After1.かわいいきみと、これからずっと










「・・・できひん」
「なんや、もうちょっとやん」
「できひん」
「あとちょっとでできるて。がんばりや」
「できひんもんはできひんねん、ぼけ!」
「そうやってすぐ癇癪起こしなや。しゃあいないなぁ」
「なにがしゃあないことあんねんっ。だいたいなぁ、知恵の輪なんぞできんでも人間は生きていけんねんっ」

そう言って横山が放り出した攻略途中の知恵の輪を咄嗟に片手でキャッチして。
村上はこんがらがったそれをまじまじと眺めながら、ふむ、と何事か考える仕草をしながらちらりと横目でその白いふくれっ面を見る。

「そらそうですけどね。できるに越したことはないですよ、何にしろ」
「ええねんええねん、俺はそれでええねん」
「あ、そ。ちゅーかそもそもあんた自分でやりたい言い出したんでしょ」
「しゃあないやんけっ。せっかくファンの子がくれたもんをおまえ、無駄にせぇっちゅうんか!」
「せやから折角貰ったもんは最後までちゃんとやり」
「・・・もーできひん。わからん。頭こんがらがった」

スプリングの効いたソファーにずるずると沈み込んでつまらなそうに唇を尖らせる様に、村上はさも愛しそうに表情だけで笑む。
今村上の手の中にある小さな知恵の輪は、そもそもこの前出待ちをしていたファンの子から横山が直接貰った代物だった。
「是非やってみてください!」と笑顔で手渡されたそれは、それなりに長い横山の芸能生活の中でも初めてのプレゼントだったし、また村上とて貰ったことはなかった。
横山は滅多にない珍しいプレゼントに、子供のように興味津々な様子でそれは嬉しそうにしていた。
そして、すごいですねぇでもなんで知恵の輪?と不思議そうにする下のメンバー達を後目に、俺なら解けるっちゅーことやな、と何の根拠もない自信を見せていたのはつい昨日のことだ。
しかし恐らく本気で解けると思っていたのは横山本人くらいなものだろう。
それをくれたファンの子とて、それは横山のファンであるからこそ当然、横山が解けないであろうことなど当然予測済みだろう。
横山は勉強こそ出来ないけれど決して頭は悪くない。むしろ回転はいい。
ただ、仕事以外に対する集中力が圧倒的に欠如しているのだ。

「ほんま不器用やねぇ」
「不器用とかちゃう。俺の手には合わへんねん」

小学生か、と下のメンバーにすら呆れられる得意の横山理論が展開される。
村上はそれにくすりと笑ってその白い手を取り、長くて綺麗なその指を持ち上げながら確かめるように撫でたり握ったりしている。
ソファーに沈み込みされるがままで、横山は不思議そうに隣を見上げた。

「なん?」
「んー、確かにこの手には合わへんかもなぁ、て思うて」
「・・・なんやねん。おまえの触り方、やらしいわ」
「ヨコの手な、綺麗でな、ほんま不器用やねん。そら触りたなるわ」
「ほめてんのかけなしてんのかどっちやねん」
「褒めてますよ?」
「うそつけや」
「お前に嘘なんてつかへんて」

胡乱気にじとりとした視線を送ってくる切れ長の瞳にさも楽しそうに笑い返してやりつつ。
村上は手を離すと、代わりに目の前のテーブルに置いた先程の知恵の輪を再び手に取る。
横山が途中で攻略を断念したそれは、確かにちゃんと途中までは上手いこと出来ていたような形跡があった。
様々な角度からそれを眺めながら村上は小さく唸るように考え込んでいる。

「・・・おまえ、なにしてんの?」
「んー・・・と、ここが、こう・・・・・・せや、うん、・・・こう、で、」
「ヒナ?」

村上のしっかりとした指先が器用に輪と輪を動かしくぐらせていく。

「あー、と、うん・・・・・・こうなって、こう・・・・・・よし、これでいける」
「え?・・・・・・・あっ」

横山はぽかんと口を開けた。
その視線の先では、村上の手にした知恵の輪が綺麗に攻略されていたのだった。

「ま、こんなもんですかね」
「・・・・・・」
「やー、ヨコが途中までやってくれとったから助かったわ。やりやすかった」
「・・・・・・」
「こういうのって一個糸口見つかれば後は結構すんなり行くねんな」
「・・・・・・なにこいつ、めっちゃむかつくわ」

まぁ当然の如く。
村上には120%予想通り。
その手によって攻略されてしまった知恵の輪を見て、横山は酷くつまらなそうに唇を尖らせてそっぽを向くと、ソファーへ倒れ込むように仰向けに転がってしまう。
村上はその判りやすい様に、知恵の輪などもうどうでもいいとばかりにテーブルに放り出す。
そして転がったその身体に上から覆い被さるようにしながら、無防備に投げ出された白い手を再び握り、今度は指までゆるりと絡めた。

「ほら、拗ねんでや」
「おまえほんまイヤミなやっちゃな」
「そういうつもりやなくてね」
「ならどういうつもりやねん。・・・俺がもろたのに」
「うん、ごめんな」
「ほんまむかつくこのゴリラ。手ぇ熱いっちゅーねんせやからっ」
「でも安心するんでしょ?こうしとると」

そう言って村上はより強く、包み込むように握る。
それは横山と村上が出逢ってから今まで、近くにいながらすれ違ってきた昔と、近くにいることの本当の大切さを知った今と。
その両方において、それでもやはり変わらずある事実。

「・・・むかつくわ、離せよほんまに、・・・あほ」

・・・あのね、横山さん。
そんな拗ねたみたいな可愛い声で、そのくせ安心しきった様子で、俺の服の裾掴んで言われてもね、あんま説得力ないですから。

村上は心の中だけでそう楽しげに呟いて、握った白い手にそっと唇を寄せる。
その柔らかだけれど確かな熱を持った感触に横山は頬が熱くなるのを感じた。
手に唇を押し当てられたままに次いで囁かれた言葉は、触れた箇所からそのまま伝るような気がして横山の胸を密やかに震わせた。

「もう離さんて、言うたやろ?」
「・・・おまえ、はずかしい」
「今更やね。お前かて、離すなて言うたやん?照れ屋なキミくん」
「おまえは少し恥じらいとか知れよ」
「知らんよ。折角お前がこっち向いてくれたのに、今更そんなん気にしてられへんわ」
「・・・・・・」

さらりと言ってのけられた言葉に、さすがに赤くなる顔を隠せなかった。

「まぁ、ヨコはそういう方が可愛くてええけどな?」
「・・・うるさい」
「あー、なんやろ。お前ほんま可愛いなぁ?」
「・・・さぶい」

最近の村上は少し変だ、と横山は思う。
以前から確かに自分に対しては甘かったし、優しかったし、大事にしてくれていたと思う。
けれど最近のはちょっとすごい。
すごいというか・・・横山は当事者だからいまいち客観的に見れないのだが、恐らく傍目から見たら相当なことになっているんだろうと思う。
下手したらバカップル、なんて呼ばれても致し方ないくらいには。
村上は最近、理性強い常識人、というイメージを若干揺らがせる程には横山をこれでもかと可愛がるようになった。
それは横山本人にも判るくらいなのだから、やはり傍目には相当なのではないだろうか。
でも横山はそれに関しては特に何も言わない。言うつもりはないし、言いたくもなかった。
今までのことを考えれば、今までだって余裕のあるように見えたその態度すらも、村上はきっと我慢に我慢を重ねてきたはずだ。
思えば「可愛い」だなんて、横山は早々言われたことはなかった。
いい歳をした男なのだからそれは当然と言えば当然なのだけれど、今の村上が横山にそう囁く頻度を考えれば、それは昔こそが押さえ込んだ姿だったことは想像に難くない。
それならば・・・今のこの状態こそが村上が本当に望んだ姿ならば。
何の掛け値もなしに横山を心の底から素直に愛したいと願った姿ならば。
横山は全く構わないと思ったし、それどころか何より横山自身それがくすぐったくありつつもとても満ち足りた気持ちだったから。
むしろ、横山自身が言うところの「はずかしい」言葉で言えば・・・幸せ、だった。

「おまえの手、ゴリラやねん」
「はい?なに、さっきからほんまゴリラゴリラて失礼やねぇあんた」
「・・・そんでもって、器用やねん」
「ん?俺の手が?」
「俺がもろたのにやってまうし」

握られた手を自分でも握り返しながら、横山はちらりとテーブルの上の知恵の輪を見る。
村上の手は昔から器用で、暖かくて、自分に甘くて優しくて。
それがなければ駄目なのはきっともう昔から。
けれどそれがあれば幸せだと知ったのはついこの前。

「・・・あんな、村上」
「うん・・・?」
「おまえの手、好き」

その手をずっと離さないでいよう。
ずっと握っていよう。
触れるたびにますますそう感じる。
そう強く実感する。
だから横山は握って貰うと安心する。
そのためならば、きっとこれから自分はどんな努力だって厭わない。
村上のように言葉に出来るわけでも、態度に示せるわけでも、行動で伝えられるわけでも、さしてないけれど。
自分の出来うる限りをこれからしていこう。
幸せのための努力なんて、横山は初めてだったけれど。
こいつのためならたぶんできるわ。
ぼんやりとそう思った。

横山は自分からもまた村上の手に唇を寄せた。
稚い子供がするみたいに、ちゅ、ちゅ、と何度も口づける。
柔らかなその感触に村上はほうっと息を吐き出す。
握ったのとは逆の手で、まるで猫にするみたいに顎下を撫でる。

「・・・あかんな、たまに素直やから。可愛すぎるわ」

そっと笑むと、お返しのようにやはり柔らかな頬に口づけた。
同時にきゅ、と込められた手の力を感じて横山は小さく悪戯っ子のように笑うと、更にお返しのように、最後はちょこんと唇を唇に押し当てた。
それに一瞬ぽかんとして、けれどすぐさま少し照れたように笑う村上の表情がおかしくて、愛しかった。

「そういうおまえこそ、かわいいけどな」










END






アフターストーリー第一弾!・・・て、あれ?何この無駄なラブラブさ加減は。
正直あんまり内容はないようなもんですわ。
ただ単にラブいのが書きたかっただけ。
ちゃんとくっついた後のね、幸せだよ、って二人が書きたかっただけなのです。
何が可愛いって、ユウユウと見せかけて実は恋が実って浮かれ気味だったりする村上さんが可愛い、てな話でした(笑)。
男前ってのは密かな弱さも可愛さも駄目さも全部含めて男前なもんですよ!(力説)(寒い)
たぶんもう一個アフターは書くかと。
(2005.8.30)






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