「亮ちゃん。俺・・・横山くんのこと、好きやねん」
「・・・俺もや」
「そっか・・・」
「おう。・・・じゃあ内、判っとるよな?」
「もちろん」

俺と亮ちゃんは互いの目を強く真っ直ぐに見て、同時に言ったんだ。


『抜け駆けは、なしな』


・・・そう言ったはずだったのに。

俺は亮ちゃんを裏切った。
亮ちゃんを裏切って、あの人を手に入れた。

まるで欲しいものを我慢できない子供のように。










子供の領分










「うち、うちー」
「なんですかー?」

楽屋での待ち時間、ソファーに転がっていた横山くんに呼ばれたのでそちらに行った。
いつでも楽屋ではごろごろぐだぐだとしているその姿。
思えば随分とおっさんくさくなってしまったものだと、出逢ってからこの数年という歳月を思わず考える。
けれどそんな姿もやっぱりカワイイ、と思ってしまうのだから俺も相当やられてると思う。
転がっているため完全に俺が上から見下ろす形になるその姿に、思わず頬を緩める。
横山くんはチュッパチャップスを口に含みながら、俺の方を見上げてきた。

「おまえ10日って俺らと一緒に行くん?それともNEWSで前乗り?」

10日はエイトの仕事で東京に行くことになっていた。
けれど俺と亮ちゃんは、その前の8日にNEWSの仕事で先に東京に行くことになっていたから。
一日間があるとは言え、手間を考えればそのまま東京に残ってエイトのみんなと合流するという手もあった。
確かその話は、ついこの前エイトのマネージャーと亮ちゃんと三人でしたはず。
その時、マネージャーはなんて言っていたっけ?

「あ、えっとぉ・・・その日はー・・・どやったかなぁ・・・」
「おーい、しっかりせぇよおまえ〜」

横山くんが呆れたようにため息をつく。
自分だってスケジュールなんてそんないつも把握してないクセに。
とは言え、そんな簡単なスケジュールも頭から飛んでいる、
そんな今の自分の思考回路に我ながらため息をつきたくなる。
・・・ああ、そうだ。思い出した。
あの時、マネージャーと亮ちゃんと三人で軽く打ち合わせをした時。
俺は亮ちゃんに対する罪悪感で、ろくに話なんて頭に入っていなかったんだ。

「・・・内?」
「あ、いや。・・・えっと、それは後でちゃんとマネージャーに、」
「アホ。その日は前乗りやろ」

俺の言葉を遮るようにして背後からかかった声。
唐突なそれに、思わず身体が小さく戦いてしまう。
気付かれはしなかっただろうか?
何とか平静を保とうと、小さく深呼吸してから振り返ると。
俺より少し小柄で、けれど意志の強そうな瞳でもってそれをあまり感じさせない姿がそこにあった。

「亮ちゃん・・・」
「なに驚いてんねん。ちゅーか、おまえこの前の話もう忘れたんか。
9日にもNEWSでラジオの仕事入ったから、8日に行ってそのままで行こうって言うてたやろ」
「あ、あー・・・そっか。そうやった。すっかり忘れとったわー」
「しっかりしろ、ボケ」

そう言って容赦ない口調ながら、いつもなんだかんだと俺のフォローをしてくれる亮ちゃん。
2つのグループを同じように掛け持ちしている、ある意味一蓮托生の仲で。
同時に尊敬出来る先輩で、時には兄貴のようでもあって。
グループの掛け持ちという事務所でも前代未聞の環境にあって悩み苛立つことも多かった時、
その都度俺の背中を叩いてくれた。
自分だってその真面目で繊細な性質上、きっと考え悩むことも多いだろうに。
この人はいつだって俺を見捨てないでいてくれる。
亮ちゃんにとってどうかは知らない。
ただ俺にとって亮ちゃんは、親友とは違うかもしれないけど、特別大事な友達だった。

でも、だからこそ判らなかった。
どうしてそんな風にいつも通りに接してくるのか。
そんな風に、容赦ない口調で、でも結局はフォローしてくれて。
しゃあない奴やなって、呆れながらも笑ってくれるのか。
俺は亮ちゃんを裏切ったのに。
どうして?
大事な友達だと、今でもそう思う亮ちゃんを裏切ってまで、横山くんを手に入れたのに。
・・・けれどそんなこと、言えるはずもない。

あの日から、俺は口に出来ない言葉を沢山飲み込まなければいけなくなった。
俺にはそんな権利などありはしない気がして。
ただ、その顔色を窺いながらいつも通りの笑顔を浮かべることしか出来なくなっていた。
自然と視線を逸らすように横山くんの方を見ると、
ソファーから起きあがってチュッパチャップスを口から出していた。
てらてらと光るそれが、なんだか少し卑猥かもしれない、なんてぼんやりと思った。

「そうかー・・・前乗りか。んじゃ内、今日うち寄ってけ」
「え?」

視線をその顔に戻すと、横山くんは舐めて少し小さくなったチュッパチャップスを俺に指すように向けた。

「この前CD借りたやろ?アレまだ返してへんかったやん。
10日行く時一緒なんやったらそん時返そう思ってたんやけど。朝一緒やないんやったら忘れそうやし」
「あー、別にいつでもいいっすよ?」
「ええから来いって。うちのおかんも、久々に内くんに会いたいわ〜て言うてたしな」
「あはは、光栄やわ」
「ほんまな、仕事で疲れて帰ってきた息子に対して真っ先にそれやで。グレたろかー思うわ」
「もうグレる歳でもないでしょー」
「心は永遠のティーンやねん」
「ティーンなんや」
「物は言い様っすね」

思わずクスクスと笑っている俺の横で、亮ちゃんもまたおかしそうに笑っていた。
それに思い出したように、横山くんはそちらに視線を移す。

「あー錦戸も。おかんが会いたがっとったで」
「あ、マジっすか?じゃあ今度遊びに行きますわ。菓子折持参で」
「おまえのその意外にマメなとこがおかんも気に入っとるらしいわ。
しょっちゅう持ってくるアレ、いつもうまかったー言うとるで」
「ああ、じゃあまた持ってきますわ」

しょっちゅう持ってくるアレ。
それが一体どこのメーカーのどんなものかなんて、俺は知る由もない。
もちろん訊けばすぐに教えて貰えるくらいの些細なことだけど。
訊く気なんかさらさらなかった。
俺よりもずっと長い、横山くんと亮ちゃんの付き合い。
自分とのもの以上の長い年月なんて、知りたくもなかった。
怖くて、知りたくなかった。










「さっきうち電話したら、おまえの好きなもん作るー言うてたで」

いつもの帰り道、寒空の下。
隣で寒さに身を縮こまらせながらマフラーに顔を半分埋まらせていた横山くんは、
思い出したようにそう言った。

「マジっすか?なんや気ぃ使ってもらっちゃってすいません」
「まぁ気にすんな。あの人それが楽しいみたいやし」
「じゃ、ごちになりまーす」
「あ、でもおまえが来ると俺の分のメシが減るからちょっと遠慮しつつ食えよ」
「なんですかそれ」
「せやから、明らかに俺の分が減るねん!おかしいであの人・・・実の息子を飢えさせる気か」

半ば本気でそう呟くのがおかしくて、可愛くて。
手袋を外し、素の指でその白くて柔らかな頬につつ、と触れてみる。

「いや、そらむしろ身体絞るのに協力してくれてはるんやないですかね・・・・・・あたっ!」

ちょっとマジっぽくそう呟いたら、容赦なく頭を叩かれた。
この人は本当に、自分の今の体形を気にしてるんだな。
判ってて言う俺も確かにどうかとは思うけど。

「なんか言うたか」
「暴力反対っ」
「おまえのこそ言葉の暴力やわ。そんでついでにセクハラやわ」
「なに言うてるんですか。別にこんなん悪口やないもん。セクハラでもないもん」
「なら、何なん?」
「んー、愛情表現?」
「・・・おーい、きしょいのがおんでー」
「なんでやのっ。やって俺、別に横山くんの体型悪いとか思わんもん。
むしろかわええから好きやもん」

本当に、本当の気持ち。
キスしても、抱きしめても・・・抱いても。
あんなに心地よい身体は他にないと思うほど。
俺はこの人の身体が好きなんだ。
もちろん身体だけじゃあ、ないけれど。
でもこの人は、そんな本当の気持ちを込めても照れが先に立つのか、絶対に誤魔化そうとする。
それもまたあからさまだから可愛い。

「うっさい。ちゅーか、もんとか言うな、もんとか。かわいこぶんな」
「やって俺かわええし」
「うざっ」
「・・・横山くんは、もっとかわええですけどね?」

ちゅ。
僅かな隙をついて、冷たくなった頬に唇を押し当てた。
俺の唇が触れた先から、一気に熱が伝わったようにほの赤くなる白い頬。

「・・・うざ」
「えへへ」

幸せ。
大好きな人と二人きりの帰り道。
空気はとても冷たいけれど、こうして不意に触れ合えば途端にそれは暖かくなる。

「横山くん、もっとええですか」
「・・・あかん」
「えー」
「ここどこや思ってんねん」
「えー」
「おれ、腹減ったし」
「あ、じゃあ横山くんち行って、ご飯食べたらっ」
「・・・忘れてなければな」
「だいじょぶ!俺がめっちゃ憶えてるから!」
「・・・」

最後のは見事スルーされたけど。
沈黙は肯定と一緒。

ああ、素直じゃないけれどカワイイ年上の恋人。
めっちゃ好き。愛してる。

好きで好きで仕方ない。
好きで好きで仕方なかったから。
俺は大事な友達を裏切ってまでこの人を手に入れて、今ここにいる。





その夜は横山くんの家に泊まった。
もう通い慣れてしまったその部屋の、ふかふかと柔らかなベッドの上であの人を抱いた。
苦しそうに、けれど隠しきれない快感を潤んだ瞳に映して縋り付いてくる白い腕が堪らなかった。
セックスなんて基本的にお互いが気持ちよくなければ意味がないはずだから。
普段俺はなるべくなら相手を気遣うように努めてはいた。
・・・最初が最初だったという事実もあって、余計に。
その気遣うという度合いが客観的にどのくらいなのか、自分ではよく判らなかったけれど。
優しくしてきたつもりだった。
けれどその夜の俺はまるでそんなこと考えられなくて。まるで優しくできなくて。
自分勝手に、自分の欲望のままに、あの人を暴いてしまった。
どうしても脳裏に焼き付いた亮ちゃんの顔が消えなくて。

ほんの数時間前。
横山くんの家に行くからと、まだいた他のメンバーを後目に二人で帰ってきた。
どのメンバーも俺らに「また明日な」と言った。
亮ちゃんも、そう言った。
小さく笑って。
本人の気性そのままに、裏表ないその笑顔で。
俺とあの人が付き合い始めたと知った、あの日と同じ笑顔で。
変わりないその笑顔こそが、あの日、殴られることすら覚悟していた俺を混乱の淵に追いやった。

俺の中に渦巻く感情はただ膨れ上がるばかりだった。
寒空の下の帰り道、隣を歩く恋人を愛しいと思うと同時。
日に日に大きくなっていく罪悪感。
そして決してそれだけではないもの。
呼吸困難になりそうだ。



「は、ぁ・・・」

ふっと目が覚めた。
いや、ろくに眠れていなかったという方が正しい。
横を見れば、穏やかな寝息を立てる横山くんの姿。
白いベッドの上。
無意識だからなのか、暖を取るように俺の方にすり寄ってくる姿が愛しかった。

その薄金茶の髪を柔らかく撫でてみる。
指の腹をくすぐるその感触。
それだけでまたどうしようもなくなる。
それだけで実感してしまう。
好きで好きでしょうがない。
だからこそ、怖い。

・・・ああ、そうだ。
怖いんだ、俺は。

俺が亮ちゃんを裏切ったこと、だけじゃなく。
亮ちゃんが俺を責めないこと、だけじゃなく。

俺が抜け駆けなんかしなければ、この愛しい人は今俺の横になんていなかった。
そう思えてならなかったから。

亮ちゃんは横山くんと付き合いが長い。
それを言ったら、村上くんやすばるくんはもっと長いけど。
自分と同じ恋愛感情を持っている、いわばライバルである亮ちゃんの、俺にはないその時間が。
俺は羨ましくて、妬ましくて、怖かった。
横山くんだって、亮ちゃんが小さい時から面倒を見てきて、その成長を見てきて。
口ではなんと言おうと、そこには親愛と尊敬の情がある。
そしてそれがいつ何時、愛情に変わってしまうかなんて判らなかった。
いつそのまま攫われてしまうかと思うと、いてもたってもいられなかった。
互いの気持ちを確認し合って、抜け駆けはなしだとそう誓い合って。
それでもそんなもの、一瞬にして記憶の彼方に追いやってしまえる程に、俺は横山くんのことが欲しくて。
同時に、亮ちゃんの存在が怖くもあった。

このままでいたら亮ちゃんにとられてしまう。
そんなのは嫌だ。
俺だって・・・俺はもっともっと、横山くんのこと好きなんだから。
絶対に嫌だ。
絶対に手に入れてみせる。
醜いばかりのこの感情の渦。
そうして、俺はある日ついに横山くんを呼び出して。
半ば強姦まがいの告白をして。
理性なんて半分以上失われていた横山くんに頷かせた。
俺も好きだと、そう言わせた。
今の関係が成り行きだと、そうまでは思いたくないけれど。
現実はこの通りだ。
俺は自分の犯した罪に喉を塞がれて、
言葉を紡ぐどころか息をすることさえままならなくなっていた。










「内?どないしたん?元気ないなぁ?」
「やっさん・・・」

撮影の合間、椅子に座ってぼーっとしていた俺を上から覗き込んでくる瞳。
柔らかく降ってくるその声音に何だかほっとする。
ここ最近眠れていないからか、妙に癒される気さえする。

「んー。なんもないよー?」
「ほんまに?なんや顔色も悪いで?何か悩み事か?」
「んー・・・なんやろねー・・・」
「なにそれ。よう判るように言うてもらえる?」
「俺にもよう判らんねん。・・・もーあかんかも」
「・・・内?」

疲れたように瞼を降ろせば、隣にやっさんが腰掛けた気配を感じた。
きっと心配げに俺の顔を覗き込んでいるんだろう。
・・・あ、頭撫でてくれてる。
優しい感触。
泣きそうになるくらい。

「内、どした?」
「・・・なぁ、大事な人と同じ人好きになってしまったら、どないしたらええんやろ」
「・・・」
「ううん・・・そんで裏切ってしまったら、な・・・どないすればええの?」
「・・・内は、」

より優しく頭を撫でられた。
なんでこの人はこうも優しいんだろうか。
・・・ああ、弱ってる人間を放っておけないんだな。
本当に本当に、優しい。
もしもその優しさのひとかけらでも俺にあったのなら。
こんなことにはならなかったんだろうか。

「大事な人を裏切ってしまったん?」
「・・・・・・うん」
「でも、そこまでしてでもその相手の人のこと、好きやねんな?」
「うん・・・」

瞼を閉じたままの俺には、ただやっさんの優しい調子の声だけが降り注いでくる。
それは何だか真綿のような柔らかさで。
心地よくて、安心して、心の糸が緩む。

「それ、その相手の人に言うてへんの?」
「ん・・・」
「なんで言わへんの?」
「言えへんよぉ・・・そんなん・・・」
「なんで?」
「こわい・・・」
「なにが?」
「軽蔑されるかもしれへん・・・」

きっともう、亮ちゃんには軽蔑されてる。
これで横山くんにまで、好きな人にまで軽蔑されたら。
俺はきっと生きていけない。
だからお前は子供なんだって、バカにされるだろうけど。
それだけのことをしたんだって、思い知らされるのは当然のことかもしれないけど。
理屈では判っていても、それはやっぱり想像するだに辛い。

「・・・アホやね、内は」
「なんでぇ・・・?」
「そない一人で抱え込んで。アホな子やでほんま」
「やっさん・・・?」

思わずふっと目を開けて、ゆっくりとそちらを見る。
やっさんは想像通りふわりと笑って俺を見ていた。
また頭を撫でられる。

「内?お前が今その好きな人のことで悩んでんねやったら、
その人に言わんで一体他の誰に言うん?」
「やってそんなん・・・言えることやあらへんもん・・・」
「それはお前が端っから、言った時の相手の反応を決めつけとるからやろ?」
「やって・・・」

やっさんは俺の頭を撫でていた手を離し、今度は背中をポンポンと叩いてくれた。
少し強めのそれに、背もたれに寄りかかっていた身体が自然と起きる。

「お前が相手の人のことを決めつけたらあかん。
おまえの想像で、それがその人の全てやと思ったらあかんよ。
結局はちゃんと話さな、理解なんてできへんねんから。
相手の人怒るで?・・・特にあの人なら、な」
「・・・・・・やっさん。なんで、」

横山くんのことだって、気付いてる?
俺、一言も横山くんのことだなんて言わなかったのに。
でもやっさんはそれ以上を言わせてはくれなくて。

「あんま甘く見たったらあかんよ。アレでも伊達に23やないねんから」

くすくすとそう笑ってみせる仕草に、俺は何となくそれ以上のことが言えなくて。
ただ曖昧に小さく頷き、ちらりと視線をセット向こうに移した。

今まさにアップで撮影されているその白い顔。
当然のように黙って映されているその美貌は。
俺がもし問を投げかけたなら、答えてくれるんだろうか。










その日の撮影は、思うようにいかなかった。
何となく気分が乗らなくて、カメラのレンズに映る俺はなんだか冴えない顔をしていたようだ。
何枚撮っても変わらぬそれは、カメラマンさんにため息をつかせるばかりで。
いつもこんなことはあまりないから、「どしたの内くん。調子悪いの?」と訊かれてしまったけれど
恋愛沙汰で悩んでるなんて正直に言えるはずもなく。
仕方なしに休憩という名目で順番を一番最後に廻された。
そしてようやく完璧とは言わないまでもオーケーが貰えるものが撮れて
やっと解放されたと控え室に戻ると、そこには大倉が一人残っているだけだった。
大倉はどうやらちょうど帰るところだったのか、かばんを手にこちらを見た。

「あ、おつかれー」
「おつかれ・・・って、もしかしてみんなもう帰ってもーたんっ!?」
「うん」
「ひどっ!待っててくれたってぇ〜・・・」
「最初は待っとったんやって。でも全然終わる気配がないねんもん」
「ひどいわひどいわ・・・。みんな薄情やわ・・・」

すんすんと泣き真似をしながら衣装を脱ぐ。
まぁ実際のところ、待っててもらったら逆にばつが悪いというか、
いたたまれない気もしたからよかったと思うけども。

「あ、でも大倉は待っとってくれたんや〜。たっちょん優しいっ」
「・・・ていうか、コンタクト落としてん。探しとって時間食った」
「・・・ああ、そう。大変やったね」

いつでもどこでもマイペースなこの一つ年上の仲間に思わず苦笑する。
けれどそんな俺を気にした様子もなく、大倉は何か思い出したのか、あ、と小さく声を上げる。

「でもついさっきまでは横山くんと亮ちゃんも残っとった」
「横山くんと・・・亮ちゃん?」
「うん。ほんまついさっき。2、3分前くらい?
結局横山くんが腹減ったー言うて二人で帰ったみたいやけど」
「・・・そう、なんや」
「追っかければまだ追いつくんやない?」
「ん・・・まぁ、ええよ」

俺がまた拗ね倒すとでも思ったんだろうか。
珍しく気を利かせたようにそんなことを言う大倉。
それに俺は緩く頭を振って小さく笑うだけ。
大倉はそれに何を思ったのか、小首を傾げて何か考えるような仕草を見せたかと思うと
ポケットに手を突っ込んでごそごそと探っているようだった。
そして何かを見つけらしく、手をグーにしたまま俺の元にやってきて
目の前でそれを開いてみせた。

「あげる」

反射的に出した掌に置かれたのはピンクの丸い包み。

「飴ちゃん?」
「うん。内、嫌いやないやんな?」
「あー、うん。好きやけど・・・」
「ん、よかった。じゃ、俺帰るなー。また明日」

俺にそれを渡したこと、そして俺の答えに満足したのか。
大倉はそれだけ言うとすたすたと扉の方へ行ってしまう。

「ちょ、ちょっ・・・大倉!」
「んー?」
「ありがと・・・。でも、なんで飴ちゃん?」
「あー・・・」

大倉は、一瞬だけ間を置いて。
ちらりと俺を振り返ると一言残し、すぐまた出て行ってしまった。

「なんや内がひどい顔しとるから、お見舞い」

一人残された俺は、ただ掌にあるピンクの包みをきゅっと握りしめて。
人のいなくなった扉の方をじっと見つめていた。

「お見舞いて・・・ちょっとおかしくない?」

別に病気とかやないねんから。

「大倉てほんま意味判らへんなー」

けれどそう言いながら、メイクを落とすために鏡台に向かったら。
・・・ああ、でも確かに、と思った。
そう言わずにはいられないような顔がそこにあった。
ある意味、似たようなものかもしれない。そんな顔。





どうせ一人だし、とノロノロ支度してようやくスタジオを出てきた。
外に出た途端吹き付ける冷たい風に思わず足を止め、小さく目を細める。
そこで不意に横からかかった声。
普段より少し低くなったそれは、不機嫌というよりは恐らく寒さのせい。

「・・・おっそいわ。なにしててん」
「よこやま、くん・・・?」
「おう。待ちくたびれたわ。あとちょっとで凍るとこやったで」
「ウソ。出てったのつい数分前やって、大倉が言うとったもん」
「・・・余計なこと言いよって。あの食いしん坊小僧」

でも、ウソ。
そんな俺の台詞も嘘だ。
そんなことが言いたいわけじゃなくて。

「・・・なんで、待っててくれはったんですか?」

亮ちゃんと帰ったんやなかったん?
けれどそこまでは言葉が続かなかった。
俺の絞り出すような言葉にも、横山くんは特になんでもないように答えた。
しかも少しだけ小さく笑って。

「なんや、あかんかったんか。お前と焼き肉でも食って帰ろう思ったんやけど」

その笑顔がなんだか、妙に綺麗で。
俺は単純に見とれてしまって。
そしてそんな自分を一瞬置いてから自覚して。
俺を待っててくれてたんだって、そう実感して。
本当に嬉しいと思った。
でも。
同時に頭に浮かぶのは、一緒に帰ったはずの亮ちゃんの顔。

「なんで、待っててくれはったんですか?」

さっきとまるで同じ問い。
判ってる。
判ってるんだ。
ほんとは理由なんて判ってるけど。

横山くんはさすがに怪訝そうな顔をする。

「せやから今言うたやん。何遍言わせんねん」
「なんで?なんでなん?」
「なんでなんでて・・・おまえこそなんやねんな」

その眉根が寄る。
判ってるのに。
けれど俺は止められない。

「なんで・・・?なんで横山くんは・・・俺やの・・・」
「・・・内?」

さすがにおかしいと思ったらしい。
横山くんはゆっくりと俺に近づいてくる。
俺はただ緩く頭を振る。
自分でも言いたいのかよく判らなくなってきた。

「なんで俺やの・・・。なぁ、なんで亮ちゃんやあらへんの・・・」
「内?なに言うてん、」
「なぁ!」
「う・・っち・・・?」

手に届く距離になった横山くんの手を、がしっと掴む。
きつく力をこめて
急なそれに驚いた横山くんの目は軽く見開かれている。

「ほんまは俺やなくて亮ちゃんがええんとちゃうの?」
「おま、なにアホなこと、」
「せやって、亮ちゃんの方が付き合い長いやん。俺よりずっと横山くんのこと判っとるし。
それに俺よりずっとしっかりしとるし、男気も包容力もある・・・」
「アホかおまえ・・・。本気で言うてんのか?」

呆れたと言わんばかりに俺の手を振り払おうとする、その白く滑らかな手に。
逆により一層の力を込めて拘束した。
なんだか判らないけれど、離したくなかった。
今離したら、本当に俺の元からいなくなってしまう気がして。
けれど口から出て行く言葉は、行動とは裏腹に相手を突き放すような代物で。

「亮ちゃんの方がほんまはっ・・・!」
「・・・おい、内。冗談もその辺にしとけよ」

切れ長の瞳がきつく俺を睨め付けてくる。
それはその作り物めいた美貌とも相まって存外に迫力があった。
俺はそれに僅かな許しを請うように、眉を下げて緩く頭を振る。

「・・・ごめんなさい。そんなことやなくて・・・そんなことより・・・もっとな、事実としてな、
俺があんなことせぇへんかったら、横山くんは今ここにおらんかったんやろうなって・・・」

もう言わずにはいられなかったんだ。
苦しくて、罪悪感に押しつぶされそうで。

「俺、亮ちゃんを裏切った。
俺と同じように横山くんのこと好きや言うてた亮ちゃんをな、出し抜いてん。
抜け駆けはなしなってお互い言うたのに、それを裏切って横山くんを手に入れたんや」
「・・・・・・」

横山くんは何も言わない。
俺の言葉は止まらない。

「俺、最低やろ?亮ちゃんを、大事な友達を裏切って
横山くんのこと無理矢理みたいに犯して。自分のもんにして。
ほんまならきっと、亮ちゃんの方が横山くんと付き合うてたんよ。きっとそれが正しかったんや。
俺はそれが予想できたから、それが嫌やったから、せやから俺はこんな・・・っ」

何だか喉が引きつったようになって、それ以上は言えなかった。
一瞬降りた沈黙。
いつの間にか逸らしてしまった視線。
次いで、右頬に感じた鋭く熱い感覚。

「っ・・・?」
「・・・言いたいことはそれだけか?」
「よこやま、く・・・」

叩かれた右頬が痛い。
俺は呆然としたようにその熱を左の掌で感じる。
けれどその反面、横山くんのその表情はなんだかとても落ち着いていて。
怒っているとか、拗ねているとか、そういう類のものには見えなかった。

「それだけか?それとも、まだなんかあるんか?」
「横山くん・・・おれ・・・」
「おまえはどんだけアホやねん。んなもん、気付いとったわ」
「え・・・?」

頬に当てた手を下ろし、その顔を凝視する。
今この人がさらりと言ってのけた言葉は何だろう。
その「んなもん」という言葉は、一体どこにかかっているんだろう。

「とっくに気付いとったし。・・・おまえらの気持なんて、な」

つらつらとそう言うけれど、一瞬の間が置かれた部分にはどんな感情があったんだろうか。
でもその前にまず、その言葉の意味を訊かなくては。

「気付いとった、て・・・?」
「・・・おまえら、自分では気付かれてへんとでも思ってたんか?アホか。視線でバレバレやねん」
「ちょ、まって、それってつまり・・・俺と、亮ちゃんの気持ち・・・知ってたてこと、ですか?」
「・・・視線がな。凄すぎんねん」

痛いくらいやったわ。
そう言って横山くんは小さく息を吐き出す。
特に嫌そうというわけではなかったけれど。
もちろん嬉しそうというわけでもない。

そうか。
普通の反応はそういうものなんだ。
いきなり後輩の男二人からそういう視線を向けられても、確かに困るのかもしれない。
俺は何処かずれたように頭の奥でそう考えていた。
その言葉の意味を知りたいとは思いつつ、まだどこかで怖いという気持があるのかもしれなかった。

「・・・おい、内」
「は、はい」
「まず言っとくわ。先にこれ言うとかんと、おまえこれから俺が言う話をちゃんと聞けへんと思うからな」

その白い指が軽く俺の右頬に触れる。
さっき叩いた場所を軽く撫でるように。
かと言ってそれは癒してくれようとしているというよりかは、そこに籠もった熱を確かめているかのようで。
触れてくる指の冷たさに身を竦め、それについ伸ばしたくなる自分の手を何とか押しとどめた。
横山くんはそんな俺の内心の葛藤になんて目もくれず、もう一度俺の頬を撫でたかと思うと小さく呟いた。

「おまえはたぶん勘違いしとる。・・・俺は、おまえに告白される前から、そうやってん」

そう、って。
どういうこと?
まず言っとくわ、なんて言いつつ全然判らない。
そう視線に込めたら、さすがに本人もそう思ったのか。
ひどくばつ悪げに、見れば耳の辺りを忙しなくいじりながら更に小さく呟いた。

「・・・俺も、おまえのこと好きやってん」
「え・・・?え、えっ・・・あのっ、よこやまくっ・・それ、」
「せやから!」

一瞬間を置いてから混乱し始める俺を遮った、その少し強い調子の声。
それは寒風吹く辺りにキンと響いた。

「・・・せやから、抜け駆けとか関係あらへん。
俺はもうとっくにおまえを選んどったわ」

トン、と。
小さく作られた拳で胸の辺りを叩かれた。
まるで固く閉じていた扉をノックされたみたいだ。
何か言わなくてはと開いた唇からはけれど言葉は出ず。
ただ白い吐息だけがゆらめいては消えていく。
俺は言われたことを頭の中で整理することすらままならなかった。
ただ、今目の前の恋人がその切れ長の瞳でじっと自分を見つめてくることに支配されていた。
そう・・・こんなにも簡単に俺を支配してしまう、俺にとっての絶対的な瞳が。
もうずっと俺のことを見ていた、なんて。

けれどその瞳に縫い付けられるようになっていた俺を、一気に現実に引き戻した言葉。

「ただ、な。・・・俺にとっては亮も大切やねん」

そのぽってりとした唇から吐き出される白い息は
俺の胸の奥に何か重いものを突きつけた気がした。

「せやからきちんとケジメはつけといた」
「けじめ・・・?」
「おまえに告白された次の日、あいつと二人で会うて話した」
「話した、って・・・。亮ちゃんに直接言うたってことですか?」
「そう。全部言うた」
「なんで・・・」

なんでそんなことしたんですか。
なんでそれを今まで俺に教えてくれなかったんですか。
横山くんの真意がよく判らなくて、俺はそれ以上何も言えずにいた。
その言葉は響きだけなら特に俺を責めるでもなく、ただ淡々と紡がれるけれど。
俺の耳に届いてしまえばやはり辛いものだった。

「亮な、ショック受けとったで」

胸の奥が誰かの手で掴まれて握り潰されるような気がした。

亮ちゃんはどんな気持だったんだろう。
裏切られて一体どんな風に思ったんだろう。
もしかしたら今俺が感じている以上の苦しみを味わったのかもしれない。
そう偽善者めいてそれを想像してやることでしか、俺は今ここにいられそうもなかった。

「・・・でもな、亮も知っとったんやって。言ってたわ」
「知って、た・・・?」
「俺がおまえのこと好きやってこと」
「うそ・・・」
「ほんま」

なにそれ。
じゃあ、横山くんが俺と亮ちゃんの気持ちを知ってて、亮ちゃんが横山くんの気持ちを知ってて。
俺だけが何も知らなかったってこと?

「まさかなー・・・あいつに気づかれとるとは思わんかったわ。
あいつももう、とっくに子供やないねんな」
「・・・そう、なんや」

どこか感慨深げに軽く目を伏せる表情をじっと見つめる。
確かにそうなのかもしれない。
詳しく訊いたわけではないけど、亮ちゃんはたぶんずっと前から、
まだ俺が二人と出逢っていないような幼い頃から、横山くんのことが好きだったみたいだから。
そんな頃から、横山くんだけを見てきたのなら。
亮ちゃんは横山くんが見ているもの、その視線の先、全て自分も同じように見てきたんだろう。
そしてそれを横から奪ったのが、俺なんだ。

「おれ・・・亮ちゃんに、なんて謝ればええ?」
「内・・・」
「なぁ。なんて言って謝ればええの?
亮ちゃんの好きな人横からと奪ってもうて、おれは・・・」

俺だけが知らないことばかりだった。
横山くんが俺らの気持ちを知っていたこと。
亮ちゃんが横山くんの気持ちを知っていたこと。
でも今となれば、なおさらに思う。
それらを知っていてなお、抜け駆けはなしだと、
そう言った亮ちゃんは一体どんな気持ちだったのか。
今さら考えたってしょうがないと言われても、それでも考えてしまうんだ。
これは亮ちゃんを思ってなんてお綺麗なものじゃなく、単に俺の我が身可愛さから出た言葉かもしれない。
でもどちらにしろ、俺はどうしても言わずにはいられなくて・・・。

「・・・じゃあおまえ、俺を手放すか?」
「え?」

不意に低く呟かれた声。
それは冷えた空気に乾いたように響いては、俺の心にも冷たく響いた。

「俺と別れて、俺を亮にやるか?」

この人は一体何を言ってるんだ?
俺と別れて、亮ちゃんに?

「そんな、そんなことっ・・・」
「そない亮に悪いと思うんなら、そうすればええやろ?」

冬に映えるその滑らかな白い肌と、男のものとは思えない瑞々しい唇と
まるで地毛みたいに馴染んだ煌めく色の髪と、人を惹きつけて止まない切れ長の瞳と・・・。
放っておいてほしいと言うくせに、構われなければ拗ねるような、ひねくれ者で寂しがりな性質と・・・。
その存在を構成する、あらゆるものを。
俺を支配するそれら全てを。
亮ちゃん、に・・・?

「ちゃうっ、そんなことやなくて・・・っ」

俺は何を言いたかった?
亮ちゃんへの罪悪感と後ろめたさ。
でもそれらはイコール、横山くんを手放して
亮ちゃんにやってもいいだなんて、そんなことじゃない。
むしろそれは、真逆であるはずで。

「全部間違いやったって言うんなら・・・お望み通り亮に抱かれればええんか!」

きつい視線を込めた瞳が、なんだかますますキラキラと輝いていた。
それはもしかしたら今そこが潤んで煌めいているからかもしれないと思うと
どうしようもなく胸が騒いだ。
普段より更に高くなったトーンが、その声に感情を映す。
「前から好きだった」なんて、そんな熱烈な告白をくれたその声が、と思うと
どうしようもなく抱きしめたくなった。

「そんなん・・・そんなん嫌やぁっ!!」

あらん限りで叫んだら。
横山くんはふっと力を抜くように息を吐いて、伏し目がちに言った。

「おまえが今言うたんはそういうことやろ・・・」
「ちゃう・・・ちゃうんやって・・・。そんなん、できるはずない・・・」

だって出来るはずがない。
こんなにも悩む程に大事な友達を、亮ちゃんを。
その罪悪感に潰されそうになる程に大事な人を、裏切ってまで。
それでも手に入れたかったのは・・・それでも欲しかったのは、この人だからなんだ。

「ちゃうよ・・・。横山くんが好きやねん・・・」
「・・・手放したって、ええんやで。亮に悪い思うなら」

そんなこと、ほんとは心にも思ってないないのにね。
そんなことを言わせてごめんなさい。
どうしてだろう。
この人、口は本当に素直じゃないけれど。
その目が、どうしてかひどく雄弁に気持を伝えてくるんだ。
普段ならいっそ鋭くすら見える切れ長の瞳は、一度揺らめくとこんなにも頼りなくなる。

「いやや、そんなん言わんで・・・。ごめんなさい。横山くん、めっちゃ好きやねん・・・」
「おまえの言うことはさっぱりわからへん。・・・結局どっちを選びたいねん」
「そんなん、」
「おまえの言葉聞いとると、なんや俺なんか亮なんかわからんくなるわ・・・」

ふっとこちらに上がった視線が本当に頼りなげで。
思わずそっと身体を引き寄せた。
抱きしめるまでは行かない、けれど身体と身体がくっつくくらいで。
互いの体温が伝わるくらいで。

「・・・横山くんです」
「わからんわおまえ・・・」

くてっと凭れ掛かってくる身体。
それを受け止められることがどうしようもなく嬉しかった。

「・・・よこやまくん、好き。横山くんだけや」
「言ったはずやで。・・・俺が選んどるんは、最初からお前やねん」
「うん・・・」
「ああだこうだ一人で考えて勝手に相手のこと決めつけて、自己完結すんのだけはやめろ。
俺のことも・・・亮のこともや。・・・大人を甘く見んな」
「はい。ごめんなさい・・・」

素直にそう謝ったら、ポンポンと頭を軽く手で弾かれた。
宥めかすようなそれはこの人には珍しいもので、思わず目を見張る。

「うち」
「はい・・・?」
「全部、何も、誰も、傷つけへんなんてな・・・無理やねん」
「・・・はい」
「確かに、できたらええけどな?」

そう寂しそうに笑う顔。

じゃあ、この人は一体今までどれだけ傷つけて、傷つけられてきたんだろう。

ふとそんなことを思ったけれど、言わないでおいた。
「大人を無闇に詮索すんな」とでも言われるのが関の山だろうと思ったから。
確かに俺はまだまだ子供かもしれないけど。
でもそれはそれなりに沢山のことを考えるんだ。
大好きなあなたのことを、たくさん。

「でも、横山くん」
「ん?」
「たとえ誰も傷つけずにはおられへんとしても。
・・・俺、あなただけは傷つけたくないです」

それがさっきまで散々心ない言葉をこの人に言った奴の言葉なのかと
自分でもそうは思うけど。
確かにそれが今の本心。
俺が知らないところで沢山傷つけて、傷つけられてきたんなら。
もう俺の元では十分なはずだから。

横山くんは一瞬だけ押し黙り。
僅かに俯いて。
俺が少しだけ心配になって覗き込もうとしたら、すぐに顔を上げた。
そして堪えきれぬように、破顔した。

「おっまえ、やっぱアホやな」


















「亮ちゃーんっ!」
「うおっ!なんやねんおまえっ!」

翌日何とか意を決して亮ちゃんの元に行った俺は
何をどう言ったらいいのかやっぱり判らなかったから、とりあえず素直に抱きついてみた。
亮ちゃんは唐突な事態に目を丸くしつつ、全力で俺を引き剥がしにかかる。

この力は本気や。
でも負けへんよ!今は負けられへんねん!

何となく自分でもずれてるなと思いつつ
自分より少し小柄な身体にしがみついて素直な気持を言った。
結局あれこれ考えても、よく判らなかったから。
とりあえずは自分が今したいことはまず何かってことを考えて出た結果が、これだった。
やっぱり俺には亮ちゃんも大事で。
だからこそ謝りたかった。

「亮ちゃん亮ちゃん、ごめんなぁ〜!」
「どうでもええけどひっくつくな!うっとうしい!」
「亮ちゃぁ〜ん!」
「おいっ!!・・・ちょ、横山くんっ!このうっといのどうにかしてくださいよ!」

堪りかねたような亮ちゃんが視線をやったのは
ケラケラと笑いながら俺たちを傍観していた横山くん。
至極楽しげに笑うその様はこの上なく無邪気で、いっそ俺や亮ちゃんより年上には見えないくらい。

「ええやん。仲良きことは美しきかな、ってやつやで」
「他人事やと思って心にもないこと言わんでくれますかっ!」
「うん。他人事やもん」
「この人は・・・!」

亮ちゃん、今にもマジギレしそう。
俺はそんな亮ちゃんの身体を少しだけ離して、ぺこりと小さく頭を下げた。

「・・・亮ちゃん。ほんま、ごめんなさい」

一瞬その動きが止まる。
亮ちゃんは俺をちらりと見て、次いで横山くんをまたちらりと見て。
再び俺の方を見たかと思うとふっと苦笑して俺の頭を叩いた。
・・・結構、痛かった。

「ちゃんと謝れたから、許したる」

俺はただその言葉が嬉しくて、こくんと頷くのが精一杯だった。
そして視界の端では横山くんが柔らかく笑んで俺たち二人を見ていた。

ああ、横山くんも亮ちゃんも、なんでこんなに優しいんだろう。
やっぱり大人だってことなのかな。
だとすれば、やっぱり俺はまだまだ子供で。
二人に甘やかされてしまったことになる。

でももうちょっとだけ。
もうちょっとだけ、待ってて。
すぐに走って追いつくから。

大事な人。
愛しい人。

もうちょっとだけ、待っててください。










END






随分と長くなってしまいました。前後編に分けるにも分け所すらよく判らず。
初内横ですよー。予想より難産でした。むずい。
というか、いきなりこんなネタでいくからまずかったんでしょうか。
ぴろきはまだまだ子供なんですよ、というかんじで。
しかも背伸び系子供のぴろきはアレで結構色々気にする子だと思います。
で、うちのぴろきはたとえ内横でも亮ちゃん大好きだったり・・・(どうなの)。
いやね、恋愛感情とかなしに、お兄ちゃんだったり友達だったりとにかくぴろきには亮ちゃん大好きでいてほしい。
ぴろきにはいつまでもそういうピュアな面があってほしい。
・・・基本、可愛さは計算込みですけども(うん)。
まだまだ成長過程なので、たまに大人な面を見せつつもまだまだ子供な面もありつつで。
そんなぴろきのアンバランスなところをとても大事に大事にしている横山さんであってほしい。
お兄ちゃんは末っ子を可愛がるのがいい。
(2005.3.4)






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