あなたを僕色に染めて










「なぁー淀川いこうや」

また出た。淀川。
この人は何故かたまにふと思い出したようにそんなことを言い出す。
そして俺は毎回それにうんざりするんだ。
今の俺にとってはこの美しく染まった朱い空すらも鬱陶しくて敵わない。

「・・・いやですよ」
「なんでやねん。いこうや」
「いやですってば」
「たこやき食お?おごったるからぁ」
「可愛く言うてもダメです。いやです」
「・・・大倉ぁ、おまえ誰に向かって口きいとんねん、おいコラ」
「途端にヤンキーぶってもダメです。普通に怖いし」
「なんやねん。おまえ最近反抗的やぞ」

かわいこぶってみたり、かと思えば凄んでみたり。
結局最終的には拗ね始めるこの人はこれでも俺より4歳も年上。

この横山裕って人は、本当に日本人なのかと疑うくらいの色白で、肌なんてそこらの女より綺麗で、顔立ちも黙っていれば整っていて、言ったら身体のラインもなんだか妙に丸い。
だけども身長はあるし、身体つき自体はしっかりしているし、言動や立ち振る舞いはむしろ男らしい部類に入るだろうし。
到底女の子みたいに可愛い、なんて言える人じゃない。
・・・ただ、「女の子みたいに」って形容詞を除けばまぁ、可愛いと言えなくもない。
それは俺の恋人としての贔屓目ってやつだろうか。
いや、でも村上くんなんかは普段から「ヨコはかわええなぁ」なんて台詞を平然と口にするし。
だとすると何もそう思うのは俺だけってわけではないんだろうか。
それともあの人は特殊な例外と見なすべきなのか・・・。

「・・・おい、大倉」
「あ、はい?」
「おまえ人の話きいてんのか?」
「あ、聞いてませんでした」
「きけや!」
「すいません。・・・なんです?」

うそ。
本当は一応聞いてた。
話半分ではあったけど。
ただなんだか延々と文句ばっかり言ってるから聞き流していただけ。

でも俺もまだまだなんやなぁって思う。
この人は普段放っておけと言う割には、無視をされるのは一番嫌いなんだった。
これまた村上くん辺りなら絶対こんなミスはしないだろう。
その柔らかそうなほっぺたが一瞬小さくむくれたかと思うと、すぐさまふいっとそっぽを向いてそっけない声で呟いた。

「・・・・・・もう、ええ」

あー、まずい。
こうして突っかかることを止めてしまった場合が結構面倒だということを、俺はそこそこ長くなる付き合いで知っていた。
そしてこの人はいったん諦めてしまうとその後は本当に驚くくらいそっけなくなる。

「じゃあな。俺帰るわ」
「ちょ、・・・待ってくださいよ。横山くん」
「無理言って悪かったな。・・・また明日な」

それは何もフリをして気を引こうとしてるってわけでもなくて、本当に帰ってしまおうとしている。
そんな、いっそ冷たいくらいの醒めた声をさせて。
仮にも恋人にそんなん言うなや、なんて思ってしまうのは俺がまだまだ未熟なんだろうか。
でもこの人はしつこいように見えてそのくせ妙にあっさりしている部分もあって。
一体どこでどうスイッチの切り替わりがあるのか本当に難しい。

さっさと帰ろうとするその後ろ姿に追いすがり、なんとか腕を掴んで引き留めた。
掴んだ手には特に抵抗がなかったからまだなんとか大丈夫そうだ。

「待ってや。・・・別に一緒におるんがいやってわけちゃうねんから」
「・・・よどがわ」

まだ言うか。
だいたい、一回だけ一緒に行ったやんか。
もう俺はそれで懲りたっていうのに。

「それがいやなんです」
「なんでや」
「横山くんこそなんで毎回淀川行きたがるんですか」
「・・・淀川いきたい」
「せやからなんで」
「・・・淀川好きやねん」

嘘をつくならもっとマシなつきかたをして欲しい。
そんな、あからさまにばつ悪そうな声をさせて。
しょぼくれたみたいな顔して。
それとも最初から隠す気なんかないんだろうか。
だとしたら本当にタチの悪い人だ。

「ちゃうでしょ。昔別れた女との想い出の場所やからでしょ」

敢えてきっぱり突きつけるみたいにそう言って、その腕を掴んだ手の力を心なしか込めてやる。
さして細いわけでもないその腕は、けれど柔らかさのせいなのか、それともそれだけではないのか、一度掴んでしまうと離したくなくなる。
とられている態度自体は決して気分のいいものでもないっていうのに。

「ちょっと、それって逆に俺に失礼なんとちゃいますか」
「・・・なんでやねん」
「失礼やって。普通に考えて。もー、ありえんでしょ?ねぇ、横山くん?わかってます?」

なんで俺がこんなん言わなあかんねん。
そんなの言わなくても自分で考えて判って欲しい。
今の恋人に向かって、昔の恋人との想い出の場所に行こう、だなんて。
どう考えてもありえないことだ。
けどこの人を常識の枠に入れて考えること自体が間違っているのかも知れない、とも思ってしまう俺は恐らくだいぶこの人のことを判ってきていると我ながら思う。
そうして腕を掴んだまま大きくため息をついてみせれば、横山くんはちょっぴり唇を尖らせてつまらなそうに呟いた。

「わかってるし・・・」
「わかってんなら止めて下さいよほんま。俺かて傷つくんです」
「・・・おまえ傷つくんか」
「うわーなんか失礼な発言また出たわ。・・・俺かて傷つくんです」
「二回言うた」
「そら言うわ。全然判ってくれてへんねやから」

そら自分が繊細だとはこれっぽっちも思ってへんけど。
でも別に言う程頑丈というわけでもない。
特に心に関しては。
それなりに傷つくことだってあるし、恋人の気持ちの行方を考えればモヤモヤすることだってある。

「俺の気持ちも考えてくださいよ」
「やっていきたかってん」
「子供やないねんから止めて下さい」
「やっておまえと行きたかってん」

狙って言ってるのか。
それとも天然か。
思わずはたと見下ろせば、なんでか小さく表情だけで笑っている顔。
・・・幼稚かと思えばここぞってとこで狡い大人の顔を見せる、この人。
悔しいと言うよりは、どちらかというとこのままその口を塞いでやりたくなる。

「・・・・・・もう、止めて下さいよ。ほんまに。ほんまにっ」
「ええやん、ほだされろよ」
「せやからありえん発言は止めて下さい。自分で言うか」

たまに判らなくなる。
俺に甘えようとしているのか、それとも手玉にでもとろうとしているのか、そのどちらでもないのか。
そんな、俺に腕を掴まれたそのままに、こちらに身体を寄せてきて。
俺の胸元で甘く舌足らずな声で呟くなんて。

「やって忘れられへん」

俺は掴んだ腕を引くしかできないじゃないか。

「・・・・・・ほんま、止めてください。どんだけ俺のこと傷つけたら気が済むんですか」
「忘れたいんか忘れたくないんか、それもわからへん」
「ほんまええ加減にしてくださいよ・・・」

眼下に薄金茶の髪がキラキラと揺れている。
朱い夕焼けを受けて、明るいような薄暗いような、微妙な光彩を放っている。
それが目に焼き付く。
それはあの時、一回だけ一緒に淀川に行った時も同じだった。

「あの子な、今度結婚すんねんて。・・・俺のことなんてもうすぐ忘れてまう」

あの時はまだこんな関係じゃなかった。
まだただの先輩と後輩で。
・・・確かに、あの時からたぶん俺はそういう気持ちを抱いてはいたけれども。
むしろそれを自覚させられたのがあの時だったから。

失恋の痛手をいつまでも引きずるみっともない男。
そんな先輩に内心呆れもした。
けれどその背中が、力なく俯いた顔が、伏せられた切れ長の目が、夕暮れの冷たい風にさらされて震えた赤い唇が。
俺にはどうしてか放っておけなくて。

「もうすぐきっと忘れてまう。なのに俺は忘れられへん」
「・・・淀川になんて、こだわっとるからですよ」
「でもなんや足が勝手に向いてまうねん」
「行くから辛なるんですよ」
「確かに辛いな」
「アホやわ」

本当に、救いようがないくらいアホな先輩だと思った。
不器用過ぎる。
普段は明るくて、確かに人見知りではあるけれども、それを補って余りある程の面倒見の良さで周りには人が溢れてるくせに。
なんでそんな一つの恋を失っただけで世界の終わりみたいな目をするのか。
たとえどれだけ大事な恋だったとしても、それは絶対に唯一などではないはずなのに。
この人はそれが唯一だと、唯一であったと、そう思いこみたかったのか。
いつまでもいつまでも淀川に通い続けた。
そうして塞がろうとする傷口を自ら遮って膿を作っていた。
それが見ていられなかったから、強引にこちらを向かせた。
・・・それでもこの人は淀川への執着を捨てようとはしなかったのだけれども。

「おまえといきたいねん」

その台詞は狡い。反則だ。
その手の台詞に弱い男は多い。
自分だからと言われて悪い気はしない。
俺だって例外じゃない。
ただ俺は、それに簡単に溺れられる程に幸せな性分じゃなかった。

「・・・俺、そない便利な奴ちゃいますよ。ほんまに止めて」
「おまえやないとあかんねん」
「なんちゅーしょうもない人や・・・」
「大倉」
「なんです」
「おまえで最後にしたいねん」
「・・・よこやま、くん」

無理です、そう言おうとした。
でも言えるがはずなかった。
この人は哀れすぎる。
失って傷ついてすり切れて膿を作って、それでもなお唯一を求めようとする。
自分の全てを捧げられるものを切な程に欲する。

無理だなんて言えるはずない。
この人は愛しすぎる。
自分を、最後の、今度こそ本当の唯一にしたいのだと、そう言って見上げてくる瞳。
俺には唯一だとか永遠だとか、そんなもの簡単に誓えない。
そんなものはありえないと思っているから。
だけどいくつもの諦めを知った大人の瞳で、そのくせ子供みたいに一途に求められたら。
俺はその手を握りしめるしかない。
そしてそれだけで嬉しそうに笑う顔はいっそ稚いから。

「淀川、いこうや」
「・・・わかった。わかりましたよ。行きましょ」
「よし。たこやき買うてこ、たこやき」

そう言って身を翻すように手を解こうとするのを引き留めて、より引き寄せて、抱きしめて。

「ただし、」

視線の先には深まっていく夕陽の朱。
そこから隠すみたいに白い肌と金色の髪を腕で覆った。
横山くんはやっぱり抵抗こそしなかったけど、少し苦しいのか小さく身動いでいる。

「・・・大倉?くるしいし・・・しかもちょお人目が気になんねんけど」
「あんなとこ行ったとしても、もう俺以外のことなんて考えさせませんから」

あの朱は美しいけれども、いけない。
この人の白を全て染め上げていってしまうから。
それがなんだか嫌で、本当にしまって隠すみたいに腕の中に抱き込んだ。
この人だってそこそこ長身だし、実際にはすっぽり隠すなんてことは無理なんだけど。
ただ、横山くんはそれでもなるべく俺の腕に収まろうとするみたいに自分から身体を預けてきた。

「・・・おまえは、なぁ」
「ん・・・?」
「ほんま、でっかいなぁ」
「なに・・・」
「でっかくてな、あったかくてな、ええなぁ」

そう言って小さくもない身体でしがみついてくる様はなんだか可愛らしい。
たまに本当に掛け値無しで甘えてくるから、言いようもない庇護欲みたいなものが疼かされる。
思わずそっと頭を撫でた。

「・・・でかくてあったかけりゃいいんですか」
「ほんならジミーでも田口でもええやんけ」
「ちょっと・・・ほんまシャレにならんこと言うの止めてくださいって・・・」

明らかに自分に懐いている、そんな割とリアルに想像できそうなメンツを言う辺り、本当にタチが悪い。
でも俺の背中にやんわりと廻された柔らかな感触には、やっぱりただ頭を撫でるしかない。

「ほんでもな。俺は、これがええわ」
「しゃあない人や・・・」

沈みゆく朱に染められていく身体を抱きしめて呟く。

「もう、忘れんでもええよ。・・・全部上から塗りつぶせばええねん」

たとえそれが最善じゃなくても。
あなたはもういっそ俺の色に染まってしまえばいい。
そうしたら、唯一でも永遠でも、その夢くらいは俺が見せてあげるから。









END






スカッとしないなー!
モヤモヤするばかりの倉横の完成です。なんたること。
例の「ぼんを想い出の淀川に連れていこうとしたユウユウ」というネタを可愛く使ってみたかったのに。
可愛い?なにそれ食べられるの?みたいな空気に。
所詮リリカルドロドロ作家です(どんなジャンル)。
相変わらずうちの横山裕はとにかくザッツ後ろ向きです。
そしてぼんは包容力の男です。村上さんとはまた違う系統の。
大倉はいい男だよ(しみじみ)。
しかし久々の倉横はえらい楽しかったー。また書こう。
(2005.11.4)






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