キャンディリップ










それは唐突過ぎる一言。

「大倉、別れよか」

俺はサンドイッチを口に運んでいた手を一端止めて、降ろそうかどうしようか少し迷ってから再び動かして残りを全て口の中に詰め込んだ。

静まりかえった楽屋。
ご丁寧なことにこんなメンバー全員揃った場所で、この厄介な年上の恋人はその全員を絶句させるようなことをあっさりとのたまってみせた。
とりあえず全てを咀嚼してからじゃないと喋れないから頑張って噛み砕いて飲み下す。
たまごサラダが喉につっかかって軽く咽せそうになったけど、何とか飲み込んだ。

「ん、・・・嫌です」

咽せそうなのを我慢したから声はあんまり出せなかったけれども、この一言で十分だろう。
みんなの視線がちょっと痛い。
あーいやや、こんなんで注目されんのほんまにいや。
この人ええ加減なに言い出すねん。

横山くんは俺の言葉にちょっとだけつまらなそうに唇を尖らせる。
もうね、その時点で判るし。
俺のこと舐めてますか。

「俺かていやや。別れよ」
「嫌ですってば。なんなんですか急に」
「急やあらへん。昨日から考えてた」
「いやそれめっちゃ急やし。・・・なに、どしたんです」

傍にあったウエットティッシュで手を拭きながらそちらを見る。
するとますますその顔はつまらなそうなものになっていく。
なんでこの人こうなんやろ。
全部が自分の思い通りの展開になると思ったら大間違いやでほんま。

「・・・別れる」
「せやからなんで。理由くらい言うてくださいよ」
「おまえ、おまえ・・・」
「はい?」

俺の反応があんまりにも面白くなかったのか、横山くんの唇はどんどんとんがる。
なにそれ。チューでもしてほしいん?
そんならしてあげるのに。
そんなん言うたらどつかれるから言わんけどね。

でも、余裕かましすぎやったんかな。
横山くんはふっと顔を俯けたかと思うと、小さく肩を震わせてみせる。
めっちゃわざとらしいけども。
でもそれにはさすがに緊張した面持ちで見守っていたメンバーも反応した。
案の定、一番に反応したのはあの人。
いわゆる保護者。

「ヨコ?・・・どした?」

この人ほんま甘いねん。甘過ぎ。甘やかしすぎ。
せやからこんなんになってまうねん。もう。
俺がちょっと眉を寄せたら、やっぱり。

たぶん一番に反応したメンバーにするつもりだったんだろう。
横山くんは顔を上げると、向こうにいた村上くんの元につかつかと歩み寄っていってのたまった。
つんと唇を尖らせたまま。
・・・あれ、なんかちょおむかつく。

「ヒナ」
「ん・・・?」
「浮気すんで」
「はい?」
「浮気や浮気。もーこら浮気しかないでほんま」
「ちょ、横山さん?意味がわからないんですけど」
「俺と浮気しろいうてんねんわかったか」
「いや全然わかりませんよあんたちょっと落ち着きなさいよ」
「おまえこそ落ち着けよ」
「若干落ち着けませんよこれ」

さすがの村上くんだってちょっと驚いてる。
そしてちょっと呆れてる。
まぁ正しい反応やろ。
でもそんな正しいとされるものを平然とぶっちぎるのが横山裕というはた迷惑な人なわけで。

「俺や不満か。村上のくせに」
「俺にも選ぶ権利とかあるやんか」
「なんやとこら」
「や、ていうかね、横山さん、ちょお聞いてくださいね」
「なんや」
「あんた、おるでしょ。恋人が。ちゃんとそこに」
「あ?」

村上くんが指差した俺を胡乱気に見やっては、ふんと気に入らなそうに鼻を鳴らす。
うわー感じわる。
あんたどんだけわがままやねん。

「もー別れるて言うたやろ。せやから問題ない」
「いや問題はあるでしょ」
「なにがやねんめんどくさい」
「・・・そもそもが、なんで別れんの。なんかあったんか?」

深くため息をついてついには核心に触れようとする村上くん。
それはさっき俺も一応聞いたんやけど。
たぶん今度は言うんやろなーどうせ。

案の定横山くんは俺の方をちらっと見てから、また唇をとんがらせて堂々と言った。

「こいつが先に浮気しよったからや」

思わず口がぽかんと空いてしまった。
周囲のメンバーもまた然り。
そしてみんな一斉に口を開いた。
でも村上くんは至極呆れたと言った様子で俺らを交互に見るだけ。
・・・たぶん、そろそろ事態が深刻でもなんでもないことに気付いたからやろな。

「うわーマジでか最悪やな大倉!よこちょーそんなんとははよ別れた方がええで!なんなら俺と浮気するか?」
「ほんまですよ!そもそも大倉とか俺は認めてへんかってんから!きみくん俺もおるで!」
「ちょー待って待って待ってっ。たっちょんがそんなんするはずないて!なんかの間違いやって!」
「せやで〜。大倉てすごく誠実やもん。そんなん裕さんの勘違いかもしれへんし〜・・・」
「でもでもっ、横山くんが別れる言うくらいやねんでっ!?かわいそー横山くん!浮気やなんてサイテーや!」

3対2で相手が優勢か。
・・・ちょお、俺信用なさすぎやないの?
味方してくれんのはやっさんとマルだけて。
すばるくんも亮ちゃんも内もむかつくわー。
亮ちゃんとかさりげなく何言うてんの?うわー要注意やわあの子。

「ちゅーか・・・なんかこうして言うとること事態が若干無駄な気ぃしてきたな。なんかもうどっちでもええわ」

最初に振られた村上くんはどうやら中立らしい。
というか、何か読めたらしい。

「横山さん、どういうこと?聞くから言うてみ?」

周囲の視線が一点に集中する中、横山くんは俺を指差して言ってのけた。

「昨日の夜な、こいつ俺の隣で寝言言うててん」
「ほお。どんな?」
「よう聞けよ?・・・・・・チューしたぁ〜い、やて」

・・・・・・。
あれ。うそ。
昨日?
確かに一緒に寝とった。
終わった後そのまんま一緒に毛布にくるまって・・・。

「そんなん言うたっけ・・・あれ・・・言うたかな・・・」

思わず本気で思い出すようにそう呟いたら、横山くんは勢いを得たのかベラベラと捲し立ててきた。

「ほれみろ!マジやでこいつ!ありえへんやろ?」
「や、ちょ、待って横山さん」
「なんやねんもうこら浮気しかないやろ!決定的証拠やで!
しかも甘ったれた言い方で何回も言いよって、こいつ断れててんでみっともな!」

いや断られとった云々はどうでもええやん。むかつくな。

「待って待って、いや、それほんまやとして、・・・ヨコに言うとったんやないの?夢ん中で」

あ、そうや。
そういう可能性もあるやん。よう憶えてへんけど。
村上くんフォローありがと〜。

「ああ?あほかおまえ!」
「なにがですのん」
「こいつ普段そんなん俺に言うてきたことないわ」
「あら、そうなん・・・」

あ、確かに。
そんなん言うたことないわ。

「いつもしたなったら勝手にしよるしな、なんでもかんでも。
んな甘えた声でおねだりなんてされたことないわ。
いつも勝手にキスして勝手に押し倒して勝手にやんねんぞ。なんやそれ」
「はぁ・・・」
「そんなん言われたことない。されたことない。いっつも好き勝手や。
むかつく。むかつくねんほんまに」
「・・・」
「そのくせ他の奴にはそんな声出して可愛いことしてみせんねん。
なんやねん。ふざけんな。俺をなんやと思ってんねん。俺の何があかんねん」
「・・・・・・大倉」

ああ、ついに呼び出されてしまった。
村上くんの呆れ混じりの声。

「早いとこ収拾つけなさい」
「はーい」

回収、とばかりにその腕を引いてこちらに寄せた。
それにきつい視線で振り返ったから、たぶん抵抗されるなと思って。
咄嗟に両腕でがばっと抱きしめてやった。
ついでにちゅっと軽くキス。

「ん、な、・・・っ」

さすがにそこまでされるとは思ってなかったのか、横山くんは目を白黒させる。
周囲のメンバーも同じような反応。
村上くんだけはちょっと嫌そうに目を逸らしてる。

「あのね、夢の中にまで妬かんでええよ。チューしたいのは横山くんだけやから」

ほんま、いちいちめんどくさくてわがままな人。
でもほんまは不安やったり素直やないから言い出せなかったりすんねん。
判ってるよ。
判ってるけど、そうやって焦らされた挙げ句につまらなそうに唇をとんがらせて心なしか耳を赤くする様が、好きでしょうがないから。
意地悪してごめんな?

「他の奴とかおらんから、ほんまに」
「・・・・・・知っとるわぼけ」

うん、せやろなぁ。
知ってて敢えて言うたんでしょ。
俺がそんなんするわけない。
だからつまりは別れるなんてありえない。

じゃ、ここからは恋人タイムってことでね。
ちょっとみんなには我慢してもらおう。
いや俺かてこんなん恥ずかしいねんほんまは。
でも拗ねた恋人の機嫌は直さなあかんでしょ。

「でもおまえむかつくねんなんやあれ」
「ああやって言うてほしいんですか」
「言うてへんわしばくぞ」
「可愛かったんでしょ」
「きしょかったわ甘ったれた声出しよってからに」
「横山くん可愛いの好きですもんね」
「うるさいおまえなんぞかわいないわ身の程を知れ」
「さっき可愛いて言うた」
「言うてへんわ証拠あんのか」
「あんたが俺に惚れとることが証拠やで」
「・・・・・・こ、の、」

ぐっと言葉に詰まって耳をますます赤くする。
この人が色白なのは、素直じゃない反動なんやないかな。
言葉で判らない分肌色の変化で判るようになっとるとか。

でもこの人はどうにも俺に負けるのが嫌らしい。
別に勝つも負けるもないやん、て思うねんけどな。
何かしらやってやりたかったのか、俺の顔をガッと両手で掴むと噛みつくようにキスされた。

「なまいきやぞ」
「・・・っん、」

ほら、せやからね。
確かに俺も勝手にするけども、そんなおねだりせんでもな。

「横山くんからしてくれるから、ええやん」
「なんやそれ何様やねんおまえ」
「それにねぇ、その夢ってやつ?たぶんほんまに横山くん相手やったと思うよ」
「はぁ?都合ええねんこいつ」

あ。
また唇がとんがった。
・・・ああ、チューしたい。

たぶんその夢ってやつ、他の奴相手におねだりとかそんなんじゃなくて。
俺がいつもこの人相手に心の中で思っとることやろなぁ。
実際には思うだけで口には出さず勝手に実行してしまっているだけで。
そんなことを思いながらもう一度そのとんがった唇に自分のものを重ねたら、視界の端に嫌そうにため息をついて席を外そうとする村上くんの姿がちらっと映った。

ああごめんなさい村上くん。
この人しょうがなくて。
どうせなら、ついでに他のみんなも連れてってくださいね。









END






アホラブ倉横。
例のクリパオーラスのMCネタ使ってみましたよ。
大倉がアホすぎてたまらん。チューしたいて。バカ!
そんで裕さんが「俺じゃだめ?」て言ったってのがこれまたたまらんよね、という話から生まれました。
実はそんな大倉に実際キュキュンてなってた裕さんだったらどうしようねっていうね(恥ずかしいな)。
しかしこの大倉なんかうっとうしいね(おまえのせいだ)。
実は私の書くヨコ受けの中で一番普通に甘いのは倉横であるらしいですよ。恥ずかしくてすいませんね。
(2006.1.9)






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