりなのか、未だ整わぬ息を押し殺しつつ何とか言葉で俺を止めようとする。
「やめっ・・・おい、にしきど・・・っ、あほかっ・・・」
「・・・ん。にが、」
「あ・・・ったり、まえ、やろっ・・・」
小さく出した舌でぺろりと指先を舐めれば。
ちらりと視線をやった先の恋人は、ようやく真っ白に戻りかけていた頬を再び赤く染める。
この人は、口よりも身体の方が断然素直だ。
「でも、なんやクセになる」
「・・・へんたいや」
「恋人のもん舐めてクセになる言うののどこが変態やねん」
「・・・もうええ。おれ、寝る」
照れているのか、怒っているのか。
横山くんは緩慢に身体を動かしては、こちらに背中を向けるような形でそっぽを向いて転がる。
その丸まった背中がまるで猫のようで、思わず自然と笑みが漏れる。
横山くんなら、絶対に白猫だろうな。真っ白な猫。
「・・・なに笑ってんねんッ!」
「いや、別に」
顔だけで振り返られ、ギッと睨まれた。
でもすぐさままたそっぽを向いて転がる。
さっきより更に丸まっているその背中。
寝るとか言いつつバリバリ意識こっちに向いとるやん、なんてことを思ったけれど、とりあえず言わないでおいた。
どうにもこの人は、歳よりも子供っぽいと思う。幼稚というか。
3歳も下の俺にそんなことを言われようものならまた烈火の如く怒り、ありえない勢いで拗ねるだろうから、これまた言わないけれど。
お喋りで明るいかと思ったら、実際に知ってみれば結構な人見知りだったし。
面倒見がいいかと思えば、単に人をからかったりおちょくったりするのが好きだったっていう話だし。
実際のところは、いい加減だし嘘つきだし、正直いらつくことも多い。
それらは目線の高さが近づいたことによって見えるようになったものなのだろうか。
けれど確かに、あの出逢った頃には見えなかったものが、今なら沢山見えていると思う。
あの頃は、ほぼ成長しきった身体と、幼い頃の3歳年上という事実とが、ただそれだけでも単純にこの人を随分と大人に見せていたものだ。
事務所に入ったばかりでまだ右も左も判らなかった俺に、この世界のあれこれを教えてくれた。
思えばこの人だってまだまだ新人の域を出ないくらいではあったけど。
それでも、あの時の俺にとってはこの人に教えられることが全てと言ってもよかった。
この人が「亮ちゃん」と俺を呼んで、傍に置いてくれることが。
その白くて綺麗な大人の手で、俺の頭を撫でて手を引いてくれることが。
俺には、全てだったんだ。
でも今になれば思う。
今になれば見える。
あの頃とまるで変わらないように見えるこの人。
それは俺が多少なりとも大人というものに近づいたからなのか、どうなのか。
最近、何かと言うと俺を「可愛くなくなった」と連呼するこの年上の恋人は、とても危なっかしい。
それはあの頃から既にそうだったのか、どうなのか。
とにかく、あの時俺が一瞬にして心奪われたその人ならざる美貌は。
今となれば、俺の下でこんなにも簡単に、綻び、歪み、蕩ける。
「ん・・・りょ、なに・・・」
「んー?足りひんと思って」
「・・・ふざけんなよおまえ・・・も、むりやって・・・」
そっぽを向いたままだった身体に、上から緩くのしかかる。
そうして後ろから抱き込むようにしながら首筋に軽く唇を押し当てると、ほうっと吐き出される吐息が部屋にしっとりと響く。
軽く吸い上げるだけで赤く痕が残ってしまう、この白い身体が堪らない。
横山くんは僅かながら身体を捩りながらも、面倒なのか、それとも俺がそれ以上はしないと何となく判っているからなのか。
特に本格的な抵抗はしない。
ただ触れるだけの許しなら得た、と俺は勝手に解釈して。
さっきつけたばかりの痕に舌を這わせる。
「・・・ん、・・はぁ・・・」
さっきつけた痕。
その中でも、俺が噛みついたせいで傷になりかけたいくつかに舌が触れると、その度に白い身体が小さく震える。
それは先ほどの情事の激しさを反射的に思い出すのか、それともこの後を予感するのか。
ただ言えることは。
痕を、そして傷を、つけられる度に震えては、そのくせそんな気持ちよさそうな顔をするこの人が。
まるで獣に捧げられた生け贄のようだということ。
「りょう・・・」
「ん?」
「おまえ、俺のこと舐めるん、好きやな」
「せやな。なんや興奮すんねん」
「やっぱ、へんたいや・・・」
「もうええわ、変態で」
憧れ続けた愛しい人をこの手にかけて。
こうして淫らに痕を刻みつけるような俺は、確かにそうなのかしれない。
「・・・でも、あんたがあかんのやで」
「おま、また人のせいにしよって」
「せやから、あんたのせいやねんて」
おかしそうにそう言って笑えば、もうええわほんまこのぼけ、と呆れ混じりで悪態をつく。
けれどそのくせ、もうすっかり俺の両腕の中に温そうに身を委ねている。
そう、あんたがいけない。
そんな天使のような美貌をして。
からりと笑うその端々に、時折儚げな微笑みを混ぜて。
幼い子供が単純に憧れたその「大人」という殻の隙間から、どうしようもなく幼く弱い部分を垣間見せた。
しかもそれは俺にだけ。そしてそれは無意識に。
弱さを見せることをひどく嫌うくせに。
俺がそれを見つめることをひどく嫌がるくせに。
この腕の中でそんな、これ以上ない程に安心したような顔を見せる。
あんたは気付いていないのかもしれないけど。
俺が成長したからってだけじゃない。
あんたが、俺の腕の中に堕ちて来たんだ。
「りょう・・・ねむい・・・」
「ん、寝るか」
「ん・・・」
そう言って、うつらうつらと腕の中で薄金茶の髪を揺らす。
後ろから回した手で、そっとその手を握った。
無意識なのか、温もりを求めるように、俺の二の腕の辺りに頬がすり寄せられる。
あの頃は俺の頭を撫でていたその白い手。
それにもう少しだけ力を込めながら僅かに身を引いて、散々痕をつけた肩胛骨に小さく口づけを落とす。
いくつもの赤い痕のついたそこ。中には噛み痕すら見える。
肩胛骨は翼の名残なのだと言う。
だからなのか、今点々と赤く色づくそこは、まるで翼を引きちぎられた痕のようにも見える。
「・・・離さへんで」
小さく小さく呟いて、その痕にもう一度口づける。
腕の中に堕ちてきた天使に、もう翼はない。
握った手をそっとこちらに引き寄せ、そこにも唇を押し当てた。
あの時の幼い誓いを思い出す。
ただ俺の頭を優しく撫でてくれていた手。
それに幼い心は不遜な想いを抱いた。
もっともっと大きくなって、あんたのその手をちゃんと掴んだ、その時は。
もう二度と、離してなんかやらない、と。
END
にっきどさん編です。
昔のにっきどさん・・・というか亮ちゃんが可愛ければ可愛い程に、今の現状(フェロモンだだ漏れ蜜吐き男)との落差に萌えます。
あんな可愛かった子がこんなになったらそりゃ、横山お姉さんも大変ですよ。ね。
可愛い子猫ちゃんが獰猛な獅子になっちゃった、みたいな。
あーうん、やっぱ亮横はイイ。好きすぎる。
そして何故か亮横はえろっぽい方向に勝手に進んでいくんですが。
それもこれもにっきどさんのエロさと横山さんのやらしさ故ですかね。エロやらしいカップル万歳です。
・・・まぁ本番とかは書きませんが(書けませんと言えよ)。
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