背中合わせの恋
部屋は少し肌寒いけど、くっついた背中は随分と暖かい。
室内に響く控えめなベースの音をぼんやりと聞きながら、大倉はそんなことを思った。
身体の芯に響くような低音が心地よくて。
一つ小さく欠伸をすると、身体をゆるりと後ろに傾ける。
「・・・ちょ、大倉。重いんやけど」
背後から丸山の苦笑混じりの声がする。
背中と背中を合わせ、直接床にあぐらをかいて座る大倉と丸山は部屋に二人きり。
そこそこ整頓されている部屋は少し意外に思われるかもしれないが、
いるだけで何だか落ち着く空気や雰囲気は、そこが確かに丸山のものだと実感させるものだった。
「やっぱええなー・・・この部屋」
「そう?別になんもないけどな」
「なんもないのがええわ。おって楽」
「それ、嬉しいな」
「ん?」
「そういう言葉って、うれしいなって思って」
「そういうもんか」
「そういうもんみたいやね」
壁にかかったポスターをぼんやりと眺めながら、
依然として大きく背中によりかかる大倉をそれ以上咎めることもなく。
大荷物を背中に乗せたように少し窮屈そうな体勢で腰を折りながらも、丸山はそのまま小さくベースを爪弾く。
その視線の先には床に置いた譜面があり、一音一音が音符をゆっくりと追って流れていく。
それをひとつまたひとつと耳で拾い上げながら、大倉は何度目かの欠伸をした。
そして小さく笑う気配。
「・・・大倉?」
「んー・・・?」
「眠いん?」
「んー・・・そうでもない」
「眠そうやけどな」
「眠くはない」
「そっか」
「お前の部屋、気分ええねん」
「・・・そっか」
ただそう呟くだけで、他には何も訊いてこない丸山を好きだと思うし。
また同時に少しだけつまらないとも思う。
こんな深夜に突然押しかけてきた奴をあっさりと家にあげてしまった丸山を好きだと思うし。
また同時に少し不用心だとも思う。
でも結局、そんなところがまた丸山らしいのだろうと大倉は内心で結論づけた。
「マル」
「ん〜?」
「こんな真夜中にベース弾いて大丈夫なんか」
大倉が部屋に来た時から、そして恐らくは来る前から、止むことのないその低音。
その音色が好きな大倉は特に何も言わなかったけれど。
低音というのは存外に響くものだから、家の中なんかで弾いた日にはどこにいても聞こえてしまうだろう。
「ん〜。今日は家族おらんしな」
「なんで?」
「みんなでな、家族旅行」
「置いてかれたんか」
「ちゃうって。やってエイトあるやん」
「寂しくない?」
「ちょっとな。せやからベース弾いとってん」
普段はドラムセットの中から聞く低音が今日はもっと近くにある。
まるで身体まるごとでそれを感じているような気がして、大倉は薄く笑う。
「意外と寂しがりやな」
「そうかも。やって、夜って静かやろ?」
「夜は静かなもんやで。寝る時間なんやから」
「あー・・・まぁ、うん、せやな。確かに大倉の言う通りやわ」
「せやからお前がベースなんて弾いとったら眠れへんわ」
もぞり、と背後で丸山が小さく身動ぐ感覚。
まるで感情までそのまま伝わってきそうなくらいにくっついた背中から背中へ。
「眠いん?」
「眠くはない」
「そっか」
「お前は?」
「俺?」
ぴたりと音が止まる。
譜面をめくるためではなかった。
弦から離れた丸山の左手は、あぐらをかいた脚の上から無造作に床に降ろされる。
見えてはいないはずなのに。
大倉は待ちかねたように、その指を自らの右手で拾い上げた。
少しだけ探るように指と指が絡まり、最後にそっと握られた。
「寂しくなくなった?」
音は止んだまま再び爪弾かれることはなかった。
けれどそれでも、それにこそ、丸山は笑った。
その空気は背中越しに大倉にも伝わった。
「・・・うん。もう寂しくないわ」
「そっか」
「大倉来てくれたしな」
「簡単やなお前」
「うん。俺簡単や」
くっついた背中も、繋がれた手も、随分と暖かい。
だから部屋は寒くても、エアコンなんて必要ない。
その耳心地いい低音だって、今は必要ない。
「お前、ええな」
「おれ?」
「いつも一緒におりたくなる」
「それ、うれしいな」
ふわりとたゆたうような、丸山の柔らかな声音。
それにふと引き寄せられるような感覚で、大倉は肩越しにゆるりと振り返る。
けれど丸山もまた同じように振り返るから。
二人の肩と肩がこつんとぶつかって、またじんわりと暖かくなる。
そこから僅かに覗いた丸山の笑顔を観て、大倉は繋いだ手に力を込めた。
触れ合った箇所全てから素直に伝わる感情。
丸山は目の前のいつも眠そうな男が、本当に眠そうにやんわりと微笑むのを見てますます笑った。
「大倉も、寂しくなくなった?」
「・・・まぁな」
温もりも寂しさも。
そして好きという気持も。
全て君とこうして分かち合おう。
END
やっぱり書いたんだな・・・と生ぬるく見てやってください。案の定ですよ。
倉丸倉ですよー。やっぱいい・・・やっぱ好き・・・。書いてみて改めて思った。短いけど。
しかもなんか夢見がち。ここは対等関係がいいですね。
背中合わせができる感じ。それでも不安にならない感じで。そういうイメージで。
本当の「背中合わせの恋」っていうとちょっと違うんでしょうけど。倉丸倉ではこういうのがいいなと。
ちょっと明らかに夢というかイメージというか妄想が先行しすぎてて恥ずかしいですが。
しかしどうなんでしょう。倉丸に見えるのか丸倉に見えるのか。
私的にはほんとどっちでもいい感じで書いたんですけど。
(2005.4.12)
BACK